夢で出逢う - meet in a dream -

LikuHa

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第4章

第92話 アイリス

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琉偉の寂しそうな表情なんて無視して、琉緒は率直に訊ねる。

「どういう意味だ?」

「昨日、”俺が前に進みたい”って話しをしただろ?兄貴の答えを聞いてから決めようと思ってたんだ。」

琉緒は昨日の会話を思い返す。

(前に進みたい?そんなこと言ってたっけ?まるで俺が足を引っ張ってたみたいじぇねぇか。)

ーーー心当たりはなかった。

「お、俺の答え・・・?」

「美癒が好きなんだろ?」

「は?それで何をどうするんだ?」

「菜都と別れる。」

「は?・・・はあー!?」

長い付き合いで学校公認の2人が別れるだなんて誰も思わないだろう。

だが琉偉の表情は晴れやかな笑顔に変わっていた。

「最近のお前の顔、怖かったからさ・・・笑った顔、久しぶりに見たわ。」

「やっと俺も”前に進める”んだからなー。そりゃ目出度いだろ?」

「いや、でも、別れるって・・・。」

「別れるけど、今までと変わらず菜都の側にいる。親友としてな!それで美癒との約束を果たすつもりだ。」

”なんでーーー?”と聞こうとしてハッとする。

「それで最近は菜都と2人きりにならなかったのか・・・。でも菜都が”親友”になることを受け入れてくれるのかよ?」

「菜都ならきっと大丈夫、明日にでも話してみるよ。だから兄貴は俺に遠慮なんかすんな!」

「え・・・あ、ああ・・・?」

本当に大丈夫なのか心配だったが、琉緒はそのまま曖昧な返事をするしかできなかった。

こんなに明るく話す弟に”実は美癒を知らない”とか”好きっていうのは口走っただけ”だなんて今更言い出せない。

それよりも気になるのは、やはり美癒のことだ。

”好き”と口走ったのは強ち嘘ではなく本心から来たものかもしれないとすら思えてくる。

記憶のない自分に苛立つ。

病院で看てもらった方がいいのかと、更に悩みは増える。


「自転車の鍵はきっと見つからねぇだろな・・・。とりあえず自転車運ぶの手伝ってくんね?」

「運ぶ?持って帰るのか!?」

「持って帰って、親父に鍵を壊してもらう。」

「いやいや・・・ちょっと・・・。」

「後ろのタイヤは浮かせて、前のタイヤだけ使って押して帰るんだけど、疲れるから代わり番こな!」

「え・・・。」

琉緒は心の底から嫌な顔をしてみせた。

結局、琉緒と琉偉は自宅に帰る前に高校へと足を進めた。

学校が終わると大勢が駐輪場へやってくるので、授業中の今のうちに自転車を取りに行くことにしたのだ。


「あれ?自転車のカゴに鍵が入ってる。」

「なんだそりゃ、それなら俺はもう行くぞ?」

「あ・・・あぁ。」

琉偉はとても不思議そうにしていたが、慌てていたため自分がうっかりしたのだろうと思いながら鍵を差した。

「俺は公園に寄って帰るけど、琉偉はどうする?」

「連れてってやるよ、後ろ乗れ。」

「公会堂の近くだから、公会堂で降ろして。」

「さっきまでいたのに戻るのか・・・。」

琉緒は自転車の後ろに跨って「しゅっぱーつ!」と楽しそうに言った。

「公会堂で俺と会ったあと、いつも公園寄ってたのか?」

「ああ、近藤と会ってる。約束してるわけじゃねぇけどな。」

「近藤と?・・・元気にしてるか?」

琉偉は、兄と近藤君が親しくなっていることを意外に思った。

「元気そうだよ、受験生のくせにボールとばっかり遊んでる。」

「ははっ近藤らしぃな・・・。」

自転車だと公会堂まであっという間だ。

先程まで2人が座って話していたベンチの前に自転車を止めた。

「さんきゅ。」

「あぁ、近藤によろしく。」

「それなら会っていけばいいのに。」

琉緒が自転車から降りると、琉偉はUターンしはじめる。

ふとベンチに目をやると一輪の花が置かれていた。

「え・・・花?」

琉緒の呟きに気付いて、琉偉もベンチに目をやる。

「うおっスゲェ綺麗な花だな。」

琉偉は花を見ると自然に菜都・・・いや美癒を思い浮かべていた。

「これ・・・。」

花なんて興味ない、そんな琉緒が無意識のうちに花に手を伸ばす。

(なんだこの気持ち・・・。)

琉緒の心臓がドクン、ドクンと大きく脈打つのが分かった。


そして花を手に取ってジッと見つめる。

「花・・・だけど、まるで蝶々みたいだな。」

琉偉に見せようと思い振り返る。


”本当の気持ちは・・・ーー”

突然聞こえてきた声に驚き、琉緒は辺りを見渡した。

(女の声がしたような・・・でも誰もいない、気のせいか・・・?)

”忘れないでーーー”

「なんだ!?」

気のせいではない、確実に誰かの声が聞こえる。

「兄貴?どうした?」

「お前には聞こえないのか?女の声が・・・ほら!」

”本当は忘れないで欲し・・・いーーー”

「一体なにを・・・?」

琉偉には全く聞こえていないようだ。

”愛し・・・るーーー”

だんだんと声が聞き取りにくくなったとき、琉緒の持っていた花が一瞬にして枯れた。

それはもう、パリパリになって灰のように風に流されていった。

「信じらんねぇ!兄貴が持ったら枯れたな~。」

俺もその花を見たかったのに~、とからかうように琉偉が笑う。
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