異世界を制御魔法で切り開け!

佐竹アキノリ

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1巻

1-3

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 5 


 朝食を済ませ、準備を整えると、早速エヴァンはセラフィナと家を出る。
 母屋の方には今日も花に水をやっているメイドたちの姿が見えた。
 そして大柄でずんぐりむっくりの横柄そうな少年と、その後ろにくっついて歩く気弱そうな少年も。

「なんだエヴァン、そんなみすぼらしい格好で。奴隷でも始めるのか?」

 長兄であるレスターがエヴァンに気付くなり、早速嫌味を言ってきた。隣の次兄ウォーレンも同調している。
 にやにやしたうすら笑いが小馬鹿にされているようで、顔をしかめずにはいられなかった。朝から嫌な奴に会ってしまった、と。

「別にお前らだって、自分で稼いでるわけじゃないだろ」

 つい反論が口を出た。
 これまで大人しくしていたエヴァンからの反撃が予想外だったのか、レスターは顔を赤くする。

「おい、お前エヴァンの癖に生意気だぞ。誰に向かって口を聞いているんだ」

 ウォーレンが強く出るが、エヴァンはそれを鼻でせせら笑う。ウォーレンは元々気弱な方で、一人で何かができるような人間ではない。今はレスターと一緒にいるから強く出ているだけだ。

「はは、ウォーレン、お前だっていずれはそうなるぞ。レスターが家を継げば、ただのスペアのお前は、この離れでひっそり暮らすことになる。みじめにな」
「エヴァン、てめえ――!」

 怒りに震えるウォーレンを、レスターが押しとどめる。そしてひとしきりにらむと、きびすを返して屋敷の方へと戻っていった。

(……こりゃ明日から自給自足生活かな)

 二人が両親に何かを吹きこめば、少ない生活費がますます減らされることになるだろう。たとえそうなったとしても、もともと大した額ではないのだから、それほど影響があるとは思えないが。
 しかし、いつまでもこの家に厄介になっていたいとは思わない。いずれは出ていくのだ。それが早いか遅いか、というだけのことにすぎない。

「エヴァン様、よろしかったのですか?」
「ん? 何が?」
「復讐をされるのでは? 何なら今から追いかけて、ありとあらゆる毛をむしってきましょうか?」
「さすがに今それやって追い出されるのはまずいからね。そういうことを外で言うのもやめよう、聞かれたらまずい」
「わかりました!」

 セラフィナはピシッと背筋を伸ばして了承の意を表す。
 それからエヴァンは気を取り直して、近くの山に向かって歩き出す。ダグラス家の屋敷は小高い丘に立てられていた。付近には、従士たちの家や農民の畑などがある。
 エヴァンは畦道あぜみちを歩いていく。のどかな農村で、これといった産業もないため、衰退していくのも当然のことかもしれない。そう思わせるほどに、実に何もない領地だった。
 いくら領主だといっても、こんな片田舎で一生を終えるのは、人生の損失としか思えなかった。それはエヴァンが前世の記憶を持っているからこそ思うことなのかもしれない。
 だとすれば、むしろ長男として生まれなくて良かったとも言える。万が一、無理矢理家を継がされることになったなら、一生こんなところに閉じ込められていたのだから。
 農作業に従事している農民たちを横目に見ながら、暫く道を歩いていくと、小高い山が見えてきた。

「エヴァン様、着きましたね!」
「こうして近くから見ると、結構広そうだね。あまり奥には行かないようにしないと」

 ここは、猟師たちが狩場にしているという山だそうだ。これまでエヴァンは一度も来たことがない。
 魔物が出るというのはもちろん、それ以上に野生動物の危険が大きいからだ。例えば熊なんかは、下級の魔物よりずっと狂暴である。
 遭遇したときは、セラフィナの時空魔法で加速して逃げるのが無難だろう。

「セラは来たことがあるの?」
「いえ、私は近くの山にしか」
「じゃあ俺と一緒だ」

 初めてなら、危険に気付かないこともある。エヴァンは手斧と弓を確認した。少し頼りなかったが、素手よりましだ。
 セラフィナは手製の槍を手に持ち、彼を守るようにして前に出る。

「さてと、じゃあ行こうか」
「はい!」

 そうしてゆっくりと山に足を踏み入れる。草を踏み分けながら、木々の中を進む。まだ日は昇り始めたばかりだというのに、あたりは少し薄暗い。
 木漏こもれ日はある程度降り注いでいるが、敵対生物の存在を考えると、もう少し明るい方が望ましい。
 それから暫く歩いていくと、セラフィナが足を止めた。
 エヴァンは魔物か動物か、と警戒するも、どうやらそうではないらしい。セラフィナはあたりをきょろきょろと見回して危険が無いことを確認し、足元に群生しているキノコを手に取る。

「今晩はキノコのバター焼きにしましょう」
「うん、それは美味しそうだ」

 本当は肉の方が食べたいのだが、贅沢など言っていられない。
 それからも、フキやワラビなど山菜を採りながら、進んでいく。中々動物は現れない。

「猟師も大変なんだなあ」
「ふふ、そんなに楽な仕事はありませんよ」
「俺のメイドは辛いかい?」
「どうでしょうね?」

 セラフィナは意味深に笑う。

「冗談ですよ。エヴァン様に仕えることができてとても幸せです」
「それはなにより。もうやめたいって言われたら立ち直れなかったよ」
「エヴァン様のメイドは、私だけですから」

 そう言ってセラフィナは胸を張る。誇らしげな彼女に、エヴァンは自分などそこまでの人物ではないのに、と思わずにはいられない。しかし悪い気はしなかった。
 そんなやり取りをしていると、向こうでぴょん、とウサギが跳ねるのが見えた。エヴァンとの間には何もないため、視認が容易く、狙いも付けやすい。
 しかもウサギがこちらに気付いた様子はない。
 矢筒から矢を取り出し、弓を構える。そして矢をつがえ狙いをつけると共に、侵食領域を展開。
 先に試したオンオフ制御のデメリットである、いつまでたっても位置がぶれて収束しないという点は、比例制御の考えを用いることで解消していた。これは目標であるウサギの中心から離れるほど強い力で修正される、というものだ。
 まずは手動で狙いをつける。しかしエヴァンは弓がうまいわけでもなく、そのまま引けば到底当たらないだろう。
 ここから制御魔法による調節が行われた力場魔法で、体の向きが修正されていく。初めは大雑把に向きが変えられ、おおよそ狙いが定められると微調整される。これで、狩人顔負けの正確な狙いとなった。
 後は弓を引くだけだ。
 そして矢は確実にウサギの脳天を貫いた。
 一撃で即死した可能性が高い。しかし、エヴァンは念のため、と二射目の姿勢に入っている。
 ウサギは動かない。エヴァンはふう、とひと息つく。
 次の瞬間、茂みから薄緑色の手が伸びて、ウサギの死骸を持ち上げた。エヴァンの目に入ってくる、長くとがった鼻と耳。

(――魔物か!?)

 エヴァンは初めて見る魔物に、緊張をつのらせる。
 敵は目つきの悪い小鬼の魔物、ゴブリンである。その手には木の棒。
 魔物の中でも弱い方に分類されるゴブリンを恐れる必要性はあまり感じられない。
 エヴァンは豪華な夕食と、多少の怪我を天秤に掛ける。致命傷を負わされることはほぼないはず。
 ゴブリンに矢を向けながら、セラフィナと顔を見合わせる。
 そして、ウサギを手に背を向けて歩き出すゴブリンの頭部に向けて、矢を放つ。それは確実に当たる軌道。
 だが、ゴブリンは急に立ち止まり顔を上げた。
 そのせいで、矢は狙いより横に突き刺さる。

「グギャアア!?」

 ゴブリンは痛みにうめくも、絶命はしなかった。
 エヴァンはもう一発ぶち込もうと矢を放つ。しかしそれは察知されて回避行動をとられ、肩のあたりに命中、またも致命傷にはならない。
 ゴブリンは体の周囲数センチ程度の、微小な侵食領域を生成する。
 エヴァンは警戒するも、敵が魔法を発動できないことは事前に把握していた。
 だがしかし、あなどるわけにはいかない。魔法を用いなくとも、侵食領域を形成すれば魔力が現実世界に流れ込み、能力が強化されるのだ。
 魔法使いなら常時侵食領域を展開できてこそ一人前。そう本に書いてあったのを思い出す。

「セラ、展開して時空魔法を!」
「わかりました!」

 セラフィナの侵食領域が形成され、三メートルほどにまで広がっていく。エヴァンの侵食領域は一メートル程度しかないため、すっぽりと呑み込まれる形になる。
 侵食速度もセラフィナの方が上であるため、エヴァンの侵食領域は徐々に縮まっていく。
 そしてある程度縮んだところで、平衡状態に移行する。侵食力は本体からの距離に依存しており、離れるほど弱く、近づくほど強くなるからだ。
 セラフィナが時空魔法を使用すると、時の流れが遅くなる。
 しかしその効果はエヴァンには及ばない。侵食領域同士の接合面で魔力の流れは遮断され、他人を侵食領域で呑み込むことはできないのだ。
 ならば、通路を形成してやればいい。
 エヴァンは制御魔法を用いて魔法がセラフィナの方から流れてくるように制御する。刻一刻と変わる魔力の流れに対しては、誤差を自動で修正し状態を安定させるフィードバックを形成。
 その処理が終わると、エヴァンの周囲にも時間が遅くなる効果が発揮された。
 ゴブリンの動きがゆっくりになるが、既にすぐそこまで迫ってきており、早急な判断が必要だった。
 敵はたった一体。しかも手傷を負っており、初戦には良い状況だ。

「ここで迎え撃つ!」

 セラフィナは槍を構え、前に出る。エヴァンもまた弓から手斧に持ち替え、彼女に合わせて移動する。セラフィナの侵食領域から外に出た途端、時空魔法の影響がなくなるため、その範囲内で行動する必要があった。
 セラフィナの斜め後方を位置取りながら、ゴブリンを見る。振り上げられる木の棒。だが、それはいつも相手をしてもらっている、セラフィナの打ち込みよりもずっと遅い。
 セラフィナはすぐさま踏み込み、胸部へと突きを放つ。手製の槍ではさほど深くは突き刺さらないが、相手の進攻を食い止めるのには十分だった。
 敵の動きが止まる。
 エヴァンはすぐさま飛び出し、小さく斧を振りかぶる。それから小回りの良さを生かし、流れるようにゴブリンの腕を切り、喉を叩く。
 ぶわっと血が噴き出し、ゴブリンは叫び声すら上げずに、その場にゆっくりと倒れた。
 エヴァンは初の勝利を収めた。


 ゴブリンの死骸は、ゆっくりと散るように消えていく。魔力世界の物質を元に構成されていると言われる魔物は、大抵は死ねば魔力に戻るらしい。
 後に残ったのは、小さな石ころのようなもの。それは魔石と呼ばれ、魔力世界に吸収されなかった物質が固体として顕現したものだ。魔力がこもっているため、魔力を用いる魔導機械、あるいはそのまま魔法を用いるための供給源として使われる。
 とはいえ、ダグラス領で魔導機械を見たことは一度もない。電化製品のエネルギー源が魔力に置き換えられたようなものだが、そこまで複雑ではないらしい。
 王都や魔法研究都市では単純な力場魔法を使ったエレベーターなど、色々使われているそうだ。
 いずれは行ってみたい、と思うものの、道中盗賊や魔物に遭遇する危険があるため、そう気軽に行くことはできない。なにより、旅費がない。
 エヴァンが気を抜くと、侵食領域が解除される。三度の誤差修正と、たった一度の魔力の通路形成だけで魔力は底を突いていた。

(……これは今後の課題だな)

 他の魔法に組み込むだけの制御魔法は、魔力をさほど消費しないものなのだが、それでさえ数度使うだけで空になる魔力。魔物を狩っていけば向上するとは言われているが、今のところそれを実感することはできない。
 さもありなん、ゴブリン程度の弱い魔物で成長できるなら、誰しも魔法の大先生になっている。
 しかしそうなると、この欠点を補うための案を考えなければいけない。外部からの魔力を吸収する魔法を作るのもいいかもしれないが、現在の最大容量を考えれば、それで得られる魔力より使う魔力の方が多い気がする。トータルでマイナスになれば何の意味もない。

「エヴァン様、そろそろ帰りましょうか?」

 エヴァンが警戒している間にセラフィナは血抜きを済ませ、ウサギの両足を握って歩いてくる。近くで見ると中々大きなウサギだ。彼女の身長はまだ百三十センチほどしかないので、持ち上げるようにして持たなければずるずると引きずるほどだ。

「よし、じゃあ帰ろうか」

 エヴァンもまた、ふもとに向けて歩き出す。
 魔物が出るほど深くまで来てしまったようなので、長くいるべきではないだろう。まだゴブリンだからよかったものの、より強力な魔物に遭遇したら、どうなるかはわからない。なんせ、エヴァンは既に魔法が使えないのだから。
 警戒を強めたおかげか、帰りは何事も無く、麓に到着することができた。
 エヴァンはほっとひと息つく。大人ならそうでもなかったのかもしれないが、子供の体からすれば、大冒険だ。
 帰り道、農民たちは昼食の時間だったようで、作業を止めてパンにかじりついている。
 どうやらこのあたりは適度に雨が降るので、それを貯めておくことで畑作のみならず稲作もできるようだ。

「セラ、昼食は何にしようか?」
「そうですね。取ってきたものは下処理をしなくてはいけませんので……今あるものと言えば、雑穀と野草くらいでしょうか」
「うーん。本当に生活費がカツカツなんだね」
「最近は不作らしいので、食費がかさむのも仕方ないです」

 それでも食べられるだけありがたいか、とエヴァンはぐう、と鳴るお腹を押さえた。
 屋敷に戻ると、またもやレスターに鉢合わせてしまう。
 大柄な長男は、それに合った大きな口を開けて嘲笑する。

「猟師にでもなるのか? まあ、魔法の才能が無いお前にはそれが相応しいかもな。お前じゃ騎士も魔導師も無理、だろうからなあ」

 エヴァンとて、そんなことは理解していた。身分の高い騎士になることができるほど、ダグラス家は力があるわけでもなく、両親にもエヴァンにそこまでしてやろう、という気がない。
 そして、国軍所属の魔導師になることも難しい。エヴァンには、大多数の魔法使いの主力である生成魔法の攻撃が使えないのだから。
 さほど魔法を用いることを前提としない一介の兵士、あるいは地元の用心棒的な領主お抱えの私兵であればなることも可能かもしれないが、そこまでして身分にこだわる必要性は感じられない。
 貴族出身の者たちの職業は、軍人、聖職者、あるいは官吏かんりとしての道がほとんどだ。
 しかしエヴァンは社交界に出たことはなく、そうした付き合いのツテもなかった。両親はレスターとウォーレンばかりを連れて行ったのだ。それで大貴族の顔色を窺わずに済んだのは良かったかもしれないが、人脈はあるに越したことはない。
 それゆえに、誰かを頼っていくこともできない。
 それは今更のことだった。もう何年も前から知っていた事実。だからこそ、剣の腕を磨いてきた。魔法が使えずとも、一人で生きていくために。

「偉い方々に尻尾を振って生きていくよりは、猟師の方が楽しいかもしれないよ」

 ダグラス家は伯爵の地位を得てはいるが、もはや没落していると言ってもいい。貴族社会に出ても他の貴族たちの圧力に屈することは、容易に予想される。

「減らず口を……無能がほざくな」

 レスターが唾棄だきする。エヴァンは一瞬だけ顔を顰めた。

「行こうセラ。そろそろ昼食の時間だ」
「はい。エヴァン様」

 レスターのねめつけるような視線を受けながら、セラフィナとエヴァンはその場を後にする。
 とりあえず解体には時間がかかりそうだったので、ウサギは離れの裏手に吊るしておくことにした。
 内臓が見えていたが、前世ならともかくエヴァン・ダグラスとしてはなんてことはない。むしろ久々の肉ということもあって、美味しそうだなあと夕食に期待してしまう。
 昼食はまたもや雑穀と野草の雑炊。取ってきたばかりの山菜の処理には少々時間がかかり、すぐには食べられない。

「あのさ、セラ。俺は家を出ようと思う……ああ、今すぐにってことじゃないんだけど」

 エヴァンは少々考えてから、そう切り出す。セラフィナは特に予想外だった、ということもなく、至って普通に返した。

「学院に通われるのですか?」
「いいや。俺の能力じゃ、国の魔導師になるのは難しいし、騎士になるほどのコネもない。だから冒険者になろうと思う。堅気の仕事、ではないのかもしれないけど、丁度いいさ」

 冒険者というのは、冒険者ギルドという組合に所属する派遣社員のようなものだ。特定の地に留まって活動を続ける者も多いため、むしろ自警団に近いかもしれない。
 主な仕事は魔物討伐や旅の護衛などだが、中には子守や剣術指南、家庭教師といったものや、建築や農作業の手伝いなんて力仕事もある。
 財源は仕事の斡旋あっせんなどの仲介料や、魔物から取ったばかりの魔石の卸売おろしうりなど。越境しての権限を持った冒険者ギルドはあまりないらしく、ほとんどの場合、国内限定ライセンスといったところだ。
 どちらかと言えば遊び人になる将来設計なのだが、セラフィナはにこにこと笑顔のままである。

「エヴァン様はよく考えていらっしゃいます」
「そうでもないよ。ある意味、他に道がないだけさ」
「あの……エヴァン様、私もお供してよろしいでしょうか?」

 おずおずとセラフィナが尋ねてくる。

「もちろん。俺一人だと、何かと不安だからね。セラがいてくれるととても心強いよ」

 ぱあっ、と明るい笑顔になるセラフィナ。
 エヴァンはいつまでも彼女を見ていたいような気分になったが、何だか直視できずに視線をらした。
 昼食を終えると、セラフィナと二人でフキの皮をむいたり、キノコを水に漬けたりと、夕食の準備をしていく。
 初めの頃はセラフィナも主人に雑事をさせまいとしていたのだが、エヴァンがやりたいからということで最近は何も言わなくなった。
 そして彼女自身、二人で一緒に何かをすることを楽しんでいるようにも見える。
 次にいよいよウサギの解体をする。腹を掻っさばいて内臓を取り出していく。内臓も食べられるのかもしれないが、寄生虫などの存在を考えるとあまり食べたいとは思えない。前世でほとんど内臓系の肉を食べなかった、というのも関係あるかもしれない。
 それから足首に切り込みを入れて、皮をいでいく。エヴァンがぎこちなく皮を剥いでいると、セラフィナは他の部分をあらかた終わらせていた。彼女は普段料理をしていることもあって慣れている。
 ついにすることがなくなると、二人で昼寝をすることにした。
 セラフィナと並んでお昼寝。それは子供らしいひと時だった。エヴァンは隣の少女を見る。いつも尽してくれる彼女に、いずれは何か返してあげたい、と思う。
 そのためには、色々と障害が多そうに思われた。



 6 


 初めての魔物の討伐から二年。エヴァンは十二歳に、セラフィナは十一歳になった。
 長兄であるレスターは今年で十五。成人として認められる歳だ。箔付はくづけやコネ作りのために王都の学院に通うことを計画していたそうだが、いかんせん頭の方が足りなかったようで、入学が許可されなかった。そしてそれをごり押しするほどの権力もダグラス家には存在していない。
 そんなこともあって、母屋の方では少々ぴりぴりした雰囲気が漂っている。
 エヴァンは今日も、山に狩りにおもむく予定だった。二年間で随分と背は伸びて、体もかなりたくましくなった。栄養状態の改善などもその理由だろう。
 とうとう援助が打ち切られたということもあり、今はまさに自給自足の生活をしている。
 山に狩りをしに行き、取れた獲物を街で売ることで多少なりとも収入を得ていて、街の人々にも受け入れられつつある。エヴァン自身、もはや貴族の子というより猟師の子だよなあ、などと思うこともあったが、案外そんな生活も悪くはない。
 さほど魔物との戦闘をこなしたわけではないので、相変わらず魔法を数回使えば尽きるほどの魔力しか持ってはいない。だが、日々研鑽けんさんを積んだことにより、使える技術はかなり増えた。
 エヴァンはナイフと古びた剣の確認をしていく。冬の間、食料に困っていた農家の人に猟の成果を売りに行ったとき、金品の代わりに、と使わなくなった剣を貰ったのだ。そんなに切れ味が良いものではないが、非戦闘用の手斧よりは役に立つ。加えて、剣の訓練にも使えるので今後のためにもなる。
 エヴァンは不備がないことを確認すると、弓を背にセラフィナのところに向かった。彼女は薪割斧まきわりおのの確認をしているところだった。縄で刃物と棒がくくり付けてあるだけのものなので、もしかするとすっぽ抜けるかもしれないのだ。

「準備は出来た?」
「はい! いつでも行けます!」

 彼女は立ち上がると、ずっと使い続けているお手製の槍を手に、嬉しそうな笑みを浮かべる。最近は少し幼さも抜け、エヴァンは時折どきりとさせられていた。
 以前はショートカットにしていたセラフィナだが、最近は肩にかかるくらいまで髪を伸ばすようになった。それも女性らしさの芽生えなのかもしれない。
 エヴァンは一度だけ彼女を見て、それから雑念を振り払った。余計なことを考えていては、支障が出てしまう。
 離れを出ると、ダグラス家に仕える者たちが母屋の方に見えるが、誰一人として声を掛けて来ないどころか、二人の存在を気にする者さえいない。それはエヴァンが両親に依存することが、住居についてを除けば完全になくなったせいかもしれない。もう両親とは何か月も会っていなかった。
 それからすっかり慣れ親しんだ畦道あぜみちを行く。
 今では農民たちとも顔見知りになったが、長く話をしたことはない。話をしているところをレスターたちに見られたならば、彼らも何らかの制裁を受けかねないからだ。
 それに、領主とその領民との関係など、あくまで支配者と被支配者に過ぎない。そこに友情だとか親密さを求めるなど馬鹿げている、とエヴァンは思う。
 しかしその考えは矛盾を孕んだものでもある。彼に付き従っているセラフィナもまた、彼の父バリー・ダグラスの命令を受けた奴隷であり、それゆえにエヴァンのメイドをしているのだから。
 それはときおり、ひどくエヴァンを不安にさせた。

「エヴァン様……?」
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