一編

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母父と私

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僕が転んだとき
母の手がそっと撫でると痛みは風に溶けた。
僕が転んだとき
父の腕が抱き上げると痛みは空へ消えた。


試験に失敗した日
母は「大丈夫」と頭を撫で
その掌は陽だまりのように温かかった。
試験に失敗した日
父は何も言わず
ただその沈黙がどこまでも優しい顔だった。


彼女を母に紹介した日
母は微笑みながら瞳の奥に淡い寂しさを隠した。
彼女を父に紹介した日
父は照れくさそうに笑い
その笑顔の奥で静かに何かを託した。


結婚の日
母は涙を落とし、
それは祝福と別れのあいだを揺れる雨のようだった。
結婚の日
父もまた声なき涙を流した静かに。


母が旅立つ時
僕は泣いた
幼い日々の温もりごと泣いた。
父が旅立つ時
僕は泣いた。
支えてくれた沈黙と優しさに泣いた。


やがて僕も歳を重ね
妻との最後の朝が来るだろう。

その時きっと妻は泣くだろう。
そして僕は
微かな声で
ただ「ありがとう」と言うだろう。

ー一編ー
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