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溺愛道の教え、その10 想い人にドン! とぶつかるを是とせよ

溺愛道の教え、その10 想い人にドン! とぶつかるを是とせよ③

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 拾い集めてきた羊の糞をいくつか並べてジリアン除けの結界を張ると、そこにゼンジローがテケテケとやって来た。勇敢にふるまって雌羊たちを悩殺しハレムを築くのだ、とでも言いたげに。
 お嬢さんがた、この珍無類にな鳥(?)は、おいらが退治してやりますからね。そう宣言するように、籠めがけて頭突きをかました。
 乙女組の羊たちが一斉にメエメエと褒めたたえ、

「牧歌的で、芸術家魂を刺激してくれる光景だなあ」

 ジリアンが画帳に鉛筆を走らせはじめた。
 おあずけを食った形だ。ハルトはそわそわとポンチョの房飾りをよじりながら、じりじりとハコベをむしりながら、芸術家魂なるものに満足がいくのを待った。
 ゆるゆると雲が流れるもとで草原全体が軽やかにうねって、だんだら模様を描く。画帳がたたまれて、それから、たっぷり百まで数えたうえで世間話めかして切り出した。

「ユキマサはあれっきりみやこに居着いちゃったけど、元気にしてるのかな」

「幼なじみくんときたら順応性が高いやら、隠れた才能が花開いたやら。今や売れっ子の道化師の仲間入りで、あちらこちらの屋敷から引っぱりだこだよ」

「へえ、人生の分岐点ってのは、どこに転がってるのかわからないね。エレノアさんは相変わらず綺麗で高慢……」

 ……を咳払いでごまかしたあたり、ハルトも本音と建前の使い分けを多少なりとも学んだといえる。

「そりゃあ、もちろん社交界の花だからね。取り巻き連中にチヤホヤされてるのさ」

 ではイスキア獲得大作戦の第二弾が繰り広げられる可能性は、さしあたって低いのだ。ひとまずホッとした反面、引きちぎったハコベが山を成すありさまでは、本当に訊きたいことは他にある、と白状しているも同然だ。
 現に、ハルトの胸中など素通しのガラス並みにスケスケと言わんばかりだ。企みを秘めて暗緑色の瞳がきらめく。そしてジリアンは、殊更への字にひん曲げた口をつついてきて曰く。

「従兄殿の近況に興味はないのかな? あるよねえええええええ?」

「べっ、別にどうでもいいもん!」
 
 ハルトはぴょんと立ちあがるなり、踏み分け道を駆け下りた。ところが皿が……と聞こえよがしな独り言に呪縛される。ぎくしゃくと振り向くのを見計らって、おいで、おいでと招き寄せられると、投げ縄をたぐられたかのごとく引き返してしまう。

「皿って羊の丸焼きとかを盛りつけるほう、それとも……頭ののほう? イスキアのやつに何か悪いことがあった……とか?」

「な・い・し・ょ。気になるなら自分で確かめに行っておいで。ついでに婚約解消を撤回して、許婚に返り咲いたお祝いに合体におよんで、ほおら、一件落着、大団円だ」

「……を阻止しようと目論んで、引っかき回してくれたくせして」

 じろりと睨み返すと、

「前科者呼ばわりされて悲しいな。僕は常にはるちゃんの味方だというのに根本的な誤解があるみたいだね」

 悪びれた色もなく紅茶を飲む。
 ハルトは土くれを握りつぶして堪えた。手づかみでウナギを捕まえるようなものだ。こちらがムキになればなるほど、のらりくらりとはぐらかすのがジリアンのやり口だ。だからといってハルトをからかいたい一心で話しだすのを待っていたら日が暮れる。
 かくなるうえは小型版の鳥打帽を奪い取って取引材料にしてやる。なので、かっさらいしだい羊の糞をなすりつけるべく隙を窺っていると、

「変わった乗り物が飛んできたってな」

「風船のでっかいの、ほら、あそこ」

 村人の一団が、ぞろぞろと丘を登ってきた。とんだ邪魔が入った、と言いたげにジリアンは舌打ちすると、一転してにこやかに告げた。

「お土産が都寄りの方角に転がっているはずだから捜しにいってごらん」

 ふくれっ面に微笑みかけて、さらりと継ぐ。

「『速度をあげよ、ええい操縦を代わるのだ』なんて調子で鬱陶しくて、つい蹴り落とした嵩張るお土産さ。今ごろハルちゃんに会いたいよお、とピイピイ泣いているだろうなあ」

「お土産って、もしかして……」

「さあね、もしかしてかもしれないね」

 疾風はやての勢いで駆け去っていく後ろ姿を、ジリアンはハンカチーフをひらひらと振って見送った。聡い僕にかかれば相思相愛の仲なのは丸わかりで、にもかかわらず、くだらない意地を張って元の鞘に収まるのを我慢し合って、ふたりとも世話が焼けるったらありゃしない。
 もっとも、このジリアン・マグレーンさまが策を弄したのが一因であるのだが。罪滅ぼし、いいや、従兄殿に恩を売っておけば損はないと計算してのこと。ひと肌脱いだからには倍にして返してもらう。
 ともあれジリアンは優雅な身のこなしで、遠巻きに熱気球を眺める村人たちの前に進み出た。彼の観点に立つと、

「ははあん、洗練された美男子──つまり僕の魅力にイチコロだね、田舎人のきみたち」。

 実際のところは、あのキテレツな帽子をかぶったスカしたにいちゃんはどこの馬の骨だ、と胡散臭がられているの
だが。そうとは露知らずうやうやしげに一礼してみせると、興行師よろしく歌いあげた。

「紳士、淑女の皆々さまがた、これなる乗り物は鳥より高く飛び、鳥より速く飛ぶ熱気球でござい。先着一名に限り、僕のエスコートで遊覧飛行へご招待いたしましょう」
 
 お目当ては黒髪のたおやかな美少女、と下心があるなんてものじゃない。公平を期して全員であみだくじを引くという案が採用された結果(ジリアンは蚊帳かやの外で)、筋肉もりもりの巨漢が籠に乗り込んだのは天の配剤に違いないのは、さておいて。
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