53 / 396
幕間 0→1
048 更に四年後、子供達の今
しおりを挟む
歳月人を待たず。
インシェさんが村を離れてから四年程の月日が流れた。
掟を達成した俺が一先ず村に残ることを選択してから五年。
父さんは村への襲撃以前よりも頻繁に都市へと出向き、仕事をしながら兄さんやフェリトの姉のセレスさんの情報収集に努めていた。
しかし、相変わらず人形化魔物ガラテアの活動は超広範囲で散発的。
人間至上主義組織スプレマシーもあれ以来大きな動きを見せていないらしい。
変化が乏しいまま、時間だけが過ぎていっていた。
そんな中にあって、変化が大きいもの。子供達の成長。
セト達も今や十一歳となり、随分と大きくなった。
……対照的に十六にもなったはずの俺の背は余り伸びていない。
イリュファに聞いたところ、この世界の二次成長は十八を過ぎた頃から起こるらしい。
大体二次性徴後の姿である少女化魔物より、背が低いままなのが最近の悩みの種だ。
人間原理に基づいた世界。どうやら人間の思考、望みの影響によって成長過程やら寿命やらも元の世界のそれとは大きく異なっているようだ。
幼年期が長く、青年期がそれよりも遥かに長く、壮年期と老年期が極々短い。
具体的に数字で言うと、寿命は百五十歳程度。成長は二十五歳ぐらいでようやく終わってそこで成人と見なされ、百四十五歳ぐらいから一気に老化するらしい。
なので、村人の中にも一見すると元の世界の二十代だが、実は百歳以上という者もいる。
閑話休題。
セト達の成長は勿論、外見的なものだけではない。
得意な属性であれば第四位階の祈念魔法も使用することができるようになり、各々の複合発露も発動させることができるようになっていた。
「行くよ、お兄ちゃん」
「来い、セト」
互いに複合発露〈擬竜転身〉を使用し、真紅の竜の特徴を得た俺とセト。
相変わらず少女化魔物との連携を取れない彼は、徒手空拳での戦い方を徹底的に学んでいた。少女化魔物を信頼し切れない自覚は当然あり、現時点ではこの方法でしか強くなれないからと鬼気迫るぐらいの激しさで。
それ故にセトは、体術だけなら既に俺に匹敵する技術を持っていた。
勿論、総合的な力では天と地程の差があるが。
互いに〈擬竜転身〉のみを使用した組手においては、セトが全力で挑んでくることもあって俺にとってもいい訓練になる。
「本当にやるようになったなあ、セト」
「お兄ちゃんのおかげだよ」
年月を重ねても尚、中性的、と言うよりも女の子のような顔立ちは変わらず、心の傷があっても根本的な性格もまた変わっていない。
笑顔で言う彼は本当に天使のようだ。
後三ヶ月もすれば村を離れて都市に行き、学園に通うことになる訳だが、その容姿で妙なトラブルに巻き込まれないか心配だ。
「でも、もっと技を磨かないと。僕はこの複合発露だけで戦わないといけないんだから」
「決めつけはよくないぞ。これから相性のいい少女化魔物と出会えるかもしれないし」
少し表情を曇らせるセトに反論するが、同意の答えはなかった。
こればかりは実際にいい相手と出会う以外に、改善の術はないのかもしれない。
「まあ、これも無駄にはならないからな。少し休んだら、もう一本やるか?」
「もちろん!」
その言葉には嬉しそうに頷くセトに苦笑しつつ、トバルの方に顔を向ける。
彼は村に残った三人の少女化魔物の内の一人、オーガの少女化魔物のヴィオレさんと一対一で戦っていた。
その手には剣。周囲には槍や斧など様々な武器が転がっている。
色々組み合わせを試した結果、トバルはヴィオレさんと継続的に少女契約を結ぶことになった。
今は彼女の複合発露〈筋力増幅〉を使用し、身体強化の感覚を掴みながら様々な武器の扱いを学んでいる。器用な彼には割と合っているようだった。
頭の回転も速いトバルは自前の力が戦い向きでないこともあってか、戦闘の優劣は契約した少女化魔物の力に強く依存することを他の二人より強く認識しており……。
「トバル! 感情に振り回されるな!」
その辺りで妙な焦燥感を抱いているのか、時折そうした感情を叩きつけるような動きを見せることがある。
年の割に聡明な彼なので一声かければ、すぐに抑えることができるが。
しかし、余り抑圧し続けても、いずれ爆発しかねない。
こちらも都市でいい出会いがあることを願わずにいられない。
「ダンの方は、と。……うん、いいぞ、ダン。よく連携が取れてる」
次に、祈念魔法で作り出した訓練用の人形を相手取っているダンに声をかける。
彼は今、アルラウネの少女化魔物のランさんとアラクネの少女化魔物のトリンさんと共に、複数相手を想定した訓練に臨んでいた。
ダンが母親であるルムンさんから引き継いだ複合発露は〈擬毒穿刺〉。毒を触れた相手に叩き込む能力だ。
毒は致死性のものから麻痺させるだけのもの、即効性、遅効性自由自在のようだ。
ただし、第五位階下位相当であるため、第五位階上位や第六位階の身体強化を持つ者には効果が極端に乏しくなってしまうが。
また、触れた相手にしか効果はないため、接近するためにも祈念魔法で身体能力を強化することも不可欠だ。まず命中させなければ始まらない。
なので、彼の場合は祈念魔法、武器の扱い、体術と総合的に鍛えている
とは言え、当然ながらそれだけでは確実性は乏しい。
それを補うための連携。その一つの形を今練習しているのだ。
当然、これから先ずっと彼女達と契約し続けるかは分からない。
だが、こうした形を学んでおくことは決して無駄にはならないはずだ。
「トリン、ダン。まずは右の奴」
まずアルラウネの少女化魔物であるランさんの複合発露〈根茎踊手〉によって異常成長させた草木によって人形達の行動を阻害し――。
「分かったわ!」
次にアラクネの少女化魔物であるトリンさんの複合発露〈硬糸緊縛〉を草木の間に張り巡らして手近な人形一体を捕縛する。
最後にダンが身動きできない相手に自身の複合発露を叩き込む。
拘束して毒を注ぎ込む。中々えぐい連携だ。
この毒は概念的なものらしく、無機物の人形にも効く。腐食してしまう。
こんな感じで連携を何度か繰り返し、対峙していた人形は全て撃破できたようだった。
「ダン君? どうしたの?」
しかし、ダンの表情は今一つ優れず、トリンさんが心配そうに尋ねる。
「……何でもない」
その言い方は明らかに何かある時のものだ。とは言え、男の子らしい男の子であるダンの場合、女の子に問われては素直に答えられないだろう。
「どうした?」
「あんちゃん……」
そんなダンの傍に近寄って尋ねると、彼は複雑な感情を顔に浮かべて俺を見た。
「身が入ってないと、強くなれないぞ?」
「強く……」
俺の言葉にダンは一層表情を歪めたが、それが切っかけとなったのかもしれない。
彼は意を決したように顔を上げた。
「今のままじゃ、あんちゃんみたいに強くなれない。こんなんじゃ意味ないよ」
そして告げられた内容に、俺は彼の浮かない表情の理由を何となく察した。
心の成長に伴って自意識が強くなると共に、他人と自分を比較する頻度は高まるもの。
その結果、己の劣っている部分ばかりが目についてしまっているのだろう。
「あんちゃんには、今やってるみたいな形で戦ったって勝てないじゃないか」
それは事実ではある。
イリュファの複合発露で跳ね返すことも可能だし、リクルやフェリトとの合わせ技で〈擬竜転身〉を使えば、吹き上がる炎で植物も糸も僅かな拘束力も持たせず焼き尽くせる。
何より、サユキ一人いれば一瞬で氷漬けだ。
「まあ、それは出会いに恵まれただけだし、俺は五つも年上だぞ? そう簡単に追い抜かれたら、俺の立つ瀬がないじゃないか」
「けど、あんちゃんが俺達を助けてくれたのは、今の俺より年下の時だったじゃないか。サユキ姉ちゃんと契約したのは同じぐらいだし」
「十二になる前に掟をクリアした凄い奴だって父さんも母さんも言ってた」
と、いつの間にか傍に来ていたトバルが続ける。
セトも近くで見詰めてきている。
近くに凄い才能豊かな人がいて、自分が何もかも駄目な人間だと思い込む。
多くの人が経験する通過儀礼みたいなものだ。
実際、元の世界では俺も何度も経験した。
今生では前世の記憶があるから、劣等感を抱かれる側に立ってしまったようだが。
正直、ズルをしているみたいで心苦しい。
何とかフォローを試みる。
「うーん。確かに、今の時点でそう見えるのは分かるけどなあ。皆が都市に行って、物凄く強い少女化魔物と仲よくなって真性少女契約できれば、すぐ逆転しちゃう話だしな」
一応救世の転生者という役割を負っている以上、それでは困る訳だけども。
「俺の父さんと母さんが出会ったのも、俺より大分年上の時だったはずだし。この段階で比較しても仕方ないと思うぞ」
「けど――」
「そもそも、ダンは俺に勝つためだけに力が欲しいのか? そうじゃないだろ?」
たとえ俺のように、と枕詞がついたとしても。
その根源にあるのは、その強さを用いて何かをしたいという意思のはずだ。
ダンもそこは理解しているのか押し黙る。トバルやセトも同様だ。
「……まあ、とりあえず現時点で既に俺は凄く恵まれてる。それは事実だ」
そんな彼らを前に俺は、ここは先達として何かを伝えなければならない場面なのかもしれないと少し表情を引き締め、真剣に諭すように口を開いた。
正直、分かったようなことを言うのは気が引けるが、年長者の役割というものだろう。
「けど、多分この先、その力の分だけ背負わなければならないものが出てくるんだと思う」
これは確定事項でもある。世界を救うという使命が確実に待ち受けているのだから。
「きっと大きな事件に巻き込まれ、大きなものを守るために命を懸けなきゃならなくなる」
「俺達を守ってくれたみたいに?」
「多分な。けど、守るものが大きくなれば大きくなる程、必死にならざるを得なくなる。そうなれば、見落としてしまうものも多くなると思うんだ。大きなものを救うために小さいものを見捨てたり、そもそも気づけなかったり」
そんなことはしたくないし、最善を尽くすつもりではある。
しかし、それでも尚、選択を迫られる場面は必ず出てくるだろう。
「そんな時、その小さいものを助けてくれる人がいてくれたら、俺は安心して戦える。その時、その人の力は俺の力になるし、きっと俺の力もその人の力なんだ」
一人で全てを救えるなら、それに越したことはない。
だが、全知全能の神ならぬ不完全な人間にそんなことは不可能。誰かの助けが必要だ
「勿論、皆が俺よりも強くなったら、その時は俺がその役割をする。皆がその力に見合ったものを背負えるように支える」
正直に言えば、弟分達に俺よりも重い荷物など背負わせたくないが……。
こればかりは天の采配だ。
「同じ志を持って頑張るなら、皆の力が俺の力で、俺の力は皆の力なんだ。勿論、ダンの力も俺の力で、俺の力はダンの力でもある」
「……よく分からないよ」
「今は分からなくてもいいさ」
視線を下げるダンの頭に手を乗せて笑顔を向ける。
「けど、覚えていてくれ。力ってのは誰かと比較するためにあるものじゃない。その力で何ができるかが大事で、だからこそ何よりも意思の強さが必要なんだ。そして、同じ方向を向いている人の分だけ足し算になって大きくなる」
長々と偉そうに語ってしまったが、まだまだ幼い彼ら。
そう容易く誰かとの比較をやめられるものでもないだろう。
もしかしたら将来、俺よりも遥かに強くなって、そんなものは持たざる者が自分を慰めるための言い訳の論理に過ぎないと鼻で笑うかもしれない。
それはそれでも構わない。少し寂しいが。
肯定であれ否定であれ、何かしら得るものがあればいい。
そうであれば、兄貴分として本気の言葉を伝えた意味があると思うから。
「訓練、続けられるか?」
「……うん」
今はまだ結果は分からない。
だが、それでもダンは頷いてランさんやトリンさんの下へ戻る。
トバルもまたヴィオレさんのところで武器を手に取る。
セトはセトで、俺との組手の再開を待っている。
今日のところはこれで十分だろう。
その日以来、彼らは黙々と訓練を続けた。
そして、やがて少しずつ春の気配が近づいてくる。
間もなく訪れる四月。
掟に従い、セト達が村を離れる日はもうすぐだ。
インシェさんが村を離れてから四年程の月日が流れた。
掟を達成した俺が一先ず村に残ることを選択してから五年。
父さんは村への襲撃以前よりも頻繁に都市へと出向き、仕事をしながら兄さんやフェリトの姉のセレスさんの情報収集に努めていた。
しかし、相変わらず人形化魔物ガラテアの活動は超広範囲で散発的。
人間至上主義組織スプレマシーもあれ以来大きな動きを見せていないらしい。
変化が乏しいまま、時間だけが過ぎていっていた。
そんな中にあって、変化が大きいもの。子供達の成長。
セト達も今や十一歳となり、随分と大きくなった。
……対照的に十六にもなったはずの俺の背は余り伸びていない。
イリュファに聞いたところ、この世界の二次成長は十八を過ぎた頃から起こるらしい。
大体二次性徴後の姿である少女化魔物より、背が低いままなのが最近の悩みの種だ。
人間原理に基づいた世界。どうやら人間の思考、望みの影響によって成長過程やら寿命やらも元の世界のそれとは大きく異なっているようだ。
幼年期が長く、青年期がそれよりも遥かに長く、壮年期と老年期が極々短い。
具体的に数字で言うと、寿命は百五十歳程度。成長は二十五歳ぐらいでようやく終わってそこで成人と見なされ、百四十五歳ぐらいから一気に老化するらしい。
なので、村人の中にも一見すると元の世界の二十代だが、実は百歳以上という者もいる。
閑話休題。
セト達の成長は勿論、外見的なものだけではない。
得意な属性であれば第四位階の祈念魔法も使用することができるようになり、各々の複合発露も発動させることができるようになっていた。
「行くよ、お兄ちゃん」
「来い、セト」
互いに複合発露〈擬竜転身〉を使用し、真紅の竜の特徴を得た俺とセト。
相変わらず少女化魔物との連携を取れない彼は、徒手空拳での戦い方を徹底的に学んでいた。少女化魔物を信頼し切れない自覚は当然あり、現時点ではこの方法でしか強くなれないからと鬼気迫るぐらいの激しさで。
それ故にセトは、体術だけなら既に俺に匹敵する技術を持っていた。
勿論、総合的な力では天と地程の差があるが。
互いに〈擬竜転身〉のみを使用した組手においては、セトが全力で挑んでくることもあって俺にとってもいい訓練になる。
「本当にやるようになったなあ、セト」
「お兄ちゃんのおかげだよ」
年月を重ねても尚、中性的、と言うよりも女の子のような顔立ちは変わらず、心の傷があっても根本的な性格もまた変わっていない。
笑顔で言う彼は本当に天使のようだ。
後三ヶ月もすれば村を離れて都市に行き、学園に通うことになる訳だが、その容姿で妙なトラブルに巻き込まれないか心配だ。
「でも、もっと技を磨かないと。僕はこの複合発露だけで戦わないといけないんだから」
「決めつけはよくないぞ。これから相性のいい少女化魔物と出会えるかもしれないし」
少し表情を曇らせるセトに反論するが、同意の答えはなかった。
こればかりは実際にいい相手と出会う以外に、改善の術はないのかもしれない。
「まあ、これも無駄にはならないからな。少し休んだら、もう一本やるか?」
「もちろん!」
その言葉には嬉しそうに頷くセトに苦笑しつつ、トバルの方に顔を向ける。
彼は村に残った三人の少女化魔物の内の一人、オーガの少女化魔物のヴィオレさんと一対一で戦っていた。
その手には剣。周囲には槍や斧など様々な武器が転がっている。
色々組み合わせを試した結果、トバルはヴィオレさんと継続的に少女契約を結ぶことになった。
今は彼女の複合発露〈筋力増幅〉を使用し、身体強化の感覚を掴みながら様々な武器の扱いを学んでいる。器用な彼には割と合っているようだった。
頭の回転も速いトバルは自前の力が戦い向きでないこともあってか、戦闘の優劣は契約した少女化魔物の力に強く依存することを他の二人より強く認識しており……。
「トバル! 感情に振り回されるな!」
その辺りで妙な焦燥感を抱いているのか、時折そうした感情を叩きつけるような動きを見せることがある。
年の割に聡明な彼なので一声かければ、すぐに抑えることができるが。
しかし、余り抑圧し続けても、いずれ爆発しかねない。
こちらも都市でいい出会いがあることを願わずにいられない。
「ダンの方は、と。……うん、いいぞ、ダン。よく連携が取れてる」
次に、祈念魔法で作り出した訓練用の人形を相手取っているダンに声をかける。
彼は今、アルラウネの少女化魔物のランさんとアラクネの少女化魔物のトリンさんと共に、複数相手を想定した訓練に臨んでいた。
ダンが母親であるルムンさんから引き継いだ複合発露は〈擬毒穿刺〉。毒を触れた相手に叩き込む能力だ。
毒は致死性のものから麻痺させるだけのもの、即効性、遅効性自由自在のようだ。
ただし、第五位階下位相当であるため、第五位階上位や第六位階の身体強化を持つ者には効果が極端に乏しくなってしまうが。
また、触れた相手にしか効果はないため、接近するためにも祈念魔法で身体能力を強化することも不可欠だ。まず命中させなければ始まらない。
なので、彼の場合は祈念魔法、武器の扱い、体術と総合的に鍛えている
とは言え、当然ながらそれだけでは確実性は乏しい。
それを補うための連携。その一つの形を今練習しているのだ。
当然、これから先ずっと彼女達と契約し続けるかは分からない。
だが、こうした形を学んでおくことは決して無駄にはならないはずだ。
「トリン、ダン。まずは右の奴」
まずアルラウネの少女化魔物であるランさんの複合発露〈根茎踊手〉によって異常成長させた草木によって人形達の行動を阻害し――。
「分かったわ!」
次にアラクネの少女化魔物であるトリンさんの複合発露〈硬糸緊縛〉を草木の間に張り巡らして手近な人形一体を捕縛する。
最後にダンが身動きできない相手に自身の複合発露を叩き込む。
拘束して毒を注ぎ込む。中々えぐい連携だ。
この毒は概念的なものらしく、無機物の人形にも効く。腐食してしまう。
こんな感じで連携を何度か繰り返し、対峙していた人形は全て撃破できたようだった。
「ダン君? どうしたの?」
しかし、ダンの表情は今一つ優れず、トリンさんが心配そうに尋ねる。
「……何でもない」
その言い方は明らかに何かある時のものだ。とは言え、男の子らしい男の子であるダンの場合、女の子に問われては素直に答えられないだろう。
「どうした?」
「あんちゃん……」
そんなダンの傍に近寄って尋ねると、彼は複雑な感情を顔に浮かべて俺を見た。
「身が入ってないと、強くなれないぞ?」
「強く……」
俺の言葉にダンは一層表情を歪めたが、それが切っかけとなったのかもしれない。
彼は意を決したように顔を上げた。
「今のままじゃ、あんちゃんみたいに強くなれない。こんなんじゃ意味ないよ」
そして告げられた内容に、俺は彼の浮かない表情の理由を何となく察した。
心の成長に伴って自意識が強くなると共に、他人と自分を比較する頻度は高まるもの。
その結果、己の劣っている部分ばかりが目についてしまっているのだろう。
「あんちゃんには、今やってるみたいな形で戦ったって勝てないじゃないか」
それは事実ではある。
イリュファの複合発露で跳ね返すことも可能だし、リクルやフェリトとの合わせ技で〈擬竜転身〉を使えば、吹き上がる炎で植物も糸も僅かな拘束力も持たせず焼き尽くせる。
何より、サユキ一人いれば一瞬で氷漬けだ。
「まあ、それは出会いに恵まれただけだし、俺は五つも年上だぞ? そう簡単に追い抜かれたら、俺の立つ瀬がないじゃないか」
「けど、あんちゃんが俺達を助けてくれたのは、今の俺より年下の時だったじゃないか。サユキ姉ちゃんと契約したのは同じぐらいだし」
「十二になる前に掟をクリアした凄い奴だって父さんも母さんも言ってた」
と、いつの間にか傍に来ていたトバルが続ける。
セトも近くで見詰めてきている。
近くに凄い才能豊かな人がいて、自分が何もかも駄目な人間だと思い込む。
多くの人が経験する通過儀礼みたいなものだ。
実際、元の世界では俺も何度も経験した。
今生では前世の記憶があるから、劣等感を抱かれる側に立ってしまったようだが。
正直、ズルをしているみたいで心苦しい。
何とかフォローを試みる。
「うーん。確かに、今の時点でそう見えるのは分かるけどなあ。皆が都市に行って、物凄く強い少女化魔物と仲よくなって真性少女契約できれば、すぐ逆転しちゃう話だしな」
一応救世の転生者という役割を負っている以上、それでは困る訳だけども。
「俺の父さんと母さんが出会ったのも、俺より大分年上の時だったはずだし。この段階で比較しても仕方ないと思うぞ」
「けど――」
「そもそも、ダンは俺に勝つためだけに力が欲しいのか? そうじゃないだろ?」
たとえ俺のように、と枕詞がついたとしても。
その根源にあるのは、その強さを用いて何かをしたいという意思のはずだ。
ダンもそこは理解しているのか押し黙る。トバルやセトも同様だ。
「……まあ、とりあえず現時点で既に俺は凄く恵まれてる。それは事実だ」
そんな彼らを前に俺は、ここは先達として何かを伝えなければならない場面なのかもしれないと少し表情を引き締め、真剣に諭すように口を開いた。
正直、分かったようなことを言うのは気が引けるが、年長者の役割というものだろう。
「けど、多分この先、その力の分だけ背負わなければならないものが出てくるんだと思う」
これは確定事項でもある。世界を救うという使命が確実に待ち受けているのだから。
「きっと大きな事件に巻き込まれ、大きなものを守るために命を懸けなきゃならなくなる」
「俺達を守ってくれたみたいに?」
「多分な。けど、守るものが大きくなれば大きくなる程、必死にならざるを得なくなる。そうなれば、見落としてしまうものも多くなると思うんだ。大きなものを救うために小さいものを見捨てたり、そもそも気づけなかったり」
そんなことはしたくないし、最善を尽くすつもりではある。
しかし、それでも尚、選択を迫られる場面は必ず出てくるだろう。
「そんな時、その小さいものを助けてくれる人がいてくれたら、俺は安心して戦える。その時、その人の力は俺の力になるし、きっと俺の力もその人の力なんだ」
一人で全てを救えるなら、それに越したことはない。
だが、全知全能の神ならぬ不完全な人間にそんなことは不可能。誰かの助けが必要だ
「勿論、皆が俺よりも強くなったら、その時は俺がその役割をする。皆がその力に見合ったものを背負えるように支える」
正直に言えば、弟分達に俺よりも重い荷物など背負わせたくないが……。
こればかりは天の采配だ。
「同じ志を持って頑張るなら、皆の力が俺の力で、俺の力は皆の力なんだ。勿論、ダンの力も俺の力で、俺の力はダンの力でもある」
「……よく分からないよ」
「今は分からなくてもいいさ」
視線を下げるダンの頭に手を乗せて笑顔を向ける。
「けど、覚えていてくれ。力ってのは誰かと比較するためにあるものじゃない。その力で何ができるかが大事で、だからこそ何よりも意思の強さが必要なんだ。そして、同じ方向を向いている人の分だけ足し算になって大きくなる」
長々と偉そうに語ってしまったが、まだまだ幼い彼ら。
そう容易く誰かとの比較をやめられるものでもないだろう。
もしかしたら将来、俺よりも遥かに強くなって、そんなものは持たざる者が自分を慰めるための言い訳の論理に過ぎないと鼻で笑うかもしれない。
それはそれでも構わない。少し寂しいが。
肯定であれ否定であれ、何かしら得るものがあればいい。
そうであれば、兄貴分として本気の言葉を伝えた意味があると思うから。
「訓練、続けられるか?」
「……うん」
今はまだ結果は分からない。
だが、それでもダンは頷いてランさんやトリンさんの下へ戻る。
トバルもまたヴィオレさんのところで武器を手に取る。
セトはセトで、俺との組手の再開を待っている。
今日のところはこれで十分だろう。
その日以来、彼らは黙々と訓練を続けた。
そして、やがて少しずつ春の気配が近づいてくる。
間もなく訪れる四月。
掟に従い、セト達が村を離れる日はもうすぐだ。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活
髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。
しかし神は彼を見捨てていなかった。
そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。
これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う
こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。
億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。
彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。
四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?
道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!
気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?
※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる