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第十五章 おとぎ話にふれて
ゲオルニクス
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「ここにあるのは、魔道具の作り方とか魔法の本がほとんどだ」
「そっか。ノイタイエルの作り方もあったのか?」
サムソンの様子をみて、当初の目的を忘れているのではないかと不安だった。
もともと、魔導具の作り方が載っている本を探しに来たのだ。そう、飛行島のエンジンになる魔導具。魔導具ノイタイエルの作り方が乗っている本を。
「もちろん。見つけたのはノイタイエルの作り方だ」
「よかった」
「ここにも、引き出しがあるっスよ」
プレインが土砂に埋もれた小さな棚を指さす。
「机の引き出しは、私が」
ウートカルデが素早い動きで、棚まで近づくとなれた様子で調べだした。
本は、オレの影の中にぶち込んでいく。
収穫の詳細は、迷宮をでてからで良いだろう。
アンクホルタ達が目的としている物が、どこかにないか、半壊した部屋を隅々まで調べる。
『ガラガラガラ』
背後で、大量の石が落ちてきた音がした。
「もしや、地竜?」
ハロルドが声を上げる。
巨大な茶色い何かがゆっくり闇から姿を現す。
地竜よりさらに大きい。
その尖った頭がグルリと動いてオレ達を捕らえた。目は赤く光り、まるで車のライトのように、オレ達全員を照らし出す。
壁に穴を開けて姿を現した、それはネズミ……いや巨大なモグラだった。
巨大で水かきのような形状をした足が特徴的なモグラ。
いや、ちがう。生物でない。モグラの形をした……なのだろうこれ。
「ゴーレム!」
アンクホルタが声をあげる。
そうだ。
ゴーレムに似ているのだ。というより、モグラ型のゴーレムか。
さらに、その回りには、数匹のモグラ。
奇妙な事に、全てのモグラがその小さな身の丈にあったツルハシを持っている。
『ガコン』
モグラ型のゴーレムが頭を持ち上げ、次に顎が外れたように口が大きく開く。
そして口から人が出てきた。
もじゃもじゃ頭で、もじゃもじゃのヒゲ。短パンにサンダル。上着はボロボロの布製に見える。目だけはギラギラと光り、オレ達を睨みつけている。
ゆっくりとだが、がに股で大柄の男がこちらに向かってきた。
「何だァ、お前ら? 地竜はどこいっただか?」
そんなことを言いながら近づいてくる。左手で頭をかきながら、右手をズボンの中に手を入れ、ボリボリと股間を掻きつつ、向かってくる。
「ひっ」
ミズキが小さい悲鳴を上げ、後でアンクホルタ達が何かを言っている。
「姫様、後に」
ハロルドがノアへ声をかけた。
位置関係からみて、ノアが一番近い。
得体の知れない人物だ、ハロルドの言うように、ノアは離れた方が良い。
「地竜はァ?」
再び、男が質問を繰り返す。
怪しい風体だが、敵というわけでもないだろう。
「地竜なら、つい先ほど倒しました」
とりあえず、質問に答えることにした。
無視する理由もないしな。
「そっか。どうでもいいだァ。追いかけてきたら、こいつを見つけるとは、おいらァ運がいい」
男はにんまりと笑い、トーテムポールを見上げる。
先ほどオレ達が戦った地竜を追いかけてきたのか。
今までの様子から、この男が乗っているモグラ型のゴーレムも、地面の中を進めるようだ。
人型でないゴーレムもあるんだな。
アンクホルタが言うまで、あれがゴーレムだと思いもしなかった。
「そのトーテムポールが、何か?」
「とーてむぽーる? んーんー。なんでもねぇ」
「そうですか」
とりあえず宝が目的という感じでもなく、地竜を倒したことも気にしていないようだ。
男の興味は、トーテムポールだけのようだし、警戒する必要もないか。
そう思った時だった。
「おめえ」
ボリボリと体をかきながら、男がノアの方に近づいていく。
ちょっと待て。
ノアに近づくなら話は別だ。
2人の間に割って入ろうとやや小走りでノアに近づく。
彼は右手を股間からだし、ノアの顔を覗き込んだ。
「おめぇ、ひょっとして……」
そう言いながら、男は右手をノアの方へと動かした。
「おい、やめろ!」
間一髪だ。
ギリギリのタイミングで、オレは男の右手を弾くことができた。
あぶない。
「なんだ、おめぇ!」
男がいきなり大声をあげた。モグラ型のゴーレムを取り巻いていた、ツルハシをもったモグラ達も、ツルハシを構えて臨戦態勢に入ったのが見えた。
だが、そんなことは関係ない。
「汚い手でノアに触るな!」
この野郎、さっきまで股間を掻いていた手で、ノアのホッペに触ろうとしやがった。
さすがに、それは見過ごせない。
男の眉が釣り上がる。
その瞳がチラチラと光を伴い、眼光の鋭さが増した。
だが、怯むわけにはいかない。
「何がきたねぇだ! おらのどこがきたねぇ!」
ドスの利いた声で、男がオレに向かっていった。
その怒声に、ノアが怯えたのか、後ずさりしてオレの背後に隠れる。
剣を構えたハロルドがオレの横に立った。
「リーダ」
ミズキ、オレの側に剣を構えて立つ。
皆、怒っている。
そりゃ怒るだろう。
「あたりまえだろうが、この不潔野郎が」
「おらのどこが、どこが汚いだァ?」
何を言っているんだ、コイツ。
「お前、さっきまで自分の股間触ってたろ。そんな手でノアに触れようとしやがって、常識的に考えて汚いに決まってるじゃないか!」
「何言ってるんだ、おめぇ?」
目の前に男はそれを聞いて、意味が分からないって言った調子だ。
さきほどまでの怒号が嘘のように、怪訝な様子で声をかけてきた。
何をしらばっくれてるんだこいつ。
しょうがない。
こういう輩には、しっかり言わねばならない。
「いいか! よく聞け!」
「あぁ」
「ノアに触りたかったらまず手を洗え!」
「あぁ?」
男が何言ってるんだ、コイツといった様子で聞き返す。
「えっ?」
ところが、オレに賛同するはずのミズキや、ハロルドも、オレの言葉に不思議なリアクションをした。
えって……。
なんでお前らまで、そんな態度なんだよ。
まるで、オレだけがおかしな事を言っているようではないか。
まったく。
ここで、頼りになる大人はオレだけか。
しょうがない。徹底的に言わねばならない。
「いや、手だけじゃダメだ。つうか、とりあえず服も着替えろ。綺麗にしろ。顔も洗え、髪も洗え、綺麗にしろ。髭も剃れ!」
「ちょっと、リーダ」
カガミが焦ったように声を挟む。
ちょっと、言い過ぎたかもしれない。
だが、もう、やけだ。
こっから先も全部言ってやる。
「風呂に入れと言ってるんだ! 風呂に入って、体を綺麗に洗って、歯も磨け! ノアに近づくんだったら、まずは、そうやって身だしなみを整えてからだ」
思いつくまままくし立ててやった。
これだけ言えばわかるだろう。
目の前の男は、口をぽかんと開けたままオレをずっと見ていた。
「キキキ」
しばらく、全員が無言の時間が過ぎた後、男の肩に1匹のねずみが上り、耳元で何か囁くように鳴いた。
ネズミといっても、とんがり帽子を被って、小さなマントを身につけている様子から、普通のネズミじゃなさそうだ。
「おめぇ、おらが風呂に入ればいいって言うたか?」
「さっきからそう言ってるだろうが」
あれほど言ったのに、通じていなかった……。少し悲しくなる。
「風呂は嫌いだ」
「嫌いとか言うな。どうでもいいから、とりあえず清潔にしてから来い」
「あのね、温泉があるの。温泉は気持ちいいよ」
風呂が嫌いだとかいう男に、ノアが温泉を勧める。
「温泉?」
「ギリアにね。温泉があるの。すっごく大きくて入るとぽかぽかするよ」
「んー」
「キキキ」
ノアの言葉を聞いて、腕を組み考え込んだ男に、再びネズミが反応した。
すぐに男は静かに首を振り、口を開いた。
「全くわからんやつだ。まぁ、風呂入ればいいなら、風呂入るわぁ」
そう言いながらゆっくりと後ずさる。
振り返り振り返り、不気味なものを見るような男の目が気になる。
何だこいつ。
「其方、もしや、ゲオルニクスか?」
ハロルドが去りゆく男に、声をかけた。
ゲオルニクス?
問い掛けられたその男はまたしばらく無言だった。
歩みを止め、しばらくオレ達を見ていた。
「キキキ」
「そうだ。おらの名前はァ、ゲオルニクスだァ」
「そうか、やはりゲオルニクスにござったか」
「なんかァ、面倒になったから一旦帰るわぁ」
そう言ってゲオルニクスという男は、モグラの口の中に入っていく。
ばくんと、モグラが1回口を閉じたかと思うと、ノソノソとトーテムポールの方へと歩いていった。
そして、ゴリゴリと岩を砕く音を辺りに響かせ、あっという間にトーテムポールを食べ尽くした。
唖然とするオレ達を無視して、ゲオルニクスが乗ったモグラ型のゴーレムは、再び土の中に戻っていく。
後に、数匹の小さなモグラを引き連れて、ゲオルニクスは去って行ったのだ。
「結局、何だったんだ、あいつ」
「ゲオルニクス」
ウートカルデは呟くように言った。
ハロルドも言っていたな。
有名なのか。
異世界から来たオレ達にはいまいちわからない。
モルススの毒といい、知らない事がやはり多いな。
「ゲオルニクスは、伝説の呪い子でござるよ」
そんなオレの疑問に答えるかのように、ハロルドが言う。
「伝説の呪い子?」
「おとぎ話でしか聞いたこともない方だったのですが、本当にいらっしゃったんですね」
「どんな人なの?」
「大地を喰らうゲオルニクスは心優しき呪い子。皆に怒られたくないので、地面に潜り、ずーっとずーっと地下深くへと潜り、やがて消えてしまいました」
ハロルドは歌うように、ノアに答える。
「子供の頃に、あんまり言うこと聞かないとゲオルニクスに連れて行かれますよ……なんて、母にいわれていました」
アンクホルタが、懐かしそうにハロルドの言葉に付け加える。
なるほど。
「あれか」
「ん? どうしたんスか? 先輩」
「あれに似てるな。悪い子はいねぇがーって、部屋に入ってくるやつ」
「えぇと、やまんばじゃなくて……そうそう、なまはげでしたっけ?」
「確かに、リーダやカガミ氏のいうとおり、なまはげっぽい話だな」
「それにしても、まさかゲオルニクスが実在していたとは。まだまだ知らぬことばかりでござる」
「ちょっと怖かったよね」
「あれはおそらく、簡単な恐怖攻撃だったのでしょう」
「恐怖攻撃? 何も感じなかったけど」
「リーダってさ、鈍感だから」
安心したように、落ち着いたミズキがヘラヘラと笑いながら言った。
なにが、鈍感だ。
誰よりも早く、ゲオルニクスからノアを守ったろうが。
「リーダは、なかなかの強者である故」
「うん。リーダがね。バッと出てきてガーって言ったの」
「そうですね。お風呂に入れ、なんて言うとは思いませんでした」
「汚れたままの手で触ったら、まずいだろ?」
「そりゃあ、そうですけど……」
何せよ必要なものは手に入れた。
アンクホルタ達には申し訳ないけれど、ここにはもう何もない。
「もう……戻るとするか」
そう言っていた時だ。ガラガラと天井が崩れだした。
『ドーン』
さきほどまでトーテムポールがあった辺りの天井が崩れ、大量の土砂が降り注ぐ。
「まじで?」
サムソンの声が響いた。
「そっか。ノイタイエルの作り方もあったのか?」
サムソンの様子をみて、当初の目的を忘れているのではないかと不安だった。
もともと、魔導具の作り方が載っている本を探しに来たのだ。そう、飛行島のエンジンになる魔導具。魔導具ノイタイエルの作り方が乗っている本を。
「もちろん。見つけたのはノイタイエルの作り方だ」
「よかった」
「ここにも、引き出しがあるっスよ」
プレインが土砂に埋もれた小さな棚を指さす。
「机の引き出しは、私が」
ウートカルデが素早い動きで、棚まで近づくとなれた様子で調べだした。
本は、オレの影の中にぶち込んでいく。
収穫の詳細は、迷宮をでてからで良いだろう。
アンクホルタ達が目的としている物が、どこかにないか、半壊した部屋を隅々まで調べる。
『ガラガラガラ』
背後で、大量の石が落ちてきた音がした。
「もしや、地竜?」
ハロルドが声を上げる。
巨大な茶色い何かがゆっくり闇から姿を現す。
地竜よりさらに大きい。
その尖った頭がグルリと動いてオレ達を捕らえた。目は赤く光り、まるで車のライトのように、オレ達全員を照らし出す。
壁に穴を開けて姿を現した、それはネズミ……いや巨大なモグラだった。
巨大で水かきのような形状をした足が特徴的なモグラ。
いや、ちがう。生物でない。モグラの形をした……なのだろうこれ。
「ゴーレム!」
アンクホルタが声をあげる。
そうだ。
ゴーレムに似ているのだ。というより、モグラ型のゴーレムか。
さらに、その回りには、数匹のモグラ。
奇妙な事に、全てのモグラがその小さな身の丈にあったツルハシを持っている。
『ガコン』
モグラ型のゴーレムが頭を持ち上げ、次に顎が外れたように口が大きく開く。
そして口から人が出てきた。
もじゃもじゃ頭で、もじゃもじゃのヒゲ。短パンにサンダル。上着はボロボロの布製に見える。目だけはギラギラと光り、オレ達を睨みつけている。
ゆっくりとだが、がに股で大柄の男がこちらに向かってきた。
「何だァ、お前ら? 地竜はどこいっただか?」
そんなことを言いながら近づいてくる。左手で頭をかきながら、右手をズボンの中に手を入れ、ボリボリと股間を掻きつつ、向かってくる。
「ひっ」
ミズキが小さい悲鳴を上げ、後でアンクホルタ達が何かを言っている。
「姫様、後に」
ハロルドがノアへ声をかけた。
位置関係からみて、ノアが一番近い。
得体の知れない人物だ、ハロルドの言うように、ノアは離れた方が良い。
「地竜はァ?」
再び、男が質問を繰り返す。
怪しい風体だが、敵というわけでもないだろう。
「地竜なら、つい先ほど倒しました」
とりあえず、質問に答えることにした。
無視する理由もないしな。
「そっか。どうでもいいだァ。追いかけてきたら、こいつを見つけるとは、おいらァ運がいい」
男はにんまりと笑い、トーテムポールを見上げる。
先ほどオレ達が戦った地竜を追いかけてきたのか。
今までの様子から、この男が乗っているモグラ型のゴーレムも、地面の中を進めるようだ。
人型でないゴーレムもあるんだな。
アンクホルタが言うまで、あれがゴーレムだと思いもしなかった。
「そのトーテムポールが、何か?」
「とーてむぽーる? んーんー。なんでもねぇ」
「そうですか」
とりあえず宝が目的という感じでもなく、地竜を倒したことも気にしていないようだ。
男の興味は、トーテムポールだけのようだし、警戒する必要もないか。
そう思った時だった。
「おめえ」
ボリボリと体をかきながら、男がノアの方に近づいていく。
ちょっと待て。
ノアに近づくなら話は別だ。
2人の間に割って入ろうとやや小走りでノアに近づく。
彼は右手を股間からだし、ノアの顔を覗き込んだ。
「おめぇ、ひょっとして……」
そう言いながら、男は右手をノアの方へと動かした。
「おい、やめろ!」
間一髪だ。
ギリギリのタイミングで、オレは男の右手を弾くことができた。
あぶない。
「なんだ、おめぇ!」
男がいきなり大声をあげた。モグラ型のゴーレムを取り巻いていた、ツルハシをもったモグラ達も、ツルハシを構えて臨戦態勢に入ったのが見えた。
だが、そんなことは関係ない。
「汚い手でノアに触るな!」
この野郎、さっきまで股間を掻いていた手で、ノアのホッペに触ろうとしやがった。
さすがに、それは見過ごせない。
男の眉が釣り上がる。
その瞳がチラチラと光を伴い、眼光の鋭さが増した。
だが、怯むわけにはいかない。
「何がきたねぇだ! おらのどこがきたねぇ!」
ドスの利いた声で、男がオレに向かっていった。
その怒声に、ノアが怯えたのか、後ずさりしてオレの背後に隠れる。
剣を構えたハロルドがオレの横に立った。
「リーダ」
ミズキ、オレの側に剣を構えて立つ。
皆、怒っている。
そりゃ怒るだろう。
「あたりまえだろうが、この不潔野郎が」
「おらのどこが、どこが汚いだァ?」
何を言っているんだ、コイツ。
「お前、さっきまで自分の股間触ってたろ。そんな手でノアに触れようとしやがって、常識的に考えて汚いに決まってるじゃないか!」
「何言ってるんだ、おめぇ?」
目の前に男はそれを聞いて、意味が分からないって言った調子だ。
さきほどまでの怒号が嘘のように、怪訝な様子で声をかけてきた。
何をしらばっくれてるんだこいつ。
しょうがない。
こういう輩には、しっかり言わねばならない。
「いいか! よく聞け!」
「あぁ」
「ノアに触りたかったらまず手を洗え!」
「あぁ?」
男が何言ってるんだ、コイツといった様子で聞き返す。
「えっ?」
ところが、オレに賛同するはずのミズキや、ハロルドも、オレの言葉に不思議なリアクションをした。
えって……。
なんでお前らまで、そんな態度なんだよ。
まるで、オレだけがおかしな事を言っているようではないか。
まったく。
ここで、頼りになる大人はオレだけか。
しょうがない。徹底的に言わねばならない。
「いや、手だけじゃダメだ。つうか、とりあえず服も着替えろ。綺麗にしろ。顔も洗え、髪も洗え、綺麗にしろ。髭も剃れ!」
「ちょっと、リーダ」
カガミが焦ったように声を挟む。
ちょっと、言い過ぎたかもしれない。
だが、もう、やけだ。
こっから先も全部言ってやる。
「風呂に入れと言ってるんだ! 風呂に入って、体を綺麗に洗って、歯も磨け! ノアに近づくんだったら、まずは、そうやって身だしなみを整えてからだ」
思いつくまままくし立ててやった。
これだけ言えばわかるだろう。
目の前の男は、口をぽかんと開けたままオレをずっと見ていた。
「キキキ」
しばらく、全員が無言の時間が過ぎた後、男の肩に1匹のねずみが上り、耳元で何か囁くように鳴いた。
ネズミといっても、とんがり帽子を被って、小さなマントを身につけている様子から、普通のネズミじゃなさそうだ。
「おめぇ、おらが風呂に入ればいいって言うたか?」
「さっきからそう言ってるだろうが」
あれほど言ったのに、通じていなかった……。少し悲しくなる。
「風呂は嫌いだ」
「嫌いとか言うな。どうでもいいから、とりあえず清潔にしてから来い」
「あのね、温泉があるの。温泉は気持ちいいよ」
風呂が嫌いだとかいう男に、ノアが温泉を勧める。
「温泉?」
「ギリアにね。温泉があるの。すっごく大きくて入るとぽかぽかするよ」
「んー」
「キキキ」
ノアの言葉を聞いて、腕を組み考え込んだ男に、再びネズミが反応した。
すぐに男は静かに首を振り、口を開いた。
「全くわからんやつだ。まぁ、風呂入ればいいなら、風呂入るわぁ」
そう言いながらゆっくりと後ずさる。
振り返り振り返り、不気味なものを見るような男の目が気になる。
何だこいつ。
「其方、もしや、ゲオルニクスか?」
ハロルドが去りゆく男に、声をかけた。
ゲオルニクス?
問い掛けられたその男はまたしばらく無言だった。
歩みを止め、しばらくオレ達を見ていた。
「キキキ」
「そうだ。おらの名前はァ、ゲオルニクスだァ」
「そうか、やはりゲオルニクスにござったか」
「なんかァ、面倒になったから一旦帰るわぁ」
そう言ってゲオルニクスという男は、モグラの口の中に入っていく。
ばくんと、モグラが1回口を閉じたかと思うと、ノソノソとトーテムポールの方へと歩いていった。
そして、ゴリゴリと岩を砕く音を辺りに響かせ、あっという間にトーテムポールを食べ尽くした。
唖然とするオレ達を無視して、ゲオルニクスが乗ったモグラ型のゴーレムは、再び土の中に戻っていく。
後に、数匹の小さなモグラを引き連れて、ゲオルニクスは去って行ったのだ。
「結局、何だったんだ、あいつ」
「ゲオルニクス」
ウートカルデは呟くように言った。
ハロルドも言っていたな。
有名なのか。
異世界から来たオレ達にはいまいちわからない。
モルススの毒といい、知らない事がやはり多いな。
「ゲオルニクスは、伝説の呪い子でござるよ」
そんなオレの疑問に答えるかのように、ハロルドが言う。
「伝説の呪い子?」
「おとぎ話でしか聞いたこともない方だったのですが、本当にいらっしゃったんですね」
「どんな人なの?」
「大地を喰らうゲオルニクスは心優しき呪い子。皆に怒られたくないので、地面に潜り、ずーっとずーっと地下深くへと潜り、やがて消えてしまいました」
ハロルドは歌うように、ノアに答える。
「子供の頃に、あんまり言うこと聞かないとゲオルニクスに連れて行かれますよ……なんて、母にいわれていました」
アンクホルタが、懐かしそうにハロルドの言葉に付け加える。
なるほど。
「あれか」
「ん? どうしたんスか? 先輩」
「あれに似てるな。悪い子はいねぇがーって、部屋に入ってくるやつ」
「えぇと、やまんばじゃなくて……そうそう、なまはげでしたっけ?」
「確かに、リーダやカガミ氏のいうとおり、なまはげっぽい話だな」
「それにしても、まさかゲオルニクスが実在していたとは。まだまだ知らぬことばかりでござる」
「ちょっと怖かったよね」
「あれはおそらく、簡単な恐怖攻撃だったのでしょう」
「恐怖攻撃? 何も感じなかったけど」
「リーダってさ、鈍感だから」
安心したように、落ち着いたミズキがヘラヘラと笑いながら言った。
なにが、鈍感だ。
誰よりも早く、ゲオルニクスからノアを守ったろうが。
「リーダは、なかなかの強者である故」
「うん。リーダがね。バッと出てきてガーって言ったの」
「そうですね。お風呂に入れ、なんて言うとは思いませんでした」
「汚れたままの手で触ったら、まずいだろ?」
「そりゃあ、そうですけど……」
何せよ必要なものは手に入れた。
アンクホルタ達には申し訳ないけれど、ここにはもう何もない。
「もう……戻るとするか」
そう言っていた時だ。ガラガラと天井が崩れだした。
『ドーン』
さきほどまでトーテムポールがあった辺りの天井が崩れ、大量の土砂が降り注ぐ。
「まじで?」
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