サクラサク

すけさん

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第五話 本物だから

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アロープロジェクト研修生の初レッスンは、
渋谷の雑居ビルの4階にあった。

「はい、いっちにーさんしー」「いっちにーさん…」

エレベーターを降りると、廊下の奥からダンスレッスンの声が漏れてくる。
壁には歴代のアロープロジェクトのグループが貼ってあって、
知ってる顔がいっぱいだ。

西野栞さん、松井若葉さん、森にいなさん
——アタシにとって、あこがれのアイドルたち。

…アタシも、いつかここに貼られたらいいな。

「杉浦咲さん?」

受付のお姉さんに名前を呼ばれて、はっとした。

「は、はひっ!」
やばい、びっくりしちゃって声がひっくりかえっちゃった。

「では、こちらのスタジオにどうぞ」

案内されたドアを開けた瞬間、
広い鏡張りの部屋が目の前に広がった。

「わあっ、すごいおおきい」

床はピカピカのリノリウム。
鏡に映る自分が、
なんか小さくて、場違いな感じがした。

部屋の隅には、すでに何人かの女の子がいた。
みんなストレッチをしている。
背が高くて、手足が長くて——
ああ、この感じ、オーディション会場で感じたやつだ。

「ねえ、あなたも新しく入ったの?」

すらっと背の高い女の子。

ちょっときつそうな顔つきだけど、
ポニーテールしててかわいい。

「う、は、はい。杉浦咲。小学6年生です」

「えっ、小6!? 若っ! 
私は中1。河合ひなっていうの。よろしくね」

河合ひなはすぐにニコっと笑って手を差し出してくれた。

「よろしくね、咲ちゃん」

「はい、よ、よ、よろしくおねがいします!」

──────────────

レッスン開始5分前になると、
ぞろぞろと人が集まってきた。

研修生のなかで新人はアタシと河合ひなを含めて3人。
全部で9人。
アタシが最年少らしく、
みんなに「ちっちゃ」「かわいい」と言われた。

「ちっちゃ」って言われるのはイヤだけど、
「かわいい」って言われたのでまあ良しとする。

「はーい、始めましょうか」

ドアが開いた。

入ってきたその人を見た瞬間、
アタシの心臓が、どくんと跳ねた。

綺麗な人。
すらっとした体型。歩き方がもう、違う。
床を踏む一歩一歩が、ダンサーのそれだ。

…どこかで、見たことがある…あの人だ…。

「えーっと、新しく入った子がいるね。杉浦咲ちゃん?」

「は、はいっ!」

その人がアタシを見て、ふわっと微笑んだ。

「よろしくね。私、稲葉まどかです」

——稲葉。

稲葉まどかさん……。

ニュースニュースというグループで
「ダンスといえばこの人」って言われてたくらいうまくて、
卒業してからはソロでどんどん有名になってる人。

テレビにも出てるし、ダンス動画がバズりまくってるし、
アロープロジェクトのファンじゃない人も絶対知ってる。

ていうか——
なんで思い出せなかったんだよ!
と思った瞬間——

「あーーーっ!!」

思わず声が出ちゃった。


研修生のみんながびっくりしてこっちを見ている。
稲葉さんも、少し目を丸くした。

「ど、どうしたの?」

「あの……オーディションの……審査会場で、手を振ってくださいましたよね……!!」

稲葉さんが、ぱちぱちと瞬きをした。そして——にこっと笑った。

「覚えてたんだ」

「もちろんです! ……あ、すみません急に大きな声出しちゃって……!」

「ふふっ。大丈夫」

稲葉さんはそれだけ言って、くるっと全員に向き直った。

「じゃあ、まずウォームアップから行こうか。はい、位置について」

──────────────

レッスンが始まった。

最初のウォームアップは、基本的なストレッチと体幹トレーニングだ。
これは大丈夫。お母さんに教えてもらった動きに似ている。

問題はその後だった。

「じゃあ、先月やったところのおさらいから」

音楽が流れた瞬間、他の6人が一斉に動き出した。

……なにこれ。

みんな、速い。手と足が別々に動いてるのに、全部が音にハマっている。
鏡の中のアタシだけが、ぽつんと棒立ちだ。

「咲ちゃんは今日は見てて大丈夫だよ。まず目で覚えてね」

稲葉さんの声が、すっと耳に入ってきた。

「…はい」

見る。ひたすら見る。

河合ひなの動きが一番きれいだった。
軸がぶれない。アタシが2次審査で2回コケたとき、
河合ひななら絶対コケなかっただろうな、と思った。

悔しい。

悔しくて、でも、それより——

早く踊りたい。

──────────────

レッスンが終わって、荷物をまとめていたら、
稲葉さんに声をかけられた。

「咲ちゃん、ちょっといい?」

他の子たちが帰っていく中、アタシだけスタジオに残った。

広い鏡張りの部屋に、稲葉さんと2人きり。
さっきより静かで、自分の心臓の音がよく聞こえる。

「ダンス、今まで習ったことある?」

「…お母さんに少し教えてもらったくらいで、ちゃんとは……ないです」

「そっか。じゃあ最初から全部教える。毎週レッスン来てね」

「はいっ!」

稲葉さんが、ふっと笑った。

「歌はね、本物だから」

「…え?」

「オーディションで聴いてた。『Be Alive』、良かったよ」

胸の奥が、じんとした。

ちゃんとアタシの歌を聴いていてくれたんだ。

「…ありがとうございます」

声が、ちょっとかすれた。
泣きそうになったけど、ぐっとこらえた。ここで泣いたらダサい。

「だから、ダンスも本物にしようね」

稲葉さんの目が、真剣だった。

「…はい!」

今度は、かすれなかった。

──────────────

帰り道、駅のホームで電車を待ちながら、
えっちゃんにLINEを打った。

「ねえ聞いて!!稲葉さんが先生だった!!!」

すぐに返信が来た。

「えええええ!!!あの稲葉さん!?!?」

「そう!!!
しかもオーディション会場にいた綺麗な人って稲葉さんだった!!」

「うそー!!すごすぎる!!
咲ちゃんの歌声、稲葉さんも絶対好きになるよ!!」

えっちゃんはいつも、こういうことを言ってくれる。

でも今日は、稲葉さんも同じことを言った。

電車が来た。

窓に映る自分の顔が、なんか笑っていた。

ダンスが下手なのは、まだ変わっていない。

でも今日、稲葉さんに「本物だから」と言ってもらった。

それだけで、なんか——走り出せる気がした。
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