ローザタニア王国物語

月城美伶

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Jardin secret ~秘密の花園~

第30話

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 コンコンコンっと激しいノック音が聞こえてくるやいなや応接室のドアが勢いよく開き、栗毛色をした愛らしいカルロ伯爵の従者の少年・ロイが血相を変えて応接室に走り込んできました。

「カ…カルロ様っ!大変ですっ!!」
「どうしたんですがルイ、まだ来客中ですよ」
「申し訳ございません…っ!ですが…」
「…何かあったのですか?」

ハァハァと弾む息を押さえようとして余計に息がしづらくなったのかロイは言葉に詰まり胸を押さえて膝に手をついております。カルロ伯爵はロイに近寄り、そっと背中をさすり心配そうに青白いロイの顔を覗き込みます。

「…すみませんカルロ様…」
「君は身体が弱いんだから…。それで?どうしたのですか、そんなに慌てて」
「それが…その…例の…」

ロイは言いにくそうに、ウィリアム様とヴィンセントの方を気にしながらチラチラと横目で見て言葉を詰まらせました。
ロイの目配せに気が付いたカルロ伯爵は、あぁ…とロイを安心させる様に少し微笑んで背中を撫で続けます。

「大丈夫です、陛下たちには全てをお話ししておりますから」
「…!」
「さぁロイ、いったい何があったというのですか?」
「あ…あの…教会の総本山アルカディアから白い伝書鳩連絡が入りまして…シャルロット様が…その…行方不明になられたと…」
「…何ですって!?」

先ほどまで穏やかに微笑まれていたカルロ伯爵のお顔が一瞬で険しいものとなり、背中を撫でていた手が止まってロイの細い肩をガシッと掴み顔を覗き込むように聞き直しました。
傍で聞いていたウィリアム様も驚いてパッとカルロ伯爵の方を無言で見つめ、ヴィンセントも顔を上げて目を見開いてピタッと動きが止まり、険しいお顔でカルロ伯爵を強く見つめます。

「…どういうことですか伯爵殿…。姫様を保護するってさっき貴方仰っていましたよね…?」
「ロイ、教会の総本山アルカディアの者が迎えに行ったのではないのですか?」
「それが…先ほど教会の総本山アルカディアの馬車がお城にお迎えに上がったそうなんですが…、シャルロット様の従者の方が仰るには、その前にグララスの教会からバードリー神父と言う方がお迎えが来たのでその方と一緒に行ったと…」
「…教会から…?バードリー神父…?」
「はい。そして…そのバードリー神父とも連絡が取れないらしいんです…」
「どういうことだ…」
「…カルロ殿?教会からの迎えでれば…問題はないのではないか…?」

ウィリアム様が困惑したお顔でカルロ伯爵に背中越しに問いかけます。しかし伯爵はその背中に焦りを見せながらウィリアム様の問いかけにお答えしました。

「いえ…いえ、今回のこの件はグララスの教会はノータッチです」
「なに?」
「分かりません。どうしてグララスの教会のバードリー神父がシャルロット様をお迎えに行ったのか…そしてなぜ彼がこのことを知っているのか…」
「…」
「とにかく早急にシャルロット様の居場所を確かめなくてはなりません!まずはグララスの教会に確認を…」

カルロ伯爵が応接室のドアを開けて出ようとしたところ、ヌッと大柄な人影が姿を現しました。カルロ伯爵はその勢いに押されて応接室に押し戻され、入り口はその人影に塞がれてしまいました。

「どちらへ?…カルロ伯爵殿」
「…ワトソン署長殿…っ!」

猛禽類が獲物を狙うかのような鋭い瞳で、ワトソン署長はカルロ伯爵を始め部屋にいるウィリアム様、ヴィンセント、ロイをゆっくりぐるっと見回します。歳のため猫背ではありますが三人よりもがっちりと体格もよく、何やら計り知れぬ異様な威圧感にカルロ伯爵はたじろぎそうになりましたが、再び進もうと一歩踏み出しました。

「署長殿…シャルロット様に危険が迫っているかも知れません。我々に行動の許可をお願いしたい」
「…まだ伯爵殿が事件の重要参考人であることは変わりませんにで…それは致しかねますな、伯爵殿」
「署長殿、構わない。私が許可する」

ウィリアム様が後ろからそう強く仰りましたが、ワトソン署長は鼻で笑ってそのお言葉を一蹴し、キッとカルロ伯爵を睨みつけております。

「なりません陛下…っ!この男をここから出しては危険です。全ては虚言かも知れません!!陛下は…本当にこの男の言っていることが真実だとお考えですか?」
「…聞いていたのか?」
「申し訳ございません陛下…」
「ですが署長殿、姫様の身に危険が起きているかもしれません…。下手したら外交問題に発展しかねませんよ?」
「…っ!」
「ナルキッス大国の皇太子フランツ殿下の婚約者でもあるローザタニアの姫君がナルキッス大国で失踪…。これは一大事ですよ…?」
「ですが…っ!」
「もし万が一何かあれば…グララスの署長である貴方の首も無事ではありませんよねぇ。ねぇ署長殿?」
「…っ!仕方ありませんなぁっ!許可いたします…ですが、私も同行させてもらいますよ!」

ヴィンセントの脅しに近いような鋭い睨みつけにワトソン署長はウッとたじろぎ顔面蒼白で一歩引いた様子で頭を掻きむしり何やら葛藤をしておりましたが、ついに折れたのかチッと舌打ちをして吐き捨てるように許可しました。

「恩に着る、ワトソン署長!では出発だ!急ごう!」

ウィリアム様はサッと立ち上がり、マントを翻して颯爽と応接室を出て行かれました。その後に続いてワトソン署長、カルロ伯爵、そしてヴィンセントが足早に部屋を出て行きます。
あ、とヴィンセントは部屋に取り残されているロイに声を掛けました。小動物のように怯えながらロイはヴィンセントの近くに近寄りますが、取って食われそうな恐怖からか明らかに腰が引けており、またヴィンセントと極力視線を合さないように警戒している様子が丸わかりで近寄っていきます。

「…別に鬼じゃないんだから取って食ったりしませんよ」
「は…はい…」
「君は…その教会の総本山アルカディアと連絡は取れますか?」
「で…伝書鳩がまだ手元に居ますので…可能です…」
「よかったです。ここでは他国なので通信機も使えずに困っていたんですよ。では少し調べていただきたいことがあるのですが…お願いしても?」
「な…なんでしょうか…」

ヴィンセントは懐からペンを取出し、机の上に置かれている紙を取ると何やらサラサラと書きなぐっております。ササっと手早く折り畳み、棚の上の燭台から蝋を垂らして封をすると、カフスボタンにあるのローザタニアの印を押し付けて書簡を一瞬で作り上げるとロイの手にしっかりと押しつけるように持たせました。

「…我々が出発してから鳩を飛ばしてください。頼みましたよ、少年」

キッと強い視線で、顔を逸らせないようにおでこをくっ付けるくらいの至近距離でロイの顔を見つめてヴィンセントは低い声でそう告げました。先程までヴィンセントと視線を合さないようにとヘーゼルナッツ色のくりくりした瞳を泳がせて逸らしていたロイでしたが、がっつりと瞳を捉えられてしまい、否応なしにはい…と小さい声で返事を返しました。
その返事を聴いてヴィンセントはニコッと強く微笑み、もう一度グッと肩を強く握ってからその手を離し、颯爽とマントを翻してウィリアム様たちのあとを追って部屋を出て行きました。

ウィリアム様たちは警察の馬を借りて雨上がりのぬかるんだ道を走り出しました。薄らと辺りを覆っていた霧は段々と濃くなっていき、見通しが悪い道をウィリアム様たちはグララスの教会目指して駆け抜けていきます。

一方、残ったカルロ伯爵のお屋敷にいる者たちは、ワトソン署長の指示によりお城からこの屋敷の道中にシャルロット様を捜索に行く者達が多数お屋敷を出発しました。まだ少し残された数人の警察官が屋敷の入り口や門などを見張っておりますが、お屋敷の警備は大分手薄になっております。
ロイは警察官たちの目の網を潜り屋敷の屋根裏へと駆け足でと登ると、そっと教会の総本山アルカディアへと白い伝書鳩を放ちました。
灰色の雲が立ち込める空の間を、白い鳩は光のようにスッと飛び抜けて行きます。ロイはカルロ様の無事を祈るかのようにギュッと拳を握りしめて、大きな窓の縁に腰掛けて鳩の姿が小さくなくなるで空を見ているのでした―――…。
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