ローザタニア王国物語

月城美伶

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Artémis des larmes ~アルテミスの涙~

第7話

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 太陽がオレンジ色に燃えはじめ、水色の空にじんわりとその色を移し出し、山際の空が紫色に染まるころです。
ローザタニアのお城の大広間ではローザタニアの貴族や要人たちがリーヴォニア国国王御一行の歓迎パーティーのために招待されてきております。
パーティーのホストである、細やかな刺繍が施された正装である白い軍服に身を包みマントを肩に掛けたウィリアム様が颯爽と会場にお姿を現すと皆一斉に頭を下げて迎え入れました。
そしてその後ろに、淡い水色のドレスに金糸の細やかな刺繍がふんだんに織り込まれ、ピンクの薔薇の花飾りが所狭しと飾られた華やかな装いのシャルロット様のお姿がありました。
大広間にいる全ての人は皆シャルロット様の方に注目し、わぁ…とその華やかさと美しさに歓喜の声を上げてその麗しいお姿に見惚れておりました。

「皆の者、今宵はリーヴォニア国のアドルフ国王陛下、並びにゲルハルト王子の歓迎パーティーによくぞお集まりいただいた。ここに良い知らせがある。リーヴォニア国のヴィリニュスとと我が国のヴァランが姉妹都市となり、明日ヴァランでその調定式が執り行われる予定だ。きっとこれからリーヴォニアと我が国の良き友人関係を築く一つの礎となるだろう」

心地よいアルトの柔らかなウィリアム様の御挨拶が大広間に響き渡ります。女性陣たちは皆、そのウィリアム様のお声に聞き惚れてはぁ…と溜息を洩らしております。それを見たパートナーたちはムムム…と唸りながらも、若い国王陛下の立派なご挨拶をしっかりと胸に刻んております。

「…―――それでは、リーヴォニア国とローザタニアの未来に…乾杯!」

グラスを高く掲げ、ウィリアム様が発生の音頭を取られ、皆もグラスを高く上げ乾杯!と叫ぶと、楽団の方から弾むような旋律が流れてきました。皆、近く人とグラスを交わし、所々では談笑が始まっております。

「シャルロット様!」
「ゲルハルト王子」

リーヴォニア国の国旗の色のガーネット色の軍服にたくさんの勲章を付け、紺色のパンツに革のブーツを合せたゲルハルト王子がシャルロット様の方へと爽やかな笑顔を見せてやって来られました。

「あぁ…夜の貴女もとても愛らしくてお美しい…!まるで貴女は極上の真珠のように輝いていらっしゃる!」
「ありがとう。そう言うゲルハルト王子も精悍で素敵だわ」
「…一曲踊っていただけますか?」
「もちろんよ」

ゲルハルト王子はそっとシャッるロット様の手を取り、ダンスフロアへと降り立ちます。音楽はいつの間にか軽快なワルツへと移り変わり、多くのカップルが手を取り合って進んで前に出始めました。シャルロット様とゲルハルト王子も微笑み合うと手を取って踊り始めました。

「おや、シャルの奴、なかなか様になっているじゃないか」
「そりゃあ陛下…ダンスは私が猛特訓いたしましたから」
「お前のお手柄だな」
「えぇ。何度足を踏まれて蹴飛ばされたことか。おかげで一時期痣だらけになりましたよ。武術の稽古でもここまで痣だらけになったこと無かったんですけどね」
「あはは…ある意味格闘技だな」
「陛下、笑えませんから」

シャンパンのグラスを片手に、少し離れたところからウィリアム様はダンスフロアで踊っていらっしゃるシャルロット様とゲルハルト王子のダンスの様子をご覧になっておりました。以前に比べるとだいぶリズムがきちんと取れてダンスがダンスらしくなっており、まともに踊れているのに感心されている様子です。

「あのゲルハルト王子のリードもなかなかお上手ですね」
「そうだな。シャルに合わせて丁寧に踊ってくれているな」
「なんと素晴らしい…実によくできた方ですね」
「あぁ」
「ウィル!ヴィンセント君!」

するとそこへ少し間の抜けた聞き覚えのある声が聞こえてきました。お二人が振り返ると、そこには金糸の刺繍が施されたクリーム色のジャケットを羽織りフリルたっぷりのシャツにキラキラと輝く宝石のブローチをつけたドミニク様の姿がありました。

「叔父上!お久しぶりです。お加減はもう良いのですか?」
「あぁ!もうすっかりだよ!心配かけたね」

ウィリアム様とシャルロット様の母方の叔父にあたる、ドミニク・ド・メルヴェイユ侯爵が満面の笑みを浮かべながらウィリアム様とヴィンセントの前にやって来られました。そしてその後ろを、何か格闘技でもしていたのかがっちりとした大柄な筋肉質な身体つきで、ベルベットの髪をピシッとまとめ黒い瞳の意志の強そうなキリッとしたお顔立ちの女性が一緒にくっ付いてきておりました。

「お元気そうで何よりです…っと…叔父上、そちらの方は?」
「あぁ!紹介するよ!彼女はアンジェリカ!ルノー辺境伯のご令嬢で…その…」

ドミニク様がモジモジしていると、アンジェリカは少し伏せていた瞳を開いてドミニク様の方を見て、肘で強めにツンッと一突きしました。ヴィンセントはははーん…と言った顔でニヤッと笑い、ウィリアム様にこそっと何やら耳打ちされております。
ウィリアム様も少しそう思っていらっしゃったのか、口元を上げてにっこりと微笑みます。

「叔父上…さぁどうぞ…」
「えっと…うん、その…紹介するよッ!僕のフィアンセなんだ!」

えーいっ!とお顔を真っ赤にしてドミニク様はそう大きな声でアンジェリカの腰に手を添えてお二人の前に彼女をお披露目しました。
アンジェリカはしっかりしなさいよ!と言わんばかりの視線でドミニク様のお顔を見ておりましたが、すぐにスッと居直り、ウィリアム様とヴィンセントに頭を下げます。

「やぁ」
「お初にお目に掛かります陛下、ヴィンセント様…。ルノー辺境伯の長女、アンジェリカと申します」
「ルノー辺境伯と言えば確か医師としても誉れ高いお方だったな…。お父上はご息災で?」
「はい、お陰様で…貴族のくせに働き者の変わり者の父は毎日診療所で診察に忙殺しております。父に代わって役不足ではありますが…本日は長兄がこちらのパーティーに出席しておりますわ」
「ウィル、聞いてくれ!何と彼女もお父上の手伝いをしていて、医術の心得があるんだよ!前に私が怪我をした時も私の父上と仲の良い辺境伯と彼女が治療に当たってくれてね、もうすっかりアンジェリカのお蔭で怪我した腕も元通りさ!」

腕をぶんぶんと振り回し、ドミニク様は元気さをアピールいたします。その様子をヴィンセントはとても冷めた視線で見ておりましたが、ドミニク様はそんなことは一切気にならないのかはたまた気が付いていないのか調子よくブンブンと回し続けておりました。

「それはよかったです、叔父上。しかしフィアンセとは…叔父上いつの間に…?水くさいではありませんか」
「ゴメンゴメン!えっとその…アンジェリカがほぼ毎日私の看病を献身的にしてくれて…なんて優しくって心の美しい娘なんだ!って思っているうちにだんだんアンジェリカのことが気になって行って…」
「ほぅ…」
「へぇ…」

ウィリアム様とヴィンセントが同時に相槌を打って、アンジェリカの方をチラッとご覧になりました。
とても凛々しくい顔立ちのアンジェリカは先ほどまでは涼しい顔をしておりましたが、ドミニク様からのご紹介の言葉を受けて恥ずかしそうに視線を落としてしまいました。

「わ…私も…ドミニク様と毎日接しているうちに、最初はなんて子どもっぽい方なのかしら、と思っておりましたが、その…なんて純粋な方なんだろうと…徐々に心打たれました」
「元々、私のペンネームの一つの『ロドリゴ・アッチ』のファンだったみたいなんだ」
「『ロドリゴ・アッチ』の作曲されたオペラ『Déesseデエス』の大ファンでしたので…。まさか作曲されたご本人だとは思いませんでしたが、実際お会いしてドミニク様と触れ合っていると、ドミニク様のこの純粋な人柄があんなにも美しい音楽を作られているんだわ、と思い…」
「で、惹かれて行ったわけですか」
「えぇ…お恥ずかしながら…」

ヴィンセントのツッコミにアンジェリカはさらに頬を赤く染めて恥ずかしそうに下を向きます。ウィリアム様とヴィンセントはそんなアンジェリカの可愛らしい反応についつい頬が緩んでしまいそうになっておりました。

「それで叔父上とアンジェリカ、結婚式は…」
「それがね…実はさ来月にでもと思っているんだ」
「えらい早急ですね」
「もうね、父上が手放しで大喜びでねぇ…。もう早い所結婚してしまえってことなんだ。だから…はい、結婚式の招待状だよ!」
「え…陛下こちらのスケジュール無視ですか」

ドミニク様がジャケットの内側から金箔入りの煌びやかな封筒を取出し、ヴィンセントの前に差しだします。呆れた顔で手紙を受け取り中身を取り出して目を通し始めました。

「いや、なんか皆ナルキッスとか行ってて結構不在だったじゃない?で、確かグレヴだっけ?お留守番していた秘書官に君たちの予定は聞いているんだよ」
「…そのような問い合わせがあったとの報告は聞いていませんでしたね。あとでグレヴを叱っておきます。して…ちょうど二か月後ですか。確かにその日は公務はありませんので参加は可能ですね」
「と言う訳でよろしく頼むよ、ウィル!…でわが愛しの姪っ子シャルはどこだい?アンジェリカを紹介したいんだが…」
「姫様はただ今リーヴォニア国のゲルハルト王子とワルツをご堪能中です」
「おやなんと!シャルが踊っているのかい?この作曲家ドミニク・ド・メルヴェイユの姪っ子なのに思いっきりリズム音痴のあのシャルが?」
「叔父上、ナチュラルに酷いですよ」
「ですが陛下…残念ながら真実ですから」
「どれどれ…あ、あそこだね!あのワルツなのにどこかアップテンポで踊っている可愛らしい小鹿ちゃんは!でも相手の男性が上手いことリードしてくれていつもよりマシな感じだね」

ドミニク様はダンスフロアを見渡したくさんのカップルの中からシャルロット様のお姿を探しだしました。あはは…っと軽く笑いながら可愛らしい姪っ子の姿を愛でております。多分。

「まぁシャルももうすぐ15歳になるし、そろそろ花嫁修業も始めないとね」
「そうですね。生誕式典が終われば半年ほどウラル国にありますセイント・カミーユカレッジに留学させる予定です」
「セイント・カミーユカレッジか!あそこは姉上も通ってたなぁ!高貴な女性の学びの場だね」
「えぇ。あそこでしっかりと淑女の教育を受けてもらいます」
「甘えん坊でワガママで好奇心旺盛のシャルに耐えられるかな?」
「そうなってもらわないと困りますね。この先、姫様がどこに嫁がれるか分かりませんが―――…少しはしっかりとしてもらわないと生きていけません」
「そうだね…シャルもいつかはここを巣立っていくわけだもんね」

ドミニク様は少しアップテンポなワルツと共に楽しげに踊られているシャルロット様のお姿を優しく見つめながら、何やら感慨深いと言った面持ちでしみじみとされております。ウィリアム様も優しく微笑みながらダンスフロアで踊っているシャルロット様に視線を送っておりました。

「えぇ。いつまでもフワフワされていては困ります。きっちりと自立していただかないと。ロイヤルニート反対ですから私は」
「まぁ…ヴィンセント君の過保護っぷりも少しは緩めないとね」
「甘やかしているつもりなどございませんけど?」
「いやぁ~…一番甘やかしてなんやかんや世話してるのは君だと思うけどね」
「は?」
「おやヴィンセント君…自覚無かったのかい?」

とても心外だと言った様子で訝しげにヴィンセントはドミニク様を見ます。そしてそれをおや、と驚いた様子でドミニク様は返されて反射的にウィリアム様の方を見ました。

「叔父上、どうやら我々…特にヴィンセントはその自覚が薄いようです」
「ちょっと陛下…」
「そのようだねぇ。まぁ…甘やかしたくもなるんだけどね」
「そうですねぇ」

三人が談笑していると、そこにピシッと燕尾服を着こなしたロマンスグレーのダンディーな執事長のセバスチャンが静かに近づいてきて、スッと一礼されました。

「ご歓談中失礼いたします。ランスのブリダンヌ侯爵とご令嬢のエレナ殿が到着されたようです」
「来られたか」
「奥にお通しいたしましょうか?」
「そうだな…少し込み入った話があるから奥の『フリージア』の間にご案内を」
「は」

セバスチャンは一礼をすると足早に下がり再びザワザワとしている人ごみに消えて行きました。多くの来客が楽しそうに談笑したり、ダンスを楽しんだりしている中、ウィリアム様とヴィンセントは微かにアイコンタクトを交わします。アンジェリカは何か気が付いたようで、ドミニク様のコートのお袖を引っ張りました。

「あ…っとじゃあそろそと僕たちも…」
「また後ほどゆっくりとお話しいたしましょう」
「あぁ、じゃあな」
「それでは…」

ウィリアム様はニコッと微笑まれるとサッとマントを翻して奥の部屋の方へと向かって行かれました。ヴィンセントもスッとドミニク様とアンジェリカに一礼をしてウィリアム様のあとに続いて行きます。アンジェリカはお二人の姿が人混みの中に消えていくまでスッと膝を折ってご挨拶をしておりました。

「忙しいなぁウィルも」
「まだお若いのに…大変ですわね」
「そうだなぁ。もう少し彼らにも頼れる大人が近くに居ればいいんだが…。僕のような者は少し離れたところからでしか見守ってあげられないのが辛いよ」
「ドミニク様…」
「僕があの子たちの気を許せる場所であり続けられるようになってあげないとね」
「そうですわね」
「それには君の力も必要だよ、アンジェリカ」
「!」
「君と一緒に穏やかで笑顔の絶えない幸せな家庭を築くんだ」
「えぇ…」

ドミニク様はスッとアンジェリカの手を取り、優しく重ね合わせます。アンジェリカもフフフ…っと柔らかく微笑み、その手をギュッと握り返すとお二人はお顔を見合わせて笑い合いました。
そしてそのままダンスフロアへと弾むように駆け出して行かれたのでした。
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