どうやら夫がパパになったらしい

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背後からの声に勢いよく顔を向けた。

そこにいたのはジェイクと同じ軍服の男、しかし胸元のエンブレムは金色に光輝いている。
金の証を身に付けることを許されたのはこの国でたった一人だけ、軍最高位である彼はただ静かにこちらを見つめていた。

「ヒューゴさん、」

何故ここに?と聞くよりも先に険しい顔のままゆっくりと近付いてくる。

「マリエル=マトリンガー帝国軍部医官に問う。君は先々月帝都で起きた連続婦女暴行事件についてどれほど理解している?」
「え……、」

(何急に……?)

「被害女性は20代後半、犯人は未だ不明。どちらも軍関係者と名乗る男に路地裏に連れ込まれ被害に合ったとされる。それを分かった上で、事件現場に似た路地に一人で来たのか?」
「っ……いえ、」
「医者とはいえ軍に身を置く立場であれば、現場を混乱させるような真似は褒められんな」

冷たく鋭い視線が突き刺さる。
ぐうの音も出ないほどまともな叱責に俯いた。いつも軟派な態度で忘れかけていた、この人は上司であり英雄だということを。

ゴクッと生唾を飲み込み、背筋をピンと伸ばす。

「現場を混乱させ誠に申し訳ございません。今後はこのような失態無きよう、帝国繁栄に努めて参ります」
「勘違いするなマトリンガー医官よ。今後も何も一度だって許されない。それが帝国軍人だ。これより本部に戻り反省文を書いて持ってこい、今日中にだ」
「……はい」

あまりの冷酷さに声が震えてしまった。これが私の知っているあのヒューゴさん?全くの別人だ。
大きな背中が去ろうとする後ろをついていこうとした時、背後から「あのっ!」と呑気な声が聞こえた。

「失礼ですが、そちらはハイアット軍事司令官殿でしょうか?!」
「………」
「自分はジェイク=マトリンガーでありますっ!現在は調査騎士として南部辺境基地に身を置いておりまして……」

(何て命知らずなことを、この馬鹿ジェイクっ!!)

どう考えても名乗るのは今じゃない。
上官への勝手な発言は、最悪の場合罰則が与えられる。階級というものがある限りルールはそう簡単に覆らないのに、この男はそれを分かっていない。

ジェイクの余計なお喋りは続く。

「彼女がいらぬ誤解を与えてしまったこと、夫である私からも謝罪させてください。ですが我々はもうすぐ男爵位を賜る身であります。偉大なる帝国の更なる発展の為、どうぞ寛大な御心でお許しを……」
「つまり“自分たちはお貴族サマになるのだから許せ”と命令しているのか?このに」

かきあげた髪の隙間から見えた瞳が、さっきよりも厳しく光る。明らかな怒りを含んだその目に、私は思わず生唾を飲み込んだ。

ジェイクと正面から向き合うヒューゴさん。
異常な雰囲気にさすがのジェイクも気付いたのか「いや、その……」と狼狽える。

「そもそも貴様、本当に軍の人間か?俺は長く軍に身を置いているが、こんなに無遠慮で口の聞き方がなっていない奴初めてなんだが?」
「っ!!」
「それと、俺の記憶違いでなければ南部辺境基地にいるジェイク=マトリンガーは今調査騎士ではなく管理部預かりだったはずだ。もし貴様が本物だとしたら所属を詐称したことになるな」

ヒューゴさんの言葉を聞いてジェイクの顔色がどんどん悪くなっていく。

「そ、それは……つい、うっかり」
「うっかり?舐めてんのか」
「元はと言えば司令官殿の采配がおかしいのですっ!俺は騎士なのにあんな部署に飛ばすなんて!!」

詰められて訳が分からなくなったのか、相手が誰なのかも忘れ噛みつくジェイク。

(……終わったわね)

ニィと小さく笑うヒューゴさんを私は見逃さなかった。

「ほぉ、俺に物申すのか」
「?!?!い、いえその……」
「ならば思う存分言いたいことを言って辺境地に戻るといい。続きは俺の優秀な部下たちが聞いてやる」

そう言ってヒューゴさんが指をパチンと鳴らすと、背後からぞろぞろと軍服を着た男たちが現れた。
その中には検診の時に助言をくれた青年の姿もあり、目深に被った帽子の隙間からこちらにニコッと笑いかけてくれた。

素早く移動した数人がジェイクの両腕を後ろで縛り上げる。

「なっ?!こ、これは一体っ?!」
「黙れ。許可なく喋るな」
「っ?!」
「これより本部に連行する。ジェイク=マトリンガー本人であるかどうか確認できるまで貴様は連続婦女暴行事件の参考人だ。……まぁ本人であれば、先程の幼稚な発言が我が身を滅ぼすということくらい分かりそうなものだがな」

青年はさっきの笑顔から想像できない低い声で言う。

ことの重大さにようやく気付いたジェイクだが、弁明する余地も与えられないまま彼らに連行されていく。

「た、助け…、……マリぃ!!!!」

涙目で訴えてくるジェイク。哀れすぎるその姿から無意識にパッと目をそらした。

これから彼を待ち受けているのは、最低限の休憩とそれ以外の時間で行われる過酷な取り調べ。任意であっても軍側が納得いく結果が出なければ一生家には帰れない。
事件の真犯人が捕まるか、ジェイクの身の潔白を証明してくれる人間が出て来ない限り……。

残された私にはまた別の緊張感が走った。

(二人きりはさすがに……)

隣に立つヒューゴさんの表情が見れない。
“軍事司令官である”ヒューゴさんを目の当たりにして、情けないことに私は緊張していた。

「……マリエル=マトリンガー帝国軍部医官」
「は、はい」

ぴしっと姿勢を正して向き直る。
恐る恐る確認したヒューゴさんの目が、スッと柔らかくなったと思えば……


「腹減んね?飯でも食いに行くか」


目が合いニッと笑ういつもの表情を見て、ようやく全身の力がどっと抜けるのだった。


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