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13 ルドルフ視点
しおりを挟む「今月中の決裁書類は?」
「全て完成し、王宮に提出済みでございます」
「騎士団からの要請は?」
「しばらくありません」
「領地からの呼び出しや視察の予定は?」
「いいえ、何も」
その言葉を聞き、ガタッと勢いよくデスクから離れる。
「正面に馬車を呼んでくれ。コンコート教会に向かう」
「もう発たれるのですか?予定では明日の朝に到着することになっておりましたが」
「リゼリアが心配だ」
身支度を素早く整えていると、側で見ていた執事のゴードがクスクスと小さく笑い出した。
「……何だ」
「いえいえ、まさかあの坊っちゃまが女性のためにこんなに必死になるとは……よほど奥方様が大切のようで、私は嬉しゅうございます」
「子供扱いするな」
ゴードは父の代からこの家に仕え、昔は俺の教育係をしていた。だからなのか、今でもたまに人目がないところでは子供扱いする。幼い頃に父を失くした俺と母上を支え続けてくれたからこそ、今でも頭が上がらないのは確かなんだが……未だにこいつの中で、俺はまだ坊っちゃまらしいのが気に食わない。
「ですが本当に奥様がこちらにいらしてから表情が優しくなられましたな」
「自分じゃ分からん」
「今までは仕事もセーブするようになられましたし、本当に奥様には感謝しかありません」
ふふっと笑い満足そうなゴードは、荷物をまとめ部屋の外にいる侍女に渡した。
(確かにそうかもな)
リゼリアが屋敷に来てから体も心も余裕を感じる。
それまではがむしゃらに戦場を駆け抜け、ようやく帰ってきたと思えば部屋にこもり領主の仕事。自室のベッドで寝た記憶もないくらい働き詰めの毎日だった。
(仕事は楽だ。余計なことを言われなくて済む)
余計なこととは、周りからの結婚話だ。
国王陛下の甥に当たる俺の元には沢山の縁談が来た。それは国内だけでなく他国の姫やら令嬢やら……たとえそれが政略的な結婚だったとしても理解はあった。
だが、女性という生き物は……俺の想像を遥かに越える恐ろしい存在だった。
一日中俺をストーキングする女、ライバルを暴漢に襲わせる女、中でも一番酷かったのは媚薬入りの菓子を食わせ既成事実を作ろうとする女までいた。
(あの時はさすがに頭にきて、さっさと国に帰してやったんだったか……)
とにかく女性が苦手だった。ある1人の存在以外は。
今思えば、あれが俺の初恋だった。
(リゼは忘れてしまっただろうか……あの夏の夜を)
出発の準備が整い部屋を出ると、廊下の向こうから若い侍女がバタバタと走ってくるのが見えた。すかさずゴードが彼女の前に立ち、呆れたようにため息をついた。
「廊下を走るなんて三流のすることですよ」
「も、申し訳ございませんっ!ですがっあの、お客様が!」
客人?
今日は誰とも約束はしていないし、事前の連絡もなしにやって来るような礼儀知らずの知り合いはいないはず。
怪訝な顔でゴードと顔を見合わせると、侍女はゴクッと生唾を飲み込み息を整えた。
「その……奥様に」
「リゼに?誰だ」
「リアンナ=コルトピア伯爵令嬢と、お連れのイーサン=ネクトという青年です。奥様にぜひとも会わせてくれと」
その名前を聞いて、さっきまで良かった気分がどん底まで落ちていった。
リアンナ=コルトピアはこの国じゃ有名だ。
騎士団の中にも何人か彼女に想いを寄せている奴もいる。が、正直俺にとっては苦手なタイプだ。
作り物のように完璧な微笑みが血の通っていない人形のように思えてしまう。きっと多くの男たちに言い寄られてきたんだろう、どんな賛辞も彼女は謙遜することなく普通に受け入れていた。
(そんな女より、謙虚で控えめなリゼの方がよほど可愛らしいのに。見る目がない男ばかりだ)
……いや、一人だけいたか。
一度だけ闘技場の廊下で会ったことがある、あの男。
恐らくあの時の男が今来たというイーサン=ネクトなのだろう。
どんな容姿をしていたか思い出せない。あの時は頭に血がのぼってそれどころじゃなかったからな。
「奥様は不在だと言って追い返しなさい」
「旦那様にも直接話がしたいと……もう1時間以上、正門の前で騒いで帰らないんですっ!」
疲弊した様子を見るに彼らは相当ごねたらしい。
これ以上、面倒ごとにならないうちに警備隊を呼んで追い返すか。そう考えていると、また1人侍女が走ってやって来た。
「旦那様っ!先ほど来訪したコルトピア伯爵令嬢様とお連れ様が……」
「どうせリゼを連れ戻しに来たんだろう。実の姉だろうが会わせるとわけには」
「一緒に来た青年が、自分こそが奥様と結婚するにふさわしいと」
ピキッ──
こめかみの血管が切れるような音がした。
「……なんだって?」
「え?あ、いえそのっ!」
「誰が、誰に相応しいと?」
「ひぃっ!」
詰め寄ると彼女は恐怖のあまり腰を抜かしてしまう。
(分かりやすい挑発だ。冷静にならないといけないのに)
何故だろう、リゼリアのこととなると制御がきかない。
ましてやこのネクトという男は彼女を自分の妻だと言った。冗談にしてはタチが悪すぎる。
「……良いだろう。応接室に通せ」
「旦那様っ?!」
「リゼがいなくて良かった」
いたら彼女は俺を敬遠してしまうかもしれない。万が一にも嫌われるような可能性は避けたかった。
「リゼに害をなす存在は何としても排除しなければ」
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