245 / 830
第十三章 肉が離れて実が来る
閑話 自己嫌悪
しおりを挟む
世界樹の頂上近く、見晴らしのいい高台にハイエルフの長老フリユワーヒは立っていた。
無表情に遠い空を見ていた彼の元へ、リスティネルが降り立つ。
「ずいぶん遅かったの。無事に行ったか?」
「順調に東へ進んでいった。もっとも、いきなり巨獣にちょっかいをかけて追いかけられ回されとったわ。全く騒がしいやつらやの」
縦ロールの女性の言葉に、老人は楽しそうに笑った。
「それにしても賑やかだった彼らがいなくなると、少し寂しく感じるものじゃ。今日の夜は、カスピタータも呼ぼうかの」
「ホホホ、そうであるな。それにしても、結局全員を助けおった。本当の意味でな。カスピタータが死ねば、シューヌピアは自らを責めただろう。双子が死ねばカスピタータは自らの行いを責め、双子の片割れが死ねば、残された者は正気を保てなかったであろう」
「ふむ……そうじゃな」
「そして、皆が助かったことで、其方も命拾いしたではないか、フリルワーヒよ」
「さて、何のことやら?」
問いかけられた長老は、遠く空を見てボソリと答える。
「彼らが動かねば、最後は其方が汚れ役として双子を始末したであろう?」
「そうかもしれんな。次代を生きるもの達がやるべきようなことではないことじゃ。もっとも、その時には失敗していただろうが……」
「あれか」
「双子が呼び出したとされるミノタウロス。やつらの装備はとんでもないものであった」
長老は手元から一枚の金属片を取り出し、リスティネルへと渡す。それを光に日の光に掲げ、リスティネルは顔をしかめた。
「ミスリル綱ではないか。これを魔物ごときにくれてやるとは。なかなか贅沢な者よ」
「カスピタータの話では、ミノタウルスは全員、そして飛竜にさえ同じような装備をさせておったそうだ」
「この里にこれほどの装備をしたミノタウロスにかなう者など、そうそうおるまい。カスピタータ、アロンフェル、そしてトゥンヘル……それくらいかの」
「そうじゃな。だが、それもミノタウルスの存在をあらかじめ知っておった場合の話だ。知らねば……不意打ちであれば、多くの犠牲者が出ただろう。その上……」
長老は何かを思い出すかのように、顎髭を何度も何度も撫でる。その様子を急かすことなくリスティネルはずっと見守っていた。
随分と長い間、そんな状況がつづいたが、しびれを切らしたリスティネルが言葉を発す。
「あの双子は、飛行島のことも、飛行島の動かす術も、我ら以上の何かを知っておった。それが、フリユワーヒ、其方の懸念の元であろう?」
「フイナレスの双子があの方と呼ぶ存在。何処で知り合い、何処でどれほどの知識を得たのか……全くわからん、加えて魔物の持っていた装備。しばらくは地上に誰も送れぬだろう」
「飛行島の整備でもして、また数百年は静かな時を過ごすのもハイエルフらしくていいものよ」
「その間に、魔人が目覚め……世界樹は倒れるやもしれぬ」
「ホホホ。世界樹をむざむざやられる気は私には無い。フリユワーヒ、其方もであろう? なにせ、安寧を夢見たノアサリーナを言いくるめて追い出したのだからの」
リスティネルに、言葉を投げかけられた長老フリユワーヒは、ドスンと音を立てて床に座った。
そして深くため息をついた後、リスティネルに目を合わせないまま独り言のように語り出した。
「ノアサリーナは危険だ。あの歳で、すでに呪い子が持つ本当の呪いを振りまく直前まできておった。もしかしたら、近い将来、誰にも抑えられぬほどの存在になりかねない。世界樹にさえ害を為すようになれば、我々はあの娘に憎しみをもち、その上でこの地から排除せねばならぬ」
「否定はせぬよ。だが、それだけではあるまい?」
「全てお見通しというわけかのぉ。さすがは守り主様じゃ」
「ホホホホ。どうであろうな。だが、こじつけるように話をもっていき、なかば強引に星落としをノアサリーナに教えたのは、今の説明ではわからぬよ」
「星落としは最強の破壊力を持つ魔法であると同時に、魔法の究極へと誘う始まりの魔法と言われている。その意味をワシが理解することはついぞできなかった。ノアサリーナを通じ、彼らが星落としを知れば、あるいは……そう思ってじゃ」
「ふむ。そうか。ホホホホ。ノアサリーナを助けたいと思ったのか。呪い子の運命から」
「いや……ワシは、いつだって世界樹の事を考えて動いているだけじゃよ」
「では、そういうことにしておこうか。さて、そろそろ飯も出来上がっているだろう。先ほど、シューヌピアにトゥンヘルとカスピタータを呼ぶように伝えておいた。そろそろ戻ることにしよう」
「ふむ。すでに声をかけておったか」
のっそりと長老は杖を手に取り立ち上がる。その姿を面白そうに見ていたリスティネルは、やや早足でその場を後にする。
「まったく。自己嫌悪になる必要もない。千を超える年月に亘り地上を旅したハイエルフよ。其方は十分にやっておるよ。ノアサリーナも感謝しこそすれ、嫌悪などせぬだろう」
しばらく進んだ後、そんな言葉を残し、リスティネルは消えた。
「やはり……全て、お見通しではないか」
ハイエルフの長老フリユワーヒは、忌ま忌ましくそう呟き、空を見上げた。
無表情に遠い空を見ていた彼の元へ、リスティネルが降り立つ。
「ずいぶん遅かったの。無事に行ったか?」
「順調に東へ進んでいった。もっとも、いきなり巨獣にちょっかいをかけて追いかけられ回されとったわ。全く騒がしいやつらやの」
縦ロールの女性の言葉に、老人は楽しそうに笑った。
「それにしても賑やかだった彼らがいなくなると、少し寂しく感じるものじゃ。今日の夜は、カスピタータも呼ぼうかの」
「ホホホ、そうであるな。それにしても、結局全員を助けおった。本当の意味でな。カスピタータが死ねば、シューヌピアは自らを責めただろう。双子が死ねばカスピタータは自らの行いを責め、双子の片割れが死ねば、残された者は正気を保てなかったであろう」
「ふむ……そうじゃな」
「そして、皆が助かったことで、其方も命拾いしたではないか、フリルワーヒよ」
「さて、何のことやら?」
問いかけられた長老は、遠く空を見てボソリと答える。
「彼らが動かねば、最後は其方が汚れ役として双子を始末したであろう?」
「そうかもしれんな。次代を生きるもの達がやるべきようなことではないことじゃ。もっとも、その時には失敗していただろうが……」
「あれか」
「双子が呼び出したとされるミノタウロス。やつらの装備はとんでもないものであった」
長老は手元から一枚の金属片を取り出し、リスティネルへと渡す。それを光に日の光に掲げ、リスティネルは顔をしかめた。
「ミスリル綱ではないか。これを魔物ごときにくれてやるとは。なかなか贅沢な者よ」
「カスピタータの話では、ミノタウルスは全員、そして飛竜にさえ同じような装備をさせておったそうだ」
「この里にこれほどの装備をしたミノタウロスにかなう者など、そうそうおるまい。カスピタータ、アロンフェル、そしてトゥンヘル……それくらいかの」
「そうじゃな。だが、それもミノタウルスの存在をあらかじめ知っておった場合の話だ。知らねば……不意打ちであれば、多くの犠牲者が出ただろう。その上……」
長老は何かを思い出すかのように、顎髭を何度も何度も撫でる。その様子を急かすことなくリスティネルはずっと見守っていた。
随分と長い間、そんな状況がつづいたが、しびれを切らしたリスティネルが言葉を発す。
「あの双子は、飛行島のことも、飛行島の動かす術も、我ら以上の何かを知っておった。それが、フリユワーヒ、其方の懸念の元であろう?」
「フイナレスの双子があの方と呼ぶ存在。何処で知り合い、何処でどれほどの知識を得たのか……全くわからん、加えて魔物の持っていた装備。しばらくは地上に誰も送れぬだろう」
「飛行島の整備でもして、また数百年は静かな時を過ごすのもハイエルフらしくていいものよ」
「その間に、魔人が目覚め……世界樹は倒れるやもしれぬ」
「ホホホ。世界樹をむざむざやられる気は私には無い。フリユワーヒ、其方もであろう? なにせ、安寧を夢見たノアサリーナを言いくるめて追い出したのだからの」
リスティネルに、言葉を投げかけられた長老フリユワーヒは、ドスンと音を立てて床に座った。
そして深くため息をついた後、リスティネルに目を合わせないまま独り言のように語り出した。
「ノアサリーナは危険だ。あの歳で、すでに呪い子が持つ本当の呪いを振りまく直前まできておった。もしかしたら、近い将来、誰にも抑えられぬほどの存在になりかねない。世界樹にさえ害を為すようになれば、我々はあの娘に憎しみをもち、その上でこの地から排除せねばならぬ」
「否定はせぬよ。だが、それだけではあるまい?」
「全てお見通しというわけかのぉ。さすがは守り主様じゃ」
「ホホホホ。どうであろうな。だが、こじつけるように話をもっていき、なかば強引に星落としをノアサリーナに教えたのは、今の説明ではわからぬよ」
「星落としは最強の破壊力を持つ魔法であると同時に、魔法の究極へと誘う始まりの魔法と言われている。その意味をワシが理解することはついぞできなかった。ノアサリーナを通じ、彼らが星落としを知れば、あるいは……そう思ってじゃ」
「ふむ。そうか。ホホホホ。ノアサリーナを助けたいと思ったのか。呪い子の運命から」
「いや……ワシは、いつだって世界樹の事を考えて動いているだけじゃよ」
「では、そういうことにしておこうか。さて、そろそろ飯も出来上がっているだろう。先ほど、シューヌピアにトゥンヘルとカスピタータを呼ぶように伝えておいた。そろそろ戻ることにしよう」
「ふむ。すでに声をかけておったか」
のっそりと長老は杖を手に取り立ち上がる。その姿を面白そうに見ていたリスティネルは、やや早足でその場を後にする。
「まったく。自己嫌悪になる必要もない。千を超える年月に亘り地上を旅したハイエルフよ。其方は十分にやっておるよ。ノアサリーナも感謝しこそすれ、嫌悪などせぬだろう」
しばらく進んだ後、そんな言葉を残し、リスティネルは消えた。
「やはり……全て、お見通しではないか」
ハイエルフの長老フリユワーヒは、忌ま忌ましくそう呟き、空を見上げた。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄? めんどくさいのでちょうどよかった ――聖女もやめて、温泉でごくらくしてます
ふわふわ
恋愛
婚約破棄を告げられた聖女リヴォルタ・レーレ。
理由は、「彼女より優秀な“真の聖女”が見つかったから」。
……正直、めんどくさい。
政略、責任、義務、期待。
それらすべてから解放された彼女は、
聖女を辞めて、ただ温泉地でのんびり暮らすことを選ぶ。
毎日、湯に浸かって、ご飯を食べて、散歩して。
何もしない、何も背負わない、静かな日常。
ところが――
彼女が去った王都では、なぜか事故や災害が相次ぎ、
一方で、彼女の滞在する温泉地とその周辺だけが
異様なほど平和になっていく。
祈らない。
詠唱しない。
癒やさない。
それでも世界が守られてしまうのは、なぜなのか。
「何もしない」ことを選んだ元聖女と、
彼女に“何もさせない”ことを選び始めた世界。
これは、
誰かを働かせなくても平和が成り立ってしまった、
いちばん静かで、いちばん皮肉な“ざまぁ”の物語。
【完結】身代わり皇妃は処刑を逃れたい
マロン株式
恋愛
「おまえは前提条件が悪すぎる。皇妃になる前に、離縁してくれ。」
新婚初夜に皇太子に告げられた言葉。
1度目の人生で聖女を害した罪により皇妃となった妹が処刑された。
2度目の人生は妹の代わりに私が皇妃候補として王宮へ行く事になった。
そんな中での離縁の申し出に喜ぶテリアだったがー…
別サイトにて、コミックアラカルト漫画原作大賞最終候補28作品ノミネート
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
異世界で貧乏神を守護神に選ぶのは間違っているのだろうか?
石のやっさん
ファンタジー
異世界への転移、僕にはもう祝福を受けた女神様が居ます!
主人公の黒木翼はクラスでは浮いた存在だった。
黒木はある理由から人との関りを最小限に押さえ生活していた。
そんなある日の事、クラス全員が異世界召喚に巻き込まれる。
全員が女神からジョブやチートを貰うなか、黒木はあえて断り、何も貰わずに異世界に行く事にした。
その理由は、彼にはもう『貧乏神』の守護神が居たからだ。
この物語は、貧乏神に恋する少年と少年を愛する貧乏神が異世界で暮す物語。
貧乏神の解釈が独自解釈ですので、その辺りはお許し下さい。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
【完結】おじいちゃんは元勇者
三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話…
親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。
エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる