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しおりを挟む今、何が起きた?
「全部回収したつもりだったけど、やっぱり少し体内に残っちゃったな。でもまぁそれも5%くらい……うん、問題ないか」
この女は一体何を言っている?
平然と手のひらを見つめるストラーダの嫁は、もう俺に興味がないのか全くこっちを見ない。
「ぼ、ぼ、僕の魔力をお、まっ!」
守護力の魔法石を奪われた。
特殊な魔法(?)で吸収されて、気付けばあいつの身体に染み込んでいった。それよりも何なんだあの魔法、見たことないぞ?飛行魔法?ちがう。浮遊とはまた別の、もっと高度な……ってそんなことはどうでもいい!
「分かってるのか?ま、魔法石の強奪は死罪だぞっ?!そ、それを分かってて、分かってやったのか?!」
「強奪……まぁ、強奪ならそうですね」
「そうですねって……お前、」
この女、頭がイカれてる。
並みの魔法石でも強奪は死罪、それが守護力であれば家族も血縁も皆殺しだ。最近結婚したのであれば、あのいけすかない野郎に迷惑をかけるどころの騒ぎじゃないだろ!
(……それとも最初からこれが目的で?)
それなら妙に納得できる。第二騎士団長というポジションのくせに浮いた話が一つもなかったアイツが、いきなり結婚だなんておかしいと思ってたんだ!
「お、おいっ!!誰かいないのか?!衛兵っ!」
ならばさっさと始末するだけだ!くそっ、こんなことになるなら二人きりになんてなるんじゃなかった!
「呼んでもいいですけど、そんなことしてる余裕あるんですか?」
「ハァッ?!」
「あれ、もうすぐ消えますよ?」
ひょいっと指差したのは窓の外。あれって……
「?!」
すぐに窓を開けて見上げると、空を覆っていたドーム状の防御結界が一瞬ぐにゃりと大きく歪んだ。
「結界が……」
「魔法石を失ったせいで魔力の供給が間に合ってないんでしょう。あと10分もすれば消えますよ」
「!!!」
結界が……消える、 だと?
「ダメだ……それだけは許されないっ!」
「何故?」
「バカか!あの腑抜けの王が黙っちゃいない!そ、そそっそれにシャルロッテが…」
「ふふっ」
会話の途中、軽やかな笑い声に言葉が詰まった。
笑った……だと?!ふざけやがってこの平民もどきが!
「変わりませんね貴方は。12年前からずっとシャルロッテ=ニュートロンに怯えてる、どんなに英雄のように振る舞っても本質は昔のままですね」
「は?昔?君のような小娘なんか知らな……」
「いやいやいや、人から魔力奪っといて忘れましたはないでしょう?」
“魔力を奪う”という言葉に心臓が一瞬止まった。
(何故……どうしてそれを)
誰も僕に魔力がないことを知らない、知るはずがない。だって小さな商会の下働きだったトーマという青年のことなんか誰も知らないから。
本当に、誰も…………?
記憶の引き出しを片っ端から開けていく。古くて消し去っていた真実をこじ開けたとき、今目の前にいる彼女と同じアメジストの瞳を見つけた。
(そうだ、あの子も同じ色の瞳だった)
一言で現すとしたら“無垢”
孤児という不遇の境遇でありながらも彼女だけは誰よりも輝いていた。他者を羨まず、妬まず、なのに芯が強い……だからこそ騙しやすかった。
人間の汚い欲望を知らない少女を騙すのは、この見た目で女たちから日銭を稼ぐよりも簡単だ。だからシャルロッテの台本通り、みんなが憧れる王子様を演じた。そして、手に入れたんだ……ヴァネッサから!
「久しぶりですね、トーマさん」
あぁ、あの小さかった少女が復讐しに来た……のか。
「お、驚いた……ずいぶん見ない間に、す、すっかり大人びたんだな!」
「12年経ちますから、そちらは私のことなんか全く覚えていなかったみたいですけど」
「き、君があまりにも美人になってたからね!」
はははと乾いた笑いしかでてこない。
(まさかこの女があのガキだったなんて……いやそうか、12年経てばもう成人だもんな)
確かに可愛らしい顔をしているとは思っていた。が、当時僕が20歳でヴァネッサは12才。幼女に本気になるほど女に飢えてなかったし、何より全部シャルロッテの作戦だったんだから記憶も薄い。
(ん?でも待てよ、復讐するために好きでもない男と結婚までしたってことは……裏を返せば、それだけ僕に執着してるってことだよな?)
思い出したのはアイゼル=ストラーダへ執着するシャルロッテの姿。女という生き物は手に入らなければ入らないほど欲しがる。
もしかして……ヴァネッサは僕のこと、未だに好きなんじゃないか?
(だとしたら、攻めるタイミングは今しかない!)
「すまなかったヴァネッサっ!」
僕は彼女の足元に跪く。
下から見上げと、彼女の冷たい視線が真っ直ぐ突き刺さった。
「あれは僕の本心じゃない、全部シャルロッテの命令だったんだよ!たまたま君に守護の力で助けてもらった話をしたら奪って来いって……僕みたいな下働きが、筆頭公爵家のご令嬢に逆らえるわけないだろ?仕方なくだったんだ!」
なるべく瞬きを少なくして目を潤ませてみる。年季は入ったがまだまだ騙せるはずさ。
「許してくれ……お願いだ!」
「……許しません。けど、」
「けど?」
「情状酌量の余地はあります」
(何だと?!っくそ、生意気な……!)
「今度、クヴェン殿下主催で結婚披露パーティーを催せることになりました。沢山の来賓がいる中であの禁忌術で魔力を奪ったことを打ち明けてください」
「……そ、それは、」
「でなければニュートロン家はまた繰り返すでしょう?それを約束してもらえるなら防御結界は張り直しておきます、国民には関係ないことですからね」
つらつらと説明するヴァネッサに苛立ってしまう。何でこいつが仕切ってるんだ?孤児のくせに!
(だが我慢だ、我慢。ここでやり合っても勝ち目はない)
「わ、分かった!王国のためだ、約束するよ」
「……では」
ヴァネッサがパチンと指を鳴らすと、濁っていた防御結界が消え代わりに透明なベール状の結界が国を覆った。
とりあえず結界の方はひと安心、にしてもヴァネッサのやつあんな簡単に防御結界を張ってしまうなんて……こいつも化け物だな。
「トーマさん」
「!」
「約束ですからね」
じっと見つめてくるヴァネッサはにこりともせず、そのまま屋敷から出ていってしまった。
「は、ははははは……」
自室のベッドの上に寝転び天井を見つめる。
(最悪だ、パーティーまで時間も限られている。それまでに何とかしないと……)
するとガチャリと扉が開く音がして、ためらうことなく入ってきた人物にますます血の気が引いていった。
最悪は重なる。今一番会いたくなかったし、一番声を聞きたくなかった。しかし時すでに遅し、悪魔はニィと三日月のように口角を上げてゆっくりと近付いてきた。
「話はぜーんぶ聞いちゃったわよ、トーマ」
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