闇に飲まれた謎のメトロノーム

八戸三春

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第六章

オイザクラ殲滅作戦

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今、ターリャは部隊の前に立っていた。
新たな任務、それは外敵――**オイザクラ**という勢力の殲滅。

オイザクラ――
国家の影に生きる秘密兵装局の残党組織。
アウレリアを兵器として再開発し、「器」として売買する闇のネットワーク。

彼らは今、ヴェルトロスの急成長を脅威とみなし、各地でスパイと破壊活動を展開していた。
そしてターリャたちは、彼らの主拠点を突き止めた。

「皆、聞いて。これはただの報復じゃない」
「私たちが本当に守りたいのは、“居場所”よ。私たちは、ここを守る」

部隊の仲間たちは静かに頷いた。
そして白マフラーが翻る。

戦いの幕が、再び上がろうとしていた。
だが、その陰で――紫の夜を裂く影が、ひとつ静かに動き出していた。

――かつて征服者と呼ばれた少女。
その瞳は、今なお、戦場の風を忘れてはいなかった。

「ターリャ、お前はまだ、私の名を呼ぶのか」

――そして、物語は加速する。
正義と反逆。孤独と絆。
それぞれが選んだ道が、再び交差しようとしていた。

静寂の夜、雨のように降り注ぐネオンの光の下。
ターリャは、劉と並んで廃ビルの一室に腰を下ろしていた。
手元には拡げた地図。オイザクラの潜伏拠点を示す可能性がある地点を、赤いペンで一つひとつ塗り潰していく。

「ここ。給水経路の中継パイプが異常接続されてる。軍用センサーなら誤魔化せるが、民間レベルではオーバースペックだ」
「次、こっち。電力の流れが不自然。変電所の制御ラインが、外部から一度乗っ取られてる痕跡がある」

劉の声は冷静で、感情を乗せることがなかった。
ターリャは頷きながら、地図に新たなマークをつけていく。

彼の名は**劉陽栄(リウ・ヤンロン)**。
わずか**7歳**で中国諜報局に特別採用され、12歳からは**中国特殊部隊「影虎」**での実戦を重ねた。
その後、政治的な離反を経て、15歳の時に**ヴェルトロス**へ移籍。現在16歳。
**アビリティーインデックス第6位。危険度“アウレリア”認定**。
能力名は――「心写術(シンシェイシュー)」、一種の複合感覚読解能力で、触れた情報や空間から**過去の“痕跡”を視覚的に再構成**できる。

言葉も、振る舞いも、圧倒的に成熟していた。
国籍は中国だが、流暢な日本語に加え、作戦時の切り替えも完璧。まるで人間というより、**作られた兵器**のような正確さ。



ターリャは彼とペアを組んで三日目。
最初の印象は、正直言って“扱いづらい”だった。

2年のキャリアと、数十回の現地戦闘経験。
リーダー格として、部隊の面倒を見てきた彼女にとって、年下の少年は「指導対象」であるはずだった。

だが、蓋を開けてみれば――逆だった。

罠の配置、敵の行動パターンの読解、通信の傍受と暗号の解読。
どれをとっても劉は数秒で処理し、指示を出す。
ターリャが思案している間に、彼は既に次の五手先を読んでいた。

(私……足を引っ張ってる)

悔しさにも似た想いが胸をよぎる。
だが、劉はそんな彼女を一切責めなかった。むしろ、彼のまなざしは常に冷静で、中立だった。

「ターリャ、ここは立体的な構造。単眼で見ると死角が多い。ドローン使って三面スキャンするべきだ」

「……うん、わかった。すぐやる!」

彼女はその都度、笑って答えた。
劉を頼ることで、自分を高めることができる。
――そう、信じていた。



休憩中、缶コーヒーを差し出すと、劉は静かに受け取り、缶を見つめたまま言った。

「日本って、甘すぎるな。これは『コーヒー』じゃない」

「えっ? 甘党じゃないの?」

「舌が腐る。あと、これは戦場向きじゃない」

そう言って笑うでもなく、ただ一口だけ飲んだ。

ターリャは苦笑した。
そしてふと、問いかけた。

「劉はさ、なんでヴェルトロスに来たの?」

しばらくの沈黙。
そして――

「使い捨てにされる側に立つのは、もう飽きた」

その一言に、かつてのムラトの影が重なった。
ただ、彼はまだそこに留まり続けている。

ターリャは、そっと彼の横に並び言った。

「じゃあ、使い捨てじゃなくてさ。並んで歩くのは、嫌?」

劉は一瞬だけ、視線を向けた。
その表情には、確かに微かだが、“人間”の色が宿っていた。

「ターリャは、戦いの中で何を見てる?」

「……未来。どんなに小さくても、誰かが笑ってられる未来」

それを聞いた劉は、ふっと息を吐いた。

「じゃあ、もう少し付き合うよ。君の“未来”にな」

夜が明ける。
二人が示した赤いマークは、オイザクラの中核施設に限りなく近づいていた。

そして、ターリャの白いマフラーと劉の黒のフードが、並んで風を受ける。

この“矢印”が、やがて巨大な陰謀と血にまみれた真実を貫く刃になるとは――
まだ、誰も知らなかった。

ターリャはドローンユニットを肩のハーネスから外し、即座に展開した。
最新の空間スキャンモデル――LZ-10型。自律飛行と360度のセンサー反射によって、建物内部の詳細な構造をマッピングできる。

小型の羽音が夜の空気を切り裂く中、ターリャは目元にゴーグルを下ろし、リアルタイムで地形の可視化を進めていく。
その横で、劉は無言のまま手元のデバイスを操作し、周囲の電磁ノイズを計測。周波数帯から逆探知を避けるための処理を始めていた。

二人は、もう言葉を交わさなくても連携が取れる段階に入っていた。
まるで同じ神経を共有しているかのように、どちらかが動けばもう一方は補完する。
それは戦場における“理想のコンビ”だった。

だが――ターリャは内心、少しだけ怖くなっていた。

(こんなに、うまくいくなんて……)

彼女は自分が経験してきた戦場で、ここまで精密に動ける相手に出会ったことはなかった。
それは頼もしさと同時に、「自分が必要なくなるのではないか」という、言葉にできない焦燥も生んでいた。

それでも――
劉の後ろ姿を見て、ターリャは思った。

(私、この子を信じられる)

理由なんてなかった。ただ、確かに心がそう感じていた。

「スキャン完了。敵の通信室は地下、排気口と接続してる」

「非常口の裏ルートも見えた。オイザクラの連中、物資搬入でトラック使ってるな。明日の朝までに部隊を配置すれば潰せる」

「……夜襲でいく?」

「いや、日中の方がいい。奴らは逆に夜を警戒してる。午後一番が一番隙がある」

劉はすぐに戦術案を描き出し、ターリャにモニターを向けた。
敵の動線、巡回時間、建物の構造。すべてが合理的に可視化されていた。

「ねぇ、劉」
「なに」

「……君、こんなにすごいのに、なんで戦い続けるの?」

劉はしばらく画面を見つめたあと、静かに答えた。

「俺の脳は、生きるために最も効果的な行動を選ぶように“育てられた”。それが戦いだった。それだけだ」

「でも……それだけじゃ、つらくない?」

そのとき初めて、劉の瞳に迷いがよぎった。
だが、答えはなかった。
ただ沈黙が流れた。
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