不定形な愛と花達(仮)

八六 一

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5.臥猪床と手負いの獣

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***

朝からシャーシャーと蝉の合唱が五月蝿い。
背中を汗が伝うのがわかる。
晴天の早朝にホースからシャワー状の柔らかな水を撒いたところに、はっきりとした七色のアーチが見えた。

「椿!みてみて綺麗に虹ができてる!」
「今日日差し強いしな」
「綺麗くない?」
「んーきれーきれー」
「あぁーどうでもいいんでしょー」

少し口を尖らせてむっとした萩斗は、温室入口のブーゲンビリアに水をやりながら拗ねた素振りをした。
こちらが庭の花や野菜の世話をしている間に、最近は温室内の植物の水やりをしてくれている。
あれから三ヶ月ほどが過ぎても、萩斗は飽きることなく毎日のようにこの庭へ来た。
それは夏休みに入ったばかりの今でも続いている。
始めはこちらの作業を眺めながら話しかけてくるくらいだったが、今ではお役立ちの水やり要員だ。
片耳にワイヤレスイヤホンをして控えめな声で歌いながら水をやっている。
花盛りのブーゲンビリアの下で歌う様は、本人の持つ華やかさも相まってMVのようですらある。

「QUEENか、良いチョイス」
「お、椿もQUEEN好き?」
「家でよく流れてたからわりと小さい頃から聞いてた」
「いいねー」

鼻歌まじりに時々歌ってを繰り返す。
たまに歌いにくそうにして声が出づらい時があるようだ。

(萩斗に出会ってから毎日ここにきてるよな)

軽音部に行っている素振りがない。
歌も最近少し歌うようになっただけで、始めの頃は歌うどころか音楽を聞いている姿も見たことがなかった。
以前は第二音楽室から絶え間なく歌声が聞こえていたのにだ。
出会った日の様子から見ても何か理由があるのは明白だが、本人が口にしないことを詮索するほど無神経ではない。
ここへ来ることで何かが解決していくのなら、そっと見守るのみだ。

マリーゴールドの花がら摘みをしていると、『I Was Born To Love You』を歌う声が近づいてきた。
大きな影が差して暑さがすこし和らぐ。
背中にずしりと重みがかかって首元に腕が回った。
エクスタシー部分の歌詞を耳元で歌うのは勘弁してほしい。

「暑いし重いからまじで離れて」
「何してるのそれ」

俺の言葉を無視してそのまま話しかけてくるこの男の言動にはすでに慣れてしまった。
すぐに引っ付く、構われようとする、俺の中ではもうでかい喋る犬だと思っている。

「花がら摘み」
「枯れた花取ってるの?見栄え悪いから?」
「それもあるけど、このまま放っとくと種を作る方に力を使うからその前に摘むんだよ。そうすると次の花が咲いて花が長く続く」

それから病気の予防にもなるしと言いながら横を向くと、こちらを見る萩斗と目があった。
うっとりとした目に驚いてしばし固まってしまった。

「なに」
「ん?」
「なんだよ」
「椿って植物の話する時いつもすごく楽しそうでいいなーって。キラキラしてんの」
「キラキラした奴に言われてもな」
「えー!俺のことキラキラして見えるの椿!」

腹立たしさや恥ずかしさやら色んな感情が渦巻いたので、軽く頭突きをして立ち上がった。
振りほどいた相手はうめきながら額を抑えている。
なんだかこの空気は恥ずかしい、ガラッと話題を変えたい。
尻ポケットのスマホが振動し、確認すると数少ない友人からのメッセージが入っていた。

「萩斗、とうもろこし食える?」
「え?うん、好きだけど」
「よし、じゃあ採るぞ」

片手でスマホの返信をしながら花がらをゴミ袋に入れ、収穫用のカゴを温室横にある用具入れの小屋から持ってくる。
急なことに状況を飲み込めていない萩斗にカゴを渡す。

「ほらこっち」

とうもろこしの植えてある│畝《うね》まで連れてくると、おおっと萩斗が声を上げた。

「これとうもろこしだったんだ!というか、とうもろこしってこうやって│生《な》るんだ」
「小学校とかで育てなかった?見たことないか?」
「記憶にないかなーミニトマトは育てたけど」
「学校にもよるか」

いかにも都会育ちなこの男がとうもろこしの畑を見たことがないとしても不思議はない。
話を聞きながら片手で幹を支えてとうもろこしを手前に折る。
とうもろこしをカゴに入れて、萩斗からカゴを引き取る。

「やる?」
「やっていいの?」
「いいよ」

嬉しそうに目を輝かせる様子に笑いそうになってしまった。
わくわくした様子が丸わかりで小学生かと内心で呟くに留める。
とうもろこしのヒゲが茶色いものを探してやり方を説明する。

「幹の方しっかり支えてとうもろこしを手前に、下に向かって引っ張るかんじ」
「ん、採れた!」
「うまいじゃん」

とうもろこしを嬉しそうに持つ萩斗にそう言って褒めると、照れくさかったのか目をそらしてぼそりと感謝を告げられた。
小学生男子ムーブすぎるだろ。
それから何本か良さそうなものを収穫して萩斗に声を掛ける。

「よし、じゃあ貴重品だけ持っていくぞ」
「どこ行くの?」
「調理実習室」

今から?と首をひねる相手を急かし、調理実習室のある実習棟へと向かった。

***

夏休みというだけあって学園内に人影は少ない。
運動場、体育館や武道場、テニスコートなどには部活の生徒がいるが、校舎内ではほとんど見かけない。
人が少ないからこそ、この目立つ男を連れ出しても大丈夫かと思ったのだ。

「調理実習室って空いてないんじゃないの?」
「連絡済みだから大丈夫」
「連絡って誰に」
「友達」
「え……」

萩斗が急に足を止めたので振り向けば、驚きと困惑の混ざったなんとも複雑な表情をしていた。

「椿って人間の友達いたんだ」
「めちゃくちゃ失礼なこと言うな」
「あっ違うごめん!あんまり人に興味無さそうなのに珍しいなって」
「まあ、元々幼馴染なんだよ」
「幼馴染……」

何か思案顔だったが、早く行くぞと急かして連れて行った。

調理実習室前に着くと丁度引き戸が空いた。
髪を団子に結った快活な女子と、奥にはショートボブの女子がとうもろこしの到着を待ち構えていた。

「おーいい感じのできたじゃん!」
「だろ?採れたてだから早いとこ食おうぜ」
「真菜!みてこれ!」
「いいねー大きいのできたじゃん」

奥にいた真菜が返事をした後、俺の後ろに目をやった。

「そちらがあの鹿島萩斗さん?」
「そ。萩斗、今奥にいる奴が│御園真菜《みそのまな》、お団子頭が│御園一葉《みそのかずは》、二年の双子で俺の従兄弟で幼馴染」
「情報量多いなー。どうも鹿島萩斗です」

ニコニコと挨拶する萩斗を見て、一葉がニヤリと笑って俺の肩を叩いた。

「鹿島くん、噂に違わずいい男じゃんーよかったね、つーちゃん」
「なんだよ」
「つーちゃん?」

バシバシ叩いてくる一葉を制していれば、萩斗が後ろからこちらを覗き込んできた。

「俺のこと、昔からの呼び方で呼んでくんだよ」
「えー可愛い。俺も呼びたい」
「絶対やめろ」

後ろからいつものようにのしかかってくる萩斗をあしらうと、室内の二人からやけに視線を感じた。
珍獣でも見たような顔をされ眉をひそめる。

「何だよ」
「いやあ、つーちゃんがそんなに誰かとベタベタしてるの初めて見たかも」
「ベタベタしてねえよ」
「距離近くても許せる系男子なのね」

何か頷きながら近づいてきた真菜が、俺の持っていたとうもろこしの入ったカゴを受取って訳知り顔で室内へと促した。
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