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しおりを挟む遡ること半年前──
「あ、お前の離婚が正式に認められたぞ」
早朝の執務室にて、ヒューゴさんはくわぁっとあくびしながらそう告げた。
「え……?」
「いやぁー我ながら仕事が早すぎてびっくりするぜ。もっと給料上げてくんねぇかな」
「ちょ、ちょっと!ちゃんと説明して下さいっ!」
今だけはいつものおふざけに付き合っていられない。
(い、今離婚って……?!)
「あ?だってお前あれ渡してきたじゃねぇか」
「あれ?」
「ミシェルって女の妊娠届」
まだ新しい記憶を引っ張り出し、フル回転で思考を巡らせた。
ミシェルさんの妊娠届。その身元保証人欄にはしっかりジェイクの名前が書かれている。
ヒューゴさんに渡してからまだ1週間も経っていないはずなのに。
「愛人の妊娠届なんて、これ以上に不貞を証明するもんなんかねぇよな。役所のやつらすぐに手続きしてくれたぞ」
「……だとしても早すぎません?」
私の計画じゃ、正式に離婚するのはもう少し先の予定だった。まぁヒューゴさんを信用して届けを渡していたから問題はないけれど。
「そりゃお前、軍事司令官パワーだよ」
「何ですかその胡散臭い力は」
「ぶはっ!」
無邪気に笑う姿につい呆れながらも笑ってしまう。
「お前のことだから、どうせ『色々落ち着いてから……』とか『ちゃんと話し合ってから……』とか思ってんだろ?」
「……はい」
「あのな、慎重すぎるのも悪くねぇが時にはさっさと行動しちまった方がいい場合もある」
ヒューゴさんは無精髭をじょりといじった後、少しだけ真剣な表情を戻した。
「いらねぇもんはさっさと捨てちまえ」
そう言われた時、ふっと肩の力が抜けた。
(……あ、今なんか落ちた)
きっとそれは“負担”だ。
私は無意識のうちに結婚生活を負担に感じていたんだ。
軽くなった身体と、心にかかっていた靄がすぅっと晴れていく。離婚したことで徐々に本来の自分に戻っていくような気がした。
「……なんだ、もっと早くこうしてれば良かった」
「気ぃ遣いすぎなんだよバカ」
「貴方にだけは言われたくないんですけど」
ムッとして言い返すとヒューゴさんはまたいつもの軽い調子で笑った。
「……それが、半年前のこと。ミシェルさんのつわりが落ち着き始めた頃かしら」
「な、な、な、」
落ち着いた私とは対照的に、ジェイクはわなわなと肩を震わせ身を縮こまらせていた。
「離婚が成立していることを知っているのは一部の軍関係者と私たちだけ。それ以外には徹底的に知られないように隠していたわ」
逆上したジェイクがミシェルさんに手を出さないとは限らない。
だからこそ、子供が生まれる日までこの事実を隠し通さなければならなかった。
「こ、こんなの無効だろっ!本人が了承してないんだぞっ?!」
「普通ならね」
「?!」
「でも私たちは軍人よ。その婚姻が帝国に仇をなすと判断されれば解消される」
そう、私たちは普通の夫婦じゃない。
軍人は帝国に忠誠を誓った身、求められるのはいつだって実直さだ。
特に騎士は平和の象徴。清く、正しく、美しく──国民たちの憧れである騎士が、まさか無責任に子作りをしたとなれば軍の信用はガタ落ちだろう。
子供の存在を認める妊娠届に名を残したとなれば、書類上ジェイクはミシェルさんと生きていくことを誓約したということ。
私たちの婚姻解消は、正式に認められるのだ。
(しかもヒューゴさんが絡んでるとなれば……)
ただ事ではないと判断されるでしょうね。
「お、俺はっ!マリとやり直せるって信じてたんだぞっ?!それを騙したのかっ!!」
「騙した……まぁ、そうね。でも最初に騙したのはどっちだったかって話よ」
「っ!!」
「貴方がどんなに謝ろうが逆ギレしようが時間は巻き戻らない。だったら、罪を受け入れてまっとうな人間になるよう努力した方がいいんじゃない?」
にっこりと笑う私とは違い、ジェイクの顔面はこわばって青くなる。
「は……は、はははっ!このクソ女、最初からそのつもりだったんだな。そ、それなら慰謝料払えよ!」
「慰謝料?」
「あぁそうだっ!お前が勝手に離婚したんだ、なら俺にはもらう権利があるっ!」
「……ねぇ、意味わかってる?」
あまりの無知さについ言葉を失うところだった。
「んなっ?!ば、馬鹿にすんなよっ!!慰謝料ってのはほら、傷つけられた人間が金を貰うっていう……」
「だとしたら払うのは貴方でしょ?」
「………へ?」
「離婚の原因はジェイクの不貞行為、とすれば貰うのは私。えっと、そこまで貴方って頭悪かったっけ?」
(あ、つい本音が出ちゃった)
うっかり漏れた本心にすぐ口を隠すけれど、ジェイクは顔を真っ赤にして叫ぶのを耐えている。
「じゃ、じゃあ財産分与だっ!!夫婦は共有財産なんだから、別れた今、マリの金を半分もらえるはずだぞっ?!」
「なんか……離婚に詳しいわね」
「うるさいっ!」
ここまで詳しいジェイクにちょっとだけ引く。
でもまぁ……話が早くていいか。
「財産分与、お前が出来るわけねぇだろ」
「は、ハァッ?!」
めんどくさそうに欠伸をしたヒューゴさんは、退屈そうに頭をかきながらもう一度あの出勤記録を指で指す。
「離婚は半年前に成立している、お前とマリエルは他人だ」
「だ、たからなんだよ………」
「他人の預金口座から金引き出すってのは、どう考えたって犯罪だろ」
あ。
と、ジェイクの間抜けな声が部屋に響いた。
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