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幕間 0→1
044 好きな人を好きな人
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村に戻ってすぐ、父さんは事後処理のために再び村を離れた。
そのため、サユキと真性少女契約を結んで村の掟を達成した俺の今後については、諸々落ち着いてからということになっている。
まあ、後二ヶ月あるし、それまでにじっくり考えて決めればいいだろう。
事態が収束したその日、そんなような話を母さんやイリュファと軽くした後、俺は酷い眠気に襲われて夕食も取らずに布団に直行した。
サユキが自分を取り戻した段階で凍結した左手も元に戻り、最終的な被害はないと言っていいはずだが、やはり消耗は激しかったらしい。
既に帰路で寝入ってそのままなサユキを、目を覚ました時に不安を抱かないように隣に寝かせてから目を閉じるとすぐに眠りに落ちてしまった。
それが昨日。
そして今は翌日の午前中。
「イサク、イサク」
俺は、先に起きていたらしいサユキに揺すられて目を覚ました。
「ん。サユキか……おはよう」
「おはよ、イサク」
嬉しそうに言って抱き着いてくるサユキ。
頬と頬が触れ合い、更に彼女は擦り擦りしてくる。
ちょっとひんやりしていて眠気が飛ぶ。
ちょっと恥ずかしい状況の相乗効果で、覚醒作用は更に倍という感じだ。
「あ、貴方ね。もう少し慎みを持ちなさいよ」
と、フェリトが影の中から出てきながら、ほんのり頬を紅潮させて言う。
実のところ彼女の寝床は俺の影の中だ。
元はと言えば、人間不信が災いして俺の両親と顔を合わせることすらできなかった頃。
一度はイリュファやリクルのように個室を用意しようとしたが、影から出てこなかったため、そのまま彼女の寝床になってしまっている。
「イサクが寝てる時も頬っぺた突いたり、抱き着いたりして」
サユキ、そんなことしてたのか。よく起きなかったな、俺。
昨日の戦いでよっぽど疲れてたみたいだ。
「サユキはイサクのことが好きだし、イサクもサユキのことが好きだからいいの!」
そんなフェリトの指摘に、サユキは小さな胸を張って言う。
微妙にずれた返答のような気もするが、絶対の自信と共に恥ずかしげもなく断言されると、フェリトも二の句が継げないようだ。
「…………イサク、こんなこと言ってるけどいいの?」
少しして絞り出すように問いかけてくるフェリト。
暗に俺に助力を求めているのがありありと分かる。
だが……正直な話、そもそも俺はそこまでサユキの行動を問題視していない。
理由はサユキが語った通りだ。
「まあ、別にそれぐらいならいいんじゃないか。痛かったりするのは勘弁だけど。何ならフェリトもやっていいぞ」
「へ!? な、何言ってるのよ。わ、私はそんな……」
少しからかうように俺が言うと、フェリトは顔を真っ赤にして顔を背けてしまった。
そんな彼女をサユキが興味深げに見つめる。
「……あなた、名前は?」
それから何だか楽しそうにそう尋ね始めた。
「フェリトよ。貴方は確か、サユキ、だったわね」
「うん。イサクがつけてくれた名前だよ」
サユキはそう自慢げに言いながら、フェリトに近づくと彼女の手を取った。
「な、何?」
人間不信の影響で人見知り気味の彼女は突然のことに驚きつつ、しかし、生来の人のよさのために振り払うこともできずに困ったようにサユキに問いかける。
「イサクのことが好きな人は、お友達だから」
「ちょっ、好きって――」
「違うの?」
フェリトが慌てて否定しようとした気配を感じ取ってか、微妙に首を傾げるサユキ。
「違……わないけど。その、命の恩人だし。でも、好きの意味が、まだそんな……」
対して、ごにょごにょと言い訳染みたことをフェリトは口にし始める。
「イサク。フェリトちゃんって素直になれない人?」
「サユキ。本当のことでも相手のために触れない方がいいこともあるんだぞ」
「そっか。分かった!」
「あ、貴方達ねえ」
多分サユキは本気っぽいが、俺がからかっていることには気づいたらしく、フェリトが半分怒ったような振りをして唇を尖らせる。
毒を以て毒を制すではないが、羞恥心の丁度いい誤魔化しにはなっただろう。
「はあ。もう。まあいいわ。それより、友達だってなら率直に聞くけど、真性少女契約なんて結んでよかったの? イサクが死ねば貴方も死ぬのよ?」
フェリトは一つ嘆息してから問うが、サユキは何故そんなことを聞かれているのか分からないという風に首を傾げた。
「貴方は結ばないの?」
それからフェリトの質問の意味を理解し、しかし、その答えが纏まる前に先んじて生じてしまったらしい純粋な疑問を口にするサユキ。
表情である程度心の動きが分からないと、ただ単に問いに問いで返す形だ。
「繰り返すけど、相手が死ねば自分も死ぬのよ? おいそれと結べる訳ないじゃない」
「だって、イサクがいない世界に意味なんてないもん」
重大な欠点として言うフェリトと、あっけらかんと断言するサユキ。
対して愕然として口を噤むフェリトと、その反応が理解できず小首を傾げるサユキ。
まあ、ここは少しフォローすべきだろう。
「……サユキは元々雪妖精だったからな。何の手違いか、雪女に変質してから少女化魔物になったみたいだけど」
あるいは俺が、幼女の形をした雪妖精が成長することができたら雪女みたいになるのかなあ、とか想像していたのが影響したのかもしれない。
「雪妖精って……ああ」
するとフェリトは少し納得したように頷いた。
出会う子供に依存したような関係性と結末。
そこから更に逸脱して少女化魔物にまでなったことを考慮に入れて。
俺に依存気味、と言うか完全に依存しているサユキの様子に合点がいったようだ。
「正直健全とは思えないけど……まあ、ある意味真性少女契約を結ぶってことは、多かれ少なかれそういうことなのかもしれないわね」
それから一定の理解を示すフェリト。
依存と言うと聞こえが悪いが、収まりがいい形がそれならば別に悪いことでもないだろう。変に形を崩して周りに致命的な被害が出るならば、むしろ矯正しようとする方が悪にもなりかねない。
「でも、そういうことなら、イサクの周りに少女化魔物の女の子がたくさんいるのは嫌なんじゃないの? 私とかイリュファとかリクルとか」
俺を主な原因として暴走して回っていたところだけを切り取ると、独占欲が強く、そのままヤンデレ化していきそうに見えなくもない。
だからか、フェリトは恐る恐るという感じで尋ねた。
すると、サユキはキョトンとした様子で口を開く。
「何で? イサクのことが好きな人なら、サユキは好きになれるよ?」
そして本心からと分かる無邪気な声色と共に告げられた返答を前に、フェリトは一瞬驚いたように目を見開き、それから呆れたように苦笑した。
「依存もここまで極まると立派なものね」
少し硬くなっていた彼女の雰囲気が柔らかくなる。
「イサクのことが好きな人はお友達、か。正にその通りなのね。貴方にとっては」
真っ先にサユキ自身が口にしていたこと。
それも加えて諸々納得したようにフェリトは笑う。
あるいは、雪妖精として友達を求める性質も残っているのかもしれない。
いずれにしても、サユキがどういう性格の女の子か、彼女も十分理解できたようだ。
「まあ、私の好きの意味合いはともかくとして……そういうことなら私は確かに貴方の友達ね。きっと、相当長いつき合いになると思うわ。よろしく、サユキ」
「うん。フェリトちゃん!」
今度はフェリトの方から差し出した手。
それをサユキは心底嬉しそうに握り、対してフェリトもまた小さく微笑んだのだった。
そのため、サユキと真性少女契約を結んで村の掟を達成した俺の今後については、諸々落ち着いてからということになっている。
まあ、後二ヶ月あるし、それまでにじっくり考えて決めればいいだろう。
事態が収束したその日、そんなような話を母さんやイリュファと軽くした後、俺は酷い眠気に襲われて夕食も取らずに布団に直行した。
サユキが自分を取り戻した段階で凍結した左手も元に戻り、最終的な被害はないと言っていいはずだが、やはり消耗は激しかったらしい。
既に帰路で寝入ってそのままなサユキを、目を覚ました時に不安を抱かないように隣に寝かせてから目を閉じるとすぐに眠りに落ちてしまった。
それが昨日。
そして今は翌日の午前中。
「イサク、イサク」
俺は、先に起きていたらしいサユキに揺すられて目を覚ました。
「ん。サユキか……おはよう」
「おはよ、イサク」
嬉しそうに言って抱き着いてくるサユキ。
頬と頬が触れ合い、更に彼女は擦り擦りしてくる。
ちょっとひんやりしていて眠気が飛ぶ。
ちょっと恥ずかしい状況の相乗効果で、覚醒作用は更に倍という感じだ。
「あ、貴方ね。もう少し慎みを持ちなさいよ」
と、フェリトが影の中から出てきながら、ほんのり頬を紅潮させて言う。
実のところ彼女の寝床は俺の影の中だ。
元はと言えば、人間不信が災いして俺の両親と顔を合わせることすらできなかった頃。
一度はイリュファやリクルのように個室を用意しようとしたが、影から出てこなかったため、そのまま彼女の寝床になってしまっている。
「イサクが寝てる時も頬っぺた突いたり、抱き着いたりして」
サユキ、そんなことしてたのか。よく起きなかったな、俺。
昨日の戦いでよっぽど疲れてたみたいだ。
「サユキはイサクのことが好きだし、イサクもサユキのことが好きだからいいの!」
そんなフェリトの指摘に、サユキは小さな胸を張って言う。
微妙にずれた返答のような気もするが、絶対の自信と共に恥ずかしげもなく断言されると、フェリトも二の句が継げないようだ。
「…………イサク、こんなこと言ってるけどいいの?」
少しして絞り出すように問いかけてくるフェリト。
暗に俺に助力を求めているのがありありと分かる。
だが……正直な話、そもそも俺はそこまでサユキの行動を問題視していない。
理由はサユキが語った通りだ。
「まあ、別にそれぐらいならいいんじゃないか。痛かったりするのは勘弁だけど。何ならフェリトもやっていいぞ」
「へ!? な、何言ってるのよ。わ、私はそんな……」
少しからかうように俺が言うと、フェリトは顔を真っ赤にして顔を背けてしまった。
そんな彼女をサユキが興味深げに見つめる。
「……あなた、名前は?」
それから何だか楽しそうにそう尋ね始めた。
「フェリトよ。貴方は確か、サユキ、だったわね」
「うん。イサクがつけてくれた名前だよ」
サユキはそう自慢げに言いながら、フェリトに近づくと彼女の手を取った。
「な、何?」
人間不信の影響で人見知り気味の彼女は突然のことに驚きつつ、しかし、生来の人のよさのために振り払うこともできずに困ったようにサユキに問いかける。
「イサクのことが好きな人は、お友達だから」
「ちょっ、好きって――」
「違うの?」
フェリトが慌てて否定しようとした気配を感じ取ってか、微妙に首を傾げるサユキ。
「違……わないけど。その、命の恩人だし。でも、好きの意味が、まだそんな……」
対して、ごにょごにょと言い訳染みたことをフェリトは口にし始める。
「イサク。フェリトちゃんって素直になれない人?」
「サユキ。本当のことでも相手のために触れない方がいいこともあるんだぞ」
「そっか。分かった!」
「あ、貴方達ねえ」
多分サユキは本気っぽいが、俺がからかっていることには気づいたらしく、フェリトが半分怒ったような振りをして唇を尖らせる。
毒を以て毒を制すではないが、羞恥心の丁度いい誤魔化しにはなっただろう。
「はあ。もう。まあいいわ。それより、友達だってなら率直に聞くけど、真性少女契約なんて結んでよかったの? イサクが死ねば貴方も死ぬのよ?」
フェリトは一つ嘆息してから問うが、サユキは何故そんなことを聞かれているのか分からないという風に首を傾げた。
「貴方は結ばないの?」
それからフェリトの質問の意味を理解し、しかし、その答えが纏まる前に先んじて生じてしまったらしい純粋な疑問を口にするサユキ。
表情である程度心の動きが分からないと、ただ単に問いに問いで返す形だ。
「繰り返すけど、相手が死ねば自分も死ぬのよ? おいそれと結べる訳ないじゃない」
「だって、イサクがいない世界に意味なんてないもん」
重大な欠点として言うフェリトと、あっけらかんと断言するサユキ。
対して愕然として口を噤むフェリトと、その反応が理解できず小首を傾げるサユキ。
まあ、ここは少しフォローすべきだろう。
「……サユキは元々雪妖精だったからな。何の手違いか、雪女に変質してから少女化魔物になったみたいだけど」
あるいは俺が、幼女の形をした雪妖精が成長することができたら雪女みたいになるのかなあ、とか想像していたのが影響したのかもしれない。
「雪妖精って……ああ」
するとフェリトは少し納得したように頷いた。
出会う子供に依存したような関係性と結末。
そこから更に逸脱して少女化魔物にまでなったことを考慮に入れて。
俺に依存気味、と言うか完全に依存しているサユキの様子に合点がいったようだ。
「正直健全とは思えないけど……まあ、ある意味真性少女契約を結ぶってことは、多かれ少なかれそういうことなのかもしれないわね」
それから一定の理解を示すフェリト。
依存と言うと聞こえが悪いが、収まりがいい形がそれならば別に悪いことでもないだろう。変に形を崩して周りに致命的な被害が出るならば、むしろ矯正しようとする方が悪にもなりかねない。
「でも、そういうことなら、イサクの周りに少女化魔物の女の子がたくさんいるのは嫌なんじゃないの? 私とかイリュファとかリクルとか」
俺を主な原因として暴走して回っていたところだけを切り取ると、独占欲が強く、そのままヤンデレ化していきそうに見えなくもない。
だからか、フェリトは恐る恐るという感じで尋ねた。
すると、サユキはキョトンとした様子で口を開く。
「何で? イサクのことが好きな人なら、サユキは好きになれるよ?」
そして本心からと分かる無邪気な声色と共に告げられた返答を前に、フェリトは一瞬驚いたように目を見開き、それから呆れたように苦笑した。
「依存もここまで極まると立派なものね」
少し硬くなっていた彼女の雰囲気が柔らかくなる。
「イサクのことが好きな人はお友達、か。正にその通りなのね。貴方にとっては」
真っ先にサユキ自身が口にしていたこと。
それも加えて諸々納得したようにフェリトは笑う。
あるいは、雪妖精として友達を求める性質も残っているのかもしれない。
いずれにしても、サユキがどういう性格の女の子か、彼女も十分理解できたようだ。
「まあ、私の好きの意味合いはともかくとして……そういうことなら私は確かに貴方の友達ね。きっと、相当長いつき合いになると思うわ。よろしく、サユキ」
「うん。フェリトちゃん!」
今度はフェリトの方から差し出した手。
それをサユキは心底嬉しそうに握り、対してフェリトもまた小さく微笑んだのだった。
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