【完結】白百合の君を迎えに来ただけなのに。

文字の大きさ
2 / 8

しおりを挟む

そしてようやく夜を迎える。

日中は本当に疲れた。
アンジェリカはブティックやら宝石店を次々に周り、値札も見ずに気に入った物を買っていく。付き添いなんて必要ないはずなのにまるで自分の夫は金持ちで優しいのだと周りにアピールしたいだけに思えた。

(思わぬ出費だ)

最後の最後まで手のかかるアンジェリカに舌打ちしてしまう。
終いには「夜、部屋で待ってるわ」なんて誘ってきやがった。あの淫売、散々抱いてやってるというのにまだ欲しがるか?結婚して数年経つのに子が出来ないからな、きっと跡取りを産まないと捨てられると思って焦っているんだろう。

まぁ今の私はそんなことよりもリリーだ。

(身請けの話をしたらきっと喜んでくれるぞ。もしかしたら泣いて飛び付いてくるかも知れない)

なにせ娼婦が侯爵夫人になれるんだから。

「ふふふ……」

私は手に持った紙袋の中をチラッと見る。
中には真っ白な百合の花束。

(プロポーズには花束と相場が決まっている)

ちなみにアンジェリカの時は100本以上の真っ赤なバラだった。それをあの女、手入れもせず数日で枯らしてしまったが……リリーはそんな事しないだろう。

花束を抱えて嬉しそうに笑う彼女を想像しながら、私は足早に娼館へと向かった。



*****

「邪魔するぞ」

通い慣れた館の扉を開ける。
中はシンプルだが品のある内装。何も知らない者が訪れれば敷居の高いラウンジのように思うだろう。

「おやおや、こんな早い時間にお越しとは珍しいですね。ベロニア卿」

出迎えたのは背の高い男。
やけに品の良いこの男、ここではレンと呼ばれている。娼館の主であるレンはいつもようにニコニコと笑いながら近づいて来た。

「ちょうど良い。お前に大事な話がある」
「私にですか?ベロニア卿がすぐさまリリーにお会いにならないなんて珍しい」

ふふっと笑うレンに舌打ちをする。
私はこの男が好きじゃない。飄々とした態度で客をじっくりと値踏みする。初めてここに飛び込んできた時だって、私を侯爵と知りながらも「どうぞお引き取り下さい」などと言って退けた。

ルールを知らなかった私も悪い、だが相手は侯爵だぞ?普通は融通を効かせるだろ。

「でしたら奥の部屋に……」
「いや、ここで済む話だ」

私は胸ポケットから一枚の小切手を出した。

「……これは?」
「身請け金だ。これでリリーを貰い受けよう」

正真正銘、有り金全部だ。
続けてそう言えばレンはじっとそれを見た後、静かに私の方へ顔を上げる。

「……ベロニア卿」
「女一人買うには充分すぎるだろう?文句はないはずだ」
「急なお話ですね、相談もなしに」

ネチネチと小うるさい奴だ。

「女を商売にしているお前のようなハイエナが私に偉そうな口をきくな。黙って金を受け取りリリーを引き渡せ」

下手に出ていれば調子に乗りやがって。……まぁいい、こんな奴にもう用はないんだ。早くリリーの元に出向いて安心させてやらなくては。

私はリリーが待ついつもの部屋へと向かう。

「そうだ。今度女を連れてくる、言い値で良いから買ってくれよ」
「……それは、今の奥方様ですか?」
「出どころは他言無用で頼むぞ」
「……承知いたしました」

レンをその場に残し私は部屋を出た。

(ウジ虫が……あんな奴に飼われていたなんてリリーが気の毒すぎるな)

美しく清らかな彼女がこんな薄汚い世界に身を投じてしまったんだ、きっと深い事情があるのだろう。借金の肩に親に売られたとか、騙されて連れて来られたとか。

(可哀想に……だが安心しろ、この私がお前を世界で一番幸せな花嫁にしてやる!)

高まる気持ちを抑えながら私はある部屋の前で足を止めた。
一呼吸つき軽くノックをする。返事を待たずして扉を開ければ、窓際の小さな椅子にちょこんと座る可憐な女性がこちらに気付き微笑んだ。

「旦那様」

小鳥のさえずりのように心地いい声。

「リリー」
「お待ちしておりました」

ふわりと優しく微笑む彼女こそ、私の愛するリリーだ。白いワンピースにサファイアのイヤリング、アンジェリカのように派手ではない控えめな化粧。

(あぁ……本当に美しい)

この国一番の美しさではないか?優雅な足取りでリリーはこちらに歩み寄って来た。

「リリー、今日も変わらず美しいな」
「ありがとうございます」
「最近は忙しくて会いに来れなかった。寂しい思いをさせてすまないね」
「いえ、侯爵様のお仕事は大変でしょうからお気になさらないで下さい」

ニコッと微笑むリリーに私はまた胸が締め付けられる。なんていじらしいんだ!自分も身を売るという過酷な仕事をしているのに、私をこんなにも気遣ってくれるなんて。

「お疲れでございましょう?お茶を入れますわ」
「ああ。……リリー」
「はい」
「今日は君に喜んでもらえるプレゼントを持ってきたんだ」
「まぁ、何でしょうか」
「ふふっ、それは後でのお楽しみさ」

リリーの驚いた顔が目に浮かぶ。当の本人は分かっていないようで、きょとんとした顔のまま私を見つめた。

(あぁ可愛らしい、今すぐ抱き締めてキスを……いやいや待て待て、今日まで我慢してきたんだ。最後の最後にがっついて台無しにしてどうする)

彼女の前では理性を保つのは難しいな。

「旦那様?」
「あ、ああすまない。ではゆっくりお茶をした後に」
「ええ」

ニコッと微笑むリリーは私を中へと案内する。

いくら平民以下とはいえリリーも女だ。ロマンチックなプロポーズを夢見ているに違いない。

私は早る気持ちを鎮めながら扉を閉めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

侯爵様の懺悔

宇野 肇
恋愛
 女好きの侯爵様は一年ごとにうら若き貴族の女性を妻に迎えている。  そのどれもが困窮した家へ援助する条件で迫るという手法で、実際に縁づいてから領地経営も上手く回っていくため誰も苦言を呈せない。  侯爵様は一年ごとにとっかえひっかえするだけで、侯爵様は決して貴族法に違反する行為はしていないからだ。  その上、離縁をする際にも夫人となった女性の希望を可能な限り聞いたうえで、新たな縁を取り持ったり、寄付金とともに修道院へ出家させたりするそうなのだ。  おかげで不気味がっているのは娘を差し出さねばならない困窮した貴族の家々ばかりで、平民たちは呑気にも次に来る奥さんは何を希望して次の場所へ行くのか賭けるほどだった。  ――では、侯爵様の次の奥様は一体誰になるのだろうか。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

完結 私の人生に貴方は要らなくなった

音爽(ネソウ)
恋愛
同棲して3年が過ぎた。 女は将来に悩む、だが男は答えを出さないまま…… 身を固める話になると毎回と聞こえない振りをする、そして傷つく彼女を見て男は満足そうに笑うのだ。

わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~

絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。

処理中です...