召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第六章 進化する豪邸

ギリアのことば

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 城へと到着し、いつものように待合室で待つことになると思っていたが、そんなことはなかった。
 馬車から降りてヘイネルさんに案内された先に、領主様が一人待っていた。
 案内された場所は、いつもの部屋だ。見晴らしのいい部屋の奥に領主の机、入り口近くにテーブルが置いてある。
 今回は、先手必勝だ。
 うろたえることなく挨拶し、余裕があることを見せつける。
 挨拶が終わり、無表情の領主が立ち上がり言葉を発した。

「ギリアの絵を見つけたらしいな」
「はい」
「では、まず真贋を確認する。そこへ置け」

 領主に命じられるまま、テーブルの上へ丁重に絵を置く。うやうやしく。今朝のような失敗は繰り返さないのだ。

「こちらにございます」

 領主は頷くと、自分の机に置いてあった小さな本を手に取り、絵の前に立った。

「これがギリアの絵か……、ところで其方は何処まで知っている?」
「何処までとは? 領主様がギリアの絵を探しているという所までですが……」
「そうか」

 それだけ言うと、手に持った本を開いた。開いたページには何かの魔法陣が描いてある。
 続けて指を噛んだ。ガリっという音がして、指から血が零れるように出る、その血は掌をつたい、本へとしたたり落ちた。
 うわぁ……痛そうだ。

「魔法で鑑定されるのですか?」
「そうだ。この絵を描いた画家、ギリアは私の祖先だ。看破の結果などいくらでも偽装できる。だが、血のつながりは偽装できない。故に、自身の血を触媒に、ギリアの赤に込められた祖先の血を呼び出すのだ」

 血液鑑定ってことかな。
 ……ん?
 ギリアの赤に込められた祖先の血?

「画家ギリアは、赤の色に自らの血を込めたといわれている」
「いわれているのではない。事実だ」

 少しだけ頭に浮かんだ嫌な考えを、ヘイネルさんが言語化して、領主が事実だといった。
 つまりは、この絵に使われている赤には血が混じっている。
 血染めの絵ってことだ。いやだよ。そんなスプラッタな絵。
 少しだけ時間を置いて領主が詠唱を始めた。短い詠唱の言葉が終わり、本にしたたり落ちていた血は蒸発するように消えた。
 代わりにテーブルに置いたギリアの絵に、文字が浮かび上がる。

「たしかにギリアの署名がある。本物だ」

 領主は、文字の一部を指さし断言した。

「署名……署名というより、伝言ですね。心優しい反逆者ウルクフラへ捧ぐ……不機嫌な隣人ギリ・ア、これはウルクフラという人に捧げた絵ということでしょうか?」

 ちょっとした好奇心から質問してみる。
 領主は、先ほどまでの無表情からうってかわって驚きの表情になった。

「其方……この文字が読めるのか?」

 やばい。これは一般人に読めない文字だったのか。
 どんな文字でも読めるから、深く考えずに読んでしまった。

「え……えぇ、たまたまです……たまたま。あっはは」
「なるほど」

 しょうが無いので笑ってごまかしたが、領主は何かに納得するように頷いた。
 オレの返答は、どうでもいいように領主は掲げるように絵を持ち上げた。
 ん?
 領主が絵を持ち上げたことで、対面にいるオレからは絵の裏がみえる。
 そこにも文字が書いてあった。

『ティンクスペインホルは手抜き工事ばかり、困ったこと』

 愚痴か……。今度は口には出さず黙読する。
 プレゼントする絵に、仕事の愚痴を書く。
 他人が書いたプログラムのコメント部分に、そんなのを見かけた覚えがあるな。どこの世界にも、そんなおちゃめさんがいるらしい。

「絵は本物だと理解いただけたでしょうか?」
「あぁ。ギリアの絵は本物だった。で、其方は代わりに何を望む?」

 来た。最初の一手だ。

「私どもが発見した温泉の運営権。その運営にかかる諸々の経費、金貨2000枚……、そして後ろ盾に領主様がなっていただくこと。以上でございます」

 思い切りふっかけた要求。プレインと交渉について検討をしていたときに、ふと思い出したテクニックだ。確か……ドア・イン・ザ・フェイステクニック。
 なんでも、セールスマンが、相手が扉を開けた瞬間にいきなり顔を突っ込み、拒否させることで主導権を得るテクニックだとか。
 つまりは最初に法外な要求を拒否させ、その拒否したという後ろめたさにつけ込み本命の要求を通す手法だ。
 初めてこの話を聞いたときに、反射的に扉を閉められたら顔が挟まれて地獄絵図だな……と思ったものだ。
 ところがこの手法、心理学的にも有効らしい。

「法外だな」

 首を振り、否定する。
 この反応は想定内だ。これから少しずつ要求を下げ、有利な条件を得る予定だ。

「そうですか。残念です……それでは……」
「待て。其方達は、あの温泉に、なぜ固執する?」

 オレが交渉を進めようとした途端、遮られる。
 温泉に固執? そりゃ、あの温泉を好きなときに貸し切り状態で入りたいからだ。

「そういえば、リーダ殿が持参した運営計画に、月10日は客を入れないという不思議な文言が入っていましたな」

 商売第一にした結果、オレ達の温泉ライフが阻害されることがないようにしたい。それが理由なわけだが。
 なんか領主にヘイネルさん、二人の深刻そうな顔をみると言いづらいな。

「温泉に入りたいですので……」

 とはいうものの、特に良い言い訳がないので正直に伝える。

「わけがわからぬな。言い訳にしても酷い。どちらにしろ、その条件は飲むことはできぬ」
「それは、この絵にその価値がないということでしょうか?」

 ギリアの絵が持つ価値については、相当なものだと、今この場にきて実感している。
 それでも足りないなら、どこまでオレの条件をのんでくれるのだろうか。
 温泉の利用権、お金。その一方であれば、温泉の利用権を選択するつもりだ。
 ところが領主が続けて言った理由は違うことだった。

「そなたが温泉を運営するわけではない……そのはずだ」
「左様でございます。持参しました計画書にあるようバルカンという者に任せます」
「ギリアの絵は、我が一族にとっては悲願とも言える代物。だが、ギリア領主ラングゲレイグとしては、そこまでの価値がない」
「同じでは?」
「違うな。其方は、私がかりそめの領主であると知っているはずだ」

 かりそめ……代官だということか。
 そこまで自由に権力を使えないということかな。

「それは……確かに聞き及んでおります」
「其方の条件……それを叶えるには建前が必要だということだ。例えば、ギリアの絵を其方がヨラン王国に献上した見返りに、温泉の経営を要求したとしよう」
「はい」
「その場合、加えて要求する金銭は過大な要求に受け取られかねない。あの絵は、我が一族にとっては重要であるが、王国にとっては歴史ある絵にすぎない」

 案外、マイナーな絵なのか。確かにカガミの情報でも、領主が正当な領主になる課題の一つとして大事な品という話だったな。

「逆もまた然りだ。故に建前が必要になる」

 よくわからないが、そうなのだろう。もっとも、この辺りはプレインとの検討でも問題点として上がっている。温泉とお金、どちらか一方だけと言われた場合の対応だ。

「では、温泉の経営は我々にお任せ頂くとして、お金は融資というのはどうでしょう」
「融資? どういう理由でだ?」
「そうですね。私が仕事を任せるバルカンという男は、はぐれ飛竜により被害を受けました。テストゥネル様が原因の一部にあるとしても、城の防衛がしっかりしていれば被害はなかっはずだと聞いております」
「かもしれぬな、で?」
「その損害に対して、領主様が心を痛めて、その、再起のための手助けをするという理由で……どうでしょうか?」
「なるほどな。確かに、建前の一つとしては使える」
「それはようございました」
「だが、まだ甘い。其方の望みを叶え、絵を手に入れたいところではあるが、より精緻で理屈の通った建前が必要だな」

 良かった。建前さえ整えば、金銭や温泉の権利は大丈夫ってことだ。やはりギリアの絵には相当な価値があるわけだ。
 それなら、あとは建前をどうするかについて、考えることを丸投げすればオレは楽できる。
 オレはギリアの絵をことさらにチラチラとみつつ、領主に話しかける。

「それは……そうかもしれません。ただ……その建前を考えることも、領主様にお願いしたいのです。その価値がギリアの絵にあると信じています」

 イッヒッヒ。前回、丸投げされたお返しだ。ギリアの絵を盾に、面倒ごとを領主に押しつけるのだ。

「……そうだな。ヘイネル、其方に……」

 領主がヘイネルさんに丸投げしようとする。
 これは阻止せねばならない。

「いえ、領主様にやっていただきたいのです」
「リーダ殿?」
「領主様が、全てを行うことが大事なのです」

 もっともらしいことを言って、丸投げを阻止するのだ。
 ここでヘイネルさんに丸投げされてしまうと、オレのささやかな復讐が成就しない。
 オレの言葉に、ヘイネルさんは目を見開きオレをみた。
 一方、領主は、オレを見下ろすように凝視している。
 迫力ある視線に、すこし調子に乗りすぎたと後悔した。

「フッ。何を考えているのか知らぬが、其方の口車にのってやろう」

 意外とあっさりと了承してくれた。

「ありがとうございます」

 建前もひっくるめて領主がなんとかするらしい。

「仔細をまとめるための時間は必要になる。数日後、改めて使いを出す。それまでギリアの絵は其方がもっておけ」

 それだけ言うと、領主はジェスチャーで退室を促した。
 続けてならされたベルの音に反応するように、メイドが入ってくる。
 オレはメイドに促されるまま、お城から出た。一応は、交渉成功だ。
 近いうちに温泉がオレ達の自由になるのだ。
 今にして思えば、長い戦いだった。
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