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第4章
第95話 月明り
しおりを挟むただでさえ菜都の涙腺は緩い。
瞳には涙が溜まってきてしまい今にも零れ落ちそうだ。
菜都はそれを瞳から落とさないよう必死に堪える。
視界がぼやける。
(『泣くのを我慢するときは上唇を噛むと良いーーー』
誰に教えてもらったんだっけ?全然効果ないじゃない・・・。)
もちろんそんな行為は無意味で、琉偉と近藤君には菜都が泣き出しそうだということはお見通しだ。
近藤君は菜都に冷ややかな視線を向ける。
「はっ、結局は口だけかよ。」
話していても埒が明かない、
そんな菜都に痺れを切らして舌打ちまでしていた。
周囲の人々は静まり返っていた。
菜都は近藤君の視線にも、他人の視線にも耐えられず俯いて黙り込む。
(本物の菜都だったら、他人の視線なんて全く気にしないだろうな・・・。そもそも本物の菜都だったら近藤君にこんなこと言われない。)
「おい近藤、さすがにそんな言い方はねぇだろ!!いくらお前でも許さねぇぞ!!」
琉偉がガタンと音を立てて席から立ち上がる。
「あースミマセン。それじゃあ俺はアッチ戻るんで、帰る時にまた声かけて下さい。」
琉偉に返事するときは、いつものトーンに戻る。
近藤君は琉偉に軽く頭を下げると、友人達の元へ戻っていった。
琉偉は遠ざかっていく近藤君の背中を見つめたまま、離れていくのを確認するとゆっくり椅子に座りなおした。
「菜都・・・ごめん。大丈夫か?」
菜都の目にかかった前髪を優しくよける。
不覚にも、涙を堪えている美癒の姿がとても愛らしいと感じてしまった。
「琉偉が謝る必要なんてないよ、私は大丈夫。それにしても近藤君ってなんであんなに冷たい目をするの・・・初めて会った時からずっと怖いんだよ。」
「あ、あぁー・・・そうだよな・・・。」
琉偉は少し返事に困った。
彼に”怖い”という言葉はあまりにも不釣り合いだったからだ。
舌打ちをする姿だって初めて見たのだ。
近藤君の印象といえば殆どの人が、”人懐っこく、優しい顔をする子”だと答えるだろう。
それが、かつて菜都に特別懐いていた頃とは大違いで、菜都に対してだけ態度が違う。
入れ替わりについて知っているというのは冗談かと思っていたが、本当に別人であることを気付いているかのように・・・。
だから琉偉も久しぶりに近藤君に会い、驚いたのだった。
「それより菜都の身体を返すって話・・・本気じゃない、よな?」
「本気だよ。今に始まったことじゃない・・・ずっと思ってたの。でも方法が思いつかなくて・・・。近藤君が怒るのも仕方ないよね。」
美癒の瞳は少しずつ乾いていく。
「それで良いのか?身体を返すってことは、お前は・・・。」
”この世から消えてしまうーーーー”
・・・そう言おうとしたが、怖くて口に出せなかった。
そんな琉偉を見て、菜都は「ふふっ」と微笑んだ。
「私ってすごく贅沢だと思うんだ。
本当は生まれることが出来なかったのに、こうして菜都の身体を借りて生活してる。
普通ではあり得ない。
本当の私は菜都の姉・・・”美癒”なのに。
さっきも言った通り、身体を返したい気持ちは本当。
菜都として過ごせたこの思い出があれば私は大丈夫。
・・・って、ずっとそう思ってた。
でも、たまに・・・たまにね、自分の中の黒い部分・・・嫌な部分が出てくるんだ。
美癒だった頃のことを思い出さなければ良かった・・・。
何も知らずにこのまま菜都として生きていきたかった・・・。
ーーーねっ?
これ以上ここにいたら、もっともっと欲が出てしまう・・・から、早く身体を返したい・・・。
これは私のためでもあるの・・・。」
話しだすと感情も共に溢れてくる。
途中からは明るく優しい口調で淡々と話し続けた菜都だったが、笑顔のまま涙が零れていた。
自分が美癒だったことを思い出すことなく、菜都として生きていくことが出来ていれば、何の罪悪感もなく一生を終えることができたのに。
そして、
”琉偉のことを心から愛してしまったから離れたくなくなった”
ーーーーその気持ちは口には出さなかった。
(これは最後の罪。ここまでだから・・・。)
彼はもう彼氏ではない・・・。
”親友”だ。
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