召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第十三章 肉が離れて実が来る

閑話 自己嫌悪

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 世界樹の頂上近く、見晴らしのいい高台にハイエルフの長老フリユワーヒは立っていた。
 無表情に遠い空を見ていた彼の元へ、リスティネルが降り立つ。

「ずいぶん遅かったの。無事に行ったか?」
「順調に東へ進んでいった。もっとも、いきなり巨獣にちょっかいをかけて追いかけられ回されとったわ。全く騒がしいやつらやの」

 縦ロールの女性の言葉に、老人は楽しそうに笑った。

「それにしても賑やかだった彼らがいなくなると、少し寂しく感じるものじゃ。今日の夜は、カスピタータも呼ぼうかの」
「ホホホ、そうであるな。それにしても、結局全員を助けおった。本当の意味でな。カスピタータが死ねば、シューヌピアは自らを責めただろう。双子が死ねばカスピタータは自らの行いを責め、双子の片割れが死ねば、残された者は正気を保てなかったであろう」
「ふむ……そうじゃな」
「そして、皆が助かったことで、其方も命拾いしたではないか、フリルワーヒよ」
「さて、何のことやら?」

 問いかけられた長老は、遠く空を見てボソリと答える。

「彼らが動かねば、最後は其方が汚れ役として双子を始末したであろう?」
「そうかもしれんな。次代を生きるもの達がやるべきようなことではないことじゃ。もっとも、その時には失敗していただろうが……」
「あれか」
「双子が呼び出したとされるミノタウロス。やつらの装備はとんでもないものであった」

 長老は手元から一枚の金属片を取り出し、リスティネルへと渡す。それを光に日の光に掲げ、リスティネルは顔をしかめた。

「ミスリル綱ではないか。これを魔物ごときにくれてやるとは。なかなか贅沢な者よ」
「カスピタータの話では、ミノタウルスは全員、そして飛竜にさえ同じような装備をさせておったそうだ」
「この里にこれほどの装備をしたミノタウロスにかなう者など、そうそうおるまい。カスピタータ、アロンフェル、そしてトゥンヘル……それくらいかの」
「そうじゃな。だが、それもミノタウルスの存在をあらかじめ知っておった場合の話だ。知らねば……不意打ちであれば、多くの犠牲者が出ただろう。その上……」

 長老は何かを思い出すかのように、顎髭を何度も何度も撫でる。その様子を急かすことなくリスティネルはずっと見守っていた。
 随分と長い間、そんな状況がつづいたが、しびれを切らしたリスティネルが言葉を発す。

「あの双子は、飛行島のことも、飛行島の動かす術も、我ら以上の何かを知っておった。それが、フリユワーヒ、其方の懸念の元であろう?」
「フイナレスの双子があの方と呼ぶ存在。何処で知り合い、何処でどれほどの知識を得たのか……全くわからん、加えて魔物の持っていた装備。しばらくは地上に誰も送れぬだろう」
「飛行島の整備でもして、また数百年は静かな時を過ごすのもハイエルフらしくていいものよ」
「その間に、魔人が目覚め……世界樹は倒れるやもしれぬ」
「ホホホ。世界樹をむざむざやられる気は私には無い。フリユワーヒ、其方もであろう? なにせ、安寧を夢見たノアサリーナを言いくるめて追い出したのだからの」

 リスティネルに、言葉を投げかけられた長老フリユワーヒは、ドスンと音を立てて床に座った。
 そして深くため息をついた後、リスティネルに目を合わせないまま独り言のように語り出した。

「ノアサリーナは危険だ。あの歳で、すでに呪い子が持つ本当の呪いを振りまく直前まできておった。もしかしたら、近い将来、誰にも抑えられぬほどの存在になりかねない。世界樹にさえ害を為すようになれば、我々はあの娘に憎しみをもち、その上でこの地から排除せねばならぬ」
「否定はせぬよ。だが、それだけではあるまい?」
「全てお見通しというわけかのぉ。さすがは守り主様じゃ」
「ホホホホ。どうであろうな。だが、こじつけるように話をもっていき、なかば強引に星落としをノアサリーナに教えたのは、今の説明ではわからぬよ」
「星落としは最強の破壊力を持つ魔法であると同時に、魔法の究極へと誘う始まりの魔法と言われている。その意味をワシが理解することはついぞできなかった。ノアサリーナを通じ、彼らが星落としを知れば、あるいは……そう思ってじゃ」
「ふむ。そうか。ホホホホ。ノアサリーナを助けたいと思ったのか。呪い子の運命から」
「いや……ワシは、いつだって世界樹の事を考えて動いているだけじゃよ」
「では、そういうことにしておこうか。さて、そろそろ飯も出来上がっているだろう。先ほど、シューヌピアにトゥンヘルとカスピタータを呼ぶように伝えておいた。そろそろ戻ることにしよう」
「ふむ。すでに声をかけておったか」

 のっそりと長老は杖を手に取り立ち上がる。その姿を面白そうに見ていたリスティネルは、やや早足でその場を後にする。

「まったく。自己嫌悪になる必要もない。千を超える年月に亘り地上を旅したハイエルフよ。其方は十分にやっておるよ。ノアサリーナも感謝しこそすれ、嫌悪などせぬだろう」

 しばらく進んだ後、そんな言葉を残し、リスティネルは消えた。

「やはり……全て、お見通しではないか」

 ハイエルフの長老フリユワーヒは、忌ま忌ましくそう呟き、空を見上げた。
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