63 / 277
第二章
戌歴九九八年・初冬(五)
しおりを挟む
宿舎の裏手は浅く広い大穴に飲み込まれていた。
排水に用いられていた川もその一部となり、クレーターの中には川の水が流れ込んでいる。
水が溜まれば池になるであろう大穴の中心で、カイは呆然と立ち尽くしていた。
その隣でアフィーが膝をつき、苦しそうに肩で息をしている。
二人は全身濡れそぼっている。
周囲を見渡すと濡れているのは二人だけでなく、半壊した宿舎も、クレーターのふちで折り重なるようにして倒れている数人の女も、みな一様に、まるで豪雨にでも打たれたかのように水浸しだった。
「カイさん!」
ラウラに呼びかけられて、カイははっと我に返り、狼狽した。
「ラウラ……シェルティ……」
ラウラとシェルティは大穴の中に降り、カイに駆け寄った。
「ご無事ですか?お怪我は?」
「うん、おれは全然平気だ。でも、アフィーが……」
「――――へいき」
カイの言葉に、アフィーは首を振った。
荒い呼吸のまま立ち上がり、一帯の有様を見て、呟いた。
「――――すごい。これで、もう、大丈夫」
アフィーはそう言って、場にそぐわない羨望の眼差しをカイに向ける。
カイはその視線を避けるように俯いた。
「こんなにやるつもりじゃ……」
ラウラはひとまずカイの無事に肩をなでおろした。
一方シェルティは険しい顔つきでカイを問い詰める。
「説明してくれ。なにがあった?これは君がやったのか?」
アフィーは晴れ晴れとした顔で大きく頷く。
「二人で、やった」
「違うんだ……」
カイは弱々しく否定したが、自分たちがいったい何をしてしまったのか理解せず、ただカイと為したこの所業を誇るべきことだと思っていたアフィーは、胸をはって繰り返した。
「わたしと、カイで、やっつけた」
「ちがうって!」
カイは怒鳴る。
アフィーは両目を大きく開き、硬直する。
「これはおれひとりでやったんだ」
カイは顔をあげ弁明する。
「アフィーはなにもしてない。全部おれが一人でやったんだ」
「だが……」
「アフィーから話を聞いたんだ。こいつ、他の候補生にイジメられたんだろ?いやもう、イジメどころか、暴力だろ。犯罪だろ。――――髪切るとか、殴るとか、ありえないだろ。許せないよ。そんなん、絶対。おれら丙級ってバカにされてきたけど、そこまではされてないよ。なんでアフィーだけ――――なんで今まで気づかなかったんだ――――」
「カイさん……」
「だからおれは、報復してやろうと思ったんだ。アフィーに代わって、そいつらをとっちめようと思った。……そんな大それたことをするつもりはなかったんだ。ちょっと、お灸を吸えてやるくらいのつもりだったんだ。それが、なんか、怒ってたからか、ぜんぜんうまく霊操できなくて――――」
カイは自分の両手を見つめる。
「――――いや、むしろ、霊操はうまくできてたかもしれない。おれは、あいつらがアフィーを侮辱したのが許せなくて、こんなやつら、とことん痛い目を見ればいいって思ったから」
カイは怒りに任せて力の制御をしなかった。
例えばこれが現実世界であったのなら、カイがどれだけ怒り狂おうとも、その貧弱な拳で相手を殴りつけるのが精々だ。
しかし今のカイは世界を滅ぼす災嵐に拮抗しうるエネルギーを秘めている。
制御を失えば甚大な被害を出すことは免れないだろう。
「うう……」
クレーターの縁で倒れる候補生が苦しそうにうめく。
カイは倒れる女を横目で一瞥するが、すぐに目を逸らした。
そして両手を握りしめ、覚悟を決めたように言う。
「ラウラ、シェルティ、本当にごめん。責任は、おれ一人でとるから――――とりえず今は、あいつらを助けないと」
シェルティは頷き、カイと共に女たちの方へ向かった。
ラウラはカイに言いたいことがたくさんあった。
けれどすべて飲み込んで、負傷者の救護が優先だと自分に強く言い聞かせる。
「アフィー、動けますか?」
ラウラは硬直したままのアフィーの手を取った。
するとそれまで無表情だったアフィーの顔が歪む。
「ぐ……」
アフィーは小さな苦痛の叫びを漏らすと、その場にひざをついた。
「……え?」
ラウラは熱く湿ったアフィーの掌を開く。
アフィーの手は掌から手首にかけてひどく焼け爛れ、うっすらと血が滲んでいた。
「これは……」
ラウラはアフィーがそのまま倒れてしまわないよう支えながら、もう片方の手を取って見る。
手はやはり同じように焼け爛れている。
「……痛い」
アフィーがくぐもった声を漏らす。
その額には汗が浮かび、呼吸は荒い。
ラウラはそこではじめて、アフィーはただ濡れそぼっていたわけではなく、自身の汗で濡れていたのだということに気づく。
「アフィー、この傷は?まさかこれも、彼女たちに?」
アフィーは首をふって否定する。
「では、こんなひどい怪我、どうして――――」
「カイから、霊力、もらったから」
「――――え?」
ラウラは全身から血の気が引いていくのを感じた。
「カイさん、まさか、アフィーに注霊を?!」
「注霊?」
尋常ならざる様子のラウラと、はじめて耳にする用語に、カイは困惑する。
「わたしは、カイから、霊摂した」
アフィーは繰り返し呟いた。
その目は焦点を失っている。
だらりと力の抜けた両手は大きく震え、全身からとめどなく汗が噴き出している。
ラウラはそんなアフィーの様子を見て、二人がなにをしたのか悟った。
アフィーは嘘をついていない。
ただ認識に誤りがあった。
人間を含む動物は基本的に霊摂の対象とされない。
第一に、それを行った場合、霊摂の対象に命の保証はないからだ。
体内の霊力が一定量を下回ると、その生物は死に至る。
水や風、土からでも霊力を得ることのできる中で、それこそ対象を殺す目的でもない限り、あえて動物から霊摂をする人間はいない。
そして次に、動物からの霊摂は自然や植物と比べて圧倒的に難しいからだ。
動物の体内を循環する霊力はその配列が複雑で、かつ結びつきも強い。その配列を崩し、並べ替え、自らの霊力に置き換えるのは至難の業だ。
特に人間からの霊摂は、よほど熟達した霊師でもない限り、まず不可能な芸当といっていい。
(それを、アフィーさんがしたとは、思えない)
(それに、この傷――――)
爛れたアフィーの掌を見て、ラウラは確信する。
(カイさんはさっき怒りで制御を失ったって言ってた)
(もし、制御を失った結果、無意識でアフィーさんに霊を送り込んでしまったとしたら――――)
ラウラは思わず息を飲む。
(アフィーさんは霊摂をしたんじゃない)
(カイさんに、注霊されたんだ)
霊具に霊力をこめるように、カイは無意識のうちに、アフィーに霊力を注ぎ込んでしまったのだ。
人から人への霊力の注入。
それは技師たちの間で禁忌とされる行為だった。
肉体は異なる配列の霊力を拒絶する。
肉体の拒絶反応によって、注霊部位は火傷のような症状を引き起こす。
注霊とは最悪の場合死に至る、危険な行為であった。
アフィーの肉体も、カイの膨大な霊力を処理しきることができず、掌はただれ、血圧が急上昇してしまっていた。
アフィーの肉体は、破裂寸前だった。
(ど、どうしよう……)
ラウラは狼狽する。
注霊についての知識は持っていたが、その対処方はわからなかった。
「う……」
ついにアフィーは意識を失ってしまう。
「アフィー!」
カイは慌ててアフィーを支え、ラウラに助けを求める。
「ラウラ!どうしよう、アフィーが……!なんで……?どうしたらいい?!」
ラウラはなにも答えることができない。
カイと同じように、狼狽し、誰かに助けを求めることしかできなかった。
(どうしよう……どうすれば……)
(誰か助けて)
(お兄ちゃん――――!)
「いたぞ!」
そのとき、事態を知った教官たちがノヴァを伴って宿舎裏にやってきた。
「ラウラ!」
ノヴァはクレーターの中にラウラの姿を認めると、教官たちを押しのけて中に飛び降りた。
クレーターには汚水が溜まり始めていたが、ノヴァは気にせず、脛にかかる水を蹴り上げるようにして、ラウラのもとに飛んできた。
「無事か!?」
ラウラは頷き、ノヴァにアフィーの両手を見せた。
「まさか、注霊痕か?」
ラウラは涙目になって、ノヴァに縋る。
「どうしたら――――アフィーさんは、このままでは――――」
ノヴァはアフィーの手をとり、注霊痕の具合を確かめた。
「浅い」
ノヴァは険しい表情でラウラに問う。
「この者は、アフィー・サルクだな?丙級の中でも指折りの、霊力量の多い候補生で間違いないか?」
「は、はい」
ラウラは瞠目し、頷いた。
受け持ちでもない候補生の情報を、顔を一目見ただけで、ノヴァが言い当てたからだ。
「であれば――――」
ノヴァはもう一度アフィーの手を観察し、それから安心させるように、ラウラに微笑みかけた。
「大丈夫だ。確かにこれは注霊痕には間違いないが、かなり軽度のものだ。おそらく本人の許容限界をわずかに越えた程度の注霊で収まったのだろう。命に別状はない」
ラウラはその場にへたりこんだ。
汚水は刺すように冷たかったが、安堵で痛みなどまるで感じなかった。
「よかった……」
涙を浮かべるラウラに、安心するのはまだはやい、とノヴァは言い足した。
「外傷としてはかなり重度のものだ。すぐに処置をする必要がある」
ラウラははっとして涙を拭き取り、処置の方法を尋ねる。
「火傷の処置と同様だ。清潔な冷水に十分な時間晒してから、包帯で保護するといい。――――重ねて聞くが、きみ自身は、無事なんだな?」
「はい、なんともありません」
ノヴァは小さく息を吐き、クレーター外にいる教官たちに負傷者の救護を最優先するよう指示を出した。
それからシェルティとカイを呼び寄せ、アフィーとラウラと共に住居に戻るよう言った。
「僕はしばらくここを離れられないが、遅くとも夜が明けるまでには一度訪ねる。それまでそこを動かないでくれ」
「アフィーは医者に診せなきゃダメだろ」
カイは言ったが、ノヴァは厳しい顔つきで首を振る。
「いや……この騒動の発端は、君なんだろう?」
ノヴァに問われ、カイは言葉に詰まる。
それを肯定だと受け取ったノヴァは、眉間に寄せる皺を深くしてため息をついた。
「厄介な状況だ。うまく誤魔化せればいいが――――とにかく君たちは大人しくしていてくれ」
排水に用いられていた川もその一部となり、クレーターの中には川の水が流れ込んでいる。
水が溜まれば池になるであろう大穴の中心で、カイは呆然と立ち尽くしていた。
その隣でアフィーが膝をつき、苦しそうに肩で息をしている。
二人は全身濡れそぼっている。
周囲を見渡すと濡れているのは二人だけでなく、半壊した宿舎も、クレーターのふちで折り重なるようにして倒れている数人の女も、みな一様に、まるで豪雨にでも打たれたかのように水浸しだった。
「カイさん!」
ラウラに呼びかけられて、カイははっと我に返り、狼狽した。
「ラウラ……シェルティ……」
ラウラとシェルティは大穴の中に降り、カイに駆け寄った。
「ご無事ですか?お怪我は?」
「うん、おれは全然平気だ。でも、アフィーが……」
「――――へいき」
カイの言葉に、アフィーは首を振った。
荒い呼吸のまま立ち上がり、一帯の有様を見て、呟いた。
「――――すごい。これで、もう、大丈夫」
アフィーはそう言って、場にそぐわない羨望の眼差しをカイに向ける。
カイはその視線を避けるように俯いた。
「こんなにやるつもりじゃ……」
ラウラはひとまずカイの無事に肩をなでおろした。
一方シェルティは険しい顔つきでカイを問い詰める。
「説明してくれ。なにがあった?これは君がやったのか?」
アフィーは晴れ晴れとした顔で大きく頷く。
「二人で、やった」
「違うんだ……」
カイは弱々しく否定したが、自分たちがいったい何をしてしまったのか理解せず、ただカイと為したこの所業を誇るべきことだと思っていたアフィーは、胸をはって繰り返した。
「わたしと、カイで、やっつけた」
「ちがうって!」
カイは怒鳴る。
アフィーは両目を大きく開き、硬直する。
「これはおれひとりでやったんだ」
カイは顔をあげ弁明する。
「アフィーはなにもしてない。全部おれが一人でやったんだ」
「だが……」
「アフィーから話を聞いたんだ。こいつ、他の候補生にイジメられたんだろ?いやもう、イジメどころか、暴力だろ。犯罪だろ。――――髪切るとか、殴るとか、ありえないだろ。許せないよ。そんなん、絶対。おれら丙級ってバカにされてきたけど、そこまではされてないよ。なんでアフィーだけ――――なんで今まで気づかなかったんだ――――」
「カイさん……」
「だからおれは、報復してやろうと思ったんだ。アフィーに代わって、そいつらをとっちめようと思った。……そんな大それたことをするつもりはなかったんだ。ちょっと、お灸を吸えてやるくらいのつもりだったんだ。それが、なんか、怒ってたからか、ぜんぜんうまく霊操できなくて――――」
カイは自分の両手を見つめる。
「――――いや、むしろ、霊操はうまくできてたかもしれない。おれは、あいつらがアフィーを侮辱したのが許せなくて、こんなやつら、とことん痛い目を見ればいいって思ったから」
カイは怒りに任せて力の制御をしなかった。
例えばこれが現実世界であったのなら、カイがどれだけ怒り狂おうとも、その貧弱な拳で相手を殴りつけるのが精々だ。
しかし今のカイは世界を滅ぼす災嵐に拮抗しうるエネルギーを秘めている。
制御を失えば甚大な被害を出すことは免れないだろう。
「うう……」
クレーターの縁で倒れる候補生が苦しそうにうめく。
カイは倒れる女を横目で一瞥するが、すぐに目を逸らした。
そして両手を握りしめ、覚悟を決めたように言う。
「ラウラ、シェルティ、本当にごめん。責任は、おれ一人でとるから――――とりえず今は、あいつらを助けないと」
シェルティは頷き、カイと共に女たちの方へ向かった。
ラウラはカイに言いたいことがたくさんあった。
けれどすべて飲み込んで、負傷者の救護が優先だと自分に強く言い聞かせる。
「アフィー、動けますか?」
ラウラは硬直したままのアフィーの手を取った。
するとそれまで無表情だったアフィーの顔が歪む。
「ぐ……」
アフィーは小さな苦痛の叫びを漏らすと、その場にひざをついた。
「……え?」
ラウラは熱く湿ったアフィーの掌を開く。
アフィーの手は掌から手首にかけてひどく焼け爛れ、うっすらと血が滲んでいた。
「これは……」
ラウラはアフィーがそのまま倒れてしまわないよう支えながら、もう片方の手を取って見る。
手はやはり同じように焼け爛れている。
「……痛い」
アフィーがくぐもった声を漏らす。
その額には汗が浮かび、呼吸は荒い。
ラウラはそこではじめて、アフィーはただ濡れそぼっていたわけではなく、自身の汗で濡れていたのだということに気づく。
「アフィー、この傷は?まさかこれも、彼女たちに?」
アフィーは首をふって否定する。
「では、こんなひどい怪我、どうして――――」
「カイから、霊力、もらったから」
「――――え?」
ラウラは全身から血の気が引いていくのを感じた。
「カイさん、まさか、アフィーに注霊を?!」
「注霊?」
尋常ならざる様子のラウラと、はじめて耳にする用語に、カイは困惑する。
「わたしは、カイから、霊摂した」
アフィーは繰り返し呟いた。
その目は焦点を失っている。
だらりと力の抜けた両手は大きく震え、全身からとめどなく汗が噴き出している。
ラウラはそんなアフィーの様子を見て、二人がなにをしたのか悟った。
アフィーは嘘をついていない。
ただ認識に誤りがあった。
人間を含む動物は基本的に霊摂の対象とされない。
第一に、それを行った場合、霊摂の対象に命の保証はないからだ。
体内の霊力が一定量を下回ると、その生物は死に至る。
水や風、土からでも霊力を得ることのできる中で、それこそ対象を殺す目的でもない限り、あえて動物から霊摂をする人間はいない。
そして次に、動物からの霊摂は自然や植物と比べて圧倒的に難しいからだ。
動物の体内を循環する霊力はその配列が複雑で、かつ結びつきも強い。その配列を崩し、並べ替え、自らの霊力に置き換えるのは至難の業だ。
特に人間からの霊摂は、よほど熟達した霊師でもない限り、まず不可能な芸当といっていい。
(それを、アフィーさんがしたとは、思えない)
(それに、この傷――――)
爛れたアフィーの掌を見て、ラウラは確信する。
(カイさんはさっき怒りで制御を失ったって言ってた)
(もし、制御を失った結果、無意識でアフィーさんに霊を送り込んでしまったとしたら――――)
ラウラは思わず息を飲む。
(アフィーさんは霊摂をしたんじゃない)
(カイさんに、注霊されたんだ)
霊具に霊力をこめるように、カイは無意識のうちに、アフィーに霊力を注ぎ込んでしまったのだ。
人から人への霊力の注入。
それは技師たちの間で禁忌とされる行為だった。
肉体は異なる配列の霊力を拒絶する。
肉体の拒絶反応によって、注霊部位は火傷のような症状を引き起こす。
注霊とは最悪の場合死に至る、危険な行為であった。
アフィーの肉体も、カイの膨大な霊力を処理しきることができず、掌はただれ、血圧が急上昇してしまっていた。
アフィーの肉体は、破裂寸前だった。
(ど、どうしよう……)
ラウラは狼狽する。
注霊についての知識は持っていたが、その対処方はわからなかった。
「う……」
ついにアフィーは意識を失ってしまう。
「アフィー!」
カイは慌ててアフィーを支え、ラウラに助けを求める。
「ラウラ!どうしよう、アフィーが……!なんで……?どうしたらいい?!」
ラウラはなにも答えることができない。
カイと同じように、狼狽し、誰かに助けを求めることしかできなかった。
(どうしよう……どうすれば……)
(誰か助けて)
(お兄ちゃん――――!)
「いたぞ!」
そのとき、事態を知った教官たちがノヴァを伴って宿舎裏にやってきた。
「ラウラ!」
ノヴァはクレーターの中にラウラの姿を認めると、教官たちを押しのけて中に飛び降りた。
クレーターには汚水が溜まり始めていたが、ノヴァは気にせず、脛にかかる水を蹴り上げるようにして、ラウラのもとに飛んできた。
「無事か!?」
ラウラは頷き、ノヴァにアフィーの両手を見せた。
「まさか、注霊痕か?」
ラウラは涙目になって、ノヴァに縋る。
「どうしたら――――アフィーさんは、このままでは――――」
ノヴァはアフィーの手をとり、注霊痕の具合を確かめた。
「浅い」
ノヴァは険しい表情でラウラに問う。
「この者は、アフィー・サルクだな?丙級の中でも指折りの、霊力量の多い候補生で間違いないか?」
「は、はい」
ラウラは瞠目し、頷いた。
受け持ちでもない候補生の情報を、顔を一目見ただけで、ノヴァが言い当てたからだ。
「であれば――――」
ノヴァはもう一度アフィーの手を観察し、それから安心させるように、ラウラに微笑みかけた。
「大丈夫だ。確かにこれは注霊痕には間違いないが、かなり軽度のものだ。おそらく本人の許容限界をわずかに越えた程度の注霊で収まったのだろう。命に別状はない」
ラウラはその場にへたりこんだ。
汚水は刺すように冷たかったが、安堵で痛みなどまるで感じなかった。
「よかった……」
涙を浮かべるラウラに、安心するのはまだはやい、とノヴァは言い足した。
「外傷としてはかなり重度のものだ。すぐに処置をする必要がある」
ラウラははっとして涙を拭き取り、処置の方法を尋ねる。
「火傷の処置と同様だ。清潔な冷水に十分な時間晒してから、包帯で保護するといい。――――重ねて聞くが、きみ自身は、無事なんだな?」
「はい、なんともありません」
ノヴァは小さく息を吐き、クレーター外にいる教官たちに負傷者の救護を最優先するよう指示を出した。
それからシェルティとカイを呼び寄せ、アフィーとラウラと共に住居に戻るよう言った。
「僕はしばらくここを離れられないが、遅くとも夜が明けるまでには一度訪ねる。それまでそこを動かないでくれ」
「アフィーは医者に診せなきゃダメだろ」
カイは言ったが、ノヴァは厳しい顔つきで首を振る。
「いや……この騒動の発端は、君なんだろう?」
ノヴァに問われ、カイは言葉に詰まる。
それを肯定だと受け取ったノヴァは、眉間に寄せる皺を深くしてため息をついた。
「厄介な状況だ。うまく誤魔化せればいいが――――とにかく君たちは大人しくしていてくれ」
0
あなたにおすすめの小説
元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々
於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。
今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが……
(タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)
封印されていたおじさん、500年後の世界で無双する
鶴井こう
ファンタジー
「魔王を押さえつけている今のうちに、俺ごとやれ!」と自ら犠牲になり、自分ごと魔王を封印した英雄ゼノン・ウェンライト。
突然目が覚めたと思ったら五百年後の世界だった。
しかもそこには弱体化して少女になっていた魔王もいた。
魔王を監視しつつ、とりあえず生活の金を稼ごうと、冒険者協会の門を叩くゼノン。
英雄ゼノンこと冒険者トントンは、おじさんだと馬鹿にされても気にせず、時代が変わってもその強さで無双し伝説を次々と作っていく。
知識スキルで異世界らいふ
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ
ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします
ランド犬
ファンタジー
異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは
――〈ホームセンター〉
壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。
気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。
拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?
リヴァイヴ・ヒーロー ~異世界転生に侵略された世界に、英雄は再び現れる~
灰色キャット
ファンタジー
「君に今の時代に生まれ変わって欲しいんだ」
魔物の王を討伐した古き英雄グレリア・ファルトは死後、突然白い世界に呼び出され、神にそう言われてしまった。
彼は生まれ変わるという言葉に孫の言葉を思い出し、新しい人生を生きることを決意した。
遥か昔に生きていた世界がどう変わっているか、発展しているか期待をしながら700年後の時代に転生した彼を待ち受けていたのは……『英雄召喚』と呼ばれる魔法でやってきた異世界人の手によって破壊され発展した――変貌した世界だった。
歴史すら捻じ曲げられた世界で、グレリアは何を求め、知り……世界を生きるのだろうか?
己の心のままに生き、今を知るために、彼は再び歴史を紡ぐ。
そして……主人公はもう一人――『勇者』、『英雄』の定義すら薄くなった世界でそれらに憧れ、近づきたいと願う少年、セイル・シルドニアは学園での入学試験で一人の男と出会う。
そのことをきっかけにしてセイルは本当の意味で『勇者』というものを考え、『英雄』と呼ばれる存在になるためにもがき、苦しむことになるだろう。
例えどんな困難な道であっても、光が照らす道へと……己の力で進むと誓った、その限りを尽くして。
過去の英雄と現代の英雄(の卵)が交差し、歴史を作る!
異世界転生型アンチ異世界転生ファンタジー、ここに開幕!
――なろう・カクヨムでも連載中――
転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!
nineyu
ファンタジー
男は絶望していた。
使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。
しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!
リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、
そんな不幸な男の転機はそこから20年。
累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
妖精の森の、日常のおはなし。
華衣
ファンタジー
気づいたら、知らない森の中に居た僕。火事に巻き込まれて死んだはずだけど、これってもしかして転生した?
でも、なにかがおかしい。まわりの物が全部大きすぎるのだ! 草も、石も、花も、僕の体より大きい。巨人の国に来てしまったのかと思ったけど、よく見たら、僕の方が縮んでいるらしい。
あれ、身体が軽い。ん!?背中から羽が生えてる!?
「僕、妖精になってるー!?」
これは、妖精になった僕の、ただの日常の物語である。
・毎日18時投稿、たまに休みます。
・お気に入り&♡ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる