闇に飲まれた謎のメトロノーム

八戸三春

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第六章

ターリャと劉の連携

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任務は終わりに近づいていた。
二人の見つけた情報は、ヴェルトロスの中枢に送信され、オイザクラ掃討作戦の基盤となるだろう。

ビルの屋上に出ると、夜風が吹いていた。
ターリャの白いマフラーがふわりと舞い、劉のコートの裾がなびいた。

彼女は小さな声で言った。

「ねえ、劉。私がさ……もし、戦えなくなったら、君はどうする?」

「そのときは――俺が君を守る」

それは、彼らしい答えだった。
感情ではなく、ただ事実を述べるような、静かな声。

だがターリャは、その言葉の中に、確かな“信頼”を感じた。

そしてその夜、二人の間に生まれた絆は、やがて訪れる激戦の中で、幾度も試されることとなる。

次に待ち受けるのは――
オイザクラ殲滅作戦、その開幕だった。

「……今、行く」
その一言とともに、劉陽栄の身体は迷いなく夜の闇に溶け込んだ。

屋上からの風を切り裂くように、彼は滑るような速度で移動を開始する。
ターリャはその背中を一瞬見つめて、即座に反応した。

「待って、劉。私も行く!」

「君は後衛で待機しろ。索敵の精度が下がる」

「嫌。チームでやってるんでしょ? 後衛だろうが前衛だろうが、私は“いる”から意味があるんだ」

そう言って、彼女は自分のマフラーを風でなびかせながら劉の横に並んだ。
一瞬、彼は僅かに口元を動かしたように見えた――それが微笑なのか、諦めなのかは分からない。

二人が目指すのは、オイザクラの物資搬入ルート――通称「黒帯ライン」。
市街地の地下を通る老朽化した輸送トンネルで、現在は行政の記録からも削除されている。

「三分後、搬入車が通る。先頭の偽装トラックをマークして、内部侵入する。リスクは高いが、正面突破より成功率が高い」

「了解。でも、もし途中で分断されたら?」

「それぞれで脱出して合流地点へ。お前の逃走ルートは東12番、俺は北7番」

「冷たいねぇ、そうやってすぐ“別行動”を前提にするんだ」

「最悪を前提にしない奴から死ぬ。それだけだ」

それでも、彼の声に冷たさはなかった。
ただ、全ての行動が目的達成に向けて最適化されている――それが彼の流儀だった。

ターリャはそんな彼に苦笑しながら、耳元の通信機を調整した。

「じゃあ、最悪の最中で君が倒れたら……私が全部背負うから、覚悟しといてね」

「……承知した」

ふたりの会話は、それ以上なかった。

やがて、地下トンネルの入り口に振動が走る。
地面を這うような低音。大型車両が近づいてくる合図だった。

「来た」

劉の囁きと共に、ふたりは影に沈んだ。
ターリャの手の中には、音波反響を遮断する煙幕弾。劉は、掌の中に仕込んだナノブレードを展開。

トラックが通過するその瞬間、ふたりは反射的に飛び出した。
沈黙の中で交差する動き。劉が車体の下に滑り込み、ターリャは荷台後部に磁力アームを射出して飛び乗る。

音もなく、警戒もさせず。
数秒の間に、二人は敵のど真ん中へと侵入を果たした。

トラックの内部は薄暗く、電子遮断フィールドが張られていた。
だが、劉はそれを瞬時に解析し、ブレーカーボードにアクセス。三秒で防壁を無力化すると、内部構造をターリャに共有した。

「この先に指令区画がある。通信と電力、そして人員指令の中枢だ。そこを落とせば、オイザクラ全体が混乱する」

「やるしかないね」

ターリャは深く息を吐き、拳を強く握った。

(私は、劉の“武器”じゃない。仲間だ)

その言葉を胸に、彼女は一歩を踏み出す。

内部に突入してからの行動は一瞬だった。
劉の制圧術は“殺さずに封じる”ことを前提に構築されていた。ナノブレードスピアで神経の隙間を正確に突き、敵兵を無音で昏倒させていく。

ターリャもまた、白マフラーを舞わせながら軽快に動いた。
蹴り技とスタンショックを織り交ぜた近接格闘術――軽やかな動きの中に、確実な破壊力があった。

だが、侵入から5分後――警報が鳴り響いた。

「時間切れだ。バレたな」

「なら、全力でいこう!」

ターリャは突入しながら叫んだ。

「劉、あんたがいるだけで、こっちは怖くないよ!」

劉はその言葉に振り向かず、「……余計な声は出すな」と言いながらも、足取りにわずかな力強さが加わった。

彼にとって、「信頼」は道具ではなかった。
今――初めて、それが“力”に変わっていた。

オイザクラの心臓部を破壊すべく、二人の“刃”が静かに、鋭く迫る。

それが、戦いの始まりだった。
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