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第4章
第91話 アイリス
しおりを挟む(でも今の菜都が誰なのかを聞いただけなのに、何でここで美癒の名前が出てくるんだ?)
ひとまず夢のことについては弟に伏せることにした。
「あの晩のことは何も思い出せてない・・・俺と一緒にいた?まさか、ここの公会堂にいたことと美癒が何か関係してるのか!?」
美癒のことは夢で見ただけで何も知らない。
美癒という人物が実在する、それを知っただけでも大収穫だった。
だが琉緒は”美癒のことを知らない”とは言わなかった。
”言わなかった”だけなので嘘をついたわけではない。
そうとも知らず琉偉は、兄が美癒のことについては知っているのだと信じて疑わなかった。
「あの晩のことと関係は・・・してる。兄貴と美癒はなんで知り合いなんだ?」
「そ・・・それは・・・俺が美癒を好きで・・・。」
返事に困った琉緒は咄嗟に口にしてしまった。
なぜ”好き”だなんて言ったのか自分でも分からなかったが、夢の中の自分はきっとそうだったのだろうとも思えた。
弟が信じてくれたのか不安に思いながら様子を伺うと、琉偉はとても穏やかな表情で笑った。
「やっぱりそうなのか、それなら・・・やっと話せる。」
「なにを?」
「美癒と菜都が、水上バイクの事故で入れ替わったことは知ってるよな。」
(は?何を言ってるんだ?)
美癒を知っているのなら当然入れ替わりについても知っているのだろうと思い、琉偉は話を進める。
「美癒に”琉緒をお願い”って言われたんだ。その一言がずっと引っかかってた・・・。」
琉偉は美癒の顔を思い出す。
美癒が言い残した一番最後の一言・・・今までに見たことないくらい、とても辛そうな顔をしていた。
そんな表情すら愛おしかったのだが、美癒の瞳は琉偉を通じて違うものを見ているように感じた。
「兄貴と美癒は一体どういう関係なんだ?」
(どういう関係かなんて俺が知りたい。その前に入れ替わりって・・・ありえねぇだろ・・・。)
琉緒は黙り込んでしまった。
「美癒が好きって言ったくせに、いまさら俺に気を遣ってるのか?」
「あ、いや・・・そうじゃなくて・・・。」
(そうか!入れ替わってるってことは琉緒の好きな人も美癒ってことになるのか!?)
歯切れの悪い返事を聞いて琉偉はため息をつく。
(入れ替わりだなんて信じられないが琉偉のやつ、本気で言ってるようだ。・・・まてよ?それが有り得るのなら、もしかしてーーー。)
入れ替わりという現象が実在するのなら、と琉緒の中である仮説が生まれた。
「その前に、俺と琉偉も入れ替わってねぇか?」
予想外の質問に、琉偉の目が点になった。
「・・・は?」
「いやー、なんか俺 琉偉が中学生の頃の記憶があるんだよな。菜都と付き合ってる時のこととか。」
やっとすっきりした。
これで辻褄が合うんだ、と
一人で納得したかのように自信満々に言った。
”きっとそうだ!だから弟の記憶があるんだ!”と思いながら・・・。
「俺の記憶って?」
「んー、今思いつくのは菜都が中学校の花壇に水やりしてて・・・その・・・イチャイチャと・・・。」
それを聞いた琉偉は、白けた表情で兄を見ていた。
その弟の視線に気づいた琉緒は
ここで初めて、”俺の考えは違ったのかーー”と気付き、堂々と発言したことを後悔した。
「兄貴は覗きの趣味なんてあったのかよ。はぁ・・・そんな馬鹿なこと言ってないで・・・俺はただ【あの世】の手前・・・死後の世界にいる美癒をどうして知ってるのか・・・なんで好きになったのかが気になっただけだよ。」
死後の世界ーーーー?
何かに反応したかのように、琉緒の肩がピクッと揺れた。
「それって・・・【水の世界】のことか?」
頭で考えるよりも先に、口が勝手に動いていた。
「さあ?それは知らない。」
琉偉だけでなく、当の本人も分からずに口走っている。
(なんで俺は意味分からないことを・・・?【水の世界】って一体なんなんだ?俺が忘れているのはあの晩のことだけじゃないのかーーー?)
「俺は美癒から”菜都をお願い”とも言われている。美癒に託されたんだからもちろん菜都を大事にする。」
「彼女なんだから当然だろ。」
「・・・大事にする形は変わるけどな。」
寂しそうに微笑みながら琉偉が呟いた。
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