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第3章 公判前整理手続
しおりを挟む公判前整理手続が、行われた。
- 1人の裁判官が審理する事件を、「単独事件」と呼びます。 殺人や放火などのいわゆる「重大事件」は、3名以上の裁判官のもとで行われる「合議事件」とよばれ裁判員裁判の対象事件となります。 そして、死刑または無期刑などの「重大刑事事件」においては、裁判を迅速かつ適正に進めるため、公判前に、裁判所・検察官・弁護人の三者で、事件の争点や証拠を整理し審理の計画を立てる「公判前整理手続」が行われます。 -
「刑法199条(殺人罪)で、起訴されておりますが、弁護人はどうしますか」
「弁護人は、事件の全容を明らかにし無罪であることを証明いたします」
「弁護人は、罪状について争うということですか」
「はい」
「廣田先生は、無茶をなされますね。被告人の情状を訴え、減刑を求められた方が良いのではないでしょうか」と、担当検察官が言った。
「被害者の死因は、母 詢子、左総頚動脈損傷による失血死。父 紘一、左腎臓損傷・左腎動脈損傷による失血死ですね」
「司法解剖結果と、2つの凶器の形状が一致しております。また、それぞれの凶器から、被告人の指紋を検出しておりますから、被告人の犯行であることは間違いありません。被告人は、養護施設の出身ですから日頃から不満があったのでしょう」
「それが、動機だと言うのですか」
「この場は、公判ではありませんから弁護人は控えるように。 争点は、動機と殺意ということになりますね。では検察側の、証明予定事実を説明してください」
「検察側は、供述調書類・実況見分調書・検視結果及び司法解剖結果。証拠物が、通報時の録音、犯行に使用された割れた鏡片と包丁、被害者の着衣の4点となります。鑑定関連証拠は、割れた鏡片と包丁の鑑定結果です」
「弁護人は、異議はありますか」
「弁護人は、被告人が現場にいたこと、被害者の死因については争いません。 供述調書・実況見分調書・検視結果について関連報告書の開示請求いたします。また現場の検証を、させて頂きたいと考えております」
― 検察官が裁判所に提出した証拠は、すべて弁護人に開示されます。しかし提出される証拠は、実際に集めた証拠の一部でしかありません。そこで弁護人は、未提出の証拠の開示を検察官に求めます。これを、“開示請求”と言います。 ―
「では、現場検証の日取りですが、一週間後の午前10時ではいかがですか」
「お請けできます」
「検察側は、どうでしょうか」
「お請けできます」
「では、検察側の、証人の予定を述べてください」
「証人として、緊急通報の傍受担当者、第一発見者の救急隊員2名、現場に駆け付けた巡査・鑑識官・検死担当医、ほか2名ほどを予定しています。ただし、担当医は、日程が合わない場合は出廷できません」
「弁護人、意義はありますか」
「ありません」
「弁護人側の、証人・証拠の予定はありますか」
「今のところ、被害者 上田詢子の妹 園部洋子を予定していまが、まだ、事件の内容が把握しきれておりませんので、その他の者については、のちほど調整させてください」
「では、公判を円滑にすすめたいと思いますので、速やかに決定して下さい」
「はい、判りました」
公判は、1か月後の9月24日に302号法廷で行われることとなった。
弁護人・検察官・裁判所の立ち合いで、事件現場の検証が行われた。
「廣田君、検証はどうでしたか」
「現場は、調書の通りでした。 第一の犯行を浴室で行い、その後、居間で犯行を行ったことについては間違い無いようです」
「そうですか」
「それにしても、綺麗に片付いていましたね。女子として、恥ずかしくなりました」
「片付けられていた。となると、家庭内の問題もなかったと言えますね。 恵美子も、少しは見習ってくれると良いのですがね」
「ねぇ、廣田先生。嫌味な、お父さんですよね」
「それが、写真が一枚も、飾られていませんでした」
「そう、亡くなった健一君の写真が、一枚も置いてないのよ。 父さん、どう思う」
「写真ですか。今の健一君を迎えているわけですから、気遣ってのことじゃないかね」
「そうでしょうか? 仏壇に、亡くなった健一君の位牌がありませんでした」
「さすが、廣田先生ですね。位牌のことには、気づきもしませんでした。 お父さんが言うように、今の健一君に気遣い写真を飾らなかった。それはアリですよね……でも、仏壇に位牌も置かないなんてね。立派な、仏壇でしたよ」
「廣田先生は、どう思いますか」
「葬儀もしていないですからね、妹さんが言っていたように実の子が亡くなったと思いたくなかった……どこかで生きていると思っていた……そう思いたかったでしょう」
「……そうですね」
「廣田君、どうします。やはり情状酌量で減刑ですか」
「……」
「情状酌量と言ってもね、洋子さんの話しですと家庭内暴力も無かったようだし、いくら父親の躾が厳しかったとしてもねえ、施設から迎えた養子さんだったことくらいですよね」
「恵美子。それは、諸刃の剣だ」
「諸刃の剣? ですか」
「そうです。施設出身者・養子であることが、どこまで許されるかということです」
「そうか、施設出身者・養子だからといって、暴力や殺人が許されるわけではありませんよね。逆に、育ててもらった恩があるわけですよね」
「そうだ。だから使えないんだよ」
「とりあえず、全面否認しましょう。この裁判の争点は、殺意があったのかなかったのかなんです」
「廣田先生本気ですか。殺意を否定し、傷害致死・過失致死で争うということですか」
「そうです。洋子さんの『殺意なんか抱くはずはない』その言葉を信じましょう。検察は、起訴状にあるように『些細なことで母親と口論となった』としています。被告人が、養護施設の出身だから日ごろから不満があったとし動機があっとしているようです」
「施設出身者、だから日ごろから不満があったですか、強引ですね。検察も、計画性の無い突発的に起こした殺人としていますからそこを攻めるわけですね」
「そうです」
「廣田先生、何か、良い方策があるのですか」
「方策なんてありませんよ。この裁判では情状酌量の減刑は望めませんからね。養父母を刺したことは認めていても黙秘していたのだから、殺意を認めたわけではないでしょう。それに、自宅で起こったことだから目撃証人はいません」
「そう。本件は、目撃者がいませんでしたね」
「目撃者がいないわけですから、殺意について否認し偶然に起こった事故だと主張するわけですね」
「そうです。目撃者がいないのだから、自供だけで書かれた調書になる。その自供の裏付けが、ちゃんとされていれば隙は無いわけですが、黙秘していたわけですから肝心の部分は作文せざるを得ない。すると、どこかに綻びができる。 恵美子君も、調書を読みましたよね。どうでしたか? 何か、すっきりとしないのではありませんか」
「具体的に、どうだとは言えませんが、何か細かいところが書かれていませんね」
「犯行の様子が、映画やサスペンス・ドラマのように目に浮かびましたか?」
「そうですね。一応の辻褄は合っているんですが、何か関心の部分がぼやけていますね」
「そういうことです」
「でもね、廣田君。偶然が、2回も起こるなどあり得ませんよ。どう考えても、どちらか一方しか使えないと思いますよ」
「とりあえずは、全面否認でやらせていただきます」
「元検事の廣田君に、任せましょうか」
「そうですね」
「恵美子、接見はどうだった」
「それが関心な部分になると、一言も喋べらず黙っちゃうのよ。それどころか、最後には『弁護は、しなくていい』とまで言ったんですよ。考えられます」
「そうですか、弁護人にまで黙秘ですか厄介な被告ですね。 さて廣田君、どうしますか」
「明日からは、被告人と被害者の身辺を当たってみます」
「廣田先生! 言葉使いが、検事の頃のままですよ、気を付けてくださいね」
「そうですね、そうするしかありませんね」
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