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しおりを挟む彼女に出会い、私は一瞬で恋に落ちた。
初めて姿を見かけたのは国一番の繁華街。
飲食店が立ち並ぶ裏通りは常に酒や煙草の臭いで充満している。そんな欲にまみれた場所には縁遠い、背筋をピンとして一人の女が歩いている。
綺麗に手入れをされた金髪に透き通るような肌、そんな彼女はすれ違う男たち全員の視線を集めていた。
あの日の私は妻と喧嘩し、家を出ていつもの居酒屋で一杯飲み終わった帰りだった。
美しすぎる彼女と出会い、こんな運命を逃せないと思い彼女の跡をつけていった。そして、彼女はある屋敷の中へと入っていくのを見送ったのだ。
「ここは……」
そこは、この街一番の娼館だった。
*****
あれから3年の月日が流れた。
「ああ……やっとだ、やっと3年が経った」
私は朝一番に部屋のカーテンを開けて窓を開けた。
何て清々しい朝なんだろう、まるで今日という日を天候までもが祝福してくれているようだ。
私は今にも小躍りしたい気持ちをグッと堪えた。
今日、私は生まれ変わる。
どういう事かって?
それは愛した女性をようやくこの手に入れることが出来るからだ!
あの日街で出会った女性はリリーという名前の娼婦だった。私はあの後すぐさま娼館に入り彼女を指名した。が、門前払いを食らってしまった。
リリーは特別な待遇を受けており、初めて来た客は彼女に会うことすら叶わなかった。
私は何とかして彼女に会いたかった。
ありとあらゆるコネクションを駆使し大金を使い時間も手間も尽くした。そしてようやくリリーと話が出来たのはそれから2年が経った頃だ。
そこまで来た私はもちろんがっつくようなミスはしない。いきなり手を出すような野蛮な真似はせず、どうでもいい会話を積み重ね沢山のプレゼントも送った。
リリーには私が心優しい紳士に見えているだろう。
ふふっ……だがそれも今日までだ。
私は今日、リリーを身請けする。
「ああ、待ち遠しい……早く夜になれば良いのに」
今日のために私は一生懸命働いた。が、彼女を身請けするにはそれでも金が足りない。
なので我がベロニア侯爵家が所有するいくつもの利権を売った。土地を手放した。終いには妻の実家でもある男爵家の土地を担保に銀行から金まで借りたんだ。
(大丈夫……リリーがそばに居てくれれば何だって頑張れる。それに品が良くてマナーがなっている彼女ならすぐ貴族の世界にも馴染めるさ)
妻のアンジェリカは男爵家の娘でありながら学もないしマナーも最悪。そんな彼女よりもリリーの方が優雅で貴族らしく見えた。
そんな女でも、数年前までは可愛く見えたんだが。
「ジョエルっ!どこにいんのよ?!」
部屋の外からキーキーとうるさい声が聞こえる。ああ、最高の気分だったのに一気に萎えてしまう。
私は重い足取りで部屋を出た。
「ちょっと!呼んだらすぐに来てよ!」
「無理を言うなアンジェリカ」
私の前にゴテゴテしたドレスを着た妻が現れる。
「もぉ!今日は一日買い物に付き合ってくれる約束でしょ?!いつまで寝てるの?!」
「たまの休みくらい寝かせてくれよ」
「ダメよ!」
昔は可愛かった我儘も数年経てば腹立たしい。
ぷぅと頬を膨らませるアンジェリカ……いやいや、お前もうそんなのが通用する年齢じゃないだろ?ほらみろ、化粧も崩れて見ていられないじゃないか。
そう言ってやりたいが、言えばすんすんと泣きじゃくってうるさいので言葉を飲み込んだ。
「アンジー、お前先週も街に買い物に出かけたじゃないか。何をそんなに買うものがあるんだ」
「女の子は大変なの!ドレスもアクセサリーも新作じゃないと周りに笑われちゃうんだから!」
よくもまぁそんなことが言えるもんだ。
侯爵夫人としての公務はすっぽかし、夜会などの派手な社交場には進んで参加するくせに。
結婚したときはこんなに金がかかる女とは思わなかった。今じゃただのうるさい金食い虫だ。
(まぁいい。それも今日までの辛抱)
リリーを身請けしたらアンジェリカとは離縁する。
そうだ、あの女のようにまた娼館に沈めてやろう。アンジェリカも顔だけはいいからきっと客は取れるはずだ。
「ジョエル聞いてるの?!」
「ああ。……今日の夜は少し予定があるから、付き合うのは昼までだぞ」
「えぇ?!何で?夜いないの?」
「野暮用さ。その代わりレストランで食事をしておいで。ほら、前に美味しいと言ってたあの有名店の予約をしてあるから」
「まぁ!ほんと?ありがとジョエル!」
この日のために抜かりはない。
うるさいアンジーはレストランで食事をさせて、私はゆっくりとリリーを口説こうじゃないか。
「ジョエル、愛してるわ!」
「……私もだよ」
今日まではね。
心の中でそう付け加えながら、飛び付くアンジェリカの身体を抱きしめ返した。
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