【完結】人形と呼ばれる私が隣国の貴方に溺愛される訳がない

番外編 小さな天使

※ ロアとソフィアの子供が生まれる話。











「あの……ロア様？」

「ん？」

「そろそろ出掛ける準備をなさらないと」

私は出来るだけ優しく声を掛ける。
その相手はベッドに腰掛ける私の腰に腕を回し、まるで子供のようにぎゅうぎゅうと抱き締めている。
いつもはクールで男らしい旦那様なんだけど、今朝はいつにも増して駄々をこねている様にしか見えない。

他の騎士団の方々が見たら倒れてしまいそうだわ。

「旦那様」

「……行きたくない」

そっと髪に触れ優しく頭を撫でればゆっくりと顔を上げるロア様。ちょっと拗ねた表情に思わず笑ってしまう。

「ちゃんと待っていますよ、この子と一緒に」

そう言って私は大きく膨らんだ自分の腹をそっと撫でる。


ロア様が最近私と離れがたくなっている理由、それはこの大きなお腹の中にいるこの子の影響だと思う。

妊娠が分かった時ロア様はあまりの衝撃にしばらく固まってしまっていた。あの時は本当に大変だった……だって私を素早くベッドに寝かせ「絶対に動いてはダメだ」なんて真面目な顔で言うんだもの。
心配してくれてるのは嬉しいけど過保護に拍車がかかってしまったのよね。


「俺が外出している間に産まれてしまうかも知れない」

「そうですね、お医者様のお話だとすぐにでも産まれてもおかしくないと仰っていましたね」

「……やっぱり心配だ」

「昨日もそう言って周りの方々にご迷惑をお掛けしていましたね？」

満面の笑みでチクリと言ってやればロア様は言葉を飲み込み視線を逸らす。

「何かあれば直ぐに連絡させますから、お仕事頑張ってきて下さい」

「……分かった」

ようやく私から離れ支度をし始める旦那様。
私はそっとお腹に触れた後、その支度を手伝い始めた。






＊＊＊＊＊

そして、その瞬間は突然やって来た。

「っい……！！」

「奥様っ！奥様しっかりなさって下さい！」

激しく痛み出すお腹と腰。あまりの痛みに全身から汗が噴き出し言葉にならない呻き声だけが漏れる。
側にはリンデルが心配そうに私の手を握り、お医者様は赤ちゃんの様子をじっと見守る。

「うっ、ぁっ……ロアさまっ、は？」

「はいっ、すぐに人を向かわせましたのでもうしばらくしたら戻られます！」

ああ、良かった。
あんなに毎日楽しみにしていたんだもの、すぐにでも会わせてあげたかった。

「奥様っ、もう少しです！今ようやく頭が！」

もうすぐ会えるのね。痛みのせいなのか涙が滲み始める。
だったら私も頑張らなくちゃ……っ！




おぎゃあぁあー！




元気な産声が屋敷中に響き渡る。
この声を、どれほど待ち望んでいた事だろう。

「奥様っ！奥さまっ、お生まれになりましたよ！」

抱き上げる医師の腕の中でその子は必死に泣いていた。
小さくて顔をくしゃくしゃにしながら大きな声を出すその子に力なく笑いかける。

「やっと会えた……」

あなたが来るのをずっと待っていたわ。
私と、あなたのお父さんと一緒に。
とても小さなその手に触れながら私は静かに目を閉じた。




「ソフィア！」

バタッと大きな音を立ててロア様は部屋に飛び込んできた。馬車を猛スピードで走らせて来たのか想像以上に早く到着されたのね。

肩で息をしながらベッドサイドに歩み寄る。

「お帰りなさいです」

「身体は大丈夫か？どこか痛むとかないか？」

「ええ、ご心配お掛けしました」

ニコッと微笑めば安心したように一息つく。私の身体を労ってくれるのがとても嬉しい、こういう所がロア様の素敵なところ。

ふとベッドの横にあるゆりかごに視線をやれば、ロア様は恐る恐るその中を覗き込む。

「っ……小さいな」

「ええ、貴方によく似た男の子です」

「そうか。……寝顔は君によく似ている」

眠っている我が子を見つめながら小さく微笑む。
無事に生まれてきてくれた我が子は男の子だった。今はすやすや眠っているが、さっきまで弱々しく泣いていて心配していたけど……。

「抱いてみますか？」

「っ……こんなに小さくては潰してしまう」

「大丈夫です、一緒にやりましょう？」

ゆりかごから抱き上げベッドに座るロア様へとそっと渡す。緊張しながら抱く大きな手に自分の手を重ねれば少し力が抜け優しく抱いてくれる。

「温かいな」

「そうですね」

「……ルーカスはどうだろうか」

ふにふにと頰を指で突きながらロア様は言う。
もしかして……この子の名前？

「光という意味を込めて、この子を真っ直ぐ幸せに導いてくれるように」

「素敵な名前です。ルーカス……この子にぴったり」

ふふっと小さく微笑めば眠りながらルーカスも笑っている気がした。

私とロア様と、ルーカス。
幸せがまた一つ増えた日になった。