陛下は私の声でしか眠れない

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そして早速、オルガニア帝国での奇妙な生活が始まった。

ふわふわのベッドで目覚め、用意されていた朝食と紅茶で最高の時間を過ごす。そしてのんびり新聞を読んだ後、就業時間に皇帝の元を訪れるのが基本のルーティーン。日中はハビックさんに任される雑用をこなしながら皇帝の体調に気を配る。

そして夜、むしろそこからが本業だ。
皇帝の寝所を訪れてぐっすり寝かすまでが私の仕事。万が一この声に効果がなかった時のために毎夜神経を尖らせている。
皇帝には落ち着く香りがするバスオイルを入れた湯船にしっかり浸かってもらいその間私は寝所を整える。最適な室温と湿度、適温の湯冷ましを準備し皇帝の戻りを待つ。
そして湯上がりに軽くマッサージをし、布団に入ってもらうまでが第一段階だ。そして第二段階はというと……




「さてと、今夜はどうしましょうか」

キングサイズのベッドの横にある椅子に座り、持ってきた手帳を取り出しながら声をかける。

「昨日お話したのは『私が迷い猫を追いかけたら盗賊の隠れ家にうっかり入った話』でしたね」
「あぁ、なかなか面白かった」
「んー……じゃあ『海水浴に行った時に沈没船を見つけて国から表彰された話』はしましたっけ?」
「それは3日前に聞いた」

皇帝はくわぁっと大きな欠伸をして答える。

(んー……参ったなぁ。じゃあどの話をしよう)

パラパラと手帳を眺めながらつい唸った。

皇帝の最近のお気に入りは、私が過去に体験した珍エピソードを聞きながら寝落ちすることだ。
自慢ではないが私は人より変な体験談が多い。
昔から何か話のネタになればとこうして手帳に綴り続けてきたけれど、まさか他国の皇帝相手に披露する日が来るとは。

「えーっと、じゃあ……」
「たまには趣向を変えて、貴女の話が聞きたい」
「?私の話……ですか」

いつも話してるのに?
そう聞き返そうとした時、皇帝はゴロンと寝返りしてじっとこちらを見つめてきた。

「貴女はどんな子供だったんだ」
「どんなって……別に普通ですよ?皇帝陛下にお話できるような面白い人生は特に歩んできてないですし」
「いいから」

有無を言わさない口調に思わず苦笑した。

(こうなったら意地でも譲らないのよね、この人)

最近、何となくレイトン=オルガニアという人物が分かってきた。
普段は口数も少なくて話しかけるなオーラを出しているくせに、いざオフになるとこうして我が儘を言えちゃうくらい強引で人懐こい。
一言で表すなら“生意気な弟”って感じだ。

開いていた手帳をパタリと閉じ、過去をゆっくりと思い出しながら口を開く。

「……私の家は、お世辞にもいい暮らしが出来るような貴族ではありませんでした。家庭教師を雇うお金もなくて、日中は父の仕事を手伝いながら空いた時間で母から教養を叩き込んでもらっていたんです」

(懐かしい……今思い出しても大変だったわ)

寝る暇もなく働き続けたあの日々。
それでも笑えて話せるのは父も母もとても優しかったから。そんな2人のために役立てることが何よりも嬉しかったからだ。

「そんな時、唯一の娯楽は書斎にある魔法書を読むことでした」
「魔法書……?」
「外国のものまであって全て読むのに苦労しました。辞書で言葉を調べて、でも楽しくて……」

それまで知り得なかった世界に、子供の私はどんどんのめり込んでいった。

「15歳のとき王宮教師の採用試験を受けました。得意の魔法学であれば受かる自信もありましたし……結果として15歳という史上最年少で王宮教師になれました」
「優秀だったんだな」

(優秀か……)

12歳で皇帝になった彼に言われると少し嫌みのようだけど、きっとこれは本心なのだろう。

「ロザリアンヌ……えっと、ベルスワン王国の王女様付き王宮教師になると、生活は領地にいたときよりも過酷になりました」

専門は魔法学、なのに私は王女付きという理由での教育を任されることになった。
基礎知識はもちろんマナーにいたるまで全部。

(きっとみんなロザリアンヌ様のお世話に頭を悩ませていたんだわ)

蝶よ花よと育てられたロザリアンヌ様は愛らしい見た目に反し、なかなか厄介な性格の持ち主だった。
プライドが高く何でも思い通りに進まないと気が済まない。上手くやったと思っても次の日にはあっさりクビになる、そんな教育係や侍女がごまんといたと前任の王宮教師から聞いた。

「それでも辞めなかった理由は?」
「単純にお給金が良かったんです。大臣たちはよほど退職させたくなかったのでしょう、最終的には相場の3倍以上の金額を出してもらいました」

私がいなくなればまた誰かが王女の犠牲になる。
保身のために大臣たちは私に大金を握らせ、何としても辞めさせないようにした。

(若い貧乏令嬢がどうなろうと知ったこっちゃないんでしょうね)

最初から私は全てに見捨てられていた、それに早く気付いていればその先もっと傷付くことはなかったのに。

「2年ほど働いた頃でしょうか、王女様から元夫を紹介されました。“そろそろ身を固めて両親を安心させてあげたらどうか”と。……彼女は、私が両親のことを出されたら断らないと気付いていたんです。結婚話はとんとん拍子に進み、すぐに彼を婿として迎えました」

親を安心させたくて結婚した私が、一方的にジョアンを責めるのも違う。それでも……

「彼が……少しでも歩み寄ってくれていたらと後悔しています」

今でも、と呟く。

「……シルヴィナ」
「?」
「今さら自分の口の悪さを隠すつもりはない。だから遠慮なく言わせてもらう」

ハァとため息をついた皇帝は呆れた表情で顔を上げた。


「お前、ほんっとうに頭悪いな」
「………………は、ハァ?!」

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