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3巻
3-1
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深緑に染まった森の中に、黄土色のがれきが混じっている。
辺境の国、アルザーク王国を出て数日。俺たちは遺跡研究都市コフンを目指していた。
かつて俺、シン・カミヤが地球から着の身着のまま投げ出されてきたこの世界では、知っている限り、あまり遺跡は残っていない。しかしこの都市コフンの周囲では遺跡の発掘が盛んに行われており、そのほとんどが発見当時のまま保存されているそうだ。
「シン。これも遺跡?」
そう俺に尋ねてくるのは、魔物使いである俺と主従契約を結んでいる魔物の一人、スライムが「擬態」した少女ライムである。彼女は狐の魔物である天狐の少女クーナと一緒に、なにかの魔物を模した石像を眺めていた。
「たぶんね。触ったらダメだよ」
ここでは無許可の発掘は重罪に処せられるのが通例になっていて、遺跡を保護するために、調査の際にはいろいろと手続きが必要になっているのだ。まだ都市に到着してすらいない俺たちは、触るのも控えておくべきだろう。
ライムたちと話しながら考えていると、俺の腰元から、喋る刀であるナマクラ丸が聞いてきた。
「なあ親友。あいつら止めなくていいのか?」
言われて賑やかな声が聞こえるほうに視線を向けると、竜の皮を被った小鬼――竜鱗ゴブリンのゴブが遺跡をいじっていて、それを仲良しの白い狼ウルフがやめさせようとしているところだった。そしてマイペースで食いしん坊な鳥型魔物――ブラックヒナケダマのケダマはゴブをほったらかしにして、くちばしをせっせと動かして穴を掘ろうとしている。
……お前らなにやってるの!?
「ゴブ、罠でも踏んで槍が飛び出して刺さっても、俺は知らないからな。ケダマ、あとで食い物買ってやるから、種を探して掘るのはやめてくれ。下手すりゃ人骨が出てくるぞ」
気ままにしていたそれらの魔物は、俺の言うことを聞いて大人しくしてくれる。こいつらとも長い付き合いになったから、扱いもすっかり慣れたものである。
そんなトラブルメーカーの魔物たちを連れているのに、わざわざなにか起こしそうな場所に来ているのにはわけがあった。
かつて俺がライムと出会った遺跡を、先日再び探索したところ、深部で古文書を見つけたのだ。文字が古いせいか読めなかったのだが、これを調べれば、なにか彼女の過去のこともわかるかもしれないと、解読するためにコフンに行くことになったというわけだ。
しかし、そこは俺の魔物たち。ゴブやケダマがうろうろしているうちに迷って、なかなか到着できないでいた。
気を取り直して、がれきや切石を乗り越えながら進んでいくと、向こうに人型を見つけた。全身は薄汚れた灰色で、泥がついて蔓が這っている。
遺跡を守護する魔物、ゴーレムである。
俺は早速、スキル「鑑定」を発動させる。
《ゴーレム Lv10》
ATK30 DEF30 MAT7 MDF15 AGI15
【スキル】
「自動修復」
攻撃力と防御力は比較的高いが、魔法攻撃力や魔法防御力、素早さはあまり高くない。
そこまで強い相手ではないだろう。俺は自分のステータスと見比べる。
《シン・カミヤ Lv14》
ATK54 DEF52 MAT41 MDF46 AGI43
【スキル】
「大陸公用語」「鑑定」「主従契約Lv5」「魔物合成」「小型化」「ステータス還元Lv3」「成長率上昇Lv2」「バンザイアタック」「スキル還元」「スキル継承Lv2」「血の代償」「炎魔法Lv3」「風魔法Lv1」「水魔法Lv3」「俊足Lv2」「幻影術Lv3」「神通力Lv1」
ステータスだけなら、俺のほうがずっと高い。といっても、俺の力のほとんどはスキル「ステータス還元」によって契約している魔物から得られているだけなので、調子に乗るわけにもいかない。以前、魔物とはぐれたときに、ちっとも戦えなかったことを思い出すと、今でも身震いする。
だが、これほどステータスの差があるにもかかわらず、俺たちにはゴーレムに勝てない理由がある。
コフンでは、遺跡の住人である魔物と共存することによって、かつての有様をできる限りそのまま残しているため、遺跡同様に無許可では魔物に手出しできないのだ。
「仕方ないなあ、迂回していくか」
俺は何度目になるかもわからないため息を吐いた。そして踵を返して歩き出す。
ケダマが飛べれば、敵の上を越えていけるんだけどなあ。
そんなことを考えながら、俺は近くの地面を転がるケダマを見る。「小型化」している今は飛べそうな印象があるが、元の大きさは巨岩さながらなので飛ぶことはできないし、それどころか移動するだけで遺跡を壊しかねない。
……ん?
ケダマは真っ黒な毛で覆われているのだが、転がっているものだから、すっかり蔓が絡まってしまい、ひどい有様だ。
根元へと視線を向けると、そこには動き出したゴーレムがあった。
……なるほど。ゴーレム一体あたりの担当面積を広げるため、蔓で振動を感知する仕掛けがあったとはなあ。これも遺跡と魔物が共存するために発達させたシステムなのか。
「オオォォォォオオン!」
ずんずんと近づいてくる敵を見て、のんびり思考している場合ではないことを知る。
だが、遺跡を守護しているなら、いつまでも追いかけてくることはないだろう。
「よし、逃げるぞ!」
ウルフとクーナが軽快に進んでいき、俺とライム、ゴブが少し遅れて続く。こんなに足場が悪い場所では、走るのもままならない。
となれば、転がるのはもっと大変なはずだ。
そう思って振り返ると、すっかり緑色で覆われて動けなくなっているケダマの姿があった。
……お前なにやってるの!
「ゴブ、ゴーレムを頼む!」
ゴブは棍棒を持って、勇ましくゴーレムに立ち向かう。その隙に俺はライムと一緒にケダマの蔓を解いていく。
こいつ、翼は小さいし足も二本しかないから、自力で抜け出せないのか。
小型化を解けば無理にでも脱出できるが、蔓を切るのも、法的にあまりよくないだろうだから、面倒くさい。
そうしてケダマを解放すると、やつはピーピーと鳴きながら俺のところに飛びついてくる。置いていかないから心配するな。その時間はゴブが稼いでくれているのだから。
俺はケダマをライムに手渡す。小さな羽をぱたぱたと動かすケダマを抱っこした彼女が先に逃げていったところで、俺はゴブのほうを見た。
勇ましく棍棒を振り回し、ゴーレムに相対しているゴブ。
そしてゴーレムが大きな腕を振りかぶって一撃を放つと、ゴブは勇敢に受け止める――ことはなく、さっと回避した。
おい。
体格の差があるとはいえ、一応ステータス的には、お前のほうが強い魔物なんだけど。
ゴーレムが腕を振るうたびにゴブは躱していく。そのうち、調子に乗ってポーズを取ると、蔓に足を引っかけて転び、大慌てになる。
……無駄なことするからそうなるんだ。
俺は呆れつつ、ゴブを呼ぶ。
「ケダマは確保したからもういいぞ。逃げよう」
俺が言うなり、駆け寄ってくるゴブ。その表情はやり遂げた感でいっぱいだった。
こんなゴブだが、強くなっているのは間違いない。以前なら、ゴーレムが腕を振り上げた瞬間に逃げ出していたはずだから。そう考えるとゴブなりに頑張っていたのかもしれない。
俺はちょっとだけ見直す。
「よくやった、ゴブ――」
褒めてやろうとそちらを見ると、ウルフの上で優雅に寝転んでいた。もう、先ほど必死になっていたのも忘れているようだ。
そして足場の悪いところを移動していたことも忘れているらしい。ウルフがぴょんと跳ねると、落っこちた。
ダメなやつほど可愛いと言うが、これはそんな枠に収まらないダメなやつである。だが、ケダマのために頑張ったことだけは確かだろう。
しばらくしてゴーレムが追ってこなくなるのを確認すると、俺たちはのんびり歩き出す。こんな調子なので退屈はしないが、そろそろ都市に着きたいものである。
そんなことを考えているうちに、石材を積み上げて作られた市壁が見えてきた。どうやら遺跡を再利用した都市らしく、壁面には壁画や彫刻などが残っていて歴史の深さが窺える。
「人化」を解除して本来の姿である四尾の狐になったクーナを小型化し、俺のポケットの中に入れると、彼女はきょろきょろと辺りを眺める。こういう遺跡が結構好きらしい。博物館とかに一緒に行って楽しめる女の子っていいよなあ。
ケダマやゴブ、ウルフをケージに入れてから門の入り口まで行くと、左右二体のゴーレムがお出迎えしてくれる。もちろん、その近くには魔物使いの姿がある。
俺は彼らに挨拶をしながら街の中へと入り、思わず感嘆してしまった。
視界を遮る建造物はなく、遺跡の中央付近が高くなっていることもあって、遠方までよく見える。あちこちにテントが張られ、発掘品と思しきものが並んでいる区域はおそらく、商店街なのだろう。
街中には警邏のゴーレムが動いていたり、泥人形を抱えて走り回る人もいたりする。
こういうところを見ていると、ゴーレムなんかもいいなあと思えてくる。前衛にはぴったりだろう。ゴブと違って、しっかり役割も果たしてくれるだろうし。
しかし、どうするかなあ。主従契約のスキルレベルも当分は上がらないだろうから、新しく連れていくことはできないし、なにかに混ぜようか。
ああでも、ゴブに混ぜるのはやめておこう。どんな魔物を混ぜようが、どうせろくなものにならないだろうから。
そうして歩いていくと、ナマクラ丸がカタカタと鳴る。
「なあ親友よ。もしかすると、こういうところにゃ、俺とおんなじやつらがいるかもしれねえ」
「ああ、喋る武器な。じゃあ見つけたら混ぜるか」
「そーでなくてだな。親友の聞きたい答えを知ってる古いやつがいる可能性があるってことよ」
確かにナマクラ丸はぼけているが、過去を覚えているしっかりした魔物もいるかもしれない。となれば、探すのも悪くなかろう。
俺は街中を見ながら鑑定を試してみるのだが、当然ながらすぐに見つかるはずもなく、ウルフやクーナの嗅覚を当てにしてもまったく反応はない。
やがてすっかり飽きた頃になって、ようやく俺たちは発掘者ギルドに到着したのであった。
◇
発掘者ギルドは石造りの厳かな建物で、中には展示品も少なくないため、俺のような無学な者は場違いに思えてしまう。
受付の人がすぐにこちらに意識を向けてくる。おそらく、不審者の侵入を防止するため、来客には注意を払っているのだろう。ここには、貴重な発掘品もあるのだから。その考えを裏付ける存在として、警備員やゴーレムなどが巡回しているのが見えた。傭兵ギルドよりも物騒というのは、なんとも奇妙なところだ。
「いらっしゃいませ、ご用件は?」
「以前譲り受けた書物が私の読めないものでして、ここならば読解の手がかりを得ることができないかと思って参りました。もしよろしければ、古代文字に関してご教示賜りたく存じます」
正直に遺跡から取ってきたと言わなかったのは、この国で見つけたものを盗んだのではないかと、いらぬ疑いをかけられるのを避けるためだ。こことは無関係の遺跡なのだから問題なかろう。
「かしこまりました。では、ギルドへの加盟ということでよろしいでしょうか」
「はい。お願いします」
「では、加入されるのはお二人で……?」
「えっと、私だけでお願いします」
「その場合、館内の利用はお連れの方はできませんが、よろしいでしょうか?」
うーん。どうしようか。
二人分のお金を払うのが嫌なわけではない。今後のやり取りを考えれば、そのほうが楽ではある。しかし、そうするわけにはいかない理由があるのだ。
まず、ライムはそもそも魔物である。俺の魔物ということになっていれば加入金を払う必要はないが、街ではケージに入れるのが原則だから、そのまま連れているのがばれたら問題だろう。
また、ギルドに加盟してしまうと、税金を納めなければならなくなる。これが厄介で、ギルドからアルザーク王国に問い合わせがあった場合、アルザーク王国にいたときにライムの分の税金を未納だったことが判明してしまうのだ。まあ、調査はそこまで厳しいものでもないので、これから払っていけばなんとかなるだろうし、俺が傭兵ギルドに加入したときも過去の納税について探られることもなかったから、大丈夫かもしれない。
とはいえ、ライムが魔物だとばれても、税金のことに突っ込まれても、どちらにせよ面倒なことには変わりはなく、どうするのか悩ましいところだ。
「ご利用ということでしたら、申し訳ありませんが、加入していただかなければならない規則になっております」
「受付さんよ、無理を言っちゃいけねえな。彼は魔物使いだ。となりゃ、もうわかるだろう?」
そんな声が聞こえたので、俺も受付の人もそちらに視線を向ける。
そこには十人近い男女と、五体のゴーレムがいた。
これはまずいことになったか、と俺は考えを巡らせる。ライムが魔物とばれたことは、これまで一度もなかった。そして声をかけてきた魔物使いと思しき男を見るに、たった一人であれら五体を御しているようで、相当な使い手であることが窺える。
「ああ、そう緊張すんな。この国じゃあ、魔物がいるのなんて、普通のことだからな。ま、そういうわけだ。だから問題はないだろう?」
受付は男にそう言われると、状況を察してくれたようで、俺一人の代金で済むことになった。
どうやら、この魔物使いの男は結構な信用があるらしい。年齢は三十代くらいだろうか、まだ若く見えるが、身なりはしっかりしており、歩き方などもベテランのそれだ。一見すると剣士のようにも見える体格だが、腰にはなにも佩いていない。魔物使いが前に出ることは、そうそうないのだろう。ステータスも特別高いわけでもないのだから。
そうして加入手続きを終えると、俺はその男へと頭を下げた。
「あの、ありがとうございました」
「いいってことよ。ところで……あんた一人か?」
「ええ。そうですね」
俺の場合、主従契約がすぐに上がったため従えられる魔物の数も多く、その上ステータスとスキルの還元があるため、自分自身でもそこそこ戦えるようになっている。だから一人でも困っていないのだ。
しかし、一般的な魔物使いは本体が虚弱なため、どうしてもレベルが低いうちはろくに戦えず、さらに強さを求めるなら相応の魔物が必要となる。その際、一人じゃ魔物との契約もままならないし、仮に少しずつ強い魔物に乗り換えていったとしても、魔物を失えばまた一からやり直しになってしまう。
そんなわけで、彼のように経験を感じさせる魔物使いであっても、パーティを組むのが一般的なんだろう。
「そうか、できるだけ人間とのパーティを組んだほうがいいぜ」
「そうなんですか。特に困ってはいなかったので、このままでもいいかと考えていたのですが」
「魔物にはなにがあるかわかんねえからなあ。俺も昔は魔物だけでいいと思ってたが、戦ってる最中に逃げられて、死にかけたことだってある。言葉が通じねえんじゃ、なに考えてるのかもわかんねえし、あんまり信頼しすぎないほうがいい」
彼の言うことは正しいのかもしれない。魔物使いと魔物の関係は契約一つだけだから。それを切ってしまえば、あとはどうにでもなる。
しかし、俺は共感覚によってウルフやケダマ、ゴブの感情はわかるし、ライムやクーナ、ナマクラ丸に至っては言葉を話す。そういった面では、彼の言う状況とは異なっているのだ。
「ま、気ぃつけろってこった」
そう言って、男はひらひらと手を振った。
「ああ、そうだ。俺はライル。なんかいい仕事があったら教えてくれよな。じゃあ」
俺も名乗り返しつつ、去っていく彼を眺める。
そうしていると、ケージ内のケダマやウルフ、ゴブまで彼の姿を見ていた。なにか思うところがあったんだろうか。
彼らの姿が扉の向こうに消えると、俺たちは早速、蔵書に当たることにした。
図書室に入ると、古書などは厳重に管理されているものの、一般の書籍に関してはこれといった規制もなく、受付で手続きを済ませれば室内に限り自由に読めるらしい。
俺たちは本棚から、古文書と似た文字がある本を探していく。どうやら相当古い文字のようだ。
ようやく一致するものを見つけると、文字を解読するべく、俺はその本を読んでいく。これ一冊で古文書の内容を網羅できるとは思わないが、大意を掴むことくらいはできるだろう。
まずは一ページ目から。
序文。読めない。目次。わからない。
……これは中身じゃないから問題はない。そう、中身さえ読めれば!
俺はぱらぱらとページをめくっていく。そして本を閉じた。
「読めませんでしたね」
クーナが呟く。俺はがっくりと肩を落とし、うなだれる。
「おかしいなあ。なんでこんな難しい単語ばかりが羅列してあるんだ。これじゃあ、古代文字の解読以前の問題だ。普通の勉強から始めないといけないとは……」
「楽をしたって身につかねえってことよ。こういうのは、順序があるもんだ」
「うるせえナマクラ丸、だいたいお前が旧世界のことを覚えてないのが悪いんだろうが」
「だって俺、刀だし」
俺がため息を吐いていると、ライムが別の本を持ってきた。本当に初学者向けのもので、古代文字に関する概論しか書かれていない。俺にはこれがお似合いだということだ。
ライムはにこにこと笑顔である。
「シン、がんばろう?」
「ああ。挫けてなるものか」
俺は筆と紙を用意して、本の内容を書き写していく。とりあえず、頻出するものや重要そうな言葉だけ押さえておけばいいだろう。
俺たち三人は黙々と作業を続ける。
「あー、間違えた」
書き損じたものをぐしゃぐしゃに丸めて、邪魔にならないところに投げる。
ケージの近くに転がっていくと、ゴブがキャッチしてケージの中に取り込んだ。
それから、ゴブとウルフが紙の球を転がし、蹴飛ばして遊び始める。餌入れをゴールに見立てて、サッカーのつもりだろうか。
ウルフが見事な運動能力で球をキープしつつ隙を窺うが、ゴブは闇雲に突っ込むのではなく、距離を取って立ちはだかる。
どうやら、戦術やルールといった概念を理解しつつあるらしい。以前ならば、戯れるばかりであったが、今回は明確な目的が設定された中で勝ち負けを競い合っている。
魔物たちも少しずつ、成長しているのかもしれない。
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