【完結】白百合の君を迎えに来ただけなのに。

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「どうぞ旦那様」
「ああ、ありがとう」

リリーは私の前に紅茶を置く。一口飲めば程よい温度のお茶が身に染みていく。

「リリーが淹れてくれるお茶は格別だ」
「あら、旦那様がいつもお飲みになってらっしゃるものよりはお安いとは思いますけど」
「美人が淹れてくれるだけで味は変わるものさ」

まぁお上手ね、とリリーは嬉しそうに笑った。
ここを訪れる時は決まって彼女の淹れてくれたお茶を飲みながら談笑する。何をする訳でもない、どうでもいい世間話をするそんな時間がたまらなく新鮮だった。

(アンジェリカとは外に出かけて買い物に行くか、まぁベッドの上だからな)

そんな時間も今となっては煩わしさしかない。

「リリー」
「はい、何でございましょう」
「愛しているよ。こんなに女性に夢中になったのは生まれて初めてだ」
「まぁ、とても嬉しいです」
「君の笑顔を見るだけで幸せになる。毎日のようにに私の側で微笑んでいて欲しい」
「侯爵様にそう言って頂けるだけで至極光栄です」
「ベロニア侯爵家には大きな中庭があってね、毎年沢山のバラが咲くんだ。それを眺めながら君の淹れたお茶を飲むのが私の夢だよ」
「さぞ素敵なお庭なんでしょうね」

表情を崩さずリリーはうんうんと頷いてくれる。何度もしてきたシミュレーションとは違う反応に困ってしまう。おかしいな、ここまで言ったら多少なりとも向こうからアプローチがあっても良いはず。

(遠回しのプロポーズじゃ分からないか?)

嫁いできて欲しいと匂わせたつもりなんだが……しょうがない、ここは男らしくビシッと言ってやった方が彼女の為か。

私は持ってきた紙袋から百合の花束を取り出す。

「リリー」
「はい、何でございましょう」
「君を迎えに来たよ」
「どういう事でしょうか」
「ふふっ言わせたがりだな、君を侯爵家に迎え入れるっていう意味だよ」
「まぁ」
「大丈夫、貴族の世界は思ったよりずっと厳しいけど私がちゃんと教育してあげる。今よりもいい食事をさせてあげられるし、ドレスだって宝石だって好きなだけ買ってあげるよ」

リリーは変わらず微笑みながら話を聞いていた。

(おかしいな、もっとこう……はしゃぐほど喜んでくれると思ったんだが)

それとも金目当ての女だとは思われたくなくて喜ぶのを我慢しているのか?リリーなら例え金目当てでも良い、そんな考えすらも私は許してやろう。

「もしかして借金のことを心配しているのか?安心しろ、先程レンには身請け金を支払っておいた、もう君は自由なんだよ?」
「あらあら」
「……リリー」
「何でございましょう、旦那様」
「君の気持ちを聞かせてくれないか」

まるで他人事のように話す彼女に私は低い声で問い詰める。するとそれまで笑顔だった彼女の顔が一瞬だけ真剣なものになった。

「では、お言葉に甘えていくつか質問をしても宜しいでしょうか」
「あ、ああ!何でも言ってくれ!」

彼女の問いかけに何度も頷く。

(何だっていい。今リリーは何を考えているんだ?)

「ベロニア侯爵様には可愛らしい奥方様がいらっしゃいますね」
「あ、ああ。アンジェリカという」
「そのお申し出ですと私は第二夫人になれという事でございましょうか」
「第二夫人?とんでもないっ!アンジェリカとは離縁する、だから私の妻はリリーただ一人だけだ」

ああ、なんだそういう事か。
リリーはアンジェリカに嫉妬していたのか。いじらしい彼女の言葉にクスッと笑った。

「心配しなくていい、私の心は既にリリーだけのものだよ。アンジェリカとは身体の関係はあるものの、心は遥か昔に冷え切っている」
「………」
「嫉妬するなんて可愛らしい。でも安心してくれ、今日から私の身も心も全てリリーのものだ」

ここまで言えばさすがに誤解も解けただろう。
反応を伺うように顔を覗き込めば、さっきよりも冷え切った表情をしている。

(なっ何故だ?!一体何が気に食わない?!)

金はある。貴族にもなれる。借金は帳消し。
加えてこんなにも私に愛されているというのに!
何故すぐに頷かない?ただ一言、結婚すると言えば良いだけなのに!
はっきりとしない彼女の態度に私も苛立ってきた。

「何が不満だ?!言ってみろ!」
「……では、奥方様の処遇は」
「アンジェリカなどどうでも良いだろ!あいつはこの娼館に売り飛ばす!邪魔な前妻はいない!これで満足だろ?!」

ガタンと音を立てて立ち上がる。
謙虚すぎるのもダメだ、屋敷に着いたらこれでもかというくらい仕置きをしなければ。たっぷりと時間をかけて私に愛されているのは自分だけだと分からせてやらねば……



「まぁ、それではのようになさるという事ですね」



リリーの言葉にピタッと動きが固まる。

「え……?」

漏れ出たのは間抜けな私の声だった。

数秒前まで怒りで熱くなっていた目頭がゆっくりと冷えていく。静かに顔を上げリリーを見れば、彼女はまるで人形のように美しい顔でただただ微笑んでいた。
そんな彼女とは対照的に、私の頭の中はぐちゃぐちゃに空回っている。

(何故……なぜだ、何故をリリーが知っている。いや、詳しくは知らず揺さぶりをかけているだけか?)

「あらあら、旦那様。顔色が悪うございます」
「あ、いや……だ、だいじょうぶだ」
「一度お座りになって、お茶をお飲みになってはいかがですか?旦那様が大好きだという東洋から取り寄せた茶葉でございますよ」

何事もなかったかのようにお茶を勧めるリリー。
ストンと静かに座り、震える指先でカップを持ち上げ一口飲もうと口をつけた時だった。

「……リリー」
「何でございましょうか旦那様」
「私はこの茶葉が好きだとお前に話したか?」

記憶もずっと遡る。が、彼女との会話でそんなことを言った覚えがない。
視線だけを向ければリリーはふふっと小さく笑う。

「いえ?お聞きしていませんよ?」
「……な、んで」
「リリーとしてはですけど」

心地の良かった彼女の声がよく響く。


「旦那様、ご自身のの顔をもうお忘れでございますか?」
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