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君に会いたくて
始発
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疾走、激走、爆走。木々の間から木漏れ日が美しく指し、頬を伝う汗が緊迫した状況をものがっている。茂みをかき分け、何かが追走する。息を荒げ、走る足が絡れそうになるが、なんとか堪えて地面を蹴る。どれくらい走っていただろうか。休む間も無く動かし続けた身体はそろそろ限界だ。これ以上走ってもいずれは追いつかれる。ならば気力が振り絞れる今のうちに。
「参ったなぁ、これでも体力には、はっはっ…自信があったんだけど。」
巨大な杉の木を背に腰の短剣を抜き構える。随分と使い込まれた短剣はあまり似つかわしくないように見える。
心臓の鼓動が脳天にまで聞こえてくる。
まだ拙い構えからは初々しさを感じさせ、荒げる息も高鳴る鼓動も大自然の優美さも初めて過ぎる出来後だ。
「来るなら来い。」
「できるなら来ないでもらったほうが助かるけど。」
人は追い詰められると笑いがこみ上げてくるのだとまた初めて思う。カルルルルと甲高い唸り声と共に現れたのは山吹色の縞模様をした四足獣。数頭が等間隔に広がりにじり寄る。
「正念場、だな。」
少年アオイはこの時祖父ヒロより教わったある『旅の心得』を思い出していた。
「旅の心得その一は『恐怖』だ。逃げることは恥じゃない。大いに逃げろ。命あってこそ、だからな。」
「その二は『知識』知っていればその時の行動に幅ができる。要は勉強しろってことだな。」
「そして最後、その三は逃げることも出来ず戦闘が避けられない場合だ。」
無意に勿体ぶるアオイが期待と熱望の眼差しでこちらを見ていることに気がついたヒロは意地の悪そうな笑みを浮かべると、「よし、自分で考えろ。」とアオイに一任した。
当時はその発言と行動原理に失望を隠せなかった。
「ふざけんなよマジで。てか何で心得を自分で考えなくちゃいけないんだよ。」
今でもあの時の発言には疑問を抱く。それでも前者の二つについてはよく理解して取り組んだ。現にその成果は目の前の現状によく役立った。
(こいつはハイコウだったか、耳がよくて口が大きいのが特徴だったけ。)
《ハイコウ》
体長1m~1.5m程の小型の獣。薄暗いところを好み、常にリーダー格を筆頭に5~6頭の群れを形成している。
四足で体毛は山吹色で縞模様。奥歯まで見える程口が大きく口角が上がっているため常に笑っているように見える。そのほかにも聴覚が発達しており視覚よりも聴覚に頼っているため目は小さく退化している。
思考を巡らせている間も獣達は目の前にある肉の馳走に喰らいつきたくて涎を垂れ流している。そのうち一匹がたまらずアオイに飛びつこうと跳躍する構えを見せた。少年は腰のポーチからクラッカーと耳栓を取り出した。
《クラッカー》
三角錐状の厚紙で作られており、鋭角な部分から紐が伸び、紐を引っ張ると火薬による破裂音が辺りに響き渡る。なお、使用者も耳栓をつけていないと自身にも影響が及ぶため使用には注意が必要である。※ただし一発限りである。
耳栓を付けると獣は大口を開いて飛びついてきた。
間髪入れずアオイはクラッカーから伸びる紐を引っ張った。鼓膜を突き破るかと思うほどの破裂音が辺りに響く。騒がしく感じた森のせせらぎもあの破裂音の後では微々たるもの。ハイコウ達は破裂音を至近距離で喰らい怯んでいる。獣達の間をすり抜け森の奥へと否応にも足を踏み込んだ。
「ちゃんと前に進んでるのか?」
「目的地には近づいているのか?」
そんな不安定な苛立ちが燻っている。アオイの眼の前には白。5m先も見えない濃霧。先程死に物狂いで走って疲弊しているはずの足が勝手に動く。何かに後押しでもされたようだった。
「はっはっはっ。」
恐怖や不安感といったものが睨んでいる。
「カエルになった気分だよ。」
止めた。七が疲労で三が恐怖と不安。ブレンドされた負の要素がありもしない夢を創り出す。落ち着かせようと巨大な杉の根に腰を下ろす。自身の胸に手を当てて、努力はしてみるがこれが中々上手くいかない。少しの間、腰を下ろし自身に言い聞かせ続けていた。
「落ち着け、落ち着け、僕なら大丈夫だ。」
何か大きな化け物が後ろから襲ってくるのではないか、今にも飛び掛かろうと気を窺っているのではないか。そんな非現実的な事が頭に横切る。頭を抱え込みもがく。何故アオイはここに居るのかどこを目指しているのか。
「何でこんな事しなくちゃいけないんだよ。いーちゃん。」
笑われた気がした。何やってんだよ、情けない奴だなぁと小馬鹿にされた気がした。こっちは貴方のせいでどれだけ…と逆切れしそうになって顔を上げた。幻覚の次は幻聴か、ここまで来ると末期だろう。くたびれた身体は完全に根を上げているようだ。だが妙に落ち着く感じがそこにはあって落ち着きつつあった。偶然か奇跡か、ふと横目に何かを捉えた。微かに微量ではあるが、光が見えた気がした。そう思うと走らずにはいられなかった。勘違いではない!確信付いた見える光に笑みが溢れる。
気がつくと霧は晴れていた。それは美しく、まるでそこだけくりぬかれた様にただただ優美である。
「綺麗だなぁ。」
大木。周りの巨大な杉とは違う種の樹が生えていた。樹齢は軽く百は超えていよう、そんな老齢な樹にはこれでもかと苔むしっていた。老人の髭を彷彿とさせる。樹の根本には大きな洞が大口を構えている。何か箱のようなもの、似つかわしくない。大自然の中にポツンとあるそれは確実に異物であった。正確には黒曜石のような黒光りした光沢のある十二面体と言った方が正しい。
「これが…」
そっと触れると赤黒い光が角から角へ辺から辺に沿って線をなぞるように疾った。
「おはようございます、ヒロ。」
「うわぁ⁈」
驚いた拍子に声が出てしまった。箱がいきなり喋るとは思ってもなくその場で尻餅をついた。
「喋った…。ハハ…、凄っ。」
箱は歓喜する少年の声色と容姿を見て自身のデータを模索する。そして男と女の声が重なったような人間の発生器官では出せない声で言った。
「貴方はヒロではありませんね。」
流暢に話す箱に少年は心躍っていたが、詰問されているこの状況ではそれ以上にはならなかった。
「僕はアオイ。いーちゃん…じゃなくてヒロにここに来る様に言われて来たんだ。」
アオイという名に覚えを感じた箱はまた記憶のデータを遡り数秒黙った。
「アオイ様、私は貴方をずっと待っていたようです。貴方の祖父であるヒロより、貴方の手助けをするよう命じられています。ところでアオイ様、ヒロは今どこで何をしているのですか?」
言葉に詰まった。恐らく何十年、少なくとも12年は待たされた相手がもういないとは言いづらかった。
「そう、ですか。」
意外だった。箱がいかにも箱らしくない。残念そうに落胆しているのが容易に分かった。そこに居るのはただの喋る箱ではなく一個人なのだとアオイは納得せざる終えなかった。
祖父の遺書には、「渡したいものがある。」とだけあった。恐らく最後の試験でもあるだろうそれは巨大な杉が立ち並ぶ蹄痕の森と呼ばれる場所の最奥が指し示されていた。
何でもよかった。何でもいいから逃げたかった。
親であり師であったあまりにも大き過ぎる存在。親にもう会えないというのは12歳の少年にとっては重過ぎる重圧であった。
その夜、祖父が焼かれているのを見た。涙は出なかった。余りにも現実離れした事が起こると人は顎に力が入らないのだとその時初めて知った。淡々と準備を済ませその場からは逃げ出した。
森に入って数日、楽しい。今まで見た事のない光景がそこに広がっていた。家を建てられそうなほどデカい木、図鑑でしか見た事のない生き物。騒がしくてしょうがない。興奮している。口角が上がる。きっと今自分はキラキラした目で見ているのだと確信していた。
「ダメダメ、自然の中は危険がいっぱいあるんだから油断しちゃダメだろ。」
頭では分かっている。口では言っても心が躍る。そんな最中、川のほとりで獣が赤い肉を頬張っている。家族連れのようだ。何度も行われて来た自然の営み。それをジッと見ていた。子供が肉を食っている。息が荒い、何で?親がこちらに気付いた。カロォカロォカロォと吠える。逃げなくちゃ。ここは彼らのテリトリーだ。立ち上がったものの動けない。遠吠えに反応してそう遠くない所から返事が帰ってきた。カロォカロォ、カロォカロォ。きっと仲間だ。そうしないうちに集まってくる。それでも動けず赤い肉を見ていた。そして連想する。祖父の死んだ時の顔を。
「あああああぁぁぁああ!!」
そう思った瞬間足が動いた。逃げ出して逃げ出して逃げ出して。それでも迫ってくる。
「それで今に至ると、そういう事ですか。」
「大体合ってる。」
今さっき会った奴に何が悲しくて恥を晒さなくてはならないのか。アオイのメンタルはズタズタに切り裂かれ原型を保ててはいなかった。うつむいていると遠くの方でイヤな遠吠えが聞こえて来た。
「カロォカロォカロォ」
その遠吠えを聞いただけで鳥羽が立つ。恐怖症とも言えるサインにアオイはまた笑う。引きつった笑みは全く笑っていない。一応腰の短剣に手を伸ばしては見たものの引き抜く事は出来ずにいる。腰抜けもいい所だよ。
「アオイ様、お願いがあります。私に契約の許可を下さい。」
は?
「は?えっ契約?ここで?この状況で言ってんの?」
「はい。」
いつ来るか分からない恐怖の中、何を契約しろと!?ふざけんな!こちとら結構な瀬戸際で色々手一杯なのにこれ以上何かしろと。
叫びたい吐き出したい気持ちを押さえて何とか飲み込んだ。
「何すればいいの!君に任せるからさ。」
どうしよう、どうしよう、どうしよう。頭の中はそれだけ。これ以上何か考える頭など存在しなかった。故に完全な放置しかなかった。
「それでは腕を出して下さい。」
「ハイハイ腕ね、左で良いよね。ハイ!」
アイツらが来た時どうする。また逃げるか?もうクラッカーはない。じゃあ戦う?ありえない。どうしろってんだよ、積んでんじゃん。
僕の人生オワタ\(^_^)/終了のお時間です。ごめんなさい、いーちゃん。さき早に後を追うことを許してくださ…
「痛ッツアァ!?」
無造作に真横に差し出した腕に痛みが走り考えていた事が一気に吹き飛んだ。
「何してんの?!何してくれてんの!?」
「契約には血液が必要なので。」
彼から伸びる管が赤く熱い血を吸っているのが分かる。登っていた血が少し抜けたせいか今この現状を前にしてもある程度正気を保てていた。歯茎を見せよだれが垂れ流しながらアオイを見上げるハイコウ達が5m程まで近づいていた。目を瞑り顔を背けよとしたその瞬間…
「前を向いて下さい。後悔しますよ。」
後悔、後悔。噛みつかれ骨を砕かれ肉を貪られる未来。あの時の肉みたいに。
彼に他意はないだろう。ただ単純に目を瞑っていればやられるだけ。目蓋を開けろ。そんな単純な警告。
「契約完了、ⅡN-118はこれより貴方様の道導として付き従います。命令を主。」
「敵を倒す力を。」
箱状だった彼は形を組み換え違う形へと変わっていった。
「回転式型拳銃ヒルンク。変形完了です。」
初めて見る武器なのに使い方が分かった。これが契約するということなのかと納得してアオイは引き金に指をかけて涙をこぼした。
「今までありがとう。後は任せて、僕がちゃんと引き継ぐからさ。」
躊躇いはなく弾丸を放った。響き渡る轟音と熱気は苦い味がした。
「参ったなぁ、これでも体力には、はっはっ…自信があったんだけど。」
巨大な杉の木を背に腰の短剣を抜き構える。随分と使い込まれた短剣はあまり似つかわしくないように見える。
心臓の鼓動が脳天にまで聞こえてくる。
まだ拙い構えからは初々しさを感じさせ、荒げる息も高鳴る鼓動も大自然の優美さも初めて過ぎる出来後だ。
「来るなら来い。」
「できるなら来ないでもらったほうが助かるけど。」
人は追い詰められると笑いがこみ上げてくるのだとまた初めて思う。カルルルルと甲高い唸り声と共に現れたのは山吹色の縞模様をした四足獣。数頭が等間隔に広がりにじり寄る。
「正念場、だな。」
少年アオイはこの時祖父ヒロより教わったある『旅の心得』を思い出していた。
「旅の心得その一は『恐怖』だ。逃げることは恥じゃない。大いに逃げろ。命あってこそ、だからな。」
「その二は『知識』知っていればその時の行動に幅ができる。要は勉強しろってことだな。」
「そして最後、その三は逃げることも出来ず戦闘が避けられない場合だ。」
無意に勿体ぶるアオイが期待と熱望の眼差しでこちらを見ていることに気がついたヒロは意地の悪そうな笑みを浮かべると、「よし、自分で考えろ。」とアオイに一任した。
当時はその発言と行動原理に失望を隠せなかった。
「ふざけんなよマジで。てか何で心得を自分で考えなくちゃいけないんだよ。」
今でもあの時の発言には疑問を抱く。それでも前者の二つについてはよく理解して取り組んだ。現にその成果は目の前の現状によく役立った。
(こいつはハイコウだったか、耳がよくて口が大きいのが特徴だったけ。)
《ハイコウ》
体長1m~1.5m程の小型の獣。薄暗いところを好み、常にリーダー格を筆頭に5~6頭の群れを形成している。
四足で体毛は山吹色で縞模様。奥歯まで見える程口が大きく口角が上がっているため常に笑っているように見える。そのほかにも聴覚が発達しており視覚よりも聴覚に頼っているため目は小さく退化している。
思考を巡らせている間も獣達は目の前にある肉の馳走に喰らいつきたくて涎を垂れ流している。そのうち一匹がたまらずアオイに飛びつこうと跳躍する構えを見せた。少年は腰のポーチからクラッカーと耳栓を取り出した。
《クラッカー》
三角錐状の厚紙で作られており、鋭角な部分から紐が伸び、紐を引っ張ると火薬による破裂音が辺りに響き渡る。なお、使用者も耳栓をつけていないと自身にも影響が及ぶため使用には注意が必要である。※ただし一発限りである。
耳栓を付けると獣は大口を開いて飛びついてきた。
間髪入れずアオイはクラッカーから伸びる紐を引っ張った。鼓膜を突き破るかと思うほどの破裂音が辺りに響く。騒がしく感じた森のせせらぎもあの破裂音の後では微々たるもの。ハイコウ達は破裂音を至近距離で喰らい怯んでいる。獣達の間をすり抜け森の奥へと否応にも足を踏み込んだ。
「ちゃんと前に進んでるのか?」
「目的地には近づいているのか?」
そんな不安定な苛立ちが燻っている。アオイの眼の前には白。5m先も見えない濃霧。先程死に物狂いで走って疲弊しているはずの足が勝手に動く。何かに後押しでもされたようだった。
「はっはっはっ。」
恐怖や不安感といったものが睨んでいる。
「カエルになった気分だよ。」
止めた。七が疲労で三が恐怖と不安。ブレンドされた負の要素がありもしない夢を創り出す。落ち着かせようと巨大な杉の根に腰を下ろす。自身の胸に手を当てて、努力はしてみるがこれが中々上手くいかない。少しの間、腰を下ろし自身に言い聞かせ続けていた。
「落ち着け、落ち着け、僕なら大丈夫だ。」
何か大きな化け物が後ろから襲ってくるのではないか、今にも飛び掛かろうと気を窺っているのではないか。そんな非現実的な事が頭に横切る。頭を抱え込みもがく。何故アオイはここに居るのかどこを目指しているのか。
「何でこんな事しなくちゃいけないんだよ。いーちゃん。」
笑われた気がした。何やってんだよ、情けない奴だなぁと小馬鹿にされた気がした。こっちは貴方のせいでどれだけ…と逆切れしそうになって顔を上げた。幻覚の次は幻聴か、ここまで来ると末期だろう。くたびれた身体は完全に根を上げているようだ。だが妙に落ち着く感じがそこにはあって落ち着きつつあった。偶然か奇跡か、ふと横目に何かを捉えた。微かに微量ではあるが、光が見えた気がした。そう思うと走らずにはいられなかった。勘違いではない!確信付いた見える光に笑みが溢れる。
気がつくと霧は晴れていた。それは美しく、まるでそこだけくりぬかれた様にただただ優美である。
「綺麗だなぁ。」
大木。周りの巨大な杉とは違う種の樹が生えていた。樹齢は軽く百は超えていよう、そんな老齢な樹にはこれでもかと苔むしっていた。老人の髭を彷彿とさせる。樹の根本には大きな洞が大口を構えている。何か箱のようなもの、似つかわしくない。大自然の中にポツンとあるそれは確実に異物であった。正確には黒曜石のような黒光りした光沢のある十二面体と言った方が正しい。
「これが…」
そっと触れると赤黒い光が角から角へ辺から辺に沿って線をなぞるように疾った。
「おはようございます、ヒロ。」
「うわぁ⁈」
驚いた拍子に声が出てしまった。箱がいきなり喋るとは思ってもなくその場で尻餅をついた。
「喋った…。ハハ…、凄っ。」
箱は歓喜する少年の声色と容姿を見て自身のデータを模索する。そして男と女の声が重なったような人間の発生器官では出せない声で言った。
「貴方はヒロではありませんね。」
流暢に話す箱に少年は心躍っていたが、詰問されているこの状況ではそれ以上にはならなかった。
「僕はアオイ。いーちゃん…じゃなくてヒロにここに来る様に言われて来たんだ。」
アオイという名に覚えを感じた箱はまた記憶のデータを遡り数秒黙った。
「アオイ様、私は貴方をずっと待っていたようです。貴方の祖父であるヒロより、貴方の手助けをするよう命じられています。ところでアオイ様、ヒロは今どこで何をしているのですか?」
言葉に詰まった。恐らく何十年、少なくとも12年は待たされた相手がもういないとは言いづらかった。
「そう、ですか。」
意外だった。箱がいかにも箱らしくない。残念そうに落胆しているのが容易に分かった。そこに居るのはただの喋る箱ではなく一個人なのだとアオイは納得せざる終えなかった。
祖父の遺書には、「渡したいものがある。」とだけあった。恐らく最後の試験でもあるだろうそれは巨大な杉が立ち並ぶ蹄痕の森と呼ばれる場所の最奥が指し示されていた。
何でもよかった。何でもいいから逃げたかった。
親であり師であったあまりにも大き過ぎる存在。親にもう会えないというのは12歳の少年にとっては重過ぎる重圧であった。
その夜、祖父が焼かれているのを見た。涙は出なかった。余りにも現実離れした事が起こると人は顎に力が入らないのだとその時初めて知った。淡々と準備を済ませその場からは逃げ出した。
森に入って数日、楽しい。今まで見た事のない光景がそこに広がっていた。家を建てられそうなほどデカい木、図鑑でしか見た事のない生き物。騒がしくてしょうがない。興奮している。口角が上がる。きっと今自分はキラキラした目で見ているのだと確信していた。
「ダメダメ、自然の中は危険がいっぱいあるんだから油断しちゃダメだろ。」
頭では分かっている。口では言っても心が躍る。そんな最中、川のほとりで獣が赤い肉を頬張っている。家族連れのようだ。何度も行われて来た自然の営み。それをジッと見ていた。子供が肉を食っている。息が荒い、何で?親がこちらに気付いた。カロォカロォカロォと吠える。逃げなくちゃ。ここは彼らのテリトリーだ。立ち上がったものの動けない。遠吠えに反応してそう遠くない所から返事が帰ってきた。カロォカロォ、カロォカロォ。きっと仲間だ。そうしないうちに集まってくる。それでも動けず赤い肉を見ていた。そして連想する。祖父の死んだ時の顔を。
「あああああぁぁぁああ!!」
そう思った瞬間足が動いた。逃げ出して逃げ出して逃げ出して。それでも迫ってくる。
「それで今に至ると、そういう事ですか。」
「大体合ってる。」
今さっき会った奴に何が悲しくて恥を晒さなくてはならないのか。アオイのメンタルはズタズタに切り裂かれ原型を保ててはいなかった。うつむいていると遠くの方でイヤな遠吠えが聞こえて来た。
「カロォカロォカロォ」
その遠吠えを聞いただけで鳥羽が立つ。恐怖症とも言えるサインにアオイはまた笑う。引きつった笑みは全く笑っていない。一応腰の短剣に手を伸ばしては見たものの引き抜く事は出来ずにいる。腰抜けもいい所だよ。
「アオイ様、お願いがあります。私に契約の許可を下さい。」
は?
「は?えっ契約?ここで?この状況で言ってんの?」
「はい。」
いつ来るか分からない恐怖の中、何を契約しろと!?ふざけんな!こちとら結構な瀬戸際で色々手一杯なのにこれ以上何かしろと。
叫びたい吐き出したい気持ちを押さえて何とか飲み込んだ。
「何すればいいの!君に任せるからさ。」
どうしよう、どうしよう、どうしよう。頭の中はそれだけ。これ以上何か考える頭など存在しなかった。故に完全な放置しかなかった。
「それでは腕を出して下さい。」
「ハイハイ腕ね、左で良いよね。ハイ!」
アイツらが来た時どうする。また逃げるか?もうクラッカーはない。じゃあ戦う?ありえない。どうしろってんだよ、積んでんじゃん。
僕の人生オワタ\(^_^)/終了のお時間です。ごめんなさい、いーちゃん。さき早に後を追うことを許してくださ…
「痛ッツアァ!?」
無造作に真横に差し出した腕に痛みが走り考えていた事が一気に吹き飛んだ。
「何してんの?!何してくれてんの!?」
「契約には血液が必要なので。」
彼から伸びる管が赤く熱い血を吸っているのが分かる。登っていた血が少し抜けたせいか今この現状を前にしてもある程度正気を保てていた。歯茎を見せよだれが垂れ流しながらアオイを見上げるハイコウ達が5m程まで近づいていた。目を瞑り顔を背けよとしたその瞬間…
「前を向いて下さい。後悔しますよ。」
後悔、後悔。噛みつかれ骨を砕かれ肉を貪られる未来。あの時の肉みたいに。
彼に他意はないだろう。ただ単純に目を瞑っていればやられるだけ。目蓋を開けろ。そんな単純な警告。
「契約完了、ⅡN-118はこれより貴方様の道導として付き従います。命令を主。」
「敵を倒す力を。」
箱状だった彼は形を組み換え違う形へと変わっていった。
「回転式型拳銃ヒルンク。変形完了です。」
初めて見る武器なのに使い方が分かった。これが契約するということなのかと納得してアオイは引き金に指をかけて涙をこぼした。
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