不定形な愛と花達(仮)

八六 一

文字の大きさ
25 / 26
5.臥猪床と手負いの獣

4

しおりを挟む
膝を抱えて座っていた萩斗がボソリと話だした。

「俺さ、今年の春休みくらいに両親の離婚の話が急に出て結構ショックでさ。そしたらなんか歌おうとしても声が出なくなっちゃったんだよね」
「大変だったんだな」
「もう焦ってさ、俺らがやってるバンドの曲がちょっと前にバズってから新曲作ろうって話の矢先だったから。注目されてるこの機会を逃すのはもったいないから、一旦サブボーカルが1人で歌う形の曲を作ろうってなって」

平静を装っていたいのだろうが、いつもより声が弱々しい。
わしわしと自分の髪を掴む仕草と悔しそうな顔がすべてを物語っていた。

「話あってそうしてくれって頼んだのも俺だし、バンドのこと考えた結果なんだけどさ。なんか家のこともあって恥ずかしい話だけど、どこにも居場所がなくなったみたな気持ちになってさ」
「別に恥ずかしくないだろ」

髪を掴んでいた手がぴくりとして、目がこちらを伺うように見てくる。

「俺だってじいちゃん倒れた時はショックだったし、何にも役に立てなくて全然子供じゃんって思った。俺等ってまだ自分で思ってるほど何でもできないし子供なんだよ。だから萩斗が家族のことで歌えなくなるくらいショックだったっておかしなことじゃないだろ」
「……椿」

萩斗が泣きそうな顔をした、というか目に涙がたまりほぼ泣いている。
泣くなってと言おうとしたら、その涙目のでかい男がこちらに向かって飛んできた。
そのままなぎ倒されて芝生の上に転がる。

「おっまえ……!ふざけんな!びっくりした……!」
「傷ついてんだから臥猪床になってよぉ」
「俺を敷くなよ!でかくて重いんだから大体の人間潰れるって自覚しろ!」
「椿以外を下に敷くつもり今んとこないから大丈夫」
「あのなぁ」

そのまま萩斗がぎゅうっとコアラのように俺に抱きついて首元に顔を埋めた。
身動きがとれないという言葉のままに、俺は丸太の様な状態で転がるしかない。

「本当にありがとう。椿と出会ってここに来るようになってから、徐々に歌えるようになってきたんだ」

俺の頭を抱え込んでありがとうと再び囁いた。

「学祭までには絶対復活するから、そしたら見に来てよ」
「お前に今圧死させられずにすんだら行くわ」

それは困る、と萩斗が起き上がったことでなんとか圧死は│免《まぬが》れた。
俺も起き上がり次第、一度頭突きをかましておいた。
死にかけたのだから当然の報復だ。

「絶対きてよ、学祭のライブ」
「わかったって。その代わりちゃんとかませよ」
「めっちゃ沸かせるから」

嬉しそうに笑う相手の目には希望が見えた。
あの日見た寂しそうな顔ではなくなっている。
本来の伸びやかで芯のある温かな歌声を響かせる日も近いだろう。
青空の下で聴衆に向かいキラキラした金髪の男が歌う漠然としたイメージが浮かんだ。
そうなるともうここには来なくなるかもしれないが、歌えるようになるのならその方がいいだろう。
ずっと一人で細々と庭の世話をしていた頃に戻るだけだ。
賑やかな日々を知ってしまった身からすると少し寂しさは感じる。
生暖かい風が萩を揺らし、花がサラサラと落ちた。

帰り道、真菜から来ていたメッセージは、一度送信取り消しがされた後、『鹿島くん、今近くにつーちゃんがいること、心強いと思うよ』と一言だった。
どの先生に隠し子がいて誰が不倫しているなど、あの情報通が学園の有名人のアレコレを知らないわけがない。
諸々考えた末に送ったものだろう。

「絶対人前で歌えるようになってくれよ」

誰もいない駅のベンチで一人ごちた。
必要なだけいたらいいし、傷が癒えて用がなくなったならば来なくても良い。
人の選択をどうこう考えるほうが疲れる。
学祭の季節を思って電車を待った。

***

夏休みが明けても未だ暑さの続く日々だ。
休み中も萩斗は毎日来ては歌を口ずさみながら植物の世話を手伝っていた。
たまに双子が調理実習室にいる時は、採れた野菜を持ち込んで調理して食べることもあった。
声も出るようになり、最近はちょくちょく軽音部に行っているようなので萩斗が復帰する日も近いだろう。

授業終わり、庭と温室に向かうため旧校舎前を通りがかった。
大正からある建物らしく、登録有形文化財にもなっている木造の洒落た校舎だ。
軒先がアーチを描く玄関前に何人か人がいた。
珍しいなと横切ろうとすると、そのうちの一人に呼び止められた。

「椿くんだよね?」
「!」

急に名前で呼ばれ驚いて足を止めた。
軟骨にピアスを開けた黒髪の男だった。
他に後ろにいる二人の男も見覚えがある。
萩斗のバンドメンバーだ。

「あー突然ごめんね、あいつがいつも椿くんのこと言うからつい…どうしても話たくてさ」
「なんすか」

わかりやすく警戒の色が見えたのだろう、相手は慌てて両手を振った。
どこかで見覚えのある動きだ。

「ほんとにこれだけ、萩斗のことありがとな」
「俺別に何もしてないけど」
「あいつ前はマジでだめになっちゃってたんだよ。椿くんの話聞くようになってから徐々に元気になってさ。おかげで歌えるようになって戻ってきたからまじで感謝してる」
「ありがとな!」

頭を下げる面々にやめてくれと言いながら、萩斗が部を休んでいる間もバンドの仲間とは連絡をとっていたことに驚いた。
意外とマメなタイプだと思った後、欠かさず毎日温室の水やりをする一面を思い出した。

「椿くん、またライブ来てくれよ」
「またって…」
「萩斗から聞いた、前に何度かライブ来てくれてたんだろ?」
「は…?」

頭が真っ白になり、一瞬思考停止する。
何度かライブに来ていたと萩斗から聞いた?
羞恥と怒りとないまぜになった気持ちが渦巻く。
今すぐにでもこの場を逃げ出したい。

「……今日萩斗は?」
「え、いつも通り椿くんのとこに行ってくるって言ってたけど」
「わかった、ありがと」

きょとんとした相手に感情のない返事をしてその場を後にした。
ただひたすら足早に目的地へと向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。 毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。 そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。 数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。 平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、 幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。 笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。 気づけば心を奪われる―― 幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...