闇に飲まれた謎のメトロノーム

八戸三春

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第四章

廃墟に潜入 肆

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後方で固唾を呑んで見守る残りの仲間たちも、一歩も動けずにいた。先ほどの死体、そして廊下に漂う腐臭、謎の足跡――一つひとつが、彼らの神経をすり減らしている。すぐにでも引き返したい気持ちを抑え、ただ前を進む二人を見守ることしかできない。

リーダーは扉に手をかけた。冷たく湿った感触が手のひらに伝わり、不快感に思わず顔をしかめる。少し力を込めて押すと、わずかな隙間がギギ、と音を立てて広がった。その音は廃墟の静寂を裂く不吉な叫びのようで、後ろにいる仲間たちが思わず身をすくめる気配が伝わってくる。

「ゆっくり、静かに……」

リーダーは自分自身に言い聞かせるように声を潜めた。若い女性もうなずき、懐中電灯を扉の隙間に差し込むようにして内部を照らす。

扉がわずかに開くと、冷えた夜気が一気に流れ込み、二人の顔を撫でていく。懐中電灯の細い光が、開いた隙間から内部をなぞるように照らし出した先には、乱雑に積み重なった瓦礫や、焦げたような跡を残す床が見えた。古びた金属製の器具が転がり、壁には煤のような黒ずみが広がっている。まるでここだけが一度何か激しい出来事に巻き込まれ、焼かれ、破壊されたかのような雰囲気が漂っていた。

「ここは……一体……?」  
若い女性が息を呑む。声は震え、先ほどまでの決意は揺らぎかけていた。

リーダーは扉に肩を押し当てるようにゆっくりと開く。扉が軋みながら開く度に、内部に積もった埃がふわりと舞い上がり、懐中電灯の光に細かな粒子が浮かび上がった。透き通るほどの静寂が、彼らのささやかな呼吸音を際立たせる。

屋上には冷たい月光が薄く差し込んでいる。焦げた梁や崩れた壁の隙間から、夜空の星がかすかに見えた。月光が差し込む一角には、何かが置かれているようだ。機械のような形状にも見えるが、遠目にはただの鉄屑の山のようでもあった。

「ここ、燃えたのか? それとも爆発でも……?」  
若い女性が戸惑いを込めて言う。リーダーは答えず、足音を殺しながら一歩、また一歩と進んでいく。瓦礫を避けながら、懐中電灯を慎重に動かし、床の上に残る痕跡や壁の裂け目を確かめていく。

後方に残った仲間たちも、二人の動きに合わせて少しずつ近づいてきた。誰もが緊張で胸が高鳴り、喉が乾いていた。何かを見つけることは、ここでの謎が明らかになる可能性を示す一方で、新たな恐怖を呼び起こすことも意味していた。

ふと、リーダーが足を止めた。その視線の先、月光が照らす鉄屑の山が少しだけ揺れたように見えたのだ。風の影響かもしれないが、ここは密閉空間に近く、そんなに風が流れ込むはずがない。

「今、揺れなかったか?」  
リーダーが、ほとんど息を殺すような声で女性に問う。彼女は一瞬耳を澄ませ、懐中電灯をその山に向けた。濁った金属の光沢が、わずかに月光に反射して陰影を作っている。まるでそこに何か生き物が潜んでいるかのような錯覚を覚えさせる光景だった。

「……わからない。でも、気をつけて」  
女性も息を詰まらせて答える。

二人が目を凝らす中、再びかすかな音が聞こえた。金属が擦れるような、不快な軋み音。それはほんの一瞬で消えたが、その短い瞬間が、二人と後方で見守る仲間たちの心に冷たい針を突き立てるには十分だった。

「撤退したほうがいいかもしれない……」  
後方から、弱々しいが本音の滲む声が響く。誰が言ったのか判別は難しいが、全員がその言葉に共感していた。ここは危険すぎる。暗闇と異臭、そして得体の知れない死体と、焼け跡が残る不気味な空間。動物的な勘が警鐘を鳴らしている。

だが、リーダーは首を横に振り、懐中電灯の光をさらに鋭く謎の物体に当てた。その時、不意に風が吹き込む気配がして、上空からかすかな呻き声のような音が聞こえた。彼らは一斉に天井の穴に視線をやった。

床にはひび割れた梁が突き出ている。その上に、何かの影が動いたように見えた。懐中電灯を向けようとした瞬間、リーダーの手が止まる。何故なら、もし本当に何かがそこにいるなら、光を当てることは刺激するかもしれない。

「静かに……」  
リーダーが指を唇に当て、無言の指示を出す。全員が息を殺し、わずかな物音すら立てないように神経を尖らせた。耳を澄ませば、何か粘性のある液体が滴るような、気味の悪い小さな音が耳に届く。上空で、何かが動いている……。

緊張は限界に達しようとしていた。足元に広がる瓦礫、異臭を放つ腐肉、そして頭上から迫る未知の気配。ここはこの廃病院で最も危険な場所かもしれない。逃げ出すか、様子を見るか、決断を迫られる中、リーダーはその場を動かなかった。微かな光と月明かりだけが、彼らの恐怖を薄絹のように包んでいた。

その瞬間、換気口の影からかすかな息遣いのような音が聞こえた。低く喉を鳴らすような、あるいは笑っているような不気味な響き。それは一瞬で消えたが、全員の背中には冷たい汗が流れ、喉が乾いて仕方がなかった。

「もう、ダメだ、戻ろう……」  
とうとう仲間の一人が限界に達し、後ずさるように足音を立てた。カサリ、と瓦礫が転がる音が広がる。次の瞬間、その音に反応するかのように、後から影が床に浮かび上がった。彼達を覆うような影、全員が悲鳴を喉の奥で噛み殺しながら、その音がした場所を注視した。
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