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Jardin secret ~秘密の花園~
第4話
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「待たせてすまなかったのぉ、ウィリアムよ」
「いえ、こちらこそご多忙の折…誠に恐縮です」
「フォッフォッフォ…相変わらず堅苦しい挨拶をするのぅ…真面目なところは変わらんなぁ」
「…はぁ」
ほどなくしてミエル城に到着したウィリアム様とシャルロット様は、他の謁見で遅れていたナルキッス王国のジョージ国王陛下とのご挨拶を待つため客間に通されておりました。少ししてからふわふわの白い巻き毛をリボンで結い鼻の下のクルンとしたお髭を指でくねらせながら、まるでゆで卵のようにまるっとした大きなお腹が出てとても小柄な陛下とその後ろに付いていた神父らしき若い男がゆっくりと現れました。
「ジョージ国王陛下、この度はお招きいただきましてありがとうございます」
「おぉ…シャルロットちゃんも久しぶりだねぇ…。亡くなられたマグリット妃に似て…本当に美しくなってきたねぇ」
「ありがとうございます…」
シャルロット様が丁寧にジョージ陛下にご挨拶をされると、ジョージ陛下は元々お顔に付いているお肉で細くなっている目をさらに細く垂らしてシャルロット様のご挨拶に応えました。
「フォッフォッフォ…まぁ二人とも堅苦しい挨拶は抜きにして…パーティーまでまだ時間もあるしお茶でもしようじゃないか」
ジョージ陛下はパンパンッと手を叩いて従者を呼び、さっそくお茶の準備をさせました。
「そうじゃ、二人にも是非紹介しよう。こちらは半年前こちらに着任したばかりのバードリー神父殿じゃ。神父殿、こちらは隣国ローザタニアのウィリアム国王陛下とその妹君のシャルロット姫じゃ」
ウィリアム様たちに紹介されたその神父―――…バードリー神父は、ニコッと微笑みながら深々と頭を下げてお辞儀をされました。
ウィリアム様より少し背が高くて鳶色の髪に鳶色の瞳をしたバードリー神父は、おそらくウィリアム様より少し年上の様でしょうか…とても若いようでした。
「初めまして神父殿。失礼ですが…大分お若いように見受けられますね」
「ヨハン・バードリーと申します。お見知りおきを…。あ…はい。歳は28になります」
「このバードリー神父殿はとても優秀でのぅ…この若さでグララスの教会の責任者になられたんじゃ。とても神心深く教会の教えに従順と市民たちから評判が高いのじゃ!良い神父殿が来てくれてワシも嬉しいわい」
「そんな…恐縮です」
ジョージ陛下に褒められてバードリー神父はポリポリと頭を掻きながら少し謙遜されて微笑み返されました。目鼻立ちのハッキリとした端正な顔立ちのバードリー神父が微笑まれると白い歯が口元から輝いており、いかにも好青年と言った雰囲気を漂わせております。
「先程も色々とワシの相談や警察署長との面談にも同席して話を聞いてくれたんじゃ。実にスマートで頼りがいのある男じゃ」
「警察署長殿とご面談されていたのですか…。何か…事件でも?」
「いや、大したことは無いんじゃ。街の治安維持についての意見交換会じゃ」
「そうですか。是非私にもご教授いただきたく存じます」
「そうじゃのう、では今度その席を設けようかのぅ。署長殿は3ヵ月前くらいにこちらに赴任してきたんじゃが、正義感の強い奴でのぉ。きっとお主を交えた意見交換会で熱く語ってくれよう」
お茶の準備もちょうど終わりったのでジョージ陛下は皆に座るように促し、バードリー神父、そしてウィリアム様とシャルロット様の四人でのお茶会がスタートいたしました。
他愛もない会話をして少し時間が経った頃、バードリー神父はそろそろ夕刻のお祈りの時間のためお暇します…と申し訳なさそうに立ち上がりました。
「おや、もうそんな時分か。ワシらもそろそろ準備せねばのぉ」
「お話の途中で退席いたしますこと…大変失礼いたします」
「あ、どうじゃ?神父殿もパーティーに参加せんか?」
「いえ…私にはそのような場所など場違いでございます…。それに…もっと勉学に励んでこの街の人々を神の御前に導けるようにならなくてはなりません」
「真面目じゃのぉ~。少しくらい羽目を外しても罰は当たらんじゃろうに」
「あははは…」
「まぁよい。精々この街の為に励んでくれたまえ」
「ありがとうございます陛下。それでは…失礼いたします」
スッとバードリー神父は最敬礼でお辞儀をしました。そしてシャルロット様の方へと進んでこられて手を取り、フッと微笑まれます。
「宝石のように美しい姫君…本日は貴方にお目に掛かれて光栄でした」
「私もよ。またゆっくりと神父様のお話をお聞きしたいわ」
「えぇ是非…」
チュッとシャルロット様の手にキスをされてまた微笑まれると、失礼しますと部屋をあとにされました。コツコツコツ…と早足気味のバードリー神父の足音がだんだんと遠くなっていきました。
「…あのルックスに甘くて優しい心地よい低音ボイスだなんて、お説教したら町中の女性たちはメロメロになりそうね」
「教会への懺悔の数も増えておるそうじゃよ」
「まぁ!」
「女性だけじゃなく男性からも、親身になって話を聞いてくれると評判だそうじゃ」
「良い神父殿に来ていただけましたね」
「うむ。まぁこの街は200年ほど前にあった吸血鬼事件以来少し暗い雰囲気があったからのぉ。これで少しでも街が賑わってくれれば良いんじゃが」
「吸血鬼事件…?」
「なんでも数名の若い女性が行方不明になって、血を首筋から抜き取られた状態で死体発見されたという事件があったらしくてのぉ。犯人は見つからずに迷宮入りした事件らしいんじゃが…。血を抜き取られたって言うのにちなんで吸血鬼事件と呼ばれているそうじゃよ」
「何とも気味の悪い事件ですね」
「そうじゃのぉ。でもまぁ200年も前の話じゃし多少話が脚色されて大きくなっているところもあろうがな」
「きっとそうよ、お兄様。吸血鬼なんてこの世に存在するはずないもの」
「うん…まぁそうだな」
「さぁ!暗い話はやめにして、ワシらもそろそろパーティーの準備にとりかかろうぞ!シャルロットちゃんの華やかなドレス姿さぞかし美しかろうなぁ❤では二人ともまたパーティーで会おう!」
フォッフォッフォッ…と笑いながらジョージ陛下はひらひら手を振りながらお部屋をあとにされました。ウィリアム様とシャルロット様がお辞儀をしてお見送りをされます。ジョージ陛下のっそのっそとまるでクマが歩いているかのような足音が遠くなっていくのを確認すると、ウィリアム様とシャルロット様もお部屋から出られて豪華絢爛金ぴかの廊下を抜けて、ジョージ陛下が用意してくださったゲストハウスへと帰って行かれたのでした。
・・・・・・・・
「わぁ❤シャルロットちゃん今日も相変わらず素敵だねーっ!!」
「フランツ王子…お褒めいただきありがとうございます」
「ウィリアムお兄様の見立てたドレスでしょー?そのカシス色がシャルロットちゃんのお顔立ちに映えてとっても綺麗だよ❤」
日もすっかり落ちて夜空に星の輝きが散りばめられる頃、グララスの古城―――ミエル城ではナルキッス王国国王であるジョージ陛下主催のパーティーが開かれました。
ミエル城はジョージ陛下が普段お住まいのお城より少しこじんまりとして古いお城ではありますが、お城の至る所に明かりが灯されてキラキラと明るく、そしてたくさんの煌びやかな装飾も施されており非常に豪華絢爛な雰囲気であります。
また今夜のパーティーにはナルキッス国の貴族や他の国からの国王の友人たちなど大勢のお客が招待されており、華やかな社交場として大いに賑わっております。
ウィリアム様とシャルロット様はジョージ陛下とのご挨拶の後すぐにお着替えをされ、パーティー会場へとやって来られました。
「フランツ殿、本日はお招きいただきまして誠にありがとうございます」
「あ、ウィリアムお兄様!こちらこそ、来てくださって僕嬉しいよっ」
ローザタニアの正装であるマントが付いた、品の良い金糸の刺繍が入った白い軍服に身を纏い髪もきっちりと纏められたウィリアム様がフランツ王子にすっとお辞儀をされました。
彫刻のように端正なお顔に黄金の糸のような美しい金髪、エメラルドのように輝く瞳…そしてスラッとしたいでたちに周りにいたマダムや若い女性客たちが、まるでおとぎ話に出てくるような王子様の姿そのもののウィリアム様の登場にざわめき出しました。
そしてさらに豪華な金糸がたっぷりと使われ、フリルたっぷりのブラウスにたくさんの宝石が散りばめられたなんともバブリーなジャケットにパンツ、そして白い靴下にこれまた金ぴかの靴…とウィリアム様のシンプルなお召し物とは正反対の派手ないでたちのフランツ王子もウィリアム様のお辞儀に応えてぺっこりとお辞儀をされました。
「さすがナルキッスのパーティーですね。とても華やかでいらっしゃる…」
「まぁパパが派手好きだからねー!田舎のミエル城でパーティーするって言っても、結局はいつもと変わらないんだよねぇ」
「ははは…いつも楽しそうで何よりです」
遠くの方ではオーケストラ並みの人数の楽団が音楽を奏で、給仕係の者たちはあっちこっちへとたくさんの豪華な食材を使った料理を運んだり飲み物の給仕をされだりと大忙しです。
そんな大賑わいの間を、パーティーの参加者たちは他愛も無いお喋りを交わしたりお互いの手を取り合ってダンスをしたりとしています。
「ねー!まぁ僕としては美味しいものがたくさん食べられて、いつもよりさらに美しいシャルロットちゃんを見られたらそれでいいんだけどねー!」
「フランツ王子ったら…褒めても何も出ませんわよ?」
「えへへー❤僕はシャルロットちゃんの笑顔が見られるだけで幸せだからいいんだぁー。ねぇ、一曲僕と一緒に踊ろ?」
フランツ王子がシャルロット様に向かって手を伸ばされました。
自分より幼いフランツ王子が真っ赤なお顔をして一生懸命頑張って誘っていらっしゃるのをご覧になってシャルロット様はにっこりとほほ笑まれてフランツ王子の手を取りました。
「喜んで!」
お二人は顔を見合わせて笑いあった後フロアの真ん中へと赴かれました。ちょうど音楽も新しい曲へと変わるところでした。フランツ王子は一礼をし、シャルロット様もそれに応えてお辞儀をされます。
楽団の指揮者がお二人がフロアに出てこられたのに気が付き、指揮棒を思いっきり振り上げて先程までの優雅なワルツと打って変わりってテンポの良くて可愛い曲を演奏し始めました。
「まぁ…なんて初々しくて可愛らしいカップルなんでしょう!」
「ホント!何だかキラキラとして見えるわぁ」
「数年後が楽しみなカップルですなぁ!」
若いお二人が軽快に踊り始めたのを見て、周りの大人たちはわぁ…っと歓声を上げていました。ヒールの高さもありフランツ王子よりも頭一つ分大きいシャルロット様とまだ10歳という幼さのフランツ王子のでこぼこカップルではありましたが、周囲の大人たちはそんなお二人の初々しいダンスを温かく見守っておりました。
「…なんと言うか、まぁ健全な子供らしいダンスですね」
いつもよりも格式高いシルク製の白い制服に身を包んだヴィンセントがツツツ…とウィリアム様の少し後ろにやってきました。
「ヴィー…まぁ二人とも10歳と14歳だからなぁ」
「愛のダンス…と言うよりは完全にお遊戯ダンスですね。これ帰ったらダンスの特訓ですよ」
「まぁシャルロットはダンスのレッスンも逃げ回っているからなぁ…。あ、そう言えばお前のお母上のフローレンス殿はダンスがお上手だったな…帰ったらお前とフローレンス殿で特訓してやってくれ」
「え…」
「私も手が空いていたら教えるけど…ちょっと時間が取れないかも知れないしな。それに実は本当はヴィー、お前もダンス上手じゃないか」
「…分かりました。帰ったら伝えておきます」
「あぁ頼んだよ…」
ヴィンセントは少し不服そうな顔をしていましたが、そうは言っても国王陛下からの依頼ですのでやはり逆らえません。ふぅ…っと溜息をついて仕方なしに嫌々引き受けることにいたしました。
「フォッフォッフォッフォッ…そこにいるのはウィリアムじゃないか!」
「…陛下!」
「楽しんでいるかね?」
ウィリアム様とヴィンセントの前に、フランツ王子よりもさらに派手な金ぴかのジャケットに金ぴかのパンツ、白いタイツに金ぴかの靴それぞれにふんだんに宝石が散りばめられており、さらには真っ赤なベルベット地のマントにこれでもかと言うほどのファーが付けられたお衣裳を身にまとったジョージ陛下が威厳のある足取りでゆっくりと現れました。
「こちらからご挨拶に伺うべきを…大変失礼をいたしました」
「いや、構わないよ。気にしないでくれたまえ。それにしても…我が息子フランツとシャルロットちゃんがとっても可愛く踊っているなぁ」
「二人とも楽しそうに踊っておりますね」
「こうやって見ると二人とも可愛くて…お似合いだねぇ」
「ははは…」
大勢の大人たちのダンスの中で、相変わらず舞踏会の会場のど真ん中でフランツ王子とシャルロット様は軽やかに飛んだり跳ねたりしながら楽しそうにワルツっぽい感じで踊り続けております。
その様子をジョージ陛下は目を細めながらご覧になられて、にっこりとされております。
「もう今、この場で婚約宣言しとく?」
「それはまだ気が早いかと…」
「そうかねぇ…フランツももう10歳だし、婚約だけでもしていてもいいと思うんだがねぇ」
「ナルキッス大国王家より、ウチのシャルロットを気に入ってくださっているのは誠にありがたいお話ですが…フランツ皇太子ももしかしたら3年後にはもっと別の素敵なレディーに惹かれるかも知れませんし…」
またその話か…と内心嫌がってはおりましたが、ウィリアム様は表情一つ変えず笑顔のままやんわりとジョージ陛下にお断りをしようといたしました。
「うーん…でもまぁ、恋人同士だったウチの祖母と、ウィリアム君のお爺様でいらっしゃる先々代のルーイ王が昔約束したじゃろう?『お互い他の許嫁がいる自分たちが今結ばれない代わりに、子孫で絶対家族になろう』と」
「はぁ…」
「あいにくお二人の子はワシと君の父上…っていう男同士だったから叶わなかったが、ホラ、シャルロットちゃんとウチのフランツでそれが叶えられるではないか!」
「はぁ…」
ウィリアム様は何とも言えず、ただただ固まった笑顔のままジョージ陛下の話に曖昧な相槌を打っておりました。そんな困った様子のウィリアム様を見て、ジョージ陛下は仕方ないと思われたのでしょうか、ご自分のあご髭を触りながら空気を換えようとされました。
「フォッフォッフォッフォッ…悩ませてしまったねぇ。すまない、すまない…。まぁ今日はこんな楽しいパーティー中だし、改めてゆっくり別の日に話し合いの席でも設けて決めようかねぇ」
「はい…陛下」
「ん、また話し合おう。じゃあちょっと私は失礼するよ…」
ポンッとウィリアム様の肩を軽く叩き、ジョージ陛下は人ごみの中へと入っていかれました。
ウィリアム様はジョージ陛下のお姿が遠くの方に行かれるまでずっと神妙なお顔のまま頭を下げられておりました。陛下…とヴィンセントに声を掛けられてやっと頭を上げ、苦笑いをしながらヴィンセントの肩にそっとご自身の頭を乗せて溜息を一つつかれました。
「まったく…皆好きなことばかり言うな…」
「心中お察し申し上げます。でも、それ私も毎日思ってますから」
「ははは…言ってくれるな」
「…陛下、後でゆっくり話し合いましょう。とりあえず面倒な挨拶回りをしてしまいません?」
「そうだな…」
ウィリアム様はスッとお顔を上げて目をつぶって深い深呼吸をして呼吸を整え、いつもの精悍なお顔付きに戻られました。
陛下失礼します…とヴィンセントがウィリアム様の上着の乱れを直します。合図のようにお二人はお顔を向き合わせるとそのまま連れ立って、マダムや娘たちの歓声が響くフロアの中に溶け込んで行かれました。
「いえ、こちらこそご多忙の折…誠に恐縮です」
「フォッフォッフォ…相変わらず堅苦しい挨拶をするのぅ…真面目なところは変わらんなぁ」
「…はぁ」
ほどなくしてミエル城に到着したウィリアム様とシャルロット様は、他の謁見で遅れていたナルキッス王国のジョージ国王陛下とのご挨拶を待つため客間に通されておりました。少ししてからふわふわの白い巻き毛をリボンで結い鼻の下のクルンとしたお髭を指でくねらせながら、まるでゆで卵のようにまるっとした大きなお腹が出てとても小柄な陛下とその後ろに付いていた神父らしき若い男がゆっくりと現れました。
「ジョージ国王陛下、この度はお招きいただきましてありがとうございます」
「おぉ…シャルロットちゃんも久しぶりだねぇ…。亡くなられたマグリット妃に似て…本当に美しくなってきたねぇ」
「ありがとうございます…」
シャルロット様が丁寧にジョージ陛下にご挨拶をされると、ジョージ陛下は元々お顔に付いているお肉で細くなっている目をさらに細く垂らしてシャルロット様のご挨拶に応えました。
「フォッフォッフォ…まぁ二人とも堅苦しい挨拶は抜きにして…パーティーまでまだ時間もあるしお茶でもしようじゃないか」
ジョージ陛下はパンパンッと手を叩いて従者を呼び、さっそくお茶の準備をさせました。
「そうじゃ、二人にも是非紹介しよう。こちらは半年前こちらに着任したばかりのバードリー神父殿じゃ。神父殿、こちらは隣国ローザタニアのウィリアム国王陛下とその妹君のシャルロット姫じゃ」
ウィリアム様たちに紹介されたその神父―――…バードリー神父は、ニコッと微笑みながら深々と頭を下げてお辞儀をされました。
ウィリアム様より少し背が高くて鳶色の髪に鳶色の瞳をしたバードリー神父は、おそらくウィリアム様より少し年上の様でしょうか…とても若いようでした。
「初めまして神父殿。失礼ですが…大分お若いように見受けられますね」
「ヨハン・バードリーと申します。お見知りおきを…。あ…はい。歳は28になります」
「このバードリー神父殿はとても優秀でのぅ…この若さでグララスの教会の責任者になられたんじゃ。とても神心深く教会の教えに従順と市民たちから評判が高いのじゃ!良い神父殿が来てくれてワシも嬉しいわい」
「そんな…恐縮です」
ジョージ陛下に褒められてバードリー神父はポリポリと頭を掻きながら少し謙遜されて微笑み返されました。目鼻立ちのハッキリとした端正な顔立ちのバードリー神父が微笑まれると白い歯が口元から輝いており、いかにも好青年と言った雰囲気を漂わせております。
「先程も色々とワシの相談や警察署長との面談にも同席して話を聞いてくれたんじゃ。実にスマートで頼りがいのある男じゃ」
「警察署長殿とご面談されていたのですか…。何か…事件でも?」
「いや、大したことは無いんじゃ。街の治安維持についての意見交換会じゃ」
「そうですか。是非私にもご教授いただきたく存じます」
「そうじゃのう、では今度その席を設けようかのぅ。署長殿は3ヵ月前くらいにこちらに赴任してきたんじゃが、正義感の強い奴でのぉ。きっとお主を交えた意見交換会で熱く語ってくれよう」
お茶の準備もちょうど終わりったのでジョージ陛下は皆に座るように促し、バードリー神父、そしてウィリアム様とシャルロット様の四人でのお茶会がスタートいたしました。
他愛もない会話をして少し時間が経った頃、バードリー神父はそろそろ夕刻のお祈りの時間のためお暇します…と申し訳なさそうに立ち上がりました。
「おや、もうそんな時分か。ワシらもそろそろ準備せねばのぉ」
「お話の途中で退席いたしますこと…大変失礼いたします」
「あ、どうじゃ?神父殿もパーティーに参加せんか?」
「いえ…私にはそのような場所など場違いでございます…。それに…もっと勉学に励んでこの街の人々を神の御前に導けるようにならなくてはなりません」
「真面目じゃのぉ~。少しくらい羽目を外しても罰は当たらんじゃろうに」
「あははは…」
「まぁよい。精々この街の為に励んでくれたまえ」
「ありがとうございます陛下。それでは…失礼いたします」
スッとバードリー神父は最敬礼でお辞儀をしました。そしてシャルロット様の方へと進んでこられて手を取り、フッと微笑まれます。
「宝石のように美しい姫君…本日は貴方にお目に掛かれて光栄でした」
「私もよ。またゆっくりと神父様のお話をお聞きしたいわ」
「えぇ是非…」
チュッとシャルロット様の手にキスをされてまた微笑まれると、失礼しますと部屋をあとにされました。コツコツコツ…と早足気味のバードリー神父の足音がだんだんと遠くなっていきました。
「…あのルックスに甘くて優しい心地よい低音ボイスだなんて、お説教したら町中の女性たちはメロメロになりそうね」
「教会への懺悔の数も増えておるそうじゃよ」
「まぁ!」
「女性だけじゃなく男性からも、親身になって話を聞いてくれると評判だそうじゃ」
「良い神父殿に来ていただけましたね」
「うむ。まぁこの街は200年ほど前にあった吸血鬼事件以来少し暗い雰囲気があったからのぉ。これで少しでも街が賑わってくれれば良いんじゃが」
「吸血鬼事件…?」
「なんでも数名の若い女性が行方不明になって、血を首筋から抜き取られた状態で死体発見されたという事件があったらしくてのぉ。犯人は見つからずに迷宮入りした事件らしいんじゃが…。血を抜き取られたって言うのにちなんで吸血鬼事件と呼ばれているそうじゃよ」
「何とも気味の悪い事件ですね」
「そうじゃのぉ。でもまぁ200年も前の話じゃし多少話が脚色されて大きくなっているところもあろうがな」
「きっとそうよ、お兄様。吸血鬼なんてこの世に存在するはずないもの」
「うん…まぁそうだな」
「さぁ!暗い話はやめにして、ワシらもそろそろパーティーの準備にとりかかろうぞ!シャルロットちゃんの華やかなドレス姿さぞかし美しかろうなぁ❤では二人ともまたパーティーで会おう!」
フォッフォッフォッ…と笑いながらジョージ陛下はひらひら手を振りながらお部屋をあとにされました。ウィリアム様とシャルロット様がお辞儀をしてお見送りをされます。ジョージ陛下のっそのっそとまるでクマが歩いているかのような足音が遠くなっていくのを確認すると、ウィリアム様とシャルロット様もお部屋から出られて豪華絢爛金ぴかの廊下を抜けて、ジョージ陛下が用意してくださったゲストハウスへと帰って行かれたのでした。
・・・・・・・・
「わぁ❤シャルロットちゃん今日も相変わらず素敵だねーっ!!」
「フランツ王子…お褒めいただきありがとうございます」
「ウィリアムお兄様の見立てたドレスでしょー?そのカシス色がシャルロットちゃんのお顔立ちに映えてとっても綺麗だよ❤」
日もすっかり落ちて夜空に星の輝きが散りばめられる頃、グララスの古城―――ミエル城ではナルキッス王国国王であるジョージ陛下主催のパーティーが開かれました。
ミエル城はジョージ陛下が普段お住まいのお城より少しこじんまりとして古いお城ではありますが、お城の至る所に明かりが灯されてキラキラと明るく、そしてたくさんの煌びやかな装飾も施されており非常に豪華絢爛な雰囲気であります。
また今夜のパーティーにはナルキッス国の貴族や他の国からの国王の友人たちなど大勢のお客が招待されており、華やかな社交場として大いに賑わっております。
ウィリアム様とシャルロット様はジョージ陛下とのご挨拶の後すぐにお着替えをされ、パーティー会場へとやって来られました。
「フランツ殿、本日はお招きいただきまして誠にありがとうございます」
「あ、ウィリアムお兄様!こちらこそ、来てくださって僕嬉しいよっ」
ローザタニアの正装であるマントが付いた、品の良い金糸の刺繍が入った白い軍服に身を纏い髪もきっちりと纏められたウィリアム様がフランツ王子にすっとお辞儀をされました。
彫刻のように端正なお顔に黄金の糸のような美しい金髪、エメラルドのように輝く瞳…そしてスラッとしたいでたちに周りにいたマダムや若い女性客たちが、まるでおとぎ話に出てくるような王子様の姿そのもののウィリアム様の登場にざわめき出しました。
そしてさらに豪華な金糸がたっぷりと使われ、フリルたっぷりのブラウスにたくさんの宝石が散りばめられたなんともバブリーなジャケットにパンツ、そして白い靴下にこれまた金ぴかの靴…とウィリアム様のシンプルなお召し物とは正反対の派手ないでたちのフランツ王子もウィリアム様のお辞儀に応えてぺっこりとお辞儀をされました。
「さすがナルキッスのパーティーですね。とても華やかでいらっしゃる…」
「まぁパパが派手好きだからねー!田舎のミエル城でパーティーするって言っても、結局はいつもと変わらないんだよねぇ」
「ははは…いつも楽しそうで何よりです」
遠くの方ではオーケストラ並みの人数の楽団が音楽を奏で、給仕係の者たちはあっちこっちへとたくさんの豪華な食材を使った料理を運んだり飲み物の給仕をされだりと大忙しです。
そんな大賑わいの間を、パーティーの参加者たちは他愛も無いお喋りを交わしたりお互いの手を取り合ってダンスをしたりとしています。
「ねー!まぁ僕としては美味しいものがたくさん食べられて、いつもよりさらに美しいシャルロットちゃんを見られたらそれでいいんだけどねー!」
「フランツ王子ったら…褒めても何も出ませんわよ?」
「えへへー❤僕はシャルロットちゃんの笑顔が見られるだけで幸せだからいいんだぁー。ねぇ、一曲僕と一緒に踊ろ?」
フランツ王子がシャルロット様に向かって手を伸ばされました。
自分より幼いフランツ王子が真っ赤なお顔をして一生懸命頑張って誘っていらっしゃるのをご覧になってシャルロット様はにっこりとほほ笑まれてフランツ王子の手を取りました。
「喜んで!」
お二人は顔を見合わせて笑いあった後フロアの真ん中へと赴かれました。ちょうど音楽も新しい曲へと変わるところでした。フランツ王子は一礼をし、シャルロット様もそれに応えてお辞儀をされます。
楽団の指揮者がお二人がフロアに出てこられたのに気が付き、指揮棒を思いっきり振り上げて先程までの優雅なワルツと打って変わりってテンポの良くて可愛い曲を演奏し始めました。
「まぁ…なんて初々しくて可愛らしいカップルなんでしょう!」
「ホント!何だかキラキラとして見えるわぁ」
「数年後が楽しみなカップルですなぁ!」
若いお二人が軽快に踊り始めたのを見て、周りの大人たちはわぁ…っと歓声を上げていました。ヒールの高さもありフランツ王子よりも頭一つ分大きいシャルロット様とまだ10歳という幼さのフランツ王子のでこぼこカップルではありましたが、周囲の大人たちはそんなお二人の初々しいダンスを温かく見守っておりました。
「…なんと言うか、まぁ健全な子供らしいダンスですね」
いつもよりも格式高いシルク製の白い制服に身を包んだヴィンセントがツツツ…とウィリアム様の少し後ろにやってきました。
「ヴィー…まぁ二人とも10歳と14歳だからなぁ」
「愛のダンス…と言うよりは完全にお遊戯ダンスですね。これ帰ったらダンスの特訓ですよ」
「まぁシャルロットはダンスのレッスンも逃げ回っているからなぁ…。あ、そう言えばお前のお母上のフローレンス殿はダンスがお上手だったな…帰ったらお前とフローレンス殿で特訓してやってくれ」
「え…」
「私も手が空いていたら教えるけど…ちょっと時間が取れないかも知れないしな。それに実は本当はヴィー、お前もダンス上手じゃないか」
「…分かりました。帰ったら伝えておきます」
「あぁ頼んだよ…」
ヴィンセントは少し不服そうな顔をしていましたが、そうは言っても国王陛下からの依頼ですのでやはり逆らえません。ふぅ…っと溜息をついて仕方なしに嫌々引き受けることにいたしました。
「フォッフォッフォッフォッ…そこにいるのはウィリアムじゃないか!」
「…陛下!」
「楽しんでいるかね?」
ウィリアム様とヴィンセントの前に、フランツ王子よりもさらに派手な金ぴかのジャケットに金ぴかのパンツ、白いタイツに金ぴかの靴それぞれにふんだんに宝石が散りばめられており、さらには真っ赤なベルベット地のマントにこれでもかと言うほどのファーが付けられたお衣裳を身にまとったジョージ陛下が威厳のある足取りでゆっくりと現れました。
「こちらからご挨拶に伺うべきを…大変失礼をいたしました」
「いや、構わないよ。気にしないでくれたまえ。それにしても…我が息子フランツとシャルロットちゃんがとっても可愛く踊っているなぁ」
「二人とも楽しそうに踊っておりますね」
「こうやって見ると二人とも可愛くて…お似合いだねぇ」
「ははは…」
大勢の大人たちのダンスの中で、相変わらず舞踏会の会場のど真ん中でフランツ王子とシャルロット様は軽やかに飛んだり跳ねたりしながら楽しそうにワルツっぽい感じで踊り続けております。
その様子をジョージ陛下は目を細めながらご覧になられて、にっこりとされております。
「もう今、この場で婚約宣言しとく?」
「それはまだ気が早いかと…」
「そうかねぇ…フランツももう10歳だし、婚約だけでもしていてもいいと思うんだがねぇ」
「ナルキッス大国王家より、ウチのシャルロットを気に入ってくださっているのは誠にありがたいお話ですが…フランツ皇太子ももしかしたら3年後にはもっと別の素敵なレディーに惹かれるかも知れませんし…」
またその話か…と内心嫌がってはおりましたが、ウィリアム様は表情一つ変えず笑顔のままやんわりとジョージ陛下にお断りをしようといたしました。
「うーん…でもまぁ、恋人同士だったウチの祖母と、ウィリアム君のお爺様でいらっしゃる先々代のルーイ王が昔約束したじゃろう?『お互い他の許嫁がいる自分たちが今結ばれない代わりに、子孫で絶対家族になろう』と」
「はぁ…」
「あいにくお二人の子はワシと君の父上…っていう男同士だったから叶わなかったが、ホラ、シャルロットちゃんとウチのフランツでそれが叶えられるではないか!」
「はぁ…」
ウィリアム様は何とも言えず、ただただ固まった笑顔のままジョージ陛下の話に曖昧な相槌を打っておりました。そんな困った様子のウィリアム様を見て、ジョージ陛下は仕方ないと思われたのでしょうか、ご自分のあご髭を触りながら空気を換えようとされました。
「フォッフォッフォッフォッ…悩ませてしまったねぇ。すまない、すまない…。まぁ今日はこんな楽しいパーティー中だし、改めてゆっくり別の日に話し合いの席でも設けて決めようかねぇ」
「はい…陛下」
「ん、また話し合おう。じゃあちょっと私は失礼するよ…」
ポンッとウィリアム様の肩を軽く叩き、ジョージ陛下は人ごみの中へと入っていかれました。
ウィリアム様はジョージ陛下のお姿が遠くの方に行かれるまでずっと神妙なお顔のまま頭を下げられておりました。陛下…とヴィンセントに声を掛けられてやっと頭を上げ、苦笑いをしながらヴィンセントの肩にそっとご自身の頭を乗せて溜息を一つつかれました。
「まったく…皆好きなことばかり言うな…」
「心中お察し申し上げます。でも、それ私も毎日思ってますから」
「ははは…言ってくれるな」
「…陛下、後でゆっくり話し合いましょう。とりあえず面倒な挨拶回りをしてしまいません?」
「そうだな…」
ウィリアム様はスッとお顔を上げて目をつぶって深い深呼吸をして呼吸を整え、いつもの精悍なお顔付きに戻られました。
陛下失礼します…とヴィンセントがウィリアム様の上着の乱れを直します。合図のようにお二人はお顔を向き合わせるとそのまま連れ立って、マダムや娘たちの歓声が響くフロアの中に溶け込んで行かれました。
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