召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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終章 最強のお願い(ノア視点)

閑話 呪い子

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 王の月、4日目。南方大平原の端にある港町。世のすべてがそうであるように、その港町でも真昼は真夜中になった。
 人々は空を見て、ざわめきをあげた。漁師達はある者は甲板のうえから、ある者は船着き場で海を睨む。
 町の門番は、固く門を閉め、見張り台から外を、そよそよと揺れる森に警戒を払う。
 人々はこれから訪れる魔物の襲来に、怯えつつも冷静さを保っていた。

「きゃぁぁあ!」

 女性の叫び声があがった。
 その叫び声、最初の叫びは魔物によるものでは無かった。
 叫びは町のど真ん中で起こった。

「近寄らないで!」

 上半身裸で荷車を引いていた奴隷に、主人である女性が叫んだ。
 大柄ながらも気弱げな男は、主人の言葉に青ざめ動きを止めた。

「ひぃぃあぁぁ!」

 そんな奴隷もまた嫌悪感をあらわに顔をしかめ、女性から離れる。
 荷車の柄に躓き転けたが、彼は四つん這いのまま距離をとった。

「あいつ、呪い子!」
「呪い子だ」

 四つん這いの奴隷を指さし人々が言った。彼の背中には煌々と魔法陣が刻まれていた。
 呪い子を象徴する魔法陣。そして、嫌悪感を振りまく災いの魔法陣。

「あっしは違う、違う」

 奴隷は必死に訴える。背中を見ようと首を捻り、手を背中に這わせる。
 しかしながら新たな呪い子は……背に魔法陣が浮いた者は彼だけでは無かった。
 港で、船の甲板で騒ぎが起こり、連鎖していく。

「おっ、お前……背中が」
「お前こそ。呪い……魔神の」

 皆が皆、背に魔法陣を輝かせていた。
 魔神の復活と同時、人という人は皆が呪い子となっていた。
 南方とはいえ、人族の数は少なく無い。
 町の住人があちこちで互いに非難を始める。呪い子がもたらす周囲への不快感は、魔物の襲来に怯えていた人々の心へ、いとも容易く入り込んでいた。

「喧嘩だ!」

 町の何処かで誰かが言った。
 騒ぎは収まる事が無く、町のあちこちで住人同士の喧嘩が始まった。
 魔物の襲来を目前に町は崩壊しかけていた。

『ドォォン』

 爆発音がして、港で水柱が上がる。

「デュデュディアだ! 魔王だ!」

 港から見える海面に第6魔王が出現した。ムカデを彷彿とさせる巨大な体躯は、海の水を大きく巻き上げ港に雨のように海水を落とした。
 圧倒的な存在感。だが、混乱する状況にあって、魔王を見る者は少ない。
 本来であれば皆が団結すべき時にもかかわらず、人々は混乱していた。
 船は沈み、漁師は残った船を見捨てて逃げ惑う。
 混乱は益々深まるかと思われた。
 そんな時、静かに音楽が流れ出した。町に据えられた魔導具ハーモニーが起動したのだ。

「聞いて下さい!」

 魔導具を起動した女性が叫んだ。
 それは、この町出身の踊り子ラノーラだった。彼女はハーモニーを支える長い柄を右手に掴み、懸命に訴える。

「この音楽を! 聞いて下さい! 神々の曲を! ノアサリーナ様がもたらした歌を! 魔神の計略によって、私達が呪い子になったとしても! まだまだ、やれる事はあります!」

 ラノーラは大声で訴え、広間に突き刺してあったハーモニーを引き抜いた。
 姉のマリーベルは、ラノーラに駆け寄り呼び止める。

「ちょっと、ラノーラ」
「ここは私達の故郷。このまま終わるなんて嫌なの。だから、私は……」

 双子の姉であるマリーベルに答えながらラノーラはハーモニーを持って海へと向かう。
 ラノーラの目には、海から生えるように大きく登る第6魔王デュデュディアの巨大があった。
 魔導具ハーモニーに繋がる長い柄には、旗がついている。町を象徴する模様が編み込まれた旗だ。それは海風によりたなびき、海へと向かうラノーラと共に、人々の目に留まった。

「ノアサリーナ様だって、呪い子で、それでも、いつだって皆の為に頑張ってきたのです!」

 そしてラノーラは一際大きく叫んだ。

『パァン』

 一体の魔物が空中で破裂した。それは鳥のアンデッドだった。
 ハーモニーの奏でる音楽、それがもたらす効果、そしてラノーラの訴えが、人々の心に火を灯す。

「そうだった」

 誰かが言った。

「ノアサリーナ様は、あの幼さで、呪いを背負っておられる」
「なぜ我々が怯えなくてはならない」

 人々が次々と気丈な声をあげる。

「俺達はまだ負けても、死んでもいない!」

 混乱の中で、勇ましい声があがった。

「聖女様の魔導具を動かせ!」
「戦える者は、戦え! 戦えぬ者は舞え! 舞えぬ者は歌え!」
「俺達の町を守れ!」

 町を襲った恐怖という波は引き、勇ましさが町を覆う。
 しばらくすると、魔導具ハーモニーを抱えたラノーラを先頭に、多くの人が海へと向かっていた。魔王がうごめく海に向かっていた。そこには魔王すら恐れず、町を守ろうと決意した一団があった。

「嬢ちゃんはここまででいい」

 港まで来た時に、一人の漁師がラノーラに声をかけた。

「ですが……」
「ここから先は船乗りの領分だ。代わりと言っちゃなんだが、そいつを奏でて、ついでに舞か歌をたのむわ」
「では踊りを、私は踊り子なんですよ」
「ははっ。それは丁度良い」

 漁師はゲラゲラと笑った。それから海に残された船へと飛び乗る。それは始まりに過ぎず、次々と船に乗る者は増えた。剣を、槍を手に、船に乗る。
 船乗りが去り、魔導具の周りには、老人や子供が残った。
 皆が思い思いに歌い、舞う。戦う人達を鼓舞するように。

「きっと、大丈夫よね」

 しばらくして、魔王に向かう船をみたラノーラがマリーベルへと問う。

「大丈夫、船乗りは勇ましいもの。それに……」
「それに?」
「私達にはこれがある。ノアサリーナ様やサムソン様がもたらした知識がある」

 そう言ってマリーベルは踊りながらハーモニーを見上げる。

「うん。そうよね。後は、私達が最高の踊りで皆を応援すれば」

 ラノーラも頷きハーモニーを見上げる。
 いつしか町のあちこちから音楽が聞こえるようになった。
 それはハーモニーの奏でる曲で、アンデッドや死に忘れを排除する音楽。
 皆に勇気を与える音楽。
 マリーベルもラノーラも知らないが、同じような光景は世界のあちこちで起こっていた。
 町の希望を、魔導具ハーモニーと自分達の勇気に見いだしていた。

 だけど、この時はまだ誰も知らない。

 この魔導具が起こす本当の奇跡を。
 魔導具ハーモニーが青い光をさらに増して本物の奇跡を起こすのは、これからだという事を。
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