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幼児期

遥(仮)安寧する。

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「は~る~か~ちゃ~ん?」
悪人面で微笑む自称 母親。
「な、なんなんですの!?ワタクシ何かいたしました?」
 
ちゃんと挨拶しろと言われていたし、その後は何も言わず座ってるだけでイイのでしょう?
 
しかし、この自称 母親である茜には毎回 驚かされる。
この手の人種は前世でも いなかった。
 
こんなに喜怒哀楽を激しく表現するなんて庶民でも珍しいのではないかしら……。
 
「こんな挨拶する3歳児なんて いるわけないでしょ!!」
「だいぶ省略させていただきましたし、この程度 2歳児でも言えますわよ?」
「だ~か~ら~名前 言って よろしくね、くらいでイイって言ったじゃん!!」
「だ、だから、そのくらいしか言ってませんわよ!!」
 
なんなんですの!!さっきから。
本当に本当に この方は言葉が通じないですわ!!
 
お手上げ状態で自称 父親である豊を見つめる。
彼はニコッと笑った。
「二人とも皆が待ってるから そろそろ上がらないかい?」
眼前 総スルー。
「ん?二人して可愛い顔して どうしたの?楽しいおしゃべりの続きは挨拶が終わってからにしようね」
「「………」」
 
毎回 思うのですが、この方は全てのことをプラスに変換させてしまうのよね。
こんな能天気で大丈夫なのかしら。
 
お父様は、シャルル・デ・ワトソン国王は、滅多に笑わぬ人であった。
政略結婚ではあったが母は大切にされていたと思う。
ただ、国王である父には何人も側室がいて何人も お子がいた。
年に数回しか訪れぬ父と 毎夜お洒落をして舞踏会にゆく母。
それが普通だと思っていた。
ワタクシの両手を二人が握って歩き出す。
その温もりに なんとも言えない感情が浮かんで そわそわする。
 
たとえ親と言えど、こんな気軽に淑女の手に触れて……。

そう思いながらも振り払うことは  できない。
 
ああ、人の手って温かいんですのね……。
 
そう思うと、ポロポロと涙が溢れてきた。
 
ああ、もう!!幼子の体は感情のコントロールも ままならないようですわね。
 
両手を握られていて 拭うこともできず、ポロポロと溢れてゆく。
「遥!?」
先に気づいたのは自称 母親の茜だった。
「大丈夫?ごめんね!!ちょっと きつく叱りすぎたね!!」
ポケットからハンカチを取り出して そっと拭う。
ぎゅうっと抱きしめて背中を擦られた。
「ゴメン、ゴメンね」
ワタクシより泣きそうな声で、顔で、何度も何度も謝る。
 
変なの……。親が子供に謝るだなんて……。
 
たとえ非が己にあろうと、上位のものが、親が、謝るなんて前代未聞。
 
「か、勘違いなさらないで!!ワタクシは自分が思うように立ち回れなかった不甲斐なさに涙したまでですわ!!」
プイッと横を向く。
「そ、そか……。お姫様だもんね」
弱々しい声にギョッとして ちらりと横目で盗み見ると自称 母親が今にも死んでしまうかのように顔面蒼白で俯いていた。
 
えーー!?
なんなんですの!!
 
この不可思議な状況が理解できずフリーズしていると頭に そっと大きな手が降りてきた。
「僕は遥ちゃんが とても上手に挨拶ができて、とっても嬉しいと思ったし、すっごく誉めてあげたいけど茜ちゃんは どうなのかな?」
同じように頭に手を置かれている自称 母親は一瞬 泣きそうになりながらも
「ア、アタシも上手に言えたと、思うし……可愛いかった、から……誉めたい」
「うんうん」
すっと腰をおろしワタクシと目線を合わせて、自称 父親が にっこりと微笑む。
「遥…お姫ちゃんがね、混乱するのも僕たちは分かってるんだよ。国が違うだけで風習や思想なんかも大きく変わってくるからね」
よしよしと頭を撫でる。
「お姫ちゃんは お姫ちゃんなりに一生懸命 頑張ってくれてるのは僕も茜ちゃんも分かってるんだ」
こくんと頷く。
「ただね、他の人も分かってくれるとは限らないんだ。もしかしたら お姫ちゃんを虐めたり、捕まえて嫌なことをするかも知れない。それを茜ちゃんは心配で心配でたまらないんだ」
ちらりと横目で盗み見ると、母親がポロポロと泣いていた。
「君には君の生きてきた習慣や常識があると思うけど、ここでの生活習慣も覚えてほしいって茜ちゃんは思ってるんだ。けして君を嫌いなわけじゃないよ」
こくんと頷く。
 
あの人が、ワタクシのためにしていることは分かってるわ。ただ、思うほど上手にできない。
 
慣れ親しんだものは自然と出てきてしまうし、それを あえて隠すにしても何が良くて何が悪いのか分からない。
「ゆっくりでいいよ。何かあれば僕たちが守るから」
父親がにっこりと告げると隣で泣きながら母親も頷いた。
 
変なの……。
 
ワタクシも涙で ぐちゃぐちゃで、母親も ぐちゃぐちゃで……。
なのに沸き上がってくる感覚は なんなのでしょう。
まったくの別世界で、己の常識の通用しないことばかりで不安を通り越して恐怖すら感じる現象にワタクシは何も恐れてはいないのです。
この ハチャメチャな二人の元で良かったとすら思えるほどに……。
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