召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第六章 進化する豪邸

おんせんはだれのもの

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「うへぇ……帰りの旅が始まる」

 ついつい愚痴ってしまう。行きの辛い道のりが思い出されたからだ。

「それじゃさ、帰りは町の方へいってみない?」
「なかなか良い考えかもしれないぞ。町は遠いが、屋敷に比べれば道のりはマシに見える」

 ミズキの提案に、サムソンが同調する。
 たしかに見た感じ、少しだけ急斜面が続くが、あとの道はなだらかに見える。

「じゃ、そうしよう」

 この温泉に来るときとは違う道、町の方へと向かうことにした。
 最初こそは急斜面だったが、それもすぐに終わり、1時間程度で木々もまばらな穏やかな山の斜面となった。

「そっかぁ。ここに出るんだ」

 ミズキが楽しそうな声をあげる。
 森を抜けると遠くにギリアの町がうっすらと見えた。正確には城壁だ。
 木々はとてもまばらで、あと少し進むと確か街道があったはずだ。

「ちょっとだけ待ってくれないか」

 オレは皆を止めた。

「リーダ、何かあったのか?」
「いや、馬車を出す」
「馬車って、影収納の魔法でもってきてたんスか?」

 プレインの問いに笑って肯定し、影の中から馬車を出した。

「さすがです。リーダ様。すぐに支度するでち」

 チッキーがすぐに馬に馬車を引かせる支度をする。
 ミズキも手伝い、すぐに作業は終わった。

「マジか……」
「私も影収納の魔法を練習しようと思います」

 そこから先は気楽なものだ。ロバにはノアとミズキが乗り、残りは馬車に乗り込む。

「このまま迂回して屋敷にもどると夜遅くなりそうっスから、町で一泊しないっスか?」
「賛成! 町で一杯しよう」
「もう……それだったら、西門に行った方がいいと思います。宿が近いです」

 そんなわけで町へと向かう。
 夕方近くになって西門に到着した。
 いつもお世話になる宿で部屋をとり、ゆっくりする予定だ。
 ところがそんなに予定通りには行かなかった。
 西門をちょうどくぐった時のことだった。
 オレ達の横を馬が駆け抜け、グルリとUターンするように立ち塞がった。
 御者台にひょっこり顔を出したオレと、馬上にいる兵士の目があった。

「リーダ殿……ですな」
「えぇ。そうですが……何か?」
「ヘイネル様!」

 オレが肯定すると、頷いた兵士は大きな声でヘイネルさんを呼んだ。
 兵士の視線の先を見やると、馬に乗ったヘイネルさんが向かってきていた。後ろには幾人かの兵士が見える。

「無事なようだな。朝早くに至急の要件でトーク鳥を飛ばしたのだが、返答がないので様子を見に行くところだったのだ。いや、偶然にしろ助かった」

 心配してくれていたのか。申し訳ないことをした。

「いえ、ご心配をおかけしました」
「ふむ。それにしても感心なことだ。先日、あれだけの出来事を引き起こしたのだ。領主への報告をするというのは当然としても、主と配下全員が自主的に出頭しようとはな」

 やばかった。無駄口叩いて「一杯やりに来ました」なんて言わなくてよかった。
 そうか……領主への報告か。
 丸投げだったが、一応は任されたわけだから、報告は必要だったか。
 危ない危ない。

「えぇ。もちろんですとも、トーク鳥とは行き違いになっていたようです。まずは、一報を入れてから伺うべきでした」

 焦りつつも適当に話を合わせることにする。

「ふむ。その考えは殊勝なことだが、君一人でかまわん。今すぐに城へと来てもらいたい」

 一人は心細いなと振り返る。そこには満面の笑みをしたサムソンがいた。

「リーダ。我々の事は気にするな。ノアサリーナお嬢様は俺達にまかせておけ」
「えぇ。私達の代表としてしっかりと務めを果たしてきてください」

 誰もついてきてくれないらしい。
 畏まった態度のサムソンとミズキの言葉に後を押されるように、一人で出頭することになった。
 ロバに乗って、ヘイネルさんの後ろを兵士達に囲まれついていく。
 城へと到着すると、以前に城へと来たときと同じように待たされた。
 ただし今回はヘイネルさんが迎えにきて、案内された先には領主が一人だけ待っていた。

「ラングゲレイグ様、連れて参りました」
「ご苦労」

 ヘイネルさんの言葉に、領主は一言で返しオレをみた。
 やばい。挨拶の言葉を忘れていた。
 ロンロについてきてもらえばよかった。

「挨拶はよい。さてリーダよ、早速本題に入る。テストゥネル相談役は、なにゆえこの地へと参ったのだ?」

 挨拶は省略していいと言われて助かったが、この質問は困る。
 テストゥネル様の子供を召喚してしまいました……なんて言っていいのだろうか。
 あれ? そういえばテストゥネル様は、オレ達が元の世界に帰りたくなったときのために、領主に言い含めておくと言っていたはずだ。
 まずは探りを入れてみるか……。

「テストゥネル様から、お言葉は何も無かったでしょうか?」
「そうだな。戯れにギリアへと来たことと、其方らがロウス法国に行くことを希望したときは便宜を図るように……それと、騒がせた事について若干の謝罪だな」

 良かった。約束通り連絡してくれていたようだ。
 適当とは言え、騒ぎについてのフォローもしてもらえている。
 これに乗っかろう。

「それが全てです。私もテストゥネル様には逆らえません。ところで何故、テストゥネル様を相談役と呼ばれているのですか?」
「ん? そうだな……ロウス法国は、法律が最も上位にある。あの国においては王ですら法律には逆らえない。だが、法律は世の流れに合わせて変えねばならぬ」
「確かにそうでしょう」

 よかった。話をはぐらかせることに成功したようだ。

「そこで、かの国においては、王と貴族の代表達、地主や商人により、合議のうえ法律の変更がなされる」
「議会制ですね」
「……ギカイセイ? 議会か。なるほど、そうだな。だが法を無力化する法も作ることができる……らしい。そこでロウスの初代王は龍神テストゥネルと、ある約束をした」
「約束ですか?」
「龍神としてではなく、長命の知恵者として国を手助けするという約束だ。そのために相談役という立場が用意された。ロウス法国では、テストゥネル相談役に、相談と承認を得なくては法律も変えられず、他国との契約も結べないそうだ」

 なるほど。
 よその国の法律なんて知ったことでは無いが、話をうまくはぐらかせたことに満足し頷き話を続ける。

「それで龍神ではなく相談役と呼ばれているのですね」
「そうだ。ヨラン王国は、かの国とも親交がある。故に、呼び名も相手に合わせている」
「勉強になりました。さすがは領主様です」
「世辞は良い……ん? ところで其方、何か臭うな?」

 領主が訝しげにオレをみる。この距離で臭いがよく分かるな。
 匂い……温泉の匂いか。

「これは……その温泉の匂いです。まだ、少し服に残っていたようです」
「温泉? いつの話だ?」

 どうしよう。午前中です……って言ったら不味いよなぁ。
 せっかく自ら出頭したという建前が通じているわけだし。
 正直に話を進めておいたほうが良かったかもしれない。

「テストゥネル様が、立ち去った後のことです。いろいろありまして、温泉があるらしいと……それで見に行ったのです」

 結局、ごまかした。嘘は言っていない。

「そうか。して、その温泉は使えそうなのか?」
「危険ではないようです。ただし、温度が低く、つかるには適当でないかと」
「それだけでは分からぬな。ヘイネル、発見された温泉の価値判断を行え。仔細は其方にまかせる」
「……ラングゲレイグ様?」
「呪い子がまつわることだ。他の者に任せるわけにはいかぬだろう」
「それはそうですが……」
「王都への連絡や、権利関係の手配までを行えとは言っておらぬ。価値判断に関しては其方の言葉を聞こう」

 話は終わりといわんばかりに手をパタパタと振り、退出を促される。
 一応、テストゥネル様が来襲した件については、うやむやの内に終わったので良しとしよう。
 それにしても、どこか似たようなことあったなと気に掛かる。
 なんというか丸投げだ。
 ここに来る途中で、ヘイネルさんの顔色悪いなと思っていたが、こんな感じでいろいろ丸投げされているからではないかと感じた。
 どうやらヘイネルさんが出口まで送ってくれるらしい。

「今日は、この町に止まるのかね?」

 前を歩くヘイネルさんはこちらを向くことなく話しかけてきた。

「その予定です。宿も取ってあります」
「ふむ。では、明日迎えにいく。案内するように」
「それは大丈夫ですが……価値判断というのはどのような事をするのでしょうか?」
「そうだな……成分や、効果、広さ、領地に富をもたらすかどうかの判断であるな」
「え、温泉って見つけた者が自由にしていいものではないのですか?」

 オレの言葉を聞いて、ヘイネルさんはこちらを振り向いた。その顔は驚きに満ちている。

「そのようなわけがなかろう。ヨラン国にある全ては王のもの。領民は、王の慈悲によりその一部を頂いているに過ぎぬ。よって温泉も、王のものである」

 なんてことだ。
 このままでは快適温泉ライフが泡と消えてしまう。
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