召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第三十一章 究極の先へ、賑やかに

ひとつのケーキをみんなで

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 多くの人が注視した酒場の入り口。
 そこにいたのは、パン屋のクイムダルだ。
 灰色の短髪でガタイのいい彼は、肩に大きな板を担いでいた。
 板の上には、大きなパンがのっている。

「はっはっは。こっちか」

 クイムダルは笑いながら、一直線にこちらへとやってきた。
 どうして変装がバレたのかと思ったが、彼の足下をみて理解した。
 子犬のハロルドがいたのだ。
 つまり、手配をしたのはハロルド。美味しいものに目がない彼らしい。

「クイムダルさん。ケーキも作るんスね」
「砕いた果物をたっぷりのせた自信作! わしが唯一作れる最高のケーキだ」

 テーブルの上にドカンと置かれた板には、長細い長方形をしたケーキがのっていた。まるで巨大なカマボコといった形をしたケーキだ。
 ケーキには、四角にカットされた様々な果物が、トッピングしてあった。甘くていい香りが漂ってくる。焼きたての香りだ。
 茶色だったからパンかと思ったけれど、近くでみると美味しそうなケーキだった。

「なんだ。クイおやじに、ケーキまで頼んでたのか。しかも、この量。こいつも、大盤振る舞いしかないな」

 ケーキを見た店員が笑う。
 確かに、オレ達だけでは食べきれないな。

「ではでは、まず拙者が」

 いつの間にか、オークの大男に戻ったハロルドが、ケーキの端をナイフで切り取った。
 こぼれ落ちそうなほどトッピングしてあるカットフルーツは、酒場の明かりでキラキラと輝く。焼きたての匂いと甘い匂いのするケーキ。
 それをパクリと一口。大きな塊を一口で食べる。

「ん!」

 満足そうなハロルドの顔。
 というか、あいつ、またしても主賓より先に食べやがった!
 いつも騎士だの、姫様だの言っているくせに、忠誠心がゼロだ。

「ふむ。これは、上品ではあるが渇いたパン生地に、数多くの果物が作り出す蜜が染みこみ、格別な味わい。いや、違う……フワリと漂う茶の香り。なるほど、こうきたか。パン生地に茶葉を混ぜたな! それがゆえに、果物溢れる彩り豊かな森が、舌の上で再現され……」
「はい。ノアノア」

 いつものように、ハロルドが語り出したが、それを無視してミズキがケーキを切り分ける。
 上にのった色とりどりのフルーツを、こぼさないように慎重にノアは受け取った。
 それから、ノアは両手でケーキを受け取ると、大きく口をあけてかぶりつく。豪快だな。

「はしたないわぁ」

 ロンロの小言が飛んでくるが、ノアは嬉しそうに笑うだけだ。
 変装しているからだろうか、今のノアは、少しばかりおてんばな印象を受ける。
 ケーキはとても美味しい。思ったよりも、甘くないのがいい。
 ピッキーはすでに2つめか。
 そして、皆で食べても、ケーキはまだ3分の1も減っていない。
 というわけで、これも酒場のみんなに大盤振る舞い。
 それからも、酒場は大いに盛り上がった。
 プレインは見知らぬ酒場の客達と肩を組んで合唱しだした。
 ミズキは、これまた酒場の客と踊りを披露し、ノアも参加した。
 クイムダルとカロンロダニアは腕相撲を始め、ハロルドが参加し……と、最後はとうとうトーナメントまで始まった。

「おいおい。もう帰えんのかよ」
「ノアノア……えっと、ご主人様が寝ちゃったからさ。ごめんねー」

 そして、ノアが寝たので酒場を後にする。ノアは酒場での一時が楽しかったらしい。電池が切れたように、パタリと寝たので少し焦った。
 酒場にはまだまだ料理が残っていた。
 オレ達が帰った後も宴会は続きそうだ。
 帰りも御者もカロンロダニアがしてくれた。

「すでに準備はできている。我が屋敷でくつろいでくれ」

 帰りは静かに湖の側を通り、カロンロダニアの屋敷へと向かった。
 ガタタン、ガタタンと車輪の音だけが聞こえる夜道は、ひんやりとした風もあって酔い覚ましに丁度良い。

「魔導具は成功したな」

 カガミの膝に頭を乗せて寝ているノアを見てサムソンが言った。
 確かに彼の言う通りだ。
 今日は、何をやるにもスムーズだった。酒場の人達も、ノアに対して自然体で良かった。
 魔導具は、ノアの呪いがまき散らす不快感をシャットアウトしてくれていた。呪いの効果の有る無しで、人の態度があれほど変わるとは思ってもみなかった。

「そうっスね。こうなると、もっと金塊が欲しいっス」
「今年は大成功だったよね。ピッキー達の、ハンガーボックスも良かったし」

 ハンガーボックス?
 あぁ、そうか。
 ギリアの町へ行く途中に渡したという、ピッキー達が贈ったプレゼントのことか。
 人形の服と、ハンガーボックスをノアにプレゼントしたと酒場で言っていたな。

「服はチッキーが、ずっと作っていたものです」
「前の誕生日から、毎月1着作ったでち」

 獣人達3人が揃って頷く。
 服はチッキーが一年かけてコツコツ作ったのか。
 ノアに後で見せてもらおう。
 幸せそうに微笑んで寝ているノアを見て、そう思った。
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