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運命の女 ~Femme fatale~
第6話
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「ヴィンセント様、わが屋敷で一番早いアレックス号の所へご案内いたします」
ヴィンセントが廊下に出るとドアから少し離れたところに執事のマイクが控えておりました。
「…聞いていらしたのか」
「聞かずとも…何となくの気配でございます」
「さすがはメルヴェイユ家の執事長ですね。ではご案内いただけますか?」
「は…こちらに」
マイクは一礼すると足早に歩き出し、ヴィンセントを伴って厩舎の方へと進んでいきました。
少しして厩舎に着くとマイクは近くにいた別の若い使用人―――…エリオットに声を掛け、アレックス号を連れてくるように告げました。しばらくすると光り輝くような白い毛並みに美しい白い鬣、立派な体躯のアレックス号がエリオットに引かれて厩舎の奥からやってきました。
「これは…いい馬だ。お借りいたします」
「どうぞ…ヴィンセント様」
「…そうだ、そこの若い君。5番街にある仕立て屋『ラ・ベール』の詳しい場所を教えていただきたいんですが。多分ドミニク様とシャルロット様はそちらに向かわれたと思うので教えていただきたいんですが・・」
ヴィンセントはブルルンッと鼻息荒く足慣らしをしている馬を撫でて慣れさせると、おそらく庭にずっといたであろうエリオットにドミニク様とシャルロット様の動向を尋ねられました。
「あ、5番街の『ラ・ベール』はベルタン通りにありますよ!でも確かドミニク様…3番街レヴィ通りにあるカフェー『マントゥール』に行くとか仰っていたと思います」
「はぁ?『マントゥール』?」
「はい。ここ最近ドミニク様が懇意に通っていらっしゃるカフェーです。3番街レヴィ通りの外れに建ってます。確か…恋人とお会いする前にそこで会う手筈を整えてもらう仲介の場所だと以前仰っておりました」
「え…なんですかそれ。恋人と会うのに何で仲介してもらう必要があるんです?」
はぁ?呆れた表情でヴィンセントは突っ込むと、エリオットも勢いよくノッてきて自分の意見を述べ始めました。
「私も何か引っかかるんですが、恋人と会うにはそこでその恋人の弟にまず会って、そしてお金を渡して会わせてもらうんですって」
「はぁ?」
「だからそのためにお金が必要なんだって前ドミニク様仰っておりました」
「…なんですかその商売スタイル」
「ちょっとおかしいと思って実は私、気になって街の友人にそのカフェーについて聞いてみたんです。そしたら少し良くない噂を耳にしまして…それもドミニク様にお伝えしたんですが…全く聞く耳持たずの状態でした」
「詳しく話していただけますか?」
スゥッと真面目な表情に戻られたヴィンセントの美しく真っ直ぐな水晶のような瞳に刺され、エリオットは一瞬動揺しました。がすぐに正気に戻って話し始めました。
「えっ!?あ…はい。その…『マントゥール』なんですが3番街は労働者階級が集うエリアなので…まぁ手前の方はありふれた下町のカフェーって感じなんです。」
「まぁ…治安は少し荒れているでしょうがねぇ」
「えぇ。まぁカフェーと言うより昼間から飲める酒場みたいな感じですね」
「で?よくない噂って、そんなモンじゃないでしょう?そして手前はってどういう意味です?」
「…実は店の奥に隠し部屋が合って、昼間っから怪しい商売をしているって噂です。そしてそこにはマフィアも出入りしていて、昼間から女と同席で高い金で酒を飲んだり水煙草に違法薬物を入れて吸っていたりもするとか。夜は売春婦も良く出入りして夜な夜な怪しげなパーティーをしているという噂です」
「…カフェー…飲食店…マフィア…違法薬物に売春婦…」
「ヴィンセント様?」
「ロイヤルストレートフラッシュじゃないですか。…ったく!」
イライラした様子で頭をポリポリと掻きながら大きな溜息をつくと、ヴィンセントは一つ深呼吸をして気持ちを整えました。そしてエリオットの方に身体を向けると先程までの無気力モードとは一転、ポケットから通信機を取出し、イライラした面持ちでいじり始めました。
「…今日はこれを使わなくていいと思ったのに」
はぁーっと溜息と共に耳元に持って行くと流れているコール音を聞きながら相手が出るのを待っておりました。
・・・・・・・・
所かわって麗らかな暖かい日差しの注ぎ込む午後のこと、ローザタニア王国の王都・パラディスのお城の執務室では、秘書官たちがデスクに向かい何やら色々書類を作成したりたくさん並んでいる書類の束の保管棚から資料を探し出したりとあくせくと執務に取り掛かっておりました。
そんな最中、秘書官の一人のバルトは書類を書き終えると大きな欠伸と共に伸びをして肩をグリグリ回しながらほっこりとデスクに置かれているお茶を一口飲んでボソッと呟きました。
「あ~…今日は平和だなぁ」
「おいバルト!ヴィンセント様がいらっしゃらないからって気ぃ抜きすぎだぜ」
「やぁ~…だって今日ホント静かじゃん?いつものヴィンセント様の嫌味も八つ当たりも飛んでこないし…もう今日俺ホント幸せだわ~」
「確かになぁ」
「おかげで仕事がはかどるはかどる…っ!」
「毎日毎日何かしらシャルロット様が事件?起こしてるもんなぁ」
「あぁ…っ!そのフォローをされているヴィンセント様がイライラして帰ってこられて、そして俺にとことんそのイライラをぶつけてくるのが毎日のルーティーンだからな」
「バルト標的にされているもんな」
「あぁ…おかげで…見ろよこの10円ハゲ」
「うわ~…」
「同情するぜ」
「俺もこの間1時間ほどずーっと嫌味言われ続けられたわ…。書類の綴じ方が気に食わないとかさぁ…。ずーっとイライラしていらっしゃるから後で仲のいいメイドの一人に聞いたら、シャルロット様がダンスのレッスンをエスケープされたから探し回るのにかり出されたとかなんとか…」
「あの日のことか!お城の外れの納屋に隠れていらっしゃったんだっけ?」
秘書官たちは日頃の恨みつらみがあるのでしょうか…鬼の居ぬ間に―――…いえ、ヴィンセントのいない間に今まで受けてきた八つ当たり自慢を口々に話し始めました。
「あぁ!しかもその納屋は使用人たちの秘密部屋?みたいな感じだったらしく、なんかまぁ…色々あったらしくて余計にヴィンセント様イライラされたみたいでさぁ…もう最悪だったよあの日」
「ヴィンセント様は黙ってりゃあ美人なのになぁ…ホント口と性格悪いよなぁ…」
「あぁ…美しい外見とは裏腹、氷のように冷たい方だよ」
「口を開かれるともう本当に悪魔だよなぁ」
「俺には鞭を持った非道な女王様にしか見えないわ…」
「ガチのドSだもんなぁ…」
「…」
被害に遭っている秘書官全員同じ想像をされたのでしょうか、鞭を持って仁王立ちをした、シニカルな笑いを口元に携えたヴィンセントの姿浮かび上がり一同震えて無言になってしまいました。
「と…とにかくっ!今日はおそらく夕方までは戻ってこられないだろうからそれまではこのお城は平和さっ!さぁさっさと仕事終わらせて街に飲みに行こうぜっ!」
「そうだな!早く終わらせよう!」
バルトが重苦しい雰囲気を打開しようと声をあげると皆もつられて盛り上がりました。
そして仕事に戻ろうとしし出した時、バルトのデスクに置いてある通信機が激しく鳴り響きました。
「…っ!」
「おいバルトこれって…」
「こ…これは…ヴィンセント様専用の通信機…っ!!会議や出張などで執務室から席を外されている時に急用があった際にご使用になる通信機っ!!」
「遠隔で指令が来るよ…タイミングが良すぎるぜ…」
「おい早く出ないとまた怒られるぜっ…!!」
ざわつく執務室の中、一人緊張で張りつめているバルトは動揺して震える手で通信機を取り、通話ボタンを押しました。
「秘書官執務室、バルトでございます…」
「通信機のコールは3回以内に取るようにいつも言っていますが…?」
「ひぃ…っ!もっ!申し訳ございませんっ!!」
受信器の耳元からヴィンセントの低音のイラついた氷のような声がバルトに耳に突き刺さりました。
相手の姿が見えないにもかかわらずバルトは腰から90度曲がった最敬礼のお辞儀をして受信機越しのヴィンセントに謝っておりました。
「まぁ…次からはちゃんと取るように。そんなことよりも大至急で調べてほしいことがあるんです」
「はぁ…」
「ロバート・グルーバーと言う人物について…そして蒼龍国の崑崙と言う貿易会社についても詳しく調べてもらえますか?」
「ロバート・グルーバー…蒼龍国の崑崙…ですね。承知いたしました」
「ラドガ大国のマフィアとの噂もあります。徹底的に調べて折り返し報告しなさい。あ、あと『スカーレットシャーク』とか言うセンスのない名前のギャング集団についてもです」
「あ…ハイっ!」
「タイムリミットは10分、待ってますから」
ブチっと通信機の切れる音が執務室中にこだましました。
「…おいバルト、大丈夫か?」
「女王様から爆弾が来たぞ…」
「…え?」
バルトはげっそりとした表情で通信機を静かに置くと、見守るように遠くに捌けていた秘書官たちに震える声でそう告げました。
「…女王様…いや、ヴィンセント様から大至急のご依頼だ…ロバート・グルーバーと言う人物について調べろ、蒼龍国の崑崙と言う貿易会社についても詳しく調べろだって…あとラドガ大国のマフィアと、『スカーレットシャーク』とかいうギャング集団について聞いてきている…」
「は?マフィアっ!?」
「…ちょっと待てよ、『崑崙』って貿易会社って前に大市場の幹部たちからもの凄くクレームがあったところじゃないか?」
「確かめちゃくちゃ強引で評判悪いよな」
「何でいきなりこんなところを調べろって仰るんだ?」
「知るかよ!ってか10分で調べろって仰っている…」
「10分!?」
秘書官全員の割れんばかりの驚いた声が執務室に響き渡りました。
「え…っ10分っ!?何言ってんだあの人っ!!」
「これパワハラ案件じゃんっ!」
「訴えようぜ!」
皆パニックになって執務室を文字通り右往左往とのた打ち回ったりしておりました。思い思いヴィンセントに文句を言ったりとしておりましたが、バルトは大きな溜息にも似た深呼吸をすると、思いっきりパンッと手を合わせて大きな音を発しました。
「ここでとやかく言ってても仕方ないっ!とにかく…今は言われたことをやろうぜっ!」
「まぁ確かに…それもそうだな」
「仕方ない…か」
「アンリ、業務滞在外国人名簿と崑崙の登記名簿、今まで申請した書類全部探し出してくれ!あとグレブはラドガ大国の犯罪者のリストを資料を準備してくれ!ポールは『スカーレットシャーク』について調べてくれっ!」
バルトは先ほどまでの緩かった表情が一転してキリッとした顔つきに変わるとテキパキと他の秘書官たちに指令を出し始めました。
「了解!」
「さぁ…早く調べ上げないとこれはまた最大級の嫌味をネチネチずっと言われるな…」
秘書官たちは蜘蛛の子を散らす様にそれぞれ動きだし、もの凄い速いペースで仕事に取り掛かりました。
バルトはふぅ…と溜息をつくと、窓の外の方にふと視線をやりました。向かいの屋根の上でのんびりと昼寝をしているお城に住み着いている黒い猫の姿が見えます。大きな欠伸をして眼をしょぼしょぼさせ、また頭を下げてお昼寝に入ったようです。
「いいなぁ…俺もお昼寝したいよ」
バルトの独り言は秘書官たちのバタバタとした忙しない足音に掻き消され、今日もヴィンセントにこき使われて慌ただしく秘書官たちの時間は過ぎていくのでした。
ヴィンセントが廊下に出るとドアから少し離れたところに執事のマイクが控えておりました。
「…聞いていらしたのか」
「聞かずとも…何となくの気配でございます」
「さすがはメルヴェイユ家の執事長ですね。ではご案内いただけますか?」
「は…こちらに」
マイクは一礼すると足早に歩き出し、ヴィンセントを伴って厩舎の方へと進んでいきました。
少しして厩舎に着くとマイクは近くにいた別の若い使用人―――…エリオットに声を掛け、アレックス号を連れてくるように告げました。しばらくすると光り輝くような白い毛並みに美しい白い鬣、立派な体躯のアレックス号がエリオットに引かれて厩舎の奥からやってきました。
「これは…いい馬だ。お借りいたします」
「どうぞ…ヴィンセント様」
「…そうだ、そこの若い君。5番街にある仕立て屋『ラ・ベール』の詳しい場所を教えていただきたいんですが。多分ドミニク様とシャルロット様はそちらに向かわれたと思うので教えていただきたいんですが・・」
ヴィンセントはブルルンッと鼻息荒く足慣らしをしている馬を撫でて慣れさせると、おそらく庭にずっといたであろうエリオットにドミニク様とシャルロット様の動向を尋ねられました。
「あ、5番街の『ラ・ベール』はベルタン通りにありますよ!でも確かドミニク様…3番街レヴィ通りにあるカフェー『マントゥール』に行くとか仰っていたと思います」
「はぁ?『マントゥール』?」
「はい。ここ最近ドミニク様が懇意に通っていらっしゃるカフェーです。3番街レヴィ通りの外れに建ってます。確か…恋人とお会いする前にそこで会う手筈を整えてもらう仲介の場所だと以前仰っておりました」
「え…なんですかそれ。恋人と会うのに何で仲介してもらう必要があるんです?」
はぁ?呆れた表情でヴィンセントは突っ込むと、エリオットも勢いよくノッてきて自分の意見を述べ始めました。
「私も何か引っかかるんですが、恋人と会うにはそこでその恋人の弟にまず会って、そしてお金を渡して会わせてもらうんですって」
「はぁ?」
「だからそのためにお金が必要なんだって前ドミニク様仰っておりました」
「…なんですかその商売スタイル」
「ちょっとおかしいと思って実は私、気になって街の友人にそのカフェーについて聞いてみたんです。そしたら少し良くない噂を耳にしまして…それもドミニク様にお伝えしたんですが…全く聞く耳持たずの状態でした」
「詳しく話していただけますか?」
スゥッと真面目な表情に戻られたヴィンセントの美しく真っ直ぐな水晶のような瞳に刺され、エリオットは一瞬動揺しました。がすぐに正気に戻って話し始めました。
「えっ!?あ…はい。その…『マントゥール』なんですが3番街は労働者階級が集うエリアなので…まぁ手前の方はありふれた下町のカフェーって感じなんです。」
「まぁ…治安は少し荒れているでしょうがねぇ」
「えぇ。まぁカフェーと言うより昼間から飲める酒場みたいな感じですね」
「で?よくない噂って、そんなモンじゃないでしょう?そして手前はってどういう意味です?」
「…実は店の奥に隠し部屋が合って、昼間っから怪しい商売をしているって噂です。そしてそこにはマフィアも出入りしていて、昼間から女と同席で高い金で酒を飲んだり水煙草に違法薬物を入れて吸っていたりもするとか。夜は売春婦も良く出入りして夜な夜な怪しげなパーティーをしているという噂です」
「…カフェー…飲食店…マフィア…違法薬物に売春婦…」
「ヴィンセント様?」
「ロイヤルストレートフラッシュじゃないですか。…ったく!」
イライラした様子で頭をポリポリと掻きながら大きな溜息をつくと、ヴィンセントは一つ深呼吸をして気持ちを整えました。そしてエリオットの方に身体を向けると先程までの無気力モードとは一転、ポケットから通信機を取出し、イライラした面持ちでいじり始めました。
「…今日はこれを使わなくていいと思ったのに」
はぁーっと溜息と共に耳元に持って行くと流れているコール音を聞きながら相手が出るのを待っておりました。
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そんな最中、秘書官の一人のバルトは書類を書き終えると大きな欠伸と共に伸びをして肩をグリグリ回しながらほっこりとデスクに置かれているお茶を一口飲んでボソッと呟きました。
「あ~…今日は平和だなぁ」
「おいバルト!ヴィンセント様がいらっしゃらないからって気ぃ抜きすぎだぜ」
「やぁ~…だって今日ホント静かじゃん?いつものヴィンセント様の嫌味も八つ当たりも飛んでこないし…もう今日俺ホント幸せだわ~」
「確かになぁ」
「おかげで仕事がはかどるはかどる…っ!」
「毎日毎日何かしらシャルロット様が事件?起こしてるもんなぁ」
「あぁ…っ!そのフォローをされているヴィンセント様がイライラして帰ってこられて、そして俺にとことんそのイライラをぶつけてくるのが毎日のルーティーンだからな」
「バルト標的にされているもんな」
「あぁ…おかげで…見ろよこの10円ハゲ」
「うわ~…」
「同情するぜ」
「俺もこの間1時間ほどずーっと嫌味言われ続けられたわ…。書類の綴じ方が気に食わないとかさぁ…。ずーっとイライラしていらっしゃるから後で仲のいいメイドの一人に聞いたら、シャルロット様がダンスのレッスンをエスケープされたから探し回るのにかり出されたとかなんとか…」
「あの日のことか!お城の外れの納屋に隠れていらっしゃったんだっけ?」
秘書官たちは日頃の恨みつらみがあるのでしょうか…鬼の居ぬ間に―――…いえ、ヴィンセントのいない間に今まで受けてきた八つ当たり自慢を口々に話し始めました。
「あぁ!しかもその納屋は使用人たちの秘密部屋?みたいな感じだったらしく、なんかまぁ…色々あったらしくて余計にヴィンセント様イライラされたみたいでさぁ…もう最悪だったよあの日」
「ヴィンセント様は黙ってりゃあ美人なのになぁ…ホント口と性格悪いよなぁ…」
「あぁ…美しい外見とは裏腹、氷のように冷たい方だよ」
「口を開かれるともう本当に悪魔だよなぁ」
「俺には鞭を持った非道な女王様にしか見えないわ…」
「ガチのドSだもんなぁ…」
「…」
被害に遭っている秘書官全員同じ想像をされたのでしょうか、鞭を持って仁王立ちをした、シニカルな笑いを口元に携えたヴィンセントの姿浮かび上がり一同震えて無言になってしまいました。
「と…とにかくっ!今日はおそらく夕方までは戻ってこられないだろうからそれまではこのお城は平和さっ!さぁさっさと仕事終わらせて街に飲みに行こうぜっ!」
「そうだな!早く終わらせよう!」
バルトが重苦しい雰囲気を打開しようと声をあげると皆もつられて盛り上がりました。
そして仕事に戻ろうとしし出した時、バルトのデスクに置いてある通信機が激しく鳴り響きました。
「…っ!」
「おいバルトこれって…」
「こ…これは…ヴィンセント様専用の通信機…っ!!会議や出張などで執務室から席を外されている時に急用があった際にご使用になる通信機っ!!」
「遠隔で指令が来るよ…タイミングが良すぎるぜ…」
「おい早く出ないとまた怒られるぜっ…!!」
ざわつく執務室の中、一人緊張で張りつめているバルトは動揺して震える手で通信機を取り、通話ボタンを押しました。
「秘書官執務室、バルトでございます…」
「通信機のコールは3回以内に取るようにいつも言っていますが…?」
「ひぃ…っ!もっ!申し訳ございませんっ!!」
受信器の耳元からヴィンセントの低音のイラついた氷のような声がバルトに耳に突き刺さりました。
相手の姿が見えないにもかかわらずバルトは腰から90度曲がった最敬礼のお辞儀をして受信機越しのヴィンセントに謝っておりました。
「まぁ…次からはちゃんと取るように。そんなことよりも大至急で調べてほしいことがあるんです」
「はぁ…」
「ロバート・グルーバーと言う人物について…そして蒼龍国の崑崙と言う貿易会社についても詳しく調べてもらえますか?」
「ロバート・グルーバー…蒼龍国の崑崙…ですね。承知いたしました」
「ラドガ大国のマフィアとの噂もあります。徹底的に調べて折り返し報告しなさい。あ、あと『スカーレットシャーク』とか言うセンスのない名前のギャング集団についてもです」
「あ…ハイっ!」
「タイムリミットは10分、待ってますから」
ブチっと通信機の切れる音が執務室中にこだましました。
「…おいバルト、大丈夫か?」
「女王様から爆弾が来たぞ…」
「…え?」
バルトはげっそりとした表情で通信機を静かに置くと、見守るように遠くに捌けていた秘書官たちに震える声でそう告げました。
「…女王様…いや、ヴィンセント様から大至急のご依頼だ…ロバート・グルーバーと言う人物について調べろ、蒼龍国の崑崙と言う貿易会社についても詳しく調べろだって…あとラドガ大国のマフィアと、『スカーレットシャーク』とかいうギャング集団について聞いてきている…」
「は?マフィアっ!?」
「…ちょっと待てよ、『崑崙』って貿易会社って前に大市場の幹部たちからもの凄くクレームがあったところじゃないか?」
「確かめちゃくちゃ強引で評判悪いよな」
「何でいきなりこんなところを調べろって仰るんだ?」
「知るかよ!ってか10分で調べろって仰っている…」
「10分!?」
秘書官全員の割れんばかりの驚いた声が執務室に響き渡りました。
「え…っ10分っ!?何言ってんだあの人っ!!」
「これパワハラ案件じゃんっ!」
「訴えようぜ!」
皆パニックになって執務室を文字通り右往左往とのた打ち回ったりしておりました。思い思いヴィンセントに文句を言ったりとしておりましたが、バルトは大きな溜息にも似た深呼吸をすると、思いっきりパンッと手を合わせて大きな音を発しました。
「ここでとやかく言ってても仕方ないっ!とにかく…今は言われたことをやろうぜっ!」
「まぁ確かに…それもそうだな」
「仕方ない…か」
「アンリ、業務滞在外国人名簿と崑崙の登記名簿、今まで申請した書類全部探し出してくれ!あとグレブはラドガ大国の犯罪者のリストを資料を準備してくれ!ポールは『スカーレットシャーク』について調べてくれっ!」
バルトは先ほどまでの緩かった表情が一転してキリッとした顔つきに変わるとテキパキと他の秘書官たちに指令を出し始めました。
「了解!」
「さぁ…早く調べ上げないとこれはまた最大級の嫌味をネチネチずっと言われるな…」
秘書官たちは蜘蛛の子を散らす様にそれぞれ動きだし、もの凄い速いペースで仕事に取り掛かりました。
バルトはふぅ…と溜息をつくと、窓の外の方にふと視線をやりました。向かいの屋根の上でのんびりと昼寝をしているお城に住み着いている黒い猫の姿が見えます。大きな欠伸をして眼をしょぼしょぼさせ、また頭を下げてお昼寝に入ったようです。
「いいなぁ…俺もお昼寝したいよ」
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これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
溺愛兄様との死亡ルート回避録
初昔 茶ノ介
ファンタジー
魔術と独自の技術を組み合わせることで各国が発展する中、純粋な魔法技術で国を繁栄させてきた魔術大国『アリスティア王国』。魔術の実力で貴族位が与えられるこの国で五つの公爵家のうちの一つ、ヴァルモンド公爵家の長女ウィスティリアは世界でも稀有な治癒魔法適正を持っていた。
そのため、国からは特別扱いを受け、学園のクラスメイトも、唯一の兄妹である兄も、ウィステリアに近づくことはなかった。
そして、二十歳の冬。アリスティア王国をエウラノス帝国が襲撃。
大量の怪我人が出たが、ウィステリアの治癒の魔法のおかげで被害は抑えられていた。
戦争が始まり、連日治療院で人々を救うウィステリアの元に連れてこられたのは、話すことも少なくなった兄ユーリであった。
血に染まるユーリを治療している時、久しぶりに会話を交わす兄妹の元に帝国の魔術が被弾し、二人は命の危機に陥った。
「ウィス……俺の最愛の……妹。どうか……来世は幸せに……」
命を落とす直前、ユーリの本心を知ったウィステリアはたくさんの人と、そして小さな頃に仲が良かったはずの兄と交流をして、楽しい日々を送りたかったと後悔した。
体が冷たくなり、目をゆっくり閉じたウィステリアが次に目を開けた時、見覚えのある部屋の中で体が幼くなっていた。
ウィステリアは幼い過去に時間が戻ってしまったと気がつき、できなかったことを思いっきりやり、あの最悪の未来を回避するために奮闘するのだった。
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