どうやら夫がパパになったらしい

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「いい、パパ……?」
「そう。産まれてくる子供は親を選べないからね、そんなの可哀想でしょ」

てきぱきと資料や育児書をピックアップし、大量のそれらをジェイクにドンと渡した。

「ちなみに今ミシェルさんの身体はどういう状況か分かってる?」
「は?……どうって、普通だろ?すぐに産まれてくる訳じゃないんだし」
「うんうんそうね、典型的なダメ回答だわ」

妊娠は病気じゃない、そう唱える古い人間はまだまだ沢山いる。
特にジェイクのように男社会で生きてきて、女性は男を支える存在だと勘違いしているタイプは特にそう。

(まずはその考えから正さないと)

「見た目こそあまり変わってなくとも身体の中は大きく変化しているの。彼女の臓器が、血液が、お腹の子のためにちょっとずつ形を変えている。普通に見えて普通じゃないの。食事を取ることも身動き一つ取ることだって今の彼女には容易じゃない」
「え…………っと?」
「つまり人の世話してる場合じゃないってこと」

キッと睨み付けるとジェイクはグッと言葉を飲み込んだ。

「ジェイク、貴方ミシェルさんに食事を用意させているみたいね」
「あ……ま、まぁ。寄宿舎の飯はまずいし、それならミシェルの飯の方がまだマシだから」
「どうして自分で支度をしないの?火の始末が出来ない子供じゃないでしょうに」

私と暮らしていた頃、ジェイクは簡単な料理くらいなら自分でやっていた。いつしか一緒に食事を取らなくなり外食ばかりになっていたけど。

「アイツは花屋でバイトしている。夜は暇だろ?それに生活費としてちゃんと金は渡している」

あっけらかんと答える姿にもうため息も出てこない。

(この人墓穴を掘ってるって気付かないのかしら)

妻を残して愛人と蜜月を過ごす。しかもちゃんと生活費を渡して擬似家族ごっこを楽しんでいたわけだ。
ちなみに私への生活費なんて一切ない。この扱いの差に笑えてしまう。

「……ま、もうどうでもいいけど」
「マリ?」
「とにかく、最低限ミシェルさんの体調が戻るまで家事は貴方がしなさいね」
「は?」

カルテの備考欄に『パートナーへの妊娠期間中の指導済み』と書き込んだ。

「ちょっ!俺は忙しくて!」
「言い訳は結構。それにすぐ暇になるから安心して」
「は?ど、どういう意味だよそれ」
「いずれ分かるわ。私の命令が聞けなきゃ即離婚よ」

はい、ミシェルさん呼んできて。
そう言うとジェイクは納得いかない顔のまま別室にいた彼女を連れて戻ってきた。

「ミシェルさん。今、パートナーの方に今後の動きを一通り説明したから」
「えっと……?」
「とにかく今はゆっくり休むこと。あと食べられる物があればちゃんと食べること。家事なんてものはパートナーに押し付けなさいね」

妊娠初期は特に注意が必要。それを分かっていなかった彼女は戸惑いながら私とジェイクの顔を交互に見る。
何となく2人の関係性が分かってきた。
若いミシェルさんは遠慮がち、というよりジェイクの方が立場は上なのだろう。どこか顔色を伺っている雰囲気がひしひしと伝わってくる。

(私の時とは大違いね)

最初こそ対等だった私とジェイクの関係は、軍医として働き始めた頃から徐々に変わっていった。
稼ぎは私の方が上、立場も上でジェイクはだんだんと卑屈になる。

『マリはすごいね』
『君は本当に……優秀な妻だよ』
『俺なんかにはもったいない』

そう言われる度に私が傷付いていた、なんてきっと知らないだろう。

(私が欲しかったのは貴方からの“称賛”じゃなくて、共に歩む小さな幸せだったのに……)

「ということで、次回はまた1ヶ月後で」
「あ……の、先生っ!」
「ん?」
「ありがとうございましたっ!」

立ち上がったミシェルさんは勢いよく頭を下げる。純真無垢にも思える姿に苦笑した。





「で、またのこのこ戻ってきたのか!」
「……そんな言い方しないで下さい」

帝都の軍事司令部にて。
ハァという盛大なため息をやり過ごしながら目をそらす。
経過報告をすればやっぱりヒューゴさんは呆れ顔で頬杖をついていた。

「夫を奪わった女に甲斐甲斐しく世話しやがって……マリエル、お前ドMか?」
「不埒な発言しないで下さい。私はただ医者として患者を思ったまでのこと」
「いやいやいや、それ無理あるだろ」

丸めた報告書でポカンと頭を小突かれた。

(痛い……)

「担当地区変えてやろうか。つかもう帝都から出るな」
「それこそ無責任でしょう。一度持った患者は最後まで責任持って面倒みますよ」
「真面目ちゃんか。ってまぁ何言っても聞きゃしないんだろ?」

ぶつぶつ文句をたれるヒューゴさんにニヤリと笑みがこぼれる。
さすが司令官殿、私の性格をよくご存知で。

ごそごそと鞄をあさり、先日ジェイクに書かせた妊娠届をヒューゴさんに渡す。

「これ預けておきます。よきタイミングで使をしてくれると信じてますから」
「……まーた厄介なモン寄越しやがって」
「その代わりちょっとお願い事があるんです」

ニッコリと笑ってあげたのに、ヒューゴさんの表情は嫌な予感を察して強ばっていく。

「クズ更正プロジェクト、協力して下さいますよね?」
「……いい顔してんなぁホント」
「ふふふ」

やられた分はちゃんとやり返す、もちろん自分の筋もしっかり通す。

考えていた作戦をヒューゴさんに説明し終わったのは、ちょうど日付が変わった頃だった。

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