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2巻
2-2
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「オークから助けてくれたことには礼を言います。ですが、私は人に囚われる気はありません」
屹然とした態度で少女は告げる。大きな狐の尻尾はぴんと立ち、勇猛さを主張しているのだが、それさえどことなく可愛らしい。
ここで俺は、高圧的に臨むこともできたのだろうが、それでは主義に反する。
「えっとさ。足、治りそう?」
クーナははっとして、自身の足に目をやり、唇を小さく噛んだ。その表情からは、深い悔恨の念が見て取れた。怪我をしたことだけが理由ではないようにも思われる。
「あなたが思う通りです。もう歩くことはできないでしょうね。ですから、連れていこうとしても、あなたの役には立ちませんし、無駄なことです」
その言葉には、俺に対する拒絶だけではなく、諦観が含まれているようだった。沈む彼女の思いは本物だろう。だから俺は、なんとかしてあげたいと、出会ったばかりにもかかわらず思ってしまう。
なぜそんなことを思うのかはわからない。しかし、魔物使いとしての経験、あるいはスキルがもたらす恩恵なのか、どことなく人となりのようなものが感じ取れるようになっていたのだ。
たぶん彼女は、悪い子じゃない。
……いやまあ、可愛い見た目に騙され、ほだされてしまっている可能性がないわけではないけれど。たとえそうであっても、仕方ないだろう。なんと言っても愛らしいのだから。
そして、俺には一つ案があった。であれば試さずにはいられない。
「俺と主従契約を結んでくれないか。一緒に来てくれなくても構わない」
「先ほども言ったでしょう」
「ちょっとでいい、ほんのちょっとだけでいいから。な、すぐに終わるからさ。痛くしないから。少し目を瞑っている間に終わるから」
「……怪しさでいっぱいなのですけれど」
彼女の不信感はいまだ拭えない。いや、むしろ増したような気もする。俺はどこで選択を間違えたのだろう。
となれば、俺がすることは一つ。
「この通りだ! 頼む!」
ビシッと45度の角度で、俺は頭を下げる。バッチリ決まったはずだ。
もうクーナの顔は見えない。けれど、ほかの魔物たちとの共感覚から得られる彼女の様子では、戸惑っているようだ。
これはいける。たぶん、押しに弱いタイプなんだろう。ぐいぐいといけば、彼女は断りきれるはずがない。
もう一押しだ。あとちょっとでいけるはずだ。
「頼む、俺と契約してくれ!」
両膝をつき、彼女の足元に頭をつける。日本人の切り札、土下座である。
これでも駄目だったなら、どうしようか。そう考えた俺に、呆れたようなクーナの声が聞こえてきた。
「……あなたに誇りはないのですか」
「ある。誇りがあるからこそ、こうして頭を下げているんだ。ここで君を見捨ててしまえば、俺は今後、一生涯にわたって後悔する。だから、今できることをすべてなすために、この誇りがいつまでも続くように、俺は絶対に諦めはしない」
土下座の状態で言った。
小さなため息が零れるのが、揺れる空気から伝わってきた。俺の男気に、あるいはかっこよさに感化されてしまったのだろう。
「……わかりました」
「ありがとう、頼むよ」
彼女が俺を拒んでいた理由がなんであるのか、俺にはわからない。けれど、折角手に入れたこの機会を無駄にするわけにはいかない。
主従契約のスキルを発動すると魔法陣が生じ、少女を包み込む。
そしてクーナが受け入れるなり、彼女の足元に魔法陣が浮かび上がった。仮契約の状態である。
「……足、治ってないか?」
これまでにも、仮契約を結ぶと創傷は治ってきた。契約が成立、あるいは破棄される段階でレベルリセットされてしまうデメリットはあるが。もしかすると、体そのものが別のものに構成し直されているのかもしれない。だから、どんな傷だろうと治る可能性はあると踏んだのだ。
クーナは軽く足を動かし、それから立ち上がる。
「……これはいったい?」
俺は戸惑う彼女を、仮契約の状態から解放する。魔法陣が彼女の体内から発生し、そして砕け散った。
これで再びレベル1に戻ってしまったが、身体的な問題からは解放されたはずだ。
クーナはまじまじと俺を眺めてくる。約束を守ったことか、それともこのスキルに対してかはわからないが、先ほどまでの濃い不信感の色は消えていた。
「どうやら治ったみたいでよかった。ところでさ、俺たちはさっきまで霧の中を歩いていたんだけど、ここってどの辺なんだ? もう麓は近いんだろうか?」
クーナが知っているかどうかはわからないが、とりあえず尋ねるだけ尋ねてみる。
すると、これまた彼女は困ったように俺を見る。
「ここは……山嶺ですよ?」
街を目指していたはずなのに、人を決して通さないという霧の向こうに、俺たちは来てしまったようだった。なんということだろうか。
しばし呆けていると、クーナは俺を見て、おずおずと申し出る。
「……あの、ありがとうございました」
「気にしなくていいよ。ただ、レベルは1に戻ってるから、気をつけてくれ」
クーナは頷き、それから悩む素振りを見せる。やがて意を決して俺を見ると、深く頭を下げた。
「助けてもらった上、厚かましいのは重々承知なのですが、そのお力を貸していただくことはできませんか?」
「俺にできることなら構わないけれど、そんなのたかが知れているよ」
「ありがとうございます。では、私たちの里にご案内いたします」
詳しい話は里に着いてからすることになり、クーナは歩き始めた。先ほどまで怪我をしていたのが嘘のように、軽い足取りだ。
それにしても、こんな山頂付近に里があるとはなあ……これが、傭兵たちの言っていた美女の噂の正体だろうか? ということは、里にはたくさんの美女がいるんだろうか? やっぱり人助けはするものだなあ。
そんなことを考えていると、服の裾をライムが引っ張る。
「シン」
「ん? まあ、嘘じゃなさそうだし大丈夫だろう」
そういうと、ちょっとばかり頬を膨らませたライムは、そっぽを向いてしまった。
……あれ、俺なんかやってしまったのか?
ライムは俺から離れ、小型化ケダマを手に取る。奴の表面についている泥を払い落してから、引っ張ったり押し潰したり、ぐにぐにと動かしていた。当のケダマはそのたびに、「くまくま」と鳴いているので、子供のおもちゃには絶好かもしれない。
弾力があるらしく、ケダマはどれだけいじられてもなんら苦にせず、やがて大きな欠伸を一つ。
それから俺は、前で揺れるクーナの尻尾を見ながら進んでいく。
「そういえばさ、なんでオークに襲われていたんだ?」
「オークたちはそうやって、繁殖してきたんですよ。足を折って動けなくするのも常套手段です」
「あ……悪い」
「いえ、気にしていませんから……こちらも聞いていいですか?」
「ああ。なにか?」
「どうして人間なのに、魔物しか通れないはずの霧を抜けられたのですか?」
「さあ、なんでだろうな……」
俺のほうが聞きたいくらいである。
魔物しか抜けられないというのなら、俺が魔物だったということだろうか。いやまさか、そんなことはなかろう。
異世界から来たからだろうか? それならば、この世界の人間と認識されなくてもおかしくはない。なんにせよ、仮定することしかできないのだが。
そうしていると、クーナが木々を掻き分け、現れた洞窟の中を進んでいく。ゴブは探索に乗り気なのかすっかりはしゃいでしまって、駆けていく。そしてクーナが先ほどまで押しのけていた小枝から手を離すと、ばねのように跳ね返って、間抜けな小鬼はしたたかに打ちつけられた。
……なにやってんだこいつ。
そんなゴブをウルフが咥え、大人しくついてくる。俺なら放っておくところだが、ウルフは親切だなあ。
しばらく、そんな抜け道を行くと、やがて視界が開けた。
2
「着きました。ここが、私たちの里です」
振り返ったクーナの向こうには、辛うじて人家と言えなくもない建物が、いくつか立っていた。
ここが美女のいる楽園なのだろうか。しかし、とてもそうは見えない。そもそも人の姿すら見えないのだ。
内心の失望を隠しながら、俺は再び、クーナのあとを行く。
そうして里の中を進んでいくと、こちらを窺う視線があることに気がつく。ここに住んでいると思しき狐たちである。
家の陰や木々の合間から頭を覗かせ、俺を見ているのだ。おそらく、人間がここに来ることはないから、珍しいのだろう。
うーん。確かに狐は尻尾が大きくて可愛いが、決して美女ではない。噂は間違いだったのだろうか。
それにしても、この里には活気がない。狐の数が少ないというのもあるが、なんというか、元気がない感じがするのだ。
そうしていると、数体の狐がクーナの前に現れ、俺たちを威嚇するように鳴いた。
もしかするとこの状況を、俺が彼女を捕らえている、と解釈したのかもしれない。クーナは人化を解除して子狐の姿になると、数度鳴いた。
それから狐たちの間で会話らしきものがなされる。しかし、俺には狐の言葉を理解するスキルはないため、なにを話しているのか、さっぱりだ。
しかし、とにかく話は進んでいるようだ。狐たちはときおり毛を逆立てたり、宥めたりと、なんやかんやで感情が行動に現れていたから。
と、話がまとまったらしい。狐たちがこちらに向き直り、そしてクーナが人化術を発動させる。
見る見るうちに、黄金色の毛が貫頭衣や靴といった装飾品に変化していき、狐の体は人のものへと変わっていく。数度見ても、慣れないものだ。
クーナは俺に話し合いの結果を知らせてくれる。
「申し訳ありません、少しこちらでもごたごたしていまして」
「いや、俺が来ることは知らなかったんだろう? ならば警戒するのも無理はないさ。それで?」
「この後、我らが姫様に会っていただけますか?」
「もちろん。取って食われるのでもない限り、できることには協力しよう」
「ありがとうございます。こちらへ」
クーナの案内の下、俺たちは里の奥へと進んでいく。人口……というか頭数はおよそ千。その数に対して、一つの家に何匹もの狐たちが住んでいるらしく、里の規模はそこまで大きくないほうだろう。
しばらく進んでいくと、とりわけ大きな社が見えてきた。
古びているが、なかなか見事なものだ。そこらの小屋の倍は大きさがあり、荘厳な雰囲気が感じられる。
先にクーナたちが中に入っていき、俺たちはしばし取り残される。
どうやら偉い狐さんらしいから、失礼がないようにしないと。ここでの結果は、今後の行動にも関わってくる。ここまで来て、里を追い出されて野宿、なんてことになったら最悪だ。
俺は自分の身なりを確認する。山の中を歩き続けてきたことで、すっかり汚れていた。軽く払うと、少しはましになる。
お次はいまだケダマを抱えているライム。彼女の服の乱れを直し、それから俺はケダマを借りる。そして頭に落ち葉をつけたままの、泥だらけのゴブリンに向き直るなり、俺はケダマを駆使して拭いていく。
見る見るうちに汚れは落ちる。メラミンスポンジにだって引けを取らない。
そうしてゴブを綺麗にし終えると、俺はケダマの表面を軽く撫でる。汚くなったが、元々黒いから大丈夫だろう。
ライムに返却しようとすると、
「いらない」
と言われてしまった。やっぱ汚いからかなあ。触り心地もよくなくなったし。
しょんぼりするケダマ。ライムに弄ばれるのから解放されたとはいえ、いらないとはっきり言われてしまうのは寂しいようだ。
落ち込むケダマを慰めるように、ウルフが鼻で突っつく。そしてゴブが転がし始めた。
あーあ、泥だらけじゃないか、もう。
緊張感ないなあ。しかしウルフはともかく、シャキッとしたゴブやケダマなんか想像できやしないから、これでいいのかもしれない。
そうしていると、社へ入るよう中から声をかけられる。俺は気を引き締め、あまり光の入らない社の中へと足を踏み入れた。
暗がりの中、左右に女性たちが立ち並んでいる。尾があることから、先の狐たちが化けているのだろう。中には、クーナの姿もあった。
そして正面には、一人の女性。おそらく、彼女が姫様と呼ばれている人物だ。目の覚めるような美女であった。
長く腰まである髪は純白で、和装に似た衣服と相まって、上品に見える。いや、たとえ村娘と変わらぬ格好であっても、気品が衰えることはなんらありえなかったかもしれない。
こちらを見つめる美貌には、妖艶な笑みが湛えられていた。
「お初にお目にかかります、私がこの里の長でございます。本来ならばこちらから伺うべきところ、このような形になってしまったこと、まずは謝罪申し上げます」
すっと、優雅な仕草で長は頭を下げた。彼女の白い狐耳が、俺に向けられる。しかし、どうにも尻尾はないようだ。
付近に控えていた女性たちが、驚いたように目を見開いた。
……これはもしかして、「こんな下賤な者に頭を下げるなんて!」というやつだろうか。あながち間違ってもいないかもしれない。だって、俺はただの傭兵だしなあ。
それから姫さんは続ける。
「クーナから話は聞きました。救っていただいたこと、感謝いたします」
「微力ながら一助となったのであれば、幸甚の至りでございます」
長の女性はそれまでと違って、どこか温かく、家庭的な笑みを浮かべる。それがなにより魅力的で、俺はつい見惚れてしまう。
ああ、やばい。なんだか緊張してきた。
てっきり、大きな狐がいるものだとばかり思っていたのに、これだ。心の準備ができていない。
「なにかお礼をしたいのですが、お望みの物はございませんか?」
お約束とも言えるお礼ときた。しかし古典に学べば、『浦島太郎』の玉手箱よろしく、ろくなことにはならないのだ。
ここは無難な回答をすべきだろう。『金の斧』の女神様だって、正直者に三本の斧を与えている。ああ、でも勧められたらまずは断るのが礼儀とも言うな。
まあいいや、細かいことは考えても仕方がない。駆け引きをしに来たわけではないのだから。
「今宵一晩を過ごすところをいただきたく存じます」
そんな謙虚な俺の姿を見て、姫さんはその温顔を綻ばせる。
「精一杯のおもてなしをさせていただきます」
そうして堅苦しい話は終わり、俺たちは社を出る。
ほっと一息つきつつ、これはもしかすると、いいこともあるんじゃないかなあ、なんて期待する。おもてなしといえば、女性がお酌をしてくれるのが多い気がするんだよなあ。いや、そんな体験なんかなかったから、想像でしかないんだけれど。
ともかく、あんな綺麗な人を見たあとでは、やはり期待してしまうものである。
と、そこで俺はここに来た目的を思い出した。
丁度、姫さんも俺のすぐ近くにいることだ。聞いても悪くないだろう。
「クーナさんから、私に用があるとお聞きしたのですが、そのことについては」
俺の言葉に、彼女の表情が陰った。
そして少しの間、クーナが心配そうに姫さんを眺める。なんとなく、二人の関係性がわかった気がした。
「……こちらへお願いします」
二人は悩んでいたようだったが、やがて決意したのか、俺をある場所へと招いた。
そこは集会所のように広い場所だ。先ほどの二人の表情からなにかあるのだろうとは思っていた俺だったが、中の様子を見ると、面食らわずにはいられなかった。
そこには所狭しと、傷ついた狐たちがいたのである。脚があらぬ方向に曲がっていたり、血まみれになっていたりと、ひどい有様だ。
これが、この集落に活気がなかった理由なのだろう。
戸惑いや警戒、敵意といったものが俺に向けられる。無理もないことだ。ここはきっと、俺のような部外者が来るべき場所ではなかった。
けれど、クーナたちが俺の力を頼らずにはいられなかった気持ちはわかる。だから、俺はここで自分のできることをやろう、と思うのだ。
俺はクーナと姫さんに、今から何が起こるのか、彼女たちから説明することを求めた。
俺がすることを受け入れてもらえるように。
◇
俺を不審者扱いしていた狐たちは、姫さんが説明するなり、すっかり安心した様子を見せた。それだけ、この姫さんを信頼しているということだ。
そりゃあ、こんなにきれいな人なら魅了されるのもわからないでもないが、狐でもそうなんだろうか。
そして狐たちの態度が一変する。これまでは俺が近づくのも憚られるほど強硬な姿勢であったというのに、今は自ら志願するような有様だ。きっと、姫さんに恥をかかせないよう、配慮したのだろう。
いいなあ。俺もこれくらい慕われてみたいものだ。
そんなことを思いながら、連れている魔物を見る。
ゴブは主人のことなんか考えずにケダマの中に入っている。ウルフも同じだが、こちらは仕方がない。
狐の天敵である狼がうろうろしているのは、きっと精神衛生上よくないだろうから。ライムはクーナたちを眺めている。なにを考えてるんだろう。
そんなわけで、俺をビシッと立ててくれるような者はいないのだ。
うーん。いいのかなあ、これで。
たまにはさ、俺の隣で支えてくれるような、そんな頼もしい魔物が欲しいのだ。ウルフは頼りになるが、いわゆる人間の機微には疎い。魔物だから仕方ないんだけれど。
そうしていると準備が整ったようで、いよいよ俺は近くにいる狐に近づいていく。
「それでは、始めます」
俺は鑑定スキルを使用した後、主従契約のスキルを使用。浮かび上がった魔法陣が地狐に吸い込まれていく。
そして、魔法陣が足元に再び形成されたときには、彼女は回復していた。
仮契約の状態を破棄すると、魔法陣が砕け散る。
まずは一体目。無事成功したことで、俺に向けられている眼差しに、期待がこもる。
ふう。うまくいってよかった。クーナのときに一度成功したとはいえ、緊張するものだ。何事にも、例外はつき纏うのだから。
それから、俺は次の狐にスキルを使用していく。
二度、三度と繰り返すにつれて、あとは流れ作業と化した。もちろん、だからといってまったく手は抜けない。
と、そこで俺は手を止めた。
前にいる地狐のステータスを見るに、レベルが高く、怪我も軽微だったからだ。レベルをリセットするのは、少々惜しい。
「自然治癒のほうがいいかと思いますが……」
俺が言うと、困ったように狐は鳴いた。早く復帰したかったのかもしれない。
それに対して姫さんは、こう俺に提案した。
「少し様子を見ましょうか」
「そうですね。今はほかの方もいますから」
そういうことになって、俺はまた主従契約を使い続ける。
いかにほとんど体力を使わないスキルといえども、何度も繰り返せば疲労が蓄積してくる。しかし、そんなことを言い出せる雰囲気でもなく、俺はじっとりと浮かぶ汗を堪えるしかなかった。
やがてほとんどの狐は回復し、今では俺のあとをくっついてくるようになる。
そうして最後の一体に対してスキルを使い終えると、俺は近くにどっかりと座り込んだ。ケダマがのそのそとやってきて、俺の後ろに座り込んでクッションになってくれる。
……あれ、こいつ汚いままなんじゃ。まあいいか。
俺は大きく息を吐く。この世界に来てからいろいろなことがあって、体力がついた自信があった。しかし、まだまだ不十分だったのかもしれない。
息を整えると、自身のステータスを眺める。
《シン・カミヤ Lv14》
ATK24 DEF29 MAT20 MDF24 AGI24
【スキル】
「大陸公用語」「鑑定」「主従契約Lv4」「魔物合成」「小型化」「ステータス還元Lv2」「成長率上昇Lv2」「バンザイアタック」「スキル還元」「スキル継承Lv2」「炎魔法Lv1」「俊足Lv2」「土魔法Lv1」「水魔法Lv3」
主従契約のスキルが4に上がっている。しかし、どうにも今しがたスキルを使いまくったから上がった、というわけでもなさそうだ。これまでの蓄積が大部分のようである。それができるなら、契約と解除を繰り返して上げることもできたんだろうけれど。
そんなことをするより魔物を倒したほうが効率がいいのである。なにより、スキルだけを上げても仕方がない。
屹然とした態度で少女は告げる。大きな狐の尻尾はぴんと立ち、勇猛さを主張しているのだが、それさえどことなく可愛らしい。
ここで俺は、高圧的に臨むこともできたのだろうが、それでは主義に反する。
「えっとさ。足、治りそう?」
クーナははっとして、自身の足に目をやり、唇を小さく噛んだ。その表情からは、深い悔恨の念が見て取れた。怪我をしたことだけが理由ではないようにも思われる。
「あなたが思う通りです。もう歩くことはできないでしょうね。ですから、連れていこうとしても、あなたの役には立ちませんし、無駄なことです」
その言葉には、俺に対する拒絶だけではなく、諦観が含まれているようだった。沈む彼女の思いは本物だろう。だから俺は、なんとかしてあげたいと、出会ったばかりにもかかわらず思ってしまう。
なぜそんなことを思うのかはわからない。しかし、魔物使いとしての経験、あるいはスキルがもたらす恩恵なのか、どことなく人となりのようなものが感じ取れるようになっていたのだ。
たぶん彼女は、悪い子じゃない。
……いやまあ、可愛い見た目に騙され、ほだされてしまっている可能性がないわけではないけれど。たとえそうであっても、仕方ないだろう。なんと言っても愛らしいのだから。
そして、俺には一つ案があった。であれば試さずにはいられない。
「俺と主従契約を結んでくれないか。一緒に来てくれなくても構わない」
「先ほども言ったでしょう」
「ちょっとでいい、ほんのちょっとだけでいいから。な、すぐに終わるからさ。痛くしないから。少し目を瞑っている間に終わるから」
「……怪しさでいっぱいなのですけれど」
彼女の不信感はいまだ拭えない。いや、むしろ増したような気もする。俺はどこで選択を間違えたのだろう。
となれば、俺がすることは一つ。
「この通りだ! 頼む!」
ビシッと45度の角度で、俺は頭を下げる。バッチリ決まったはずだ。
もうクーナの顔は見えない。けれど、ほかの魔物たちとの共感覚から得られる彼女の様子では、戸惑っているようだ。
これはいける。たぶん、押しに弱いタイプなんだろう。ぐいぐいといけば、彼女は断りきれるはずがない。
もう一押しだ。あとちょっとでいけるはずだ。
「頼む、俺と契約してくれ!」
両膝をつき、彼女の足元に頭をつける。日本人の切り札、土下座である。
これでも駄目だったなら、どうしようか。そう考えた俺に、呆れたようなクーナの声が聞こえてきた。
「……あなたに誇りはないのですか」
「ある。誇りがあるからこそ、こうして頭を下げているんだ。ここで君を見捨ててしまえば、俺は今後、一生涯にわたって後悔する。だから、今できることをすべてなすために、この誇りがいつまでも続くように、俺は絶対に諦めはしない」
土下座の状態で言った。
小さなため息が零れるのが、揺れる空気から伝わってきた。俺の男気に、あるいはかっこよさに感化されてしまったのだろう。
「……わかりました」
「ありがとう、頼むよ」
彼女が俺を拒んでいた理由がなんであるのか、俺にはわからない。けれど、折角手に入れたこの機会を無駄にするわけにはいかない。
主従契約のスキルを発動すると魔法陣が生じ、少女を包み込む。
そしてクーナが受け入れるなり、彼女の足元に魔法陣が浮かび上がった。仮契約の状態である。
「……足、治ってないか?」
これまでにも、仮契約を結ぶと創傷は治ってきた。契約が成立、あるいは破棄される段階でレベルリセットされてしまうデメリットはあるが。もしかすると、体そのものが別のものに構成し直されているのかもしれない。だから、どんな傷だろうと治る可能性はあると踏んだのだ。
クーナは軽く足を動かし、それから立ち上がる。
「……これはいったい?」
俺は戸惑う彼女を、仮契約の状態から解放する。魔法陣が彼女の体内から発生し、そして砕け散った。
これで再びレベル1に戻ってしまったが、身体的な問題からは解放されたはずだ。
クーナはまじまじと俺を眺めてくる。約束を守ったことか、それともこのスキルに対してかはわからないが、先ほどまでの濃い不信感の色は消えていた。
「どうやら治ったみたいでよかった。ところでさ、俺たちはさっきまで霧の中を歩いていたんだけど、ここってどの辺なんだ? もう麓は近いんだろうか?」
クーナが知っているかどうかはわからないが、とりあえず尋ねるだけ尋ねてみる。
すると、これまた彼女は困ったように俺を見る。
「ここは……山嶺ですよ?」
街を目指していたはずなのに、人を決して通さないという霧の向こうに、俺たちは来てしまったようだった。なんということだろうか。
しばし呆けていると、クーナは俺を見て、おずおずと申し出る。
「……あの、ありがとうございました」
「気にしなくていいよ。ただ、レベルは1に戻ってるから、気をつけてくれ」
クーナは頷き、それから悩む素振りを見せる。やがて意を決して俺を見ると、深く頭を下げた。
「助けてもらった上、厚かましいのは重々承知なのですが、そのお力を貸していただくことはできませんか?」
「俺にできることなら構わないけれど、そんなのたかが知れているよ」
「ありがとうございます。では、私たちの里にご案内いたします」
詳しい話は里に着いてからすることになり、クーナは歩き始めた。先ほどまで怪我をしていたのが嘘のように、軽い足取りだ。
それにしても、こんな山頂付近に里があるとはなあ……これが、傭兵たちの言っていた美女の噂の正体だろうか? ということは、里にはたくさんの美女がいるんだろうか? やっぱり人助けはするものだなあ。
そんなことを考えていると、服の裾をライムが引っ張る。
「シン」
「ん? まあ、嘘じゃなさそうだし大丈夫だろう」
そういうと、ちょっとばかり頬を膨らませたライムは、そっぽを向いてしまった。
……あれ、俺なんかやってしまったのか?
ライムは俺から離れ、小型化ケダマを手に取る。奴の表面についている泥を払い落してから、引っ張ったり押し潰したり、ぐにぐにと動かしていた。当のケダマはそのたびに、「くまくま」と鳴いているので、子供のおもちゃには絶好かもしれない。
弾力があるらしく、ケダマはどれだけいじられてもなんら苦にせず、やがて大きな欠伸を一つ。
それから俺は、前で揺れるクーナの尻尾を見ながら進んでいく。
「そういえばさ、なんでオークに襲われていたんだ?」
「オークたちはそうやって、繁殖してきたんですよ。足を折って動けなくするのも常套手段です」
「あ……悪い」
「いえ、気にしていませんから……こちらも聞いていいですか?」
「ああ。なにか?」
「どうして人間なのに、魔物しか通れないはずの霧を抜けられたのですか?」
「さあ、なんでだろうな……」
俺のほうが聞きたいくらいである。
魔物しか抜けられないというのなら、俺が魔物だったということだろうか。いやまさか、そんなことはなかろう。
異世界から来たからだろうか? それならば、この世界の人間と認識されなくてもおかしくはない。なんにせよ、仮定することしかできないのだが。
そうしていると、クーナが木々を掻き分け、現れた洞窟の中を進んでいく。ゴブは探索に乗り気なのかすっかりはしゃいでしまって、駆けていく。そしてクーナが先ほどまで押しのけていた小枝から手を離すと、ばねのように跳ね返って、間抜けな小鬼はしたたかに打ちつけられた。
……なにやってんだこいつ。
そんなゴブをウルフが咥え、大人しくついてくる。俺なら放っておくところだが、ウルフは親切だなあ。
しばらく、そんな抜け道を行くと、やがて視界が開けた。
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「着きました。ここが、私たちの里です」
振り返ったクーナの向こうには、辛うじて人家と言えなくもない建物が、いくつか立っていた。
ここが美女のいる楽園なのだろうか。しかし、とてもそうは見えない。そもそも人の姿すら見えないのだ。
内心の失望を隠しながら、俺は再び、クーナのあとを行く。
そうして里の中を進んでいくと、こちらを窺う視線があることに気がつく。ここに住んでいると思しき狐たちである。
家の陰や木々の合間から頭を覗かせ、俺を見ているのだ。おそらく、人間がここに来ることはないから、珍しいのだろう。
うーん。確かに狐は尻尾が大きくて可愛いが、決して美女ではない。噂は間違いだったのだろうか。
それにしても、この里には活気がない。狐の数が少ないというのもあるが、なんというか、元気がない感じがするのだ。
そうしていると、数体の狐がクーナの前に現れ、俺たちを威嚇するように鳴いた。
もしかするとこの状況を、俺が彼女を捕らえている、と解釈したのかもしれない。クーナは人化を解除して子狐の姿になると、数度鳴いた。
それから狐たちの間で会話らしきものがなされる。しかし、俺には狐の言葉を理解するスキルはないため、なにを話しているのか、さっぱりだ。
しかし、とにかく話は進んでいるようだ。狐たちはときおり毛を逆立てたり、宥めたりと、なんやかんやで感情が行動に現れていたから。
と、話がまとまったらしい。狐たちがこちらに向き直り、そしてクーナが人化術を発動させる。
見る見るうちに、黄金色の毛が貫頭衣や靴といった装飾品に変化していき、狐の体は人のものへと変わっていく。数度見ても、慣れないものだ。
クーナは俺に話し合いの結果を知らせてくれる。
「申し訳ありません、少しこちらでもごたごたしていまして」
「いや、俺が来ることは知らなかったんだろう? ならば警戒するのも無理はないさ。それで?」
「この後、我らが姫様に会っていただけますか?」
「もちろん。取って食われるのでもない限り、できることには協力しよう」
「ありがとうございます。こちらへ」
クーナの案内の下、俺たちは里の奥へと進んでいく。人口……というか頭数はおよそ千。その数に対して、一つの家に何匹もの狐たちが住んでいるらしく、里の規模はそこまで大きくないほうだろう。
しばらく進んでいくと、とりわけ大きな社が見えてきた。
古びているが、なかなか見事なものだ。そこらの小屋の倍は大きさがあり、荘厳な雰囲気が感じられる。
先にクーナたちが中に入っていき、俺たちはしばし取り残される。
どうやら偉い狐さんらしいから、失礼がないようにしないと。ここでの結果は、今後の行動にも関わってくる。ここまで来て、里を追い出されて野宿、なんてことになったら最悪だ。
俺は自分の身なりを確認する。山の中を歩き続けてきたことで、すっかり汚れていた。軽く払うと、少しはましになる。
お次はいまだケダマを抱えているライム。彼女の服の乱れを直し、それから俺はケダマを借りる。そして頭に落ち葉をつけたままの、泥だらけのゴブリンに向き直るなり、俺はケダマを駆使して拭いていく。
見る見るうちに汚れは落ちる。メラミンスポンジにだって引けを取らない。
そうしてゴブを綺麗にし終えると、俺はケダマの表面を軽く撫でる。汚くなったが、元々黒いから大丈夫だろう。
ライムに返却しようとすると、
「いらない」
と言われてしまった。やっぱ汚いからかなあ。触り心地もよくなくなったし。
しょんぼりするケダマ。ライムに弄ばれるのから解放されたとはいえ、いらないとはっきり言われてしまうのは寂しいようだ。
落ち込むケダマを慰めるように、ウルフが鼻で突っつく。そしてゴブが転がし始めた。
あーあ、泥だらけじゃないか、もう。
緊張感ないなあ。しかしウルフはともかく、シャキッとしたゴブやケダマなんか想像できやしないから、これでいいのかもしれない。
そうしていると、社へ入るよう中から声をかけられる。俺は気を引き締め、あまり光の入らない社の中へと足を踏み入れた。
暗がりの中、左右に女性たちが立ち並んでいる。尾があることから、先の狐たちが化けているのだろう。中には、クーナの姿もあった。
そして正面には、一人の女性。おそらく、彼女が姫様と呼ばれている人物だ。目の覚めるような美女であった。
長く腰まである髪は純白で、和装に似た衣服と相まって、上品に見える。いや、たとえ村娘と変わらぬ格好であっても、気品が衰えることはなんらありえなかったかもしれない。
こちらを見つめる美貌には、妖艶な笑みが湛えられていた。
「お初にお目にかかります、私がこの里の長でございます。本来ならばこちらから伺うべきところ、このような形になってしまったこと、まずは謝罪申し上げます」
すっと、優雅な仕草で長は頭を下げた。彼女の白い狐耳が、俺に向けられる。しかし、どうにも尻尾はないようだ。
付近に控えていた女性たちが、驚いたように目を見開いた。
……これはもしかして、「こんな下賤な者に頭を下げるなんて!」というやつだろうか。あながち間違ってもいないかもしれない。だって、俺はただの傭兵だしなあ。
それから姫さんは続ける。
「クーナから話は聞きました。救っていただいたこと、感謝いたします」
「微力ながら一助となったのであれば、幸甚の至りでございます」
長の女性はそれまでと違って、どこか温かく、家庭的な笑みを浮かべる。それがなにより魅力的で、俺はつい見惚れてしまう。
ああ、やばい。なんだか緊張してきた。
てっきり、大きな狐がいるものだとばかり思っていたのに、これだ。心の準備ができていない。
「なにかお礼をしたいのですが、お望みの物はございませんか?」
お約束とも言えるお礼ときた。しかし古典に学べば、『浦島太郎』の玉手箱よろしく、ろくなことにはならないのだ。
ここは無難な回答をすべきだろう。『金の斧』の女神様だって、正直者に三本の斧を与えている。ああ、でも勧められたらまずは断るのが礼儀とも言うな。
まあいいや、細かいことは考えても仕方がない。駆け引きをしに来たわけではないのだから。
「今宵一晩を過ごすところをいただきたく存じます」
そんな謙虚な俺の姿を見て、姫さんはその温顔を綻ばせる。
「精一杯のおもてなしをさせていただきます」
そうして堅苦しい話は終わり、俺たちは社を出る。
ほっと一息つきつつ、これはもしかすると、いいこともあるんじゃないかなあ、なんて期待する。おもてなしといえば、女性がお酌をしてくれるのが多い気がするんだよなあ。いや、そんな体験なんかなかったから、想像でしかないんだけれど。
ともかく、あんな綺麗な人を見たあとでは、やはり期待してしまうものである。
と、そこで俺はここに来た目的を思い出した。
丁度、姫さんも俺のすぐ近くにいることだ。聞いても悪くないだろう。
「クーナさんから、私に用があるとお聞きしたのですが、そのことについては」
俺の言葉に、彼女の表情が陰った。
そして少しの間、クーナが心配そうに姫さんを眺める。なんとなく、二人の関係性がわかった気がした。
「……こちらへお願いします」
二人は悩んでいたようだったが、やがて決意したのか、俺をある場所へと招いた。
そこは集会所のように広い場所だ。先ほどの二人の表情からなにかあるのだろうとは思っていた俺だったが、中の様子を見ると、面食らわずにはいられなかった。
そこには所狭しと、傷ついた狐たちがいたのである。脚があらぬ方向に曲がっていたり、血まみれになっていたりと、ひどい有様だ。
これが、この集落に活気がなかった理由なのだろう。
戸惑いや警戒、敵意といったものが俺に向けられる。無理もないことだ。ここはきっと、俺のような部外者が来るべき場所ではなかった。
けれど、クーナたちが俺の力を頼らずにはいられなかった気持ちはわかる。だから、俺はここで自分のできることをやろう、と思うのだ。
俺はクーナと姫さんに、今から何が起こるのか、彼女たちから説明することを求めた。
俺がすることを受け入れてもらえるように。
◇
俺を不審者扱いしていた狐たちは、姫さんが説明するなり、すっかり安心した様子を見せた。それだけ、この姫さんを信頼しているということだ。
そりゃあ、こんなにきれいな人なら魅了されるのもわからないでもないが、狐でもそうなんだろうか。
そして狐たちの態度が一変する。これまでは俺が近づくのも憚られるほど強硬な姿勢であったというのに、今は自ら志願するような有様だ。きっと、姫さんに恥をかかせないよう、配慮したのだろう。
いいなあ。俺もこれくらい慕われてみたいものだ。
そんなことを思いながら、連れている魔物を見る。
ゴブは主人のことなんか考えずにケダマの中に入っている。ウルフも同じだが、こちらは仕方がない。
狐の天敵である狼がうろうろしているのは、きっと精神衛生上よくないだろうから。ライムはクーナたちを眺めている。なにを考えてるんだろう。
そんなわけで、俺をビシッと立ててくれるような者はいないのだ。
うーん。いいのかなあ、これで。
たまにはさ、俺の隣で支えてくれるような、そんな頼もしい魔物が欲しいのだ。ウルフは頼りになるが、いわゆる人間の機微には疎い。魔物だから仕方ないんだけれど。
そうしていると準備が整ったようで、いよいよ俺は近くにいる狐に近づいていく。
「それでは、始めます」
俺は鑑定スキルを使用した後、主従契約のスキルを使用。浮かび上がった魔法陣が地狐に吸い込まれていく。
そして、魔法陣が足元に再び形成されたときには、彼女は回復していた。
仮契約の状態を破棄すると、魔法陣が砕け散る。
まずは一体目。無事成功したことで、俺に向けられている眼差しに、期待がこもる。
ふう。うまくいってよかった。クーナのときに一度成功したとはいえ、緊張するものだ。何事にも、例外はつき纏うのだから。
それから、俺は次の狐にスキルを使用していく。
二度、三度と繰り返すにつれて、あとは流れ作業と化した。もちろん、だからといってまったく手は抜けない。
と、そこで俺は手を止めた。
前にいる地狐のステータスを見るに、レベルが高く、怪我も軽微だったからだ。レベルをリセットするのは、少々惜しい。
「自然治癒のほうがいいかと思いますが……」
俺が言うと、困ったように狐は鳴いた。早く復帰したかったのかもしれない。
それに対して姫さんは、こう俺に提案した。
「少し様子を見ましょうか」
「そうですね。今はほかの方もいますから」
そういうことになって、俺はまた主従契約を使い続ける。
いかにほとんど体力を使わないスキルといえども、何度も繰り返せば疲労が蓄積してくる。しかし、そんなことを言い出せる雰囲気でもなく、俺はじっとりと浮かぶ汗を堪えるしかなかった。
やがてほとんどの狐は回復し、今では俺のあとをくっついてくるようになる。
そうして最後の一体に対してスキルを使い終えると、俺は近くにどっかりと座り込んだ。ケダマがのそのそとやってきて、俺の後ろに座り込んでクッションになってくれる。
……あれ、こいつ汚いままなんじゃ。まあいいか。
俺は大きく息を吐く。この世界に来てからいろいろなことがあって、体力がついた自信があった。しかし、まだまだ不十分だったのかもしれない。
息を整えると、自身のステータスを眺める。
《シン・カミヤ Lv14》
ATK24 DEF29 MAT20 MDF24 AGI24
【スキル】
「大陸公用語」「鑑定」「主従契約Lv4」「魔物合成」「小型化」「ステータス還元Lv2」「成長率上昇Lv2」「バンザイアタック」「スキル還元」「スキル継承Lv2」「炎魔法Lv1」「俊足Lv2」「土魔法Lv1」「水魔法Lv3」
主従契約のスキルが4に上がっている。しかし、どうにも今しがたスキルを使いまくったから上がった、というわけでもなさそうだ。これまでの蓄積が大部分のようである。それができるなら、契約と解除を繰り返して上げることもできたんだろうけれど。
そんなことをするより魔物を倒したほうが効率がいいのである。なにより、スキルだけを上げても仕方がない。
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