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しおりを挟むそしてようやく夜を迎える。
日中は本当に疲れた。
アンジェリカはブティックやら宝石店を次々に周り、値札も見ずに気に入った物を買っていく。付き添いなんて必要ないはずなのにまるで自分の夫は金持ちで優しいのだと周りにアピールしたいだけに思えた。
(思わぬ出費だ)
最後の最後まで手のかかるアンジェリカに舌打ちしてしまう。
終いには「夜、部屋で待ってるわ」なんて誘ってきやがった。あの淫売、散々抱いてやってるというのにまだ欲しがるか?結婚して数年経つのに子が出来ないからな、きっと跡取りを産まないと捨てられると思って焦っているんだろう。
まぁ今の私はそんなことよりもリリーだ。
(身請けの話をしたらきっと喜んでくれるぞ。もしかしたら泣いて飛び付いてくるかも知れない)
なにせ娼婦が侯爵夫人になれるんだから。
「ふふふ……」
私は手に持った紙袋の中をチラッと見る。
中には真っ白な百合の花束。
(プロポーズには花束と相場が決まっている)
ちなみにアンジェリカの時は100本以上の真っ赤なバラだった。それをあの女、手入れもせず数日で枯らしてしまったが……リリーはそんな事しないだろう。
花束を抱えて嬉しそうに笑う彼女を想像しながら、私は足早に娼館へと向かった。
*****
「邪魔するぞ」
通い慣れた館の扉を開ける。
中はシンプルだが品のある内装。何も知らない者が訪れれば敷居の高いラウンジのように思うだろう。
「おやおや、こんな早い時間にお越しとは珍しいですね。ベロニア卿」
出迎えたのは背の高い男。
やけに品の良いこの男、ここではレンと呼ばれている。娼館の主であるレンはいつもようにニコニコと笑いながら近づいて来た。
「ちょうど良い。お前に大事な話がある」
「私にですか?ベロニア卿がすぐさまリリーにお会いにならないなんて珍しい」
ふふっと笑うレンに舌打ちをする。
私はこの男が好きじゃない。飄々とした態度で客をじっくりと値踏みする。初めてここに飛び込んできた時だって、私を侯爵と知りながらも「どうぞお引き取り下さい」などと言って退けた。
ルールを知らなかった私も悪い、だが相手は侯爵だぞ?普通は融通を効かせるだろ。
「でしたら奥の部屋に……」
「いや、ここで済む話だ」
私は胸ポケットから一枚の小切手を出した。
「……これは?」
「身請け金だ。これでリリーを貰い受けよう」
正真正銘、有り金全部だ。
続けてそう言えばレンはじっとそれを見た後、静かに私の方へ顔を上げる。
「……ベロニア卿」
「女一人買うには充分すぎるだろう?文句はないはずだ」
「急なお話ですね、相談もなしに」
ネチネチと小うるさい奴だ。
「女を商売にしているお前のようなハイエナが私に偉そうな口をきくな。黙って金を受け取りリリーを引き渡せ」
下手に出ていれば調子に乗りやがって。……まぁいい、こんな奴にもう用はないんだ。早くリリーの元に出向いて安心させてやらなくては。
私はリリーが待ついつもの部屋へと向かう。
「そうだ。今度前のように女を連れてくる、言い値で良いから買ってくれよ」
「……それは、今の奥方様ですか?」
「出どころは他言無用で頼むぞ」
「……承知いたしました」
レンをその場に残し私は部屋を出た。
(ウジ虫が……あんな奴に飼われていたなんてリリーが気の毒すぎるな)
美しく清らかな彼女がこんな薄汚い世界に身を投じてしまったんだ、きっと深い事情があるのだろう。借金の肩に親に売られたとか、騙されて連れて来られたとか。
(可哀想に……だが安心しろ、この私がお前を世界で一番幸せな花嫁にしてやる!)
高まる気持ちを抑えながら私はある部屋の前で足を止めた。
一呼吸つき軽くノックをする。返事を待たずして扉を開ければ、窓際の小さな椅子にちょこんと座る可憐な女性がこちらに気付き微笑んだ。
「旦那様」
小鳥のさえずりのように心地いい声。
「リリー」
「お待ちしておりました」
ふわりと優しく微笑む彼女こそ、私の愛するリリーだ。白いワンピースにサファイアのイヤリング、アンジェリカのように派手ではない控えめな化粧。
(あぁ……本当に美しい)
この国一番の美しさではないか?優雅な足取りでリリーはこちらに歩み寄って来た。
「リリー、今日も変わらず美しいな」
「ありがとうございます」
「最近は忙しくて会いに来れなかった。寂しい思いをさせてすまないね」
「いえ、侯爵様のお仕事は大変でしょうからお気になさらないで下さい」
ニコッと微笑むリリーに私はまた胸が締め付けられる。なんていじらしいんだ!自分も身を売るという過酷な仕事をしているのに、私をこんなにも気遣ってくれるなんて。
「お疲れでございましょう?お茶を入れますわ」
「ああ。……リリー」
「はい」
「今日は君に喜んでもらえるプレゼントを持ってきたんだ」
「まぁ、何でしょうか」
「ふふっ、それは後でのお楽しみさ」
リリーの驚いた顔が目に浮かぶ。当の本人は分かっていないようで、きょとんとした顔のまま私を見つめた。
(あぁ可愛らしい、今すぐ抱き締めてキスを……いやいや待て待て、今日まで我慢してきたんだ。最後の最後にがっついて台無しにしてどうする)
彼女の前では理性を保つのは難しいな。
「旦那様?」
「あ、ああすまない。ではゆっくりお茶をした後に」
「ええ」
ニコッと微笑むリリーは私を中へと案内する。
いくら平民以下とはいえリリーも女だ。ロマンチックなプロポーズを夢見ているに違いない。
私は早る気持ちを鎮めながら扉を閉めた。
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