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第6章 郡上大和信金 郡上支店

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大和駐在を後にし、二人は、郡上大和やまと信金郡上支店を訪ねた。


 通用口の、インターホンで要件を伝えた。扉が開きガードマンが招き入れた。すでに窓口業務は終了し、行内は凄然せいぜんとしていた。女性行員が出迎え、2階の支店長室に案内された。

事務処理をしていた、男性が立ち上がり迎えた。

「桜井法律事務所の、桜井恵美子です」
「廣田武士です」

「支店長代理の、宮部です。桜井法律事務所さんですか……ということは有坂先生は、お引き受けされなかったんですね」と、名刺を差し出し事務机に座り書類をめくりながら答えた。
その名刺には、『郡上大和信金大和支店 支店長』肩書が記されていた。

「はい。その有坂先生のご紹介で、私どもが上田健一さんの弁護をさせていただくこととなりました」
「そうですか。おたくが、息子さんの弁護をね……そのクライアントはどなたですか」
「奥様の、ご親戚筋しんせきすじです」
「そうでですか。それで、ご用件とは?」

「こちらのお席に、お掛けください」と、女性行員がお茶をテーブル置き促した。
廣田と美恵子の2人は、接客用のソファーに並び腰を下ろした。

ほどなくして、女子行員が退室した。

「今日は、亡くなられた支店長の、上田紘一さんの 人となり・・・・をお伺いしたく参りました」
「今回の件は、家庭内で起きたプライベートなことですからね信金は関わらないという方針で、行員にもマスコミの取材には応じないよう通達が出されてます」と、相変わらず書類をめくり電卓を叩ながら宮部が答えた。

廣田と美恵子の2人は、顔をみあわせた。
「そうですか」と、美恵子が答えた。

「いやいや。警察や弁護士さんは、別ですよ。協力はさせていただきまよ」と、席を立ち2人の対面の席に座った。

「上田支店長さんは、どのような方でしたか」
「亡くなられた上田さんは、仕事にはそれは熱心な方だったようで、支店長でありながら一般業務もされておられたようです。まだまだご活躍できたでしょうにね……」
「上田さんは、いずれ理事になられるとお伺いしましたが」
「この信金の、創設者の一族のお方ですし役員でしたから、生きておられれば近いうちにそうなられたでしょうね」
「私生活は、どうでしたか」
「私は、 名刺のとおり大和支店をまかされており上田さんの後任が決まるまでの代理ということで兼務しています。それに上田さんと同じ支店にいたことはありませんし、としも一回り近くも離れておりますからね、支店長会議でお会いする程度でプライベートなことは全く知りません」

「そうですか。どなたか、お話しを伺える方はおられませんか」
「では、融資課長を呼びましょう。彼は、この支店の 古株ふるかぶですから適任でしょう」
「ありがとうございます」


しばらくし、ドアがノックされ40歳代の男が現れた。

「融資課の、椙原(すぎはら)です」


「桜井法律事務所の、廣田武士です」
「桜井恵美子です。亡くなられた支店長の息子さんの弁護をさせていただくことになり、少々お時間をいただきお話をお伺いたいと思います」
「息子さんの、弁護士さんですか」

「お話の途中でまことに恐縮きょうしゅくですが、私は、大和支店に戻らなければなりませんので失礼させていただきます」と、宮部が割って入った。
「椙原君、協力してあげてよ。それと、書類には目を通しておいたから回しといて。あとは頼むよ」と、言い残し足早に部屋を出て行った。


「早速ですが上田さんは、どんな方でしたか」

「支店長は、とても気さくな方で支店長のことを悪く言う人はいません。支店長さんには、いずれのお客様にも大変親身に接しておられましたし、古くからのお客様が大勢いお見えでとても信用の厚い人でした。それに、仕事だけでなく何事にもきびしい方で、特にご自身やご家族には厳しい方のように見えました」

「自身やご家族に、厳しかった。というと」

「この支店長室に出入りするには、1階のカウンターのフロアを通らななければなりませ。どうしてもお客様と顔を合わせることになります。支店長さんはどなたにも頭を下げ丁寧ていねい挨拶あいさつされておられましたし、常々『人の上に立つ者は、身の回りは潔白けっぱくでなくてはいけない』とおっしゃっておられました。とても堅実けんじつな方で、身なりも派手なもの身に着けておられませんでしたが、上質な物をまとわれておられましたね」

「息子さん、健一さんのことは、お話しされませんでしたか」

「息子さんのことは、あまり話されませんでした。親子関係が悪かったとは思いませんが、養子さんですからねあまり話題にされなかったのだと思います」

「健一さんを、この信金に入れなかったと聞いておりますが」

「息子さんには、好きにさせてあげたいと市役所に入れたようです」
「養子さんだから、ということですか」
「それはどうだか、詳しく聞いたわけではありませんから」

「そうですよね、聞くわけにいきませんよね」
「夫婦関係は、どうでしたか」

「良くはわかりませんが、奥様は、お勤めはされておらず専業主婦だったと聞いております。Yシャツは奥様が洗濯しアイロンがけしていると……そう昼食は、いつも奥様のお弁当でした。料理がとても上手だと、自慢されておられましたから夫婦仲は悪くはなかったと思いますよ」

「ほかに、何か気になるようなことはありませんか」
「家庭内で、悩み事があったとか何かもめているようなそんなそぶりはありませんでしたか」
「……気が付きせんでしね、そんな様子もなかったし、支店の中でも、一頻りひとしきり何があったのか噂になったんですが、誰も心当たりがなくて不思議がっていたんですよ」

「そうですか」
「弁護士さん、そろそろ……」
「そうですね。どうもお忙しいところありがとうございました」

2人は、椙原に見送られ通用口から外に出た。


「廣田先生、写真の行員さんわかりましたか」
「いや、いなかったように思うよ」
「多分、階段の近くの融資ゆうしにいた人ですよ」
と会話しながら車に向かった。


「すいません、弁護士さんですよね」と、若い女性の声で呼び止められた。

「はい。何か?」
「上田支店長さんのことで、お見えになられた。 そうですよね」
「そう ですが」
「私は、和田結衣(わだ ゆい)と申します。窓口業務をしています。実は、その支店長さんのことで、お話ししたいことがあります。もうすぐ勤務が終わりますので、よろしければ、この先の喫茶琥珀こはくでお待ちいただけませんか」
「琥珀、ですね」


「先生、だったでしょ」
「間違いない、彼女だ」


5時30分を過ぎ、二人がコーヒーを飲み終えようとしたころ、制服姿の和田結衣が現れた。

「お待たせ、致しました」
「桜井法律事務所の、廣田です」
「桜井です」
「和田結衣です。信金の貸付窓口業務を担当しています」
「支店長さんのこととは、どんなお話でしょうか」

「支店長さんのことで、来られたということは、健一さんの弁護をされるということですよね」
「はい、そうです」

「健一さんが、支店長さんを刺したというのは本当なんですか。何かの、間違いですよね」
「詳しく、お答えすることはできませんが殺人罪で起訴されています。今回のは、それが事実かどうかを争うことになります」
「そうですか……健一さんは、元気にしていますか」
「はい。元気ですよ」 
「少し、安心しました」

「和田さんは、健一さんをご存じなのですか」

「はい。健一さんとは、何度かお会したことがあります。 健一さんは、高校の時の先輩せんぱいでバスケットボール部のキャプテンでした。 信金に入り、市のイベントで偶然ぐうぜんに再会しました。お父様が、銀行関係の方だと聞いておりましたが、支店長さんがお父様だと知り驚きました」

「高校からの、お知り合いでしたか。それで、話したいこととは?」

「あの……現場に、私の写真があったと警察の方が来られました。それで……」
「現場にあったお見合い写真は、あなた和田結衣さんで間違いがないのですね」
「見合い写真じゃありません。成人式に撮った記念の写真です」

「成人式の、記念写真ですか。その記念写真が、なぜ現場の上田さんの居間に置かれていたんですか」

「それは、支店長さんから、お願されお貸ししていましたから……」
「成人式の、写真をですか? スマホで、済みそうですが」 

「奥様に見せたいから、写真が良いのだとおっしゃられましたから……」

「奥様に、見せる?」 
「その……『健一さんに、良い 縁談えんだん話が無い』と、奥さまがとても心配されているとおっしゃいました」

「見合い写真ということですか。 奥様にみせて、気に入ればお見合いをするということですね」
「お見合いじゃなくて、その……お付き合いというか……」
「廣田先生! 先生には、デリカシーが無いのですか。出来れば、お付き合いして頂ければということですよね」
「……」
「それで、写真を貸したわけですか」

「健一さんは、勉強もスポーツも出来て、バスケット部のキャプテンでしたから、女子のあこがれでした……」
「あなたも、憧れていた。そうですね」
「廣田先生!」 
「すみません、なかなかくせが抜けなくて」
「すみませんね。廣田先生は、元検事さんなんです」
「検事さん?」
「申し訳ありません。取り調べする側でしたから、つい何かあるのではと勘ぐってしまうんです」

「和田さんは、健一君が、養子さんだということを知っていましたか」

「はい。高校のとき、うわさで養子さんだと知りました。事件のことも、健一さんと同じ中学の出身の友達からそれとなく……それで周りの子たちは、憧れていてもお付き合いすることはありませんでした。私も、何度か話しをしたくらいで……」
「事件とは、誘拐ゆうかいのことですね」
「はい。そのことがあって、なかなか良い話しが無いのだと」

「結衣さんは、養子さんであることを知っていて、写真をお貸したのですか」
「はい。健一さんが、そんなことをするなんてありえない。絶対に何かの間違いです。そうに決まっています……」

「それで、お付き合いをされていたのですか」
「いいえ。お渡しして、 ぐにあんなことになってしまいましたから」

「渡して直ぐ? いつ、渡されたのですか」
「事件の、前日です」

「事件の前日! 木曜日ですか」
「はい。その翌日、今晩にも、奥様が話しをされるとおっしゃいました」
「事件当日、健一さんに話すと言ったのですね。間違いありませんか」
「はい」

「警察の方に、このお話しをされました?」
「はい。それで、証人として出廷しゅっていしてもらいたいと」

「検察側の、証人ですか」
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