召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第三十二章 病の王国モルスス、その首都アーハガルタにて

しずかなばしょ

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 深い森の中に入った巨大な穴。
 穴の中に広がる街並みを横目に、オレ達は飛行島に乗ってアーハガルタを進んでいく。
 アーハガルタは穴の壁面にそって階層状に構築された町だった。
 穴といっても、とても巨大で端から端が見えない。飛行島で上空から見ていなければ、切り立った崖にそって作られた町としか認識できなかっただろう。

「見た目のせいもあるけど、マジで寒っ」

 茶釜にピタリと寄り添ったミズキが冗談っぽく笑う。
 警戒態勢のオレ達は、飛行島の家でぬくぬくするわけにいかない。
 操縦席にいるサムソン以外は、外であたりに注意を払う。
 それにしても、目ためは、確かにそうだな……。
 巨大な穴の壁面に沿って、下へ下へと続く町並みは、白に近い灰色と白。
 壁面のいくつかの場所を音も無く流れる水は、まるで町を常に洗い流しているようだった。加え水飛沫が霧状になって、視界を悪くする。
 日の光に照らされ見える範囲は、全てが静かで生活感のない。
 たまに白い鳥が飛んでいるだけの町は、厳かな神殿のようにも見えた。
 冬の季節もあって肌寒い静かな空間を、先行するのはミランダ。
 自分が教えた場所だから、私が囮になると言ってさっさと先に進んでしまった。
 事前の打ち合わせでは、魔法で作った囮を先行させるから、それを追いかけて……とか言っていたくせに、いきなり勝手にしやがって。まったく。

「俺たちの飛翔魔法とは違い、ミランダの飛行には時間制限がないみたいだぞ」

 ミランダが進む様子を眺めていたサムソンが感心したように。

「確かにそうだよな。あれは飛翔魔法とは違う魔法なのかもな」

 時間制限のない飛翔魔法というのは少し気になる。
 自分たちでも作ろうともしてみたが、自由に飛ぶ魔法というのはどうにもうまくいかなかったのだ。

「あれは飛翔魔法じゃないだよ。全く別の魔法だ。それにあいつ以外には使えないだ」

 オレ達の会話に、ゲオルニクスが答えた。
 今日の彼はフード付きの長く灰色のローブに、金属製の柄の長いハンマーに似た杖を持っている。加えて背中には巨大な輪っかのついた木箱を背負い、完全武装といった感じだ。

「使えないんスか?」
「飛翔魔法はもともと神の領域にかかる魔法だァ。だから神が許した形でしか魔法の存在は許されないだ」
「そうなんスね」
「天は神の領域、だから人が容易に神へと近づけないように、あらゆる存在は下に落ちるようにできているだ。んで、ミランダは人を地面に戻そうとする力を凍らせて浮き上がってるようだなァ」

 あらゆる存在を下に落とす力を凍らせるか。
 落とす力ってのは重力のことかな。だったらミランダは重力を凍らせて浮いていると。
 というか重力を凍らせるって、意味がわからん。

「でもミランダが1人先に進む状況は……万が一のことを考えるとダメなのではないかと思います。思いません?」
「問題ないだよ、カガミ。あれは傀儡だ。本物はずっと上」

 心配を口にしたカガミに対し、ゲオルニクスが見上げて言った。

「どこにいるんだ?」
「太陽の光に隠れて見えないだよ。でもずっとずっと頭上にいる」
「え? いつからスか?」
「さあ。でもオラが飛行島に乗り込んだ時にはもう傀儡たったでよ」

 入れ替わってるなら入れ替わっていると教えて欲しかった。
 というか、思わせぶりな発言せずに、傀儡だと断っておけよ。
 打ち合わせと違うと、憤慨したオレが馬鹿みたいだ。
 でもまぁ先行して進んでいるのが偽物っていうことであれば、心配せずにすむから気が楽だ。
 それにしても重力を凍らせたり、見た目そっくりのダミーを作ったりと、本当に魔法てすごいよな。
 しかも、ゲオルニクスの作戦……。
 朝乗り込む前に、簡単な打ち合わせをした。

「最後のトドメはオラが刺すだ」

 打ち合わせの内容は、飛行島に乗り、アーハガルタを警戒しながらゆっくり進むこと。その途中でもし、モルススの一味を見つけたら、思い切り遠距離で不意打ちすること。
 それから接近された場合の対策について話をした。
 大体の流れが定まったところで、ゲオルニクスが止めは、自分が刺すと言い出した。

「とどめ?」
「そうだぁ。モルススのクズどもは、姿が見えていてもアストラル体と言って、本体が別の世界にいるだよ。今日はオラが、強制的にこの場に実態をひきずり出すが、その気になれば逃げられてしまうだァ。だども」

 そう言ってゲオルニクスが手に持った杖を大きく地面にぶつける。
 地面にぶつかった杖の先端にあるハンマーから、パリッと小さな放電音が響いた。
 ゲオルニクスは言葉をつづける。

「実際にはもっと強い力で打ち付けて空間を切り取る魔法を使うだ。そうすればモルススのクズどもは、切り取られた空間の中から逃げることが出来ずに倒せるってわけだ」

 ゲオルニクスが締めくくった言葉。
 言っている意味はいまいちわからなかったが、魔法を使って空間を切り取るってことは分かった。
 その時にも思った。なんか魔法ってすごいよなと。
 上にいるミランダもそうだし、完全武装しているゲオルニクスもそうだ。
 使っている魔法の格が違う。
 本当に味方でよかった。
 その後もミランダの先行しての探索は何事もなく進み、気がつけば太陽は真上に来ていた。
 頭上から降り注ぐ太陽の光は、何処までも下に伸びるアーハガルタを綺麗に照らす。
 そして壁面に続く街並み以外のものを、初めて穴の中に見つける。
 それは飛行島だった。
 白く円盤状の飛行島の上には幾重もの柱が乱立していた。
 ミランダが飛行島に降り立つ円柱の一つを破壊し戻ってくる。
 念力の魔法を使っているのだろう。円柱はミランダを追尾するように宙を浮いていた。

「同じ物が沢山あるだけ」

 飛行島の上で警戒しつつ待っていたオレ達にポイッと投げてよこした円柱は、水晶でできていた。中には黒本が一冊ほど納められていた。

「とりあえず、全部持ってくるわ」

 ミランダはそう言い残すと、先程の飛行島へと戻っていく。

「どうだ?」

 ひび割れた水晶から黒本を取り出したサムソンへと声をかける。

「目次がないからなぁ。なんとも……」

 さっと目を通したサムソンは、興味を無くしたように黒本をオレに差し出した。

「追いかけます?」
「なんか大丈夫っぽいっスよ。ミランダさんが全部持ってくるみたいっスね」

 オレが黒本に気を向けている途中も事態は進展する。
 どうやらミランダは黒本をまとめて回収して戻ってくるようだ。

『ガシャン。ガシャン』

 水晶を壊す音があたりに響いた。オレ達の飛行島よりもやや大きいサイズの飛行島。そこにあった水晶はそれほどの量があったわけではない。まとめて持ってくるにしろ、そこまで時間はかからないだろう。
 敵もいない、黒本はあっさりと手に入る。
 その状況にオレ達は油断をしていた。
 だから、ソレがいつからいたのかわからなかった。

「ミランダ!」

 突如、ノアが大声で叫んだ。
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