ローザタニア王国物語

月城美伶

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Soupir d'amour 恋の溜息

第14話

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「ん…37度5分…ちょっと下がって来たわね…」

お城の中心から離れた使用人たちの住居エリアがある別館の中にある女性の使用人のお部屋では、ぼんやりと焦点の合っていない瞳で寝っころびながら体温計の数字を見て溜息をつくセシルの姿がありました。
朝は38度を超えた高熱でしたが、お薬を飲んだりばあやが持って来てくれたスープを飲んだりとゆっくりと休み、徐々に熱が下がって来たようで少し倦怠感がが残るものの、だいぶ楽になった様子です。

「…この調子で明日までに熱下がっていると良いんだけど…。明日も休んじゃったら皆に迷惑かけちゃうわ…」

これ以上皆に迷惑かけられないと思っているのでしょうか、セシルはあぁ…と頭を抱えております。ただでさえ最近注意力散漫で色々とやらかして迷惑をかけているのに…とセシルはぼんやりとする頭で考えておりますと、コンコンコン、と部屋の扉をノックする音が聞こえてきました。

「…はい?キサラギさん…?」

誰だろう?と不審に思いながら返事すると、ゆっくりとドアが開きました。そして少し間が開いた後、見覚えのある顔がゆっくりと開いたドアから見えてきたのでした。

「や…やぁセシル…」
「ケヴィン?!」
「身体の調子はどう?」
「…何でここに?」

予想外の人物の登場にセシルは眼をまん丸にして驚きました。その間にケヴィンは視線を少し外しつつも久々に会えた喜びを隠しきれないと言った様子でススス…とゆっくりとセシルの方へと近づきます。そして顔を真っ赤に染めながら手に持っていた籠をセシルの前に差し出しました。

「何でって…えっとお見舞いだよ!」
「どうやってここに入ってきたの?!ここ…男性の立ち入りは禁止よ??」
「えっと…話せば長くなるんだけど…グレヴからセシルが倒れて寝込んだって聞いて、それでその…ここの壁を伝ってこっそりお見舞いに来ようとしてたんだけど、さっき途中ヴィンセント様に会って…シャルロット様のお願いでお見舞いに来るはずだったヴィンセント様から代わりに行ってきてくれって言われて…キサラギさんにお見舞いの許可貰ってるって言ってて…それでえっと―――…」
「…なによ。よく分かんないわよケヴィン!結局何が言いたいのよ!」
「えっと…とにかく!俺はセシルに会いたかったんだ!」

久々にセシルに会えた嬉しさからか、ケヴィンは逸る気持ちを抑えようととしますが抑えきれずに要点を掴めずにしどろもどろになりながらセシルに話しかけます。イマイチ、要点がつかみにくい話し方で若干セシルは呆れておりましたが、最終的にケヴィンのやけくそ勢いでセシルは圧倒されてしまいました。

「…ケヴィン!」
「会いたかったんだ、俺…。セシルが倒れた聞いて…心配だったんだ。だからその…会いたくて…一目でもお前の顔が見たくて…窓からこっそり、この花をお前に渡したかったんだ」
「…」
「俺のこと…嫌いになったんならそれでもいい。他に好きな奴…エレンとかさ、そう言うやつが出来たんならそれでもいい。でも…俺はお前の事好きだから…だからその―――…」
「ちょっと待ってよ…何でそうなるのよ!私だってケヴィンのこと好きよ」
「!」
「そう言うちょっと無鉄砲で馬鹿なとことか…優しいとことか…強い所とか…ずっとずっと小さい時から大好きだったんだから…」
「でも…距離置こうって…。それにエレンと仲良くしてたじゃん…」
「…距離を置こうって言ったけど、別れようなんて言ってないじゃない」
「!」

セシルはふぅ…と一つ息を吐き、ベッドからのそのそと起き上がって部屋に付いている小さなキッチンの方へと歩き出しました。ケヴィンから受け取った籠をテーブルに置き、これまた小さなケトルにお水を入れて沸かしはじめます。
呆然と立ち尽くしているケヴィンに向かって、キッチンのすぐ傍の小さな机と椅子に座って、と促して座らせると、手際よくお茶の準備を始めました。

「…あのね、ケヴィン」
「な…何?」
「私…この前のあの事件の時…何も出来なかったのが凄い悔しかったの」
「セシル…」
「あの時…ううん、もっと前からもっとちゃんとお城に忍び込んでいたマフィアのスパイの存在を把握できていたら…あんな事件は防げたかも知れないのにって思うと悔しくて」
「でも…そんなの…俺だってそうだよ。もっとちゃんと不審な物をすぐに見つけられるくらい毎日ちゃんと気を張ってお城の警備をしていればよかったとか…」
「そうね、きっと皆同じ様な思いを抱いている人は多いと思うわ。だからマルクスは佐官への昇進試験を受けることにしたって言ってたわ。ホークアイやイーグルも…考えてるって」
「…」
「エレンだって…ヴィンセント様を支えて行きたいって言ってたし…皆何かしら思い始めたの」
「…セシルも?」

セシルは真っ直ぐにケヴィンの顔を見つめております。するとケトルのお湯が沸いてピーっと言う音が部屋に響き渡りました。セシルはサッと立ち上がり、キッチンの火を止めて茶葉を入れたポットにお湯を注ぎます。淡い木目調の静かな部屋の中には紅茶の香りがふわっと広がりました。
セシルはケヴィンの前にコップを置いて椅子に再び座り直し、自分の手に持っていたお茶をクイッと一口飲み喉を潤すともう一度ケヴィンの顔を見つめます。

「そうよ。私も…もっと強く…賢くならなきゃって思ったの」
「…」
「あのね、実はあの事件の前から言われていたんだけど、キサラギさんから隣のナルキッス国にある上級メイドの養成の学校に行ってみないかって…」
「え…?」
「私は…実家が先祖代々ローザタニアの王族の方にお仕えする従者一家だからもちろんいちメイドとしてのスキルはそれなりにあると自負しているわ。でも…もっともっとメイドとしての仕事で上を目指していきたいの。いつかどこかの国の王子様と結婚されるだろうシャルロット様付きのメイドとして他所の国に行っても恥ずかしくないようなメイドになりたい」
「セシル…」
「そのためには基礎からキッチリ勉強し直してメイドとしての知識や教養をもっとパワーアップさせたいの。大切なご主人であるシャルロット様のために」
「…」
「学校は来年の4月から始まるからまだ少し先の話なんだけどね。ウィリアム様やヴィンセント様、セバスチャンさんに推薦状を書いていただいたり試験の勉強したり…色々準備しないといけないし…」
「その勉強のために距離を置きたいってことだったの…?」
「…そうよ」

ようやく話が分かっ手安心したからか、ケヴィンはふぅ…と一つ深呼吸のように大きく息を吐くと頭をグシャグシャと掻きむしり椅子の背もたれに大きくのけ反って脱力してしまいました。
セシルはもう一杯お茶を飲み、もう一度はぁ…と息を吐き出します。

「なぁんだ…よかった…」
「え?」
「セシルに他に好きな奴が出来て…それで俺…嫌われたのかと思ってた」
「…そんな訳ないじゃない。ケヴィンはいつまでも私の大切な人よ」
「…セシル」
「でもね、私たちこのままじゃダメだと思うの。もっとお互い大人になってしっかりして行かないとダメだと思うの」
「…」
「もちろんケヴィンのことは好き。一緒にいるととても安心するし…私のこと大切にしてくれているのが本当に良く分かるの。でも…ケヴィンはこのままでいいの?」
「…俺は…」
「私はもっと…ちゃんとしっかりとした大人になりたい。全身全霊で…シャルロット様を守っていきたいの」
「…」
「だから…しばらく距離を置きましょう。私たち…身体だけじゃなくて心も大人にならなきゃ」
「…」
「ケヴィンの、太陽のように明るくて大らかで優しくて…能天気で…ちょっとおバカなところが好き。大好き。とっても愛おしい。ずっとケヴィンと一緒に…ケヴィンのその温かさに包まれていたい。でも…それじゃあダメなの」
「俺…しっかりしてるくせにうっかり者で…すっごく真面目でいつも一生懸命なセシルが大好きだ」
「ケヴィン…」
「前向きで…前しか見てなくて…突っ走るセシルが大好きだ」
「…ありがとうケヴィン」
「そうだな、俺たち…ううん、俺ももっと大人にならないとダメだよな…。分かった。俺たち…距離を置こう」

優しく微笑みながら、ケヴィンはセシルの方を真っ直ぐに見据えております。
セシルはうん、と頷きケヴィンに微笑み返しました。その微笑んだセシルの瞳からツーッと一筋の涙が頬を伝って流れていきます。

「何で泣くんだよぉ~!俺の方が泣きたいよぉ…」
「だって…」
「泣くなよ。…笑っててよ。俺、セシルの笑顔が凄い大好きなんだ」
「…大好きよケヴィン。ずっとずっと大好きよ」
「…知ってる。ってか俺の方がセシルのこと大好きだし」
「ありがとう、ケヴィン」
「うん…」
「ねぇケヴィン」
「何だよ」
「大好き」
「…俺もだぁ~っ!!」

ケヴィンはバッと立ち上がり、セシルにがばっと抱きつきました。セシルも驚きつつも、ケヴィンをギュッと抱きしめ返します。そして二人は狭い部屋の中で笑い合いながらグルグルと回っております。おでことおでこをくっ付けてお互いの顔を間近で見合い、何度も何度も笑い合います。またそしてケヴィンがグイッとセシルを引っ張るとそのまま二人はベッドにこけるように倒れ込みました。

「きゃ…っ!」
「…セシル」

横並びにベッドに倒れ込んだ二人でしたが、ケヴィンがスッと頭を起こしてセシルの顔の上に覆いかぶさります。セシルは顔を真っ赤にして、自分の顔を真剣なまなざしで覗き込むケヴィンの鷹色の瞳をジッと見つめておりました。

「大好きだ」
「…風邪…うつっちゃうわよ…?」
「大丈夫だよ」
「でも…」
「だって俺…馬鹿だもん。馬鹿は風邪ひかないって言うだろ?」
「そうだけど―――…」

何か言おうとするセシルの唇を、ケヴィンの唇が覆いかぶさり何も言わせないとう言わんばかりに塞ぎました。セシルは最初は少し動いて抵抗したものの、次第にそのままケヴィンの口づけを受け入れております。そしてそのまま、何度も何度も熱い感情の高ぶりと共に荒々しく甘い口づけを交わしておりますと、部屋のドアを静かにノックする音が聞こえてきました。

「あ…キサラギさんだ。面会時間15分だけって言われてたんだった」
「あと1分残ってるわ」

セシルは焦って起き上がろうとしたケヴィンの襟元をグイッと引っ張り、ケヴィンの唇を自分の唇にくっ付けさせました。二人は離れたくない、と言わんばかりに何度も何度もキスを繰り返します。
もう一度、今度は少し強めに部屋のドアがノックされました。さすがにヤバい、と二人は思ったのでしょうか、急いで乱れた衣類をパパッと直し、髪の乱れをお互いチェックし合いっこしました。
そして大丈夫、と頷き合うとセシルは部屋のドアを開きます。
そこにはじーっと二人をヘーゼルナッツ色の瞳を細めて呆れた目で見ている女性従者長のキサラギさんの姿がありました。

「…15分とうに過ぎてるわよ、セシル」
「ごめんなさい…」
「…全く!今回だけだからね!さぁケヴィン!早いところ出て行ってちょうだいな!」
「分かったよ!…ありがとうキサラギさん!」
「…シャツがズボンから出てるわよ、ケヴィン!」
「あっ!」

キサラギは他の人に聞こえないように、と部屋の中に入ってドアをしてるとケヴィンのシャツをスッと指さし、はぁ…っと聞こえよがしに大きな溜息をつきました。指摘されたケヴィンが急いでシャツをズボンに直しておりますと、セシルは自分の髪をササっと気にして触っております。

「…ったく。そそっかしい男だねぇ!アンタは!こんなケツの青い男のどこが良いのセシル!」
「…そう言うところです」
「惚気るんじゃないわよ!…ってケヴィン!いつまで突っ立っているの!早くここから出で行ってちょうだいな!」

キサラギに背中を叩かれて、ケヴィンは少し吹っ飛びそのままドアの方へと押しやられます。分かったよぉ…と一言寂しそうに言うと、ケヴィンは部屋を出て行こうとドアに手を掛けましたが、ふと振り返りセシルの顔をもう一度見つめます。

「…じゃあな、セシル」
「うん…。ケヴィン…ありがとう」
「…うん。じゃあ…おやすみ」

二人は柔らかく微笑み合いしばらく見つめ合っております。横でキサラギがんんっ!と咳払いをしますと、ハッと我に返ったケヴィンは後ろ髪引かれながらも足早に部屋から出て行きました。
パタンッと閉じられたドアをセシルはジッと見つめております。キサラギはそっとセシルの肩をポンッと叩くと、見上げたセシルに優しく微笑みかけました。そしてシャワーがまだ使えるから行ってきなさい、と告げると部屋から静かに出て行ったのでした。
うん、と無言でセシルは頷き、ケヴィンの持って来てくれた黄色いバラの花を手に取りました。

「…大好きよケヴィン。これまでも…これからも」

セシルはベッドのそばにある窓をそっと開けます。
少し涼しげな夜の風が、先ほどまで賑やかだった部屋の中を通り抜けました。そっと空を見上げますと、キラキラと無数の星が何事も無かったかのように瞬いて、セシルの潤んだ瞳に輝きを映しているのでした―――…。
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