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第4章
第89話 アイリス
しおりを挟む目が覚めると、琉緒の右手が天井に向かって伸びていた。
また”何か”を掴もうとしていたのだろう。
「夢・・・か?」
見慣れた天井、そしてハンガーにかかった制服を見て現実に戻る。
(昨日久しぶりに中学校に行った影響か・・・変な夢を見たな。一体何だったんだ?)
琉緒は起き上がると暫くの間動くことができずに座ったまま考え込んでいた。
「み・・ゆ・・・。」
夢で見た少女の名前を呟く。
まるで菜都と一緒にいるような気分にさせる彼女だったが、明らかに別人だ。
『流石は夢』と言ってもいい、久しぶりに幸せな気分にさせられた。
夢で見た彼女をなぜか忘れてはいけないような気がして、何度も夢の内容を頭の中で繰り返した。
(夢に出てきた女をこんなにも気にするなんてな・・・非現実的すぎる。しかも菜都と重ねるなんて・・・まさか俺は本当に菜都を好きになったのか!?有り得ない、弟の彼女だ。)
重い足取りでリビングに向かうと、琉偉が朝食を終えたところだった。
「おはよ。」
「おはよ、早いな。」
「陽太の家に寄って学校行くからもう出るわ。兄貴、今日も公会堂で待ってるからな。」
琉偉は琉緒の左肩に手を置いてそのまま通り過ぎていった。
今までは菜都を迎えに行って一緒に登校していたはずなのに、最近は一緒に行っていないようだ。
自分の感情が理解できない琉緒は、弟の顔がまともに見れなかった。
(そういえば昨日、”菜都とはしばらく2人で会わねぇ”とか言ってたよな?一体どういうことなんだ?)
琉緒も支度を済ませて早めに家を出た。
自転車に跨っていつもとは違う道を通る。
なんとなく中学校を通って行こうと思ったのだ。
少し遠回りにはなるが、高校に行く方向にあるため支障ない。
「お兄さーん!!!」
真っすぐ走行していると、琉緒からみて右側から声がした。
そこには信号待ちをしている菜都が手を振って止まっていた。
琉緒は信号が青になるまで待つことにした。
「おはようございます、ここ全然車通らないのに信号長くて・・・。」
「おはよー、確かに信号長い。そういえば菜都の家はこっち側だったよな~。」
「何でお兄さんはここを通ってるんですか?遠回りですよね?」
「あー・・・なんとなく中学校の前を通って行きたくなったんだ。」
「ふふっ私は毎朝通ってますけど、何もないですよ~。」
菜都は琉緒の行動を不思議に思いながらもそれ以上は訊ねなかった。
中学校が見えてくると、ぞろぞろと生徒たちが校庭に入っていく姿が見えた。
「毎朝この人込みの中を自転車で通ってるのか・・・?」
「さすがに危ないから、自転車押して歩いて通ってます。」
琉緒と菜都は自転車から降りて歩き始めた。
校庭の前にくると、遠目から花壇を見ながら通り過ぎた。
「菜都って中学生の頃、花の水やりしてたんだろ?」
「あぁ~・・・してましたね、保健の先生に頼まれてほぼ毎日。」
「花が好きなのか?」
「いや・・・別に・・・。」
「好きじゃないのかよ。」
菜都の意外な反応に琉緒は吹き出して笑った。
「好きでも嫌いでもないというか・・・どちらかと言うと花束の方が好きです。」
「へ~、琉偉に花束でももらったのか?」
「いえ、もらったことはないです。でも・・・花束ではないけど、花の種をもらったことはあります。」
「へ・・・へえ~、花の種をプレゼントするなんて珍しいな。」
「先月の母の日には、カーネーションを買いに行くのに琉偉が花屋までついて来てくれましたよ。」
嬉しそうな笑顔を向けながら話す。
「へ、へぇ~。」
「もーさっきから”へぇ~”ばかりじゃないですか。」
菜都と話しているうちに、琉緒は歩く足を止めた。
”花って用途によって使い分けられるじゃん?それが気に入らないの。母の日だから?お祝いだから?お供えだから?別に好きな花でいいじゃんって感じ。”
琉緒の頭の中で流れ出す”誰か”の言葉。
(ーーー誰が言ってた?)
菜都は、琉緒が立ち止まったことに気付いくと足を止めて振り返る。
「お兄さん?」
琉緒は目線を下げてどこか一点を見たまま話しだす。
「菜都・・・は、花が好きだった。だから琉偉は花の種をプレゼントしてたんだろ・・・。でも菜都・・・は、母の日にカーネーションを買う女じゃない・・・。」
「あ、ごめんなさい。私の言い方が気に障りましたか?昔の私は花が好きだったんですけど今はそんなに・・・ってだけで・・・。」
昔の菜都と比べられることは度々あったので、軽く流そうと思った。
だが琉緒の強張った顔を見て、これ以上は話してはいけないと直感で感じた。
「人、減ってきましたね・・・そろそろ自転車乗ってもよさそうです。すみませんが友達が待ってるので先に行きますね。」
そう言って菜都はその場から逃げるようにしてその場を後にした。
立ち止まる琉緒を残して・・・。
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