災嵐回記 ―世界を救わなかった救世主は、すべてを忘れて繰りかえす―

牛飼山羊

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第二章

天葬

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また雲が動き、月は再び隠される。深い宵闇が戻ってくる。
カイは風に背をおされるように、レオンの隣に並び立って、ケタリングを見つめた。
「ケタリングは不老不病の生き物だ」
レオンに光球を飲み込まされたケタリングは、固く硬直したまま微動だにしない。
潰れかけた左目も、真っ黒いままだが、もはやカイの姿を捉えようとしていない。
「おれが知っている限り、こんなふうに気が狂っちまうこともない。外地ではどう生きているのかわからないが、少なくとも内地では、食べることも眠ることも必要としない、繁殖行動も起こさない、ただ空を自由に泳ぐことだけが目的みたいな生き物だ」
カイはレオンがなにを言おうとしているのかわからなかった。
しかし答えを急くことはせず、黙って、話に耳を傾けた。

「人間が捕縛術と解体方法を見つけるまでは、内地に外敵もいなかった」
「ケタリングは親から子へ、子から孫へ、世代をまたいで引き継がれていくものだった」「だがそんなケタリングも、災嵐にだけは敵わない」
「ケタリングは命令に忠実だ。ウルフの者が命じれば、どんな災嵐からも命がけで人間を守った」
「石が降ろうが、火に巻かれようがな」
「ときには壁となり、ときには足場となり、どれだけ身が傷つこうと臆することはなかった」
「ケタリングは苦痛を感じることはないが、一度ついた傷は二度と治らない」
「ひしゃげた翼も、折れた足も、潰れた尾も、元に戻ることはない」
「傷ついたケタリングはおれたちにちって危険な存在になる」
「体液に発火作用があるからな。傷口から体液が空気に触れて、引火して、全身火だるまになるんだ」
「運が悪ければ大爆発を起こす」
「だからウルフは、見込みのなくなったケタリングを空に葬ってきた」

カイは空を見上げる。
雲は大河のように耐えず流れ続けている。
月の光を受けて、まるで波立水面のようだ。
静止しているのは中天に座す二重の黒円、天回だけだった。
天回は空にあいたのぞき穴のように、あるいはそれ自体が目であるかのように、いつになく強い存在感を放っていた。

「狗鷹くらいの大きさのもんなら、人目につかないとこに埋めるのは易いが、ケタリングは大きい。外皮も土に埋めただけじゃいつ朽ちるかわからない。だから空に葬るんだ」
カイは空からレオンに視線を戻す。
「おれはなにをすればいい?」
レオンはわずかに口角をあげて頷く。
「天葬は本来、それなりの霊操ができるやつが十人はいる。だがお前の霊力があれば、おれひとりでもなんとかなるだろ」
「……おれの霊力を、レオンに?」
「ああ」
それを聞いたカイは怯む。
ラウラははっとして後ろを振りかえる。
岩陰から、アフィーが顔をのぞかせている。
一度は狼狗に追い立てられ、他の技官と共に後退したアフィ―だったが、引き返してきてカイとレオンのやりとりを見守っていたのだ。
「でもおれ、それ、一回失敗したんだ」
カイは拳を握りしめる。
「レオンに、怪我させるかもしれない」
「かまわねえよ」
レオンは一笑し、鼻を鳴らした。
「おれだって、話には聞いちゃいたが、実際に天葬をすんのははじめてなんだ。失敗したらお前も道ずれだぞ」
「お互い様ってか。……うん、やろう」
カイは握った拳を開き、レオンの背に押し当てた。
「ラウラ、すこし離れてくれるか」
ラウラは首をふって拒否する。
「私もここにいます」
「ダメだ。――――ノヴァ、頼む」
ノヴァは苦々しい表情を浮かべたが、しかしラウラの手をとって、アフィ―の隠れる岩まで下がっていった。



その弔いは、世界中の人びとの目に触れた。

あまりにも美しく、そして盛大な葬儀だった。
ケタリングの身体は、まるで抱き上げられる赤子のように、そっと宙に持ち上げられた。
崩れた岩壁の山は音を立てて崩れ、地響きと土埃で辺りをいっぱいにした。
ようやく視界が開けたころには、ケタリングはもうすぐには見つけられないほどに小さくなっていた。
今晩がもし、雲がなく、月も暗い、星々が燦然と輝く夜空であったならば、ケタリングは星々の輝きの一つとなり、すでに判別がつかなくなっていただろう。
「あ……」
雲の下でたったひとつ輝く銀の星は、ふいに、その姿を消す。
そして次の瞬間、ケタリングの身は弾け、光となった。

ガシャンッ!

巨大な鐘を打ち鳴らしたような轟音が、光を追い越して、地上に響き渡る。
光はゆっくりと弾け、空に広がっていく。
はじめ球体だった光は、やがて枝分かれしてき、長い尾を引きながら、地上に降り注いでいく。
花火というにはあまりにも大きく、流星群というにはあまりにも近い。
光は内地を明るく照らしあげた。
雲が月を隠していることどころか、いまが夜であることさえも忘れてしまう明るさだ。

「きれい……」
ラウラは思わず呟いた。
光は地上に近づくほど細かくなり、人びとのもとへ届くころには、触れたとたんに消える、暖かい光の雨となる。
幕屋に隠れていたラプソの女たちも、ケタリングに倒された官吏たちも、己が窮状を忘れ、ただその光に見入った。
「ああ……」
ノヴァは半ば放心状態で、感嘆の息を漏らした。
アフィ―も含め、三人は、あまりのも幻想的で美しい光景に見惚れ、しばらくの間動くことができなかった。

「天変地異でも起こったのかな」
汗だくで現れたシェルティの一声で、三人はようやく我に返った。
「兄上!ご無事でしたか!」
シェルティは袖で汗をぬぐいながら頷き、ラウラに目を向ける。
「どうなった?ケタリングは?」
ラウラは首を振って、空を見上げた。
シェルティはそれを追い、そうか、と呟いた。
「決断できたんだな」
シェルティは乱れた髪を整えながら、ノヴァに尋ねる。
「君が指揮を?」
「はい。しかし――――すべてではありません」
「……そうか」
二人は荒れ果てた冬営地と、そこに倒れる人びとを眺める。
「確認するが――――ノヴァ・ラサ。君はぼくたちの味方か?」
「敵だったことなどありません」
「ぼくたちは朝廷に歯向かう反逆者だと、ぼくの相対した部隊の連中はのたまっていたが?」
「まさか!ありえません。兄上こそ、なぜウルフの者と……?連中に拉致されたはずでは……?」
「すり合わせが必要だな」
シェルティはため息をついた。
「何人死んだ?」
「正確にはまだわかりませんが、両手ではとても足りないでしょう」
「ひどいな」
「まずは負傷者の救護を。話はそれからでも?」
「ああ。だけど、その前に――――」
シェルティはノヴァから視線を逸らすと、柔らかい笑みをたたえ、アフィ―に顔を向けた。

「久しぶりだね」
アフィ―は姿勢を正し、頭を下げる。
「かしこまらなくていい。――――君はなぜここに?」
「わたしは、カイを、知っているので、顔が分かるので、ノヴァ殿下から要請されて、捜索隊に、入りました」
アフィ―はそう言って、いまだ空を見上げたままでいるカイに目線を送った。
「そうか。――――カイを助けにきてくれたんだね。ありがとう」
シェルティの言葉に、アフィ―は一層深く頭を下げた。
ラウラは自分のことのように誇らしげに、シェルティに伝える。
「アフィ―はケタリングに吹き飛ばされたカイさんを、間一髪のところで助けてくれたんです!」
「――――吹き飛ばされた?」
シェルティは先ほどよりずっと大きなため息を吐いた。
「また無茶をしたのか?彼は。それもまたぼくのいないところで。――――いっそ首輪でもつけておこうか」
シェルティの言葉に、ラウラは苦笑いを浮かべ、アフィ―は目をぱちくりと瞬かせた。
しかしノヴァは賛成です、と言って腕を組んだ。
「とびきり太い鎖もつけましょう」
ノヴァがあまりにも真剣な、神妙な面持ちで言ったので、シェルティとラウラは顔を見合わせて笑った。
「ノヴァでもそういう冗談を言うんですね」
「冗談じゃない。本気で言ってる」
「あはは。珍しく気が合うな、ノヴァ」
シェルティはノヴァの肩を軽く叩いた。
ノヴァは目を丸くした。
兄からこれほど気安く接されたのは、はじめてのことだった。
「それじゃあみんなで行こうか」
シェルティは続けて、ラウラとアフィーの肩も叩いた。
「ぼくらの厄介な英雄をつかまえに」
ケタリングは、光の雨はもう消えかかっていたが、レオンとカイは空を見つめ続けていた。
アフィーは駆け足で、シェルティは悠々と、ラウラとノヴァは並び立って、二人のもとへ向かって行った。



長かった夜が、終わろうとしていた。

空は未だ重なり合う雲で覆われ、日の出は拝めそうになかった。
あれほど眩しく輝いていた月も、いつの間にか見えなくなってしまっている。
いま、雲を通して地上に降り注ぐ灰色の光は、日光がもたらすものか、月光がもたらすものか、誰にも判別はつけられなかった。
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