召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

文字の大きさ
542 / 830
第二十六章 王都の演者

しばいごや

しおりを挟む
「似合ってる。似合ってる」

 次の日、ミズキが嬉しそうにチッキーの頭を撫でた。
 3人に用意された子供用の神官服は確かに似合っている。
 ケルワッル神を示す赤いラインが特徴的な神官服だ。

「私達が案内したほうがいいって事になったんだ。ほら、ケルワッル神官だけが一緒だったらズル……モガッ」
「あの、王都は広いから。それと、ご迷惑であれば帰りますので、おっしゃってください」

 ついでに一緒に家に来た3人の神官が、当番制でオレ等の案内をしてくれるという申し出があった。
 今日は二人の子供。エルフの女の子がラタッタ。そして、彼女の口を押さえて、余計な事を言わないようにしている男の子がグンターロだったかな。

「有名な劇場だったら……こっちだよ。この辺ならさ、もう目をつぶっていても行けるってもんよ」

 偉そうにラタッタは言った。
 彼女の案内でたどり着いた劇場、大きく年季の入った石造りの建物だ。竪琴を構えた女性の彫像が目を引く。立て看板が沢山並んでいるが、あれが演目なのかな。

「そこはダメです」

 ところが一軒目、ヌネフがフッと現れて、オレに呟いた。
 目の前の劇場は、悪意に満ちているらしい。
 ノアの側をトコトコと歩いている子犬のハロルドを見ると、ヌネフの言葉にコクコクと頷く。
 常に危険に溢れているな王都。

「ここは、やや危険に感じます」

 ヌネフとハロルドの忠告だ。素直に従うのみだ。

「そっかぁ。そんな風には見えないけどな」
「でもリーダ様が言われることです」

 2人に伝えると、また別の所を案内してくれることになった。
 ところが、2軒目もアウト。

「ここかな。まっ、劇場というより、芝居小屋かな」

 3件目にして、ようやく悪意の無い芝居小屋を見つけることができた。
 そこは芝居小屋という言葉が似合わない、立派な木造の建物だった。
 威圧感のある建物。一昔前の映画館を思わせる大きな入り口の陰に、なにやら歓談している人影が見える。

「ここは王都でも有名な劇団が運営している芝居小屋なんです」
「有名すぎて、お高くとまってるんだけどな」

 2人がそういうだけあって、芝居小屋に併設された厩舎へと続々と入っていく馬車は豪華なものが多かった。
 貴族御用達といったところかな。

「え? ノアサリーナ様と……私が……ですか?」

 演目を聞いてくると芝居小屋へと近づいた神官2人が、意外な提案を持って戻ってきた。

「左様でございます」

 2人と一緒に近づいてきた芝居小屋の職員が、頷き言葉を続ける。

「本日行う2つの演目。1つがノアサリーナ様のご活躍のお話、もう一つがリーダ様が手がけられた脚本によるもの。ここは1つ、挨拶を願いたいのです」

 挨拶をして欲しい。そんな、いきなりの提案に困惑するオレに、職員は腰から手のひらサイズの板を取り出し、何かをガリガリと書き出した。
 そして、ひとしきり何かを書いた後、オレに見せて読み上げる。

「ヨラン王国に名を轟かせるジットラ劇場。栄光あるこの劇場に、新たな夢ある物語が刻まれます。本日は、聖女と名高いノアサリーナ様、そして、王も認めた脚本家リーダ様が、足を運ばれました。本物に見つめられる中の公演、少しばかり緊張しますが、これは幸運。皆様、一層の応援と厳しい言葉を……このような言葉でいかがでしょう?」
「その後に、私とノアサリーナお嬢様が挨拶を……と?」
「左様です。挨拶と言いましても、支配人がこのようなセリフを言った後で、立ち上がりお辞儀して頂くのみで良いのです」
「お辞儀するだけなのですか?」
「左様でございます」

 タイミングを合わせて軽く頭を下げるだけ。
 それだけで、特等席で観劇できて、しかもタダでいいと言う。悪い話ではないなと了承する。

「では、こちらにてゆるりとご鑑賞ください」

『ガラーン……ガラーン……ガラーン』

 席についた後、程なくして、王都に響き渡る鐘の音と共に「ようこそ、ジットラ劇場へ!」と、支配人の挨拶が始まる。

「最初に、支配人の挨拶、それからノアノアとリーダの挨拶で……それから、温泉と小部屋だっけ?」

 支配人の挨拶が進む中、ミズキが小声で聞いてきた。

「らしいね」

 オレも小声で応じる。
 今日の演目は、温泉と小部屋という物語と、涙と織物という名前の物語だ。
 オレが書いた鶴の恩返しは、涙と織物という名前で上演されるらしい。
 吹き抜けになった巨大な建物のちょうど3階相当の部分に用意された席。
 そこでオレ達は観劇することになった。控えめな光が当たる中、オレとノアは席を立ちお辞儀する。
 そして物語が始まった。

「温泉を温める話か……」

 最初の演目は、ギリアの温泉を温める話だった。温泉を巡ってケルワッル神官やら、貴族や商人とせめぎ合うお話。
 オレ達は、そんな人達と争った憶えは無いが、温泉をめぐる駆け引きが加わったコメディタッチの面白いお話だ。最後は小部屋……ロープウエイに乗って皆で歌いながい向かうシーンだった。

「リーダは……ムグムグ」

 熱中しすぎたノアがついつい大声を上げてしまい、ミズキに口を押さえられてしまう。
 先ほどから演劇よりも、ノアのリアクションが面白い。
 足をバタつかせたり、両手で顔を覆ったり、すごく熱中しているのがよく分かる。
 ピッキー達も、さきほどからポカンと口を開けっぱなしだ。こうやってみると3人は兄妹だとよく分かって面白い。

「悲しいお話でした」
「うん」

 演目が全て終わった後、皆の刺すような視線を浴びて外にでる。
 2本目である鶴の恩返しは、大幅に改変されていた。
 鶴の代わりに、両手が鳥の羽をした海上の住人セイレーンが登場し、セイレーンと漁師の悲恋物語となっていた。
 そのセイレーンが歌うシーンがあったのだが、それがアニメの主題歌に似ていたので笑っていたら、皆に睨まれた。

「あの、先輩……皆、泣いているっスよ」

 そのプレインの一言が全てを表していた。
 空気が読めなくてごめんなさい。
 それにしても、演劇を間近で見ると迫力が違って面白いな。
 でも、オレが書いた脚本と大幅に違っていた……どうしてだろ。
 まっ、どうでもいいけど。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

優の異世界ごはん日記

風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。 ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。 未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。 彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。 モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

ちくわ
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

処理中です...