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溺愛道の教え、その2 想い人に親近感を抱いてもらえるよう努めよ

溺愛道の教え、その2 想い人に親近感を抱いてもらえるよう努めよ①

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 ハルトは、それはそれは大きな欠伸をした。いつでも、どこでも寝られる体質で、ふだんは朝までぐっすりだ。ところが拉致まがいのやり方で馬車に乗せられて以来、怒濤の展開つづきに処理能力が追いつかず、頭の中は飽和状態だ。おかげで、ゆうべは悪夢にうなされどおしだった。
 北へ逃げるとイスキアの顔をした岩山がそびえ立ち、「そなた」と刻まれたつぶてが飛んでくる。南へ逃げると、イスキアの顔をした底なし沼に落ちる。
 東へ逃げても西へ逃げても、イスキアの顔をした何かにひどい目に遭わされて……おちおち眠っていられるか! だ。
 だいたい私室に、と与えられたのは寝間と次の間から成り、だだっ広くて落ち着かない。生家では下の兄とせせこましい一室を分け合い、境界線を越えると喧嘩になるのが常だったが、あれはあれで楽しかった。とりわけ天蓋つきの、四柱式の寝台という代物しろものは、無駄に豪勢なうえにふかふかしすぎて、

「うう、寝違えたっぽい」

 しかめっ面でパンパンに張った首筋を揉む。たった、ひと晩領主館(別館)で過ごしただけでこのありさまで、上流階級だかの暮らしは性に合わないのだ。
 早急に船を用意しろと掛け合って草原に帰らなくては堕落してしまう。今朝がたのことだ。寝ぼけまなこをこすりながら次の間へ行くと、恐らく廊下で待機して頃合いを見計らっていた。
 ノックに応じて扉を開けると、淡い色合いの金髪をお団子にまとめた娘が一礼して曰く、

「ハルトさまの身の回りのお世話を仰せつかったパミラと申します。さっそく、お召し替えのお手伝いをいたしますね」

「ひ、ひとりで大丈夫だから」

 ハルトはなかば衣装箱を引ったくって寝間に取って返した。赤ん坊じゃあるまいし、なんて屈辱ものだ。村長むらおさの息子だろうが働き手のひとりで、よちよち歩きのころからたきぎ拾いを手伝ってきた。酷寒および酷暑にみまわれる地では、なまけ者を養う余裕などないのだ。
 さて身じまいを整えて鏡を覗いてみたとたん、思いきり顔をしかめた。

「この一式、誰の趣味だよ」

 みやこ風の装いというのだろうか。ぴっちりした膝丈のズボンはまだしも、袖口にレースがあしらわれたチュニックなど、まるっきり道化師の衣装だ。似合っていないこともないのが、また癪の種。
 だいたい綺麗なを着て羊の世話ができるか。かまってちゃんの仔羊たちが団子になってじゃれついてきた日には、よだれにまみれるわ、毛だらけになるわ、あっという間にドロドロのよれよれだ。
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