サクラサク

すけさん

文字の大きさ
6 / 8

第六話 3時間半

しおりを挟む
アタシの家は北海道の札幌市にある。

東京のスタジオにはお母さんが付いてきてくれるけど、
家から新千歳空港まで車で1時間。飛行機に乗ってだいたい2時間。
羽田空港から渋谷のスタジオまでタクシーで30分。

合計して3時間半もかかるのよね。

はぁ、アタシも東京に生まれればよかった。

正直言って毎日レッスンしたいんだけど、
とにかくお金がかかる。
お父さんはプロ野球の遠征でいつも忙しいし、
お母さんも9歳の弟と7歳の弟と4歳の妹の面倒をみないといけないから、
アタシばっかり迷惑をかけていられない。

そうはいってもアタシはまだ小学6年生。
東京で1人暮らしするわけにもいかないし、
家族全員が引っ越しなんてできない。

もっと練習がしたい。

そうしないと、みんなに取り残されちゃう。

稲葉さんは北海道生まれで研修生出身って聞いたけど、
練習どうしてたんだろう。
北海道でも練習できるところがあるのかな?

今度、稲葉さんに相談してみよう。

──────────────

レッスンの後、他の子たちが帰り支度をしている隙に、
アタシは稲葉さんに近づいた。

「あの、稲葉さん、少しいいですか」

「うん、どうぞ」

稲葉さんはタオルで首の汗を拭きながら、
アタシの方を向いた。

「あの……稲葉さんって、北海道出身ですよね」

「そうだよ」

「研修生のとき、東京まで来てたんですよね。
その……どうやって練習してたんですか。
アタシ、札幌なんですけど、毎週来るのがなかなか難しくて……」


言いながら、だんだん情けなくなってきた。
東京の子はみんな毎日来られるのに、
アタシだけ月に何回かしか来られない。
それを言い訳にしてるみたいで、恥ずかしかった。

でも稲葉さんは、顔色ひとつ変えなかった。

「私も同じだったよ」

「え?」

「毎週東京は来られないから、地元でダンスレッスンに通ってた。
スタジオ探して、自分で電話して、体験レッスン行って。お母さんと一緒に」

「……自分で電話したんですか」

「うん。あの頃は中学生だったかな」

稲葉さんがふっと笑った。

「距離は関係ない。
東京にいても練習しない子はしないし、
北海道にいても練習する子はする。
咲ちゃんはどっちになりたい?」

「……練習する子に、なりたいです」

「じゃあ、札幌でスタジオ探してみて。
わからなかったら私も探すの手伝う。
ボイトレも、ダンスも、やれることは全部やろう」

「……はいっ!ありがとうございます!」

──────────────

帰りの飛行機の中で、
お母さんの隣に座りながらスマホで札幌のダンススタジオを調べた。

「どうしたの、急に」

「稲葉さんが、地元でも練習した方がいいって。
地元のスタジオ探してみてって」

お母さんがスマホの画面を覗き込んできた。

「そうね……」

少し間があった。

「咲、お母さんね、一つ聞いてもいい?」

「うん」

「本当に、アイドルやりたい? 
途中でしんどくなったり、色々あると思うけど」

窓の外は真っ暗で、雲の切れ目から小さな光がぽつぽつ見えた。
札幌の街かな、それとも仙台かな。

「やりたい」

即答だった。自分でもびっくりするくらい、迷わなかった。

「うん。わかった」

お母さんはそれだけ言って、また前を向いた。
スマホを取り出して、何かを調べ始めた。

しばらくして、画面をこっちに向けてきた。

「ここ、どう? 札幌駅から近くて、評判良さそう」

「……お母さん、ありがとう」

声が、少しだけ湿った。

「体験レッスン、来週行ってみましょうか」

「うん!」

飛行機が雲の中に入った。
窓の外が真っ白になって、街の光が消えた。

でも、なんか——前より明るい気がした。

──────────────

新千歳空港に着いたのは夜の9時過ぎだった。

駐車場でお父さんが待っていた。
「おかえり」と言いながらアタシのリュックを持ってくれる。

「どうだった?」

「すごく良かった。あとね、稲葉さんに相談したんだけど——」

「ああ、聞いた聞いた。
お母さんからLINE来てた」

「うん。来週体験レッスン行くかも」

車のキーをくるくる回しながら歩いている。

「……お父さん?」

「ん?どうした?」

「いつも頼んでばっかりでごめんね」

お父さんが立ち止まって、アタシの方を向いた。

「お父さんは遠征で家を空けてばっかりだろ。
咲に寂しい思いさせてるのに、
夢の応援もできてないかなって、
ずっと気になってたんだ」

プロ野球のシーズン中は、お父さんはほとんど家にいない。
試合がある限り全国どこへでも飛んでいく。
それが当たり前の生活だったから、寂しいとか考えたこともなかったけど——

「気にしてたの?」

「当たり前だろ」

お父さんがちょっと照れくさそうに笑った。

「お金のことは心配しなくていい。
北海道も東京のレッスンも続けろ。お前の夢なんだから」

「……お父さん」

「泣くなよ」

「泣いてない!」

目が熱くなったけど、泣いてない。泣いてないから。

──────────────

家に帰ったら、3人が待ち構えていた。

「おねえちゃんおかえり!!」

「東京どうだった!?」

9歳と7歳の弟が競うようにしゃべりかけてくる。
4歳の妹はよくわかってないのか、
ただニコニコしながらアタシの足にぎゅっとしがみついてきた。

「はいはい、おみやげ買ってきたから並んで!」

東京ばな奈を3つ取り出したら、わあっと歓声が上がった。
妹はまだ「とうきょうばなな」が言えなくて「ときょばなな!」と叫んでいた。

ちょっとうるさいけど、なんかほっとする。

アタシがいなくても、家はちゃんと回っていた。みんな元気だった。

それが、嬉しいような、ちょっと寂しいような。

──────────────

自分の部屋に戻って、えっちゃんにLINEした。

「ただいま! 今日もレッスンたのしかったよ! 
アタシ、札幌でもスタジオ通うことにした!」

すぐに返信が来た。

「おかえり!! えっすごい!!
どんどん本物のアイドルになってくじゃん!!」

「まだまだだよ~! でも頑張る!」

「応援してるよ!!絶対なれるって!!」

えっちゃんは変わらない。

東京でも、北海道でも、どこにいても、
えっちゃんはえっちゃんだ。


3時間半かけて東京に行って、
レッスンして、3時間半かけて帰ってくる。

しんどいけど——

毎回、何かを持って帰ってこれる気がする。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...