ローザタニア王国物語

月城美伶

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Soupir d'amour 恋の溜息

第16話

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 「わぁ…っ!素敵なバラが咲いたわね!」
「シャルロット様!ありがとうございます」
「この間の爆発とかでお庭がだいぶ荒れちゃったものね…。ニックたちが一生懸命元に戻してくれたおかげで…シャルの大好きなピンクグレープフルーツのような色合いのこのバラが咲いてくれたわ!ありがとうニック!」

さて、その日の午後のことです。お城の大きな中庭の奥にあります、通称『バラの園』とも言われる多種多様なバラが植えてあるエリアでは、庭師のニックが今日も一生懸命バラの花の手入れをしておりました。
とそこへ、愛猫のノアとお庭で散歩をしていたシャルロット様が通りかかり、淡いクリーム色のドレスに白いレースの模様を合せ、胸元とウエストのラインにレモンイエローのリボンの飾りのついた爽やかな愛らしいドレスの裾を翻しながらニックの元へとやって来ました。

「そんな!とんでもございませんよ姫様!庭師としては当然のことです!」
「でも…お仕事だけど、あれだけ荒れたお庭を元に戻すのは大変だったでしょう?」
「まぁ…大変だっと言えば大変でしたが、自分は花が好きなので…花が弱っている姿は見たくありません。それにこのバラはマグリット妃もお好きなバラでしたし、何が何でももう一度美しく咲いてほしいと思ってお世話をいたしました」
「ありがとうニック!とても嬉しい❤」

シャルロット様は最大級のキラキラと輝く笑顔をニックに見せて喜んでおりました。天使のような愛らしい笑顔を見たニックはちょっとその笑顔に見惚れてしまい、デレーッとした表情でポリポリと頭を掻いて照れております。

「さて…姫様、今からバラを切りますので少し離れていてください。ハサミ使いますから危ないですよ」
「バラ切っちゃうの?」
「はい。花束の依頼をいただきましたので」
「花束?誰から??」
「ヴィンセント様からですよ」
「ヴィーから?!」
「えぇ!なんでも恋人へのプレゼント用ですって」
「まぁ!」

ニックは腰に掛けているレザーの道具入れから少し大きめのハサミを取り出すと、一輪一輪バラを見て選別しながらハサミを入れて行きました。
シャルロット様は、あの冷徹で他人にさほど関心の無いヴィンセントが恋人であるエレナへお花をプレゼントすると言うことに興奮したのか、瞳をキラキラさせております。

「じゃあシャルも一緒にお花を選んであげる!」
「え?!」
「だって…ヴィーの恋人へのプレゼントでしょ?ということは、将来シャルのお姉さまのような存在になる方よ?シャルだってエレナと仲良くなりたいもの!ねぇ、シャルにも手伝わせて?」
「は…はぁ…」
「じゃあシャルも選ぶわね!ねぇニック、このバラなんてどう?その淡いピンクのバラの中に入れたら存在感があると思うわ!」
「そうですねぇ…このオレンジも入れるとインパクトありませんか?」
「そうね!素敵だわ!」

シャルロット様とニックはキャッキャッと盛り上がりながらバラの園にあるたくさんのバラの中からバラを選んでいきます。淡いピンクのバラをベースと考え、次に濃い色のバラを…と見つくろって時おりバラをまとめて花束の形にして、バランスなどを考えて行っているようです。

「…姫様何やってるんですか」
「ヴィー!」
「ヴィンセント様!」

とそこへ、花束の依頼主であるヴィンセントが姿を現しました。が、なぜかニックとキャッキャッと盛り上がって一緒に花束の作成をしているシャルロット様のお姿を見つけると呆れた顔で溜息をつきます。

「何してるのって…エレナへのプレゼントのお花を選んでいるのよ!」
「…何で姫様が選ぶんですか」
「あら、別にいいじゃない!だってヴィーの恋人へのお花よ?シャルからしたらヴィーはお兄様みたいなものだもの!つまり、エレナはシャルのお姉さまみたいな存在になるわけでしょ?だったら妹のシャルが選んでもいいじゃない!」
「…訳が分かりません」
「何よぉ!照れちゃってぇ~!!」

眉間にしわを寄せて明らかに迷惑そうな顔をしているヴィンセントの頬っぺたを人差し指でグリグリといじりながらシャルロット様はヴィンセントのお顔を覗き込みます。鬱陶しい、と怒りつつもその手を優しく払い除けてヴィンセントはシャルロット様の方から背を向けます。しかし今日のシャルロット様はいつもと違う様でした。

「…姫様の絡みウザいです。それに別に照れてなんていません」
「んまぁ可愛らしくないわね!でもね!今日のシャルはこんなことで腹を立てたりしないわよ!」
「あぁそうですか」
「だって…ねぇ見てヴィー!こんなにも綺麗なバラに囲まれているんですもの!とーってもいい気分なんだもの!」
「そうですか。それはよかったですね」

そう、いつもならプンスカと怒っているシャルロット様ですが、咲き誇る大輪のバラに囲まれて気分が良いのか、今日はヴィンセントに対して怒らずにおります。それどころか、余裕を持ってキラキラとした笑顔でヴィンセントの顔を見ておりますが、ヴィンセントはそっけなくいつも通り冷たく返しております。

「何よそっけないわねぇ!まぁいいわ!」
「ハイハイもう自由にお花畑で浮かれててください」
「んもぅ!…ねぇ、お花はこの後ヴィーが抱えて持って行くの??そしてその後デートとかしたりするの??」
「んなわけないでしょう。そんな暇ありませんので、誰かに配達してもらおうかと」
「え?ヴィー持って行かないの?」
「暇がないと言っているでしょう」
「冷たい人ねぇ」
「メッセージカードを添えて花を送るんだからいいじゃないですか」
「でもせっかくなんだし、時間作って持って行けばいいじゃない!エレナきっと喜ぶわよ?」
「…私の自由時間減らしている張本人に言われたくないセリフです」
「何よぉ、シャルが悪いって言うの?そんなの、仕事の効率が悪いヴィーの責任じゃない」
「…姫様、失礼します」

ちょっとイラっときたヴィンセントは、シャルロット様に一言断ると溜息のようにふぅ…と小さく息を吐きシャルロット様の頬っぺたに両手を添えます。そしてギューッと挟むかのように頬っぺたを手のひらで押さえました。

「きゃっ!もぅ!!ヴィーったら何するのよ!!」
「すみません、ちょっとイラっと来たもので」
「んもぅ!ヴィーの意地悪っ!!」
「…ったくいつまでも子どもっぽいですねぇ姫様は」
「何よぉ!こういうことするヴィーの方が子どもっぽいわ!!」
「…あーもう煩いです」
「んもぅ!」

眉間にしわを寄せあきれ顔のヴィンセントは再びプイッとシャルロット様からお顔を反らし、ニックの方へと向かおうとした時です。シャルロット様はヴィンセントをタックルするように背後からギュッと抱きしめて捕えました。

「…っ?!」
「んもぅ!ヴィーったら…いーっつもそうやって話の途中で逃げるんだからっ!!今日と言う今日は逃がさないんだから!!」
「…やってくれましたね、姫様」

シャルロット様はヴィンセントの腰の部分をぎゅーっと抱きしめたままヴィンセントのお顔を見上げて頬っぺたを膨らませております。
不意打ちのタックルを受けてヴィンセントはさらに深く眉間にしわを寄せ、イラっとした様子でゆっくりとシャルロット様の方へとお顔を振り返えらせます。そしてシャルロット様の腕に自分の手を置くとフンッと掴んで巻きついている腕を解きました。
バランスを崩し、転びそうになったシャルロット様をヴィンセントはパッと抱きしめて受け止めると、ヴィンセントは余裕の笑みを見せながらそのままヒョイっと持ち上げて抱きかかえます。

「きゃっ!」
「まったく…力で私に敵わないことなんて分かっているでしょ?」
「んもぅ…!ヴィーの意地悪ッ!!」
「はいはい」
「そういうスカした態度、大っ嫌いよ!」
「嫌いで結構です」
「んもぅ!」
「いたたたたた…危ないから暴れないでください」

シャルロット様がヴィンセントの手から逃れようとジタバタと暴れます。しかしかなりがっちりとホールドされているため、シャルロット様はヴィンセントの腕から逃れることが出来ずにジタバタと脚を動かしたり身体をねじったりとします。
ヴィンセントはそんなシャルロット様の妙な動きに対して呆れつつも優しい眼差しで笑っておりました。

「あ、シャルロット様こんな所に―――…って…」

とそこへメイドのセシルがシャルロット様の行方を捜してお庭へとやって来ました。しかし目の前で繰り広げられている何やら恋人同士がじゃれ合っているかのような光景を見て、あぁ…と言葉を発すると、同じくそんなお二人の様子を見せつけられてどうしようと言った顔のまま固まっているニックの方へと近づきました。

「ニック…」
「セシル!…なぁ、俺たち今何を見さされているんですかねぇ」
「そうねぇ。まぁ私、昨日彼氏と別れたばっかりなんでこの甘―いラブラブカップルのような光景凄い目の毒なんですけど…」
「…永らく彼女いない一人身の自分にもこの光景何か凄いグサッって刺さってるんですけど」
「…何かしらねぇコレ。シスコン、ブラコンも熱烈すぎるとカップルに見えるのよねぇ…」
「うん…」
「まぁヴィンセント様もシャルロット様もお互い好みの範疇じゃないからその点は安心なんだけどね。…ねぇニック、その花ってヴィンセント様からエレナ様へのプレゼントでしょ?」
「あ、うん。これでいいか確認したいんだけど…」
「今は無理ね。というかしばらく無理よ」

セシルは近くで丸まって寝ているノアを抱き上げると、ニックにちょっと席外してあげましょうと声を掛けました。
バラを手にしたニックは甘い香りを放つバラの香りを吸い込むと未だじゃれ合っている二人を見て、微笑みながらふぅ…と溜息のように息を吐きました。
そしてセシルと共にその場を離れて行ったのでした。

「ねぇヴィー」
「何ですか?」
「何だか眠たくなってきちゃったわ」
「は?」
「ねぇ、お昼寝しない?」
「いや、私まだ仕事たくさん山のようにあるんですけど」
「ねぇ、あそこのバラのトンネルの下でお昼寝したいわ」
「蜂に刺されますよ」
「刺されないわよ」
「…見張ってろって言いたいんですか?」
「別にそこまで言ってないじゃない」
「…まったく。姫様は本当にワガママですね」
「ヴィーが過保護なだけでしょ」
「過保護にならないといけないくらい姫様がお子ちゃまなんですよ」
「ねぇ、毎度言うけどヴィーにお世話にしてって私頼んでないわよ?」
「直接言わずともそう言う雰囲気醸し出してるじゃないですか」
「…ヴィーが勝手にそう読み取っているだけでしょ」
「…」
「…いいわよ、じゃあ一人で勝手に行って勝手に寝てるから!だからもう手を離して?」
「…だから危ないって言ってるじゃないですか」

シャルロット様がヴィンセントの腕の中から出ようと再び身体を捩り始めますが、ヴィンセントははぁ…と聞こえよがしに大きく溜息をつくとよいしょっとシャルロット様を肩に担ぎバラのトンネルの方へと向かって歩きだしました。

「きゃっ!んもぉ…!」
「15分だけですよ?」
「分かったわ。じゃあ15分経ったら起こしてね」
「起きなかったら抱っこせずにそのまま引きずってお部屋に帰りますからね」
「んもぅ!乱暴ね!」
「嫌いじゃないくせに」
「…そうね、嫌いじゃないわ」
「姫様ドМですね」
「ヴィーはドSだからちょうどいいじゃない」
「まぁ確かに」

そんなどうでもいいことを話し合っているうちに、ピンクのバラがたくさん咲いているトンネルの下へと二人はやって来ました。ヴィンセントが優しくシャルロット様を担いでいた肩から降ろし、トンネルの下に置かれていますベンチにそっと座らせました。

「はい、どうぞ」
「ありがと」

シャルロット様の横にヴィンセントが座ると、ポスッとシャルロット様は早速と言わんばかりにヴィンセントの肩に頭を寄せて瞳を閉じました。しばらくするとシャルロット様からはスゥスゥと小さな寝息が聞こえてきます。

「…寝つき早すぎでしょう」

はぁ…とヴィンセントは呆れながら、自分の肩にもたれかかって眠るシャルロット様のお顔を横目で見つめます。少しカールしている長い睫が、トンネルの間から張り込んでくる光を受けて、シャルロット様の陶器のように白くて滑らかな頬に影を作っておりました。
ヴィンセントはバラの甘い香りが立ち込めるトンネルの下で幸せそうな寝顔を見せるシャルロット様の頭に自分の頭を上に重ねるように置き、世界一甘えん坊のこのお姫様に対してまた一つ溜息をつきました。
ヴィンセントも麗らかな秋の昼下がりの陽気に当てられたのか、徐々にアメジストの様な瞳がゆっくりと閉じだしました。そしていつの間にやら、ヴィンセントからもスゥスゥと小さな寝息が聞こえてきます。

今日もローザタニアは平和な日々が流れているのでした。
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