召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第二十七章 伝説の、真相

閑話 底知れぬ聖女の従者達

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 スプリキト魔法大学の入り口そばには、一軒の宿屋がある。
 レンガ造りで3階建ての宿は、大学に用はあっても立ち入ることを許されない者が滞在する場所だ。
 その宿の一階は丸ごと酒場になっていて、いつも人が賑わう場所だった。
 そして、それはリーダ達が大学に入学してから、数ヶ月が経った頃の事だ。
 酒場の端、暖炉の火も当たらない片隅に、ぽつんとあったテーブルには、ボロ布のマントを羽織った女性が座っていた。
 ボロ布の下に見える深い青色の服が、この酒場に似合わない立場であることを表していた。
 彼女の名前はヘレンニア。
 れっきとしたスプリキト魔法大学の生徒であり、このような場所にいるはずのない女性だった。
 静かに酒を飲む彼女の前に、一人の男が座った。

「どちら様?」

 ヘレンニアが、辺りを見回したあと、前に座る男に視線を移し問う。
 賑わっていても、テーブルの空きはあった。相席する必要はない。

「私は旅の者でして。つかぬことをお伺いいたしますが、貴方は、スプリキト魔法大学の学生では?」
「それを知って……どうしようと?」
「実は私、旅の楽師なのです」

 男は足下に置いた麻袋に手をかけた。
 そして、そっと上に被せていた布をずらすと、袋の中からリュートの柄がチラリと見えた。

「吟遊詩人ってこと?」

 リュートをのぞき込むように体を動かしたヘレンニアが聞き返す。
 楽しそうに。

「ええ。それで、学生ということであれば、教えていただきたいことがあるのです。スプリキト魔法大学には聖女ノアサリーナ様の従者が在籍してると、ご存知でしょうか?」
「もちろん」
「私達は、あの方々が活躍していると信じております。故に、その活躍の話を、歌にして届けたいのです」

 そこまで言うと、男はリュートに手を伸ばし、慣れた動きで構え腕を振るった。

『ポロロ……ン』

 リュートから綺麗な音が鳴る。
 そして男は言葉を続ける。

「魔法使いである貴方には、想像つかないかもしれません。ですが、皆がノアサリーナ様の、ひいては従者達の歌を待ち望んでいるのです」
「そう。確かに私は学生で、かの者達の話も知っている。でも、それをタダで教えてあげようなんてお人好しではないの。そうね……この酒場で一番美味しいお酒と、それからたくさんの料理をいただけるかしら」
「それは、もう、私の財布の紐が許す限り」

 ヘレンニアの言葉を聞いて、男は酒場のカウンターへと歩いて行った。

「申し遅れてましたが、私、シュトレーレと申します。北へ南へと渡り歩く吟遊詩人でございます」

 戻ってきた男は、ヘレンニアに対して名乗りつつ、ジョッキを2つ、テーブルに置いた。

「ありがとう。では早速だけど、スプリキト魔法大学に入った聖女の従者は3人。静かな男、サムソン様。優雅な物腰でノアサリーナ様の信頼厚いカガミ様。そして英知は底知れぬ筆頭リーダ……様」

 ヘレンニアは一息を喋ると、ジョッキを手に取りゴクリと飲んだ。

「なるほど。なるほど」

 慌てた様子で乱雑にメモを取るシュトレーレを待つことなく、ヘレンニアは言葉を続ける。

「そしてリーダ様は、すでに、学校にいない」
「え? いない?」
「そう。筆頭リーダ様にとって、スプリキト魔法大学には価値を見いだせなかったようね。大学で何かを成し、かの大学の頂点に君臨する3人の大教授すら唸らせる弁舌を尽くし、自らの功績を認めさせ、あっという間に卒業してしまったの」
「なんと! 私には想像つかないことですが、スプリキト魔法大学は、それほど、すぐに卒業できるものなのでしょうか?」
「いや……そんなわけがない。長い長い大学の歴史の中で、異国からの魔法上手だってスプリキト魔法大学の卒業を認められるには、半年はかかっていた」
「それでは……」

 シュトレーレは、メモを取る事も忘れ、次の言葉を待った。
 前のめりになっている彼の姿に、ヘレンニアは微笑み、言葉を発する。

「リーダ様は、スプリキト魔法大学に、異常な早さでの卒業という伝説を残した事になるわ」
「それはすごい。ですが何を成されたのですか?」
「ここから先は噂」
「はい是非とも。噂でも、構いません」
「スプリキト魔法大学に隠された秘密。それは、歴史に埋もれた地下迷宮だった……その迷宮を踏破し、何かを発見したという噂」
「あの歴史ある大学に、埋もれた迷宮、隠された秘密。リーダ様はそれを暴いた……」
「まぁ、噂なのだけれど」

 まるで内緒話をするように、2人が会話するところに、女中が、器用にも両手に4枚の皿を抱えて席へとやってきた。

「何?悪巧み?」

 そして、楽しげに言うと、リズム良く皿をテーブルにのせていく。

「そうね。少し楽しい悪巧み」

 メモする人シュトレーレを覗き見て、ヘレンニアが返す。

「まぁ、怖い。もう一皿持ってくるから、テーブルを開けといてね。悪者さん」

 そう言い残し席から離れた女中を、ヘレンニアは楽しそうに眺める。
 彼女は姿勢を変えず、皿から肉を一切れ掴むとポイと口に放り込んだ。

「素晴らしいお話ありがとうございます。これで曲を作れそうです」

 そんなヘレンニアに、ペンをインク壺に投げ込んだシュトレーレが礼を言う。

「それは良かったわ。でもね。リーダ様が卒業しても、聖女の従者はあと2人いる」
「確かに。確かに。ひょっとして他の2人も何かを?」
「そうね。サムソン様は、スプリキト魔法大学の生徒会選挙に暗躍し、計略を持って新しい秩序を作り出し、生徒会を歴代最強の布陣にしたと聞くわ」
「なんと! リーダ様だけではなく、サムソン様もそれほどの功績を」
「ええ。ただしサムソン様はやり過ぎた。実際に、彼が動いた直後、大学は様変わりしたわ。そのせいで、大学から警戒の眼差しを向けられている……そんな噂があるわ」
「スプリキト魔法大学の生徒会といえば、前の魔神復活の折、学生の身でありながらヨラン王国の守りとして名を残した一団……そこに影響力を持つ理解不能な生徒は、大学にとって恐るべき身内」
「そう……確かに、そう言える」

 近づいてきた女中から皿を受け取ったヘレンニアは、テーブルの隙間に皿を置く。
 シュトレーレが熱心にメモする姿を、彼女は眺めながら微笑んだ。

「いや失礼。せっかくのお話。私……できるだけ詳しく記しておきたいと……」

 しばらくして、ヘレンニアの笑みに気付いたシュトレーレが弁解の言葉を口にする。

「気にしていない。心置きなく、後悔しないように記してくださいな」
「ひょっとして……カガミ様も何かを?」

 言葉を受けて、シュトレーレがメモを取る途中、ピタリと動きを止め、ヘレンニアに質問した。

「きっとね。何かを企んでいると、私は思っているわ。そうそう……カガミ様にはひとつ不思議なことがあるの」
「不思議なことですか?」
「ノアサリーナ様は、カガミ様のためだけに従者を一人つけた」
「プレイン様か、ミズキ様でしょうか?」
「それがね、そのどちらでもない様子。でも、その実力は大したもので、カガミ様の意を汲み難題をこなしたそうよ」
「謎の従者。それだけでも歌えそうです」
「そして、その従者が神殺しの魔法を手に入れていた」
「か……神殺しですか?」
「こんな魔法陣」

 興奮するシュトレーレからペンを奪い取ると、彼がメモを続ける紙の片隅に、小さな魔法陣を描く。

「これは……あれでは? あのおとぎ話の?」
「そう。知っている者も多い、誰にも使えない魔法陣。でも、わざわざ、スプリキト魔法大学に行ってまで、手に入れるなんて、何かあると思わないかしら?」
「確かに。確かに」
「だから私は、きっとカガミ様も何か役目があるのでないかと思っているの」
「ふむ。その従者とは何者なのでしょうか」
「さあ見当もつかないわ。本当に謎の人物」
「物語ならば、謎の人物の正体は……案外身近な人間という事が多いのですが」
「では、プレイン様の変装かしら」
「プレイン様……あぁ、いやいや、思い出しました。それは無いです。プレイン様は、王都で活躍なされています」
「ミズキ様?」
「そうであれば、男装の令嬢ということになります。そうなりますが……いや、これは、これは」

 大きく頷いたシュトレーレが、素早く何かを書き記す。

「何か思いついた?」
「はい。謎呼ぶ歌を。男装の令嬢と、カガミ様が謎に挑む……」
「とまぁ。私が知っているのはこのくらい」

 一心不乱に何かを記すシュトレーレに対し、ヘレンニアが言った。

「ありがとうございます。素晴らしいお話でした。それに、貴方の語り口調も実に見事で惹きこまれました」
「それは、ありがとう。私も話をしていて面白かったわ。このまま、吟遊詩人になってしまおうかしら」
「いやいや。貴方のような美しい方に、さきほどの話を歌われてしまっては、私が干上がってしまいます」
「フフフ。そう……。では、私は、歌を聴くことにしましょう。曲ができたら、是非とも聞かせてちょうだいな」
「はい。ご期待ください」

 頷き、メモをとるシュトレーレ。それを眺めるヘレンニア。
 先ほどから繰り返される光景。

「お、おい、ヘレンニア」

 だが、それは突如、中断した。
 一人の男の声によって。

「あぁ。失礼、先約がございましたか」

 男をチラリとみたシュトレーレが慌てた様子で、リュートと荷物を抱えて去って行く。

「彼は、吟遊詩人よ。あぁやって、人に質問を繰り返し、歌を作るのね。初めての経験で面白かったわ」

 去りゆくシュトレーレを見て、ヘレンニアが言った。

「ふん。で、話ってのはなんだ?」

 シュトレーレの座っていた席に男は座り、料理を口に運びながら問う。

「そうねぇ。予定より長く、スプリキト魔法大学に残ることにしたわ。それで、引き続き、貴族を演じてほしいの。お前達に……ね」
「追加の金は?」
「これで……売れば、金貨2000枚にはなるわ」

 ヘレンニアが、耳飾りを1つ取り外し、テーブルに置いた。
 それから、静かに席を立った。

「何処へ行く?」
「帰るの。どうせ、お前が決めるわけじゃないでしょ? 決まったら、グッピオの答えを教えて……このままでは、楽しい気分が冷めてしまう。では、ごきげんよう」

 料理を食べつつ声をかけた男に振り返ることなく、ヘレンニアはそう言い残す。
 そして、次の瞬間……ヘレンニアはフッと姿を消した。音も無く。
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