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幕間 0→1

048 更に四年後、子供達の今

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 歳月人を待たず。
 インシェさんが村を離れてから四年程の月日が流れた。
 掟を達成した俺が一先ず村に残ることを選択してから五年。
 父さんは村への襲撃以前よりも頻繁に都市へと出向き、仕事をしながら兄さんやフェリトの姉のセレスさんの情報収集に努めていた。

 しかし、相変わらず人形化魔物ピグマリオンガラテアの活動は超広範囲で散発的。
 人間至上主義組織スプレマシーもあれ以来大きな動きを見せていないらしい。
 変化が乏しいまま、時間だけが過ぎていっていた。

 そんな中にあって、変化が大きいもの。子供達の成長。
 セト達も今や十一歳となり、随分と大きくなった。

 ……対照的に十六にもなったはずの俺の背は余り伸びていない。
 イリュファに聞いたところ、この世界の二次成長は十八を過ぎた頃から起こるらしい。
 大体二次性徴後の姿である少女化魔物ロリータより、背が低いままなのが最近の悩みの種だ。

 人間原理に基づいた世界。どうやら人間の思考、望みの影響によって成長過程やら寿命やらも元の世界のそれとは大きく異なっているようだ。
 幼年期が長く、青年期がそれよりも遥かに長く、壮年期と老年期が極々短い。
 具体的に数字で言うと、寿命は百五十歳程度。成長は二十五歳ぐらいでようやく終わってそこで成人と見なされ、百四十五歳ぐらいから一気に老化するらしい。
 なので、村人の中にも一見すると元の世界の二十代だが、実は百歳以上という者もいる。

 閑話休題。
 セト達の成長は勿論、外見的なものだけではない。
 得意な属性であれば第四位階の祈念魔法も使用することができるようになり、各々の複合発露エクスコンプレックスも発動させることができるようになっていた。

「行くよ、お兄ちゃん」
「来い、セト」

 互いに複合発露〈擬竜転身デミドラゴナイズ〉を使用し、真紅の竜の特徴を得た俺とセト。
 相変わらず少女化魔物ロリータとの連携を取れない彼は、徒手空拳での戦い方を徹底的に学んでいた。少女化魔物を信頼し切れない自覚は当然あり、現時点ではこの方法でしか強くなれないからと鬼気迫るぐらいの激しさで。
 それ故にセトは、体術だけなら既に俺に匹敵する技術を持っていた。
 勿論、総合的な力では天と地程の差があるが。
 互いに〈擬竜転身〉のみを使用した組手においては、セトが全力で挑んでくることもあって俺にとってもいい訓練になる。

「本当にやるようになったなあ、セト」
「お兄ちゃんのおかげだよ」

 年月を重ねても尚、中性的、と言うよりも女の子のような顔立ちは変わらず、心の傷があっても根本的な性格もまた変わっていない。
 笑顔で言う彼は本当に天使のようだ。
 後三ヶ月もすれば村を離れて都市に行き、学園に通うことになる訳だが、その容姿で妙なトラブルに巻き込まれないか心配だ。

「でも、もっと技を磨かないと。僕はこの複合発露だけで戦わないといけないんだから」
「決めつけはよくないぞ。これから相性のいい少女化魔物と出会えるかもしれないし」

 少し表情を曇らせるセトに反論するが、同意の答えはなかった。
 こればかりは実際にいい相手と出会う以外に、改善の術はないのかもしれない。

「まあ、これも無駄にはならないからな。少し休んだら、もう一本やるか?」
「もちろん!」

 その言葉には嬉しそうに頷くセトに苦笑しつつ、トバルの方に顔を向ける。
 彼は村に残った三人の少女化魔物の内の一人、オーガの少女化魔物のヴィオレさんと一対一で戦っていた。
 その手には剣。周囲には槍や斧など様々な武器が転がっている。

 色々組み合わせを試した結果、トバルはヴィオレさんと継続的に少女契約ロリータコントラクトを結ぶことになった。
 今は彼女の複合発露〈筋力増幅ワイルドオーガ〉を使用し、身体強化の感覚を掴みながら様々な武器の扱いを学んでいる。器用な彼には割と合っているようだった。

 頭の回転も速いトバルは自前の力が戦い向きでないこともあってか、戦闘の優劣は契約した少女化魔物の力に強く依存することを他の二人より強く認識しており……。

「トバル! 感情に振り回されるな!」

 その辺りで妙な焦燥感を抱いているのか、時折そうした感情を叩きつけるような動きを見せることがある。
 年の割に聡明な彼なので一声かければ、すぐに抑えることができるが。
 しかし、余り抑圧し続けても、いずれ爆発しかねない。
 こちらも都市でいい出会いがあることを願わずにいられない。

「ダンの方は、と。……うん、いいぞ、ダン。よく連携が取れてる」

 次に、祈念魔法で作り出した訓練用の人形を相手取っているダンに声をかける。
 彼は今、アルラウネの少女化魔物のランさんとアラクネの少女化魔物のトリンさんと共に、複数相手を想定した訓練に臨んでいた。

 ダンが母親であるルムンさんから引き継いだ複合発露は〈擬毒デミサーペント穿刺インフェクト〉。毒を触れた・・・相手に叩き込む能力だ。
 毒は致死性のものから麻痺させるだけのもの、即効性、遅効性自由自在のようだ。
 ただし、第五位階下位相当であるため、第五位階上位や第六位階の身体強化を持つ者には効果が極端に乏しくなってしまうが。
 また、触れた相手にしか効果はないため、接近するためにも祈念魔法で身体能力を強化することも不可欠だ。まず命中させなければ始まらない。
 なので、彼の場合は祈念魔法、武器の扱い、体術と総合的に鍛えている

 とは言え、当然ながらそれだけでは確実性は乏しい。
 それを補うための連携。その一つの形を今練習しているのだ。
 当然、これから先ずっと彼女達と契約し続けるかは分からない。
 だが、こうした形を学んでおくことは決して無駄にはならないはずだ。

「トリン、ダン。まずは右の奴」

 まずアルラウネの少女化魔物であるランさんの複合発露〈根茎踊手スタンピードプラント〉によって異常成長させた草木によって人形達の行動を阻害し――。

「分かったわ!」

 次にアラクネの少女化魔物であるトリンさんの複合発露〈硬糸緊縛スパイダーネスト〉を草木の間に張り巡らして手近な人形一体を捕縛する。
 最後にダンが身動きできない相手に自身の複合発露を叩き込む。
 拘束して毒を注ぎ込む。中々えぐい連携だ。
 この毒は概念的なものらしく、無機物の人形にも効く。腐食してしまう。

 こんな感じで連携を何度か繰り返し、対峙していた人形は全て撃破できたようだった。

「ダン君? どうしたの?」

 しかし、ダンの表情は今一つ優れず、トリンさんが心配そうに尋ねる。

「……何でもない」

 その言い方は明らかに何かある時のものだ。とは言え、男の子らしい男の子であるダンの場合、女の子に問われては素直に答えられないだろう。

「どうした?」
「あんちゃん……」

 そんなダンの傍に近寄って尋ねると、彼は複雑な感情を顔に浮かべて俺を見た。

「身が入ってないと、強くなれないぞ?」
「強く……」

 俺の言葉にダンは一層表情を歪めたが、それが切っかけとなったのかもしれない。
 彼は意を決したように顔を上げた。

「今のままじゃ、あんちゃんみたいに強くなれない。こんなんじゃ意味ないよ」

 そして告げられた内容に、俺は彼の浮かない表情の理由を何となく察した。
 心の成長に伴って自意識が強くなると共に、他人と自分を比較する頻度は高まるもの。
 その結果、己の劣っている部分ばかりが目についてしまっているのだろう。

「あんちゃんには、今やってるみたいな形で戦ったって勝てないじゃないか」

 それは事実ではある。
 イリュファの複合発露で跳ね返すことも可能だし、リクルやフェリトとの合わせ技で〈擬竜転身〉を使えば、吹き上がる炎で植物も糸も僅かな拘束力も持たせず焼き尽くせる。
 何より、サユキ一人いれば一瞬で氷漬けだ。

「まあ、それは出会いに恵まれただけだし、俺は五つも年上だぞ? そう簡単に追い抜かれたら、俺の立つ瀬がないじゃないか」
「けど、あんちゃんが俺達を助けてくれたのは、今の俺より年下の時だったじゃないか。サユキ姉ちゃんと契約したのは同じぐらいだし」
「十二になる前に掟をクリアした凄い奴だって父さんも母さんも言ってた」

 と、いつの間にか傍に来ていたトバルが続ける。
 セトも近くで見詰めてきている。

 近くに凄い才能豊かな人がいて、自分が何もかも駄目な人間だと思い込む。
 多くの人が経験する通過儀礼みたいなものだ。
 実際、元の世界では俺も何度も経験した。
 今生では前世の記憶があるから、劣等感を抱かれる側に立ってしまったようだが。
 正直、ズルをしているみたいで心苦しい。
 何とかフォローを試みる。

「うーん。確かに、今の時点でそう見えるのは分かるけどなあ。皆が都市に行って、物凄く強い少女化魔物と仲よくなって真性少女契約できれば、すぐ逆転しちゃう話だしな」

 一応救世の転生者という役割を負っている以上、それでは困る訳だけども。

「俺の父さんと母さんが出会ったのも、俺より大分年上の時だったはずだし。この段階で比較しても仕方ないと思うぞ」
「けど――」
「そもそも、ダンは俺に勝つためだけに力が欲しいのか? そうじゃないだろ?」

 たとえ俺のように、と枕詞がついたとしても。
 その根源にあるのは、その強さを用いて何かをしたいという意思のはずだ。
 ダンもそこは理解しているのか押し黙る。トバルやセトも同様だ。

「……まあ、とりあえず現時点で既に俺は凄く恵まれてる。それは事実だ」

 そんな彼らを前に俺は、ここは先達として何かを伝えなければならない場面なのかもしれないと少し表情を引き締め、真剣に諭すように口を開いた。
 正直、分かったようなことを言うのは気が引けるが、年長者の役割というものだろう。

「けど、多分この先、その力の分だけ背負わなければならないものが出てくるんだと思う」

 これは確定事項でもある。世界を救うという使命が確実に待ち受けているのだから。

「きっと大きな事件に巻き込まれ、大きなものを守るために命を懸けなきゃならなくなる」
「俺達を守ってくれたみたいに?」
「多分な。けど、守るものが大きくなれば大きくなる程、必死にならざるを得なくなる。そうなれば、見落としてしまうものも多くなると思うんだ。大きなものを救うために小さいものを見捨てたり、そもそも気づけなかったり」

 そんなことはしたくないし、最善を尽くすつもりではある。
 しかし、それでも尚、選択を迫られる場面は必ず出てくるだろう。

「そんな時、その小さいものを助けてくれる人がいてくれたら、俺は安心して戦える。その時、その人の力は俺の力になるし、きっと俺の力もその人の力なんだ」

 一人で全てを救えるなら、それに越したことはない。
 だが、全知全能の神ならぬ不完全な人間にそんなことは不可能。誰かの助けが必要だ

「勿論、皆が俺よりも強くなったら、その時は俺がその役割をする。皆がその力に見合ったものを背負えるように支える」

 正直に言えば、弟分達に俺よりも重い荷物など背負わせたくないが……。
 こればかりは天の采配だ。

「同じ志を持って頑張るなら、皆の力が俺の力で、俺の力は皆の力なんだ。勿論、ダンの力も俺の力で、俺の力はダンの力でもある」
「……よく分からないよ」
「今は分からなくてもいいさ」

 視線を下げるダンの頭に手を乗せて笑顔を向ける。

「けど、覚えていてくれ。力ってのは誰かと比較するためにあるものじゃない。その力で何ができるかが大事で、だからこそ何よりも意思の強さが必要なんだ。そして、同じ方向を向いている人の分だけ足し算になって大きくなる」

 長々と偉そうに語ってしまったが、まだまだ幼い彼ら。
 そう容易く誰かとの比較をやめられるものでもないだろう。
 もしかしたら将来、俺よりも遥かに強くなって、そんなものは持たざる者が自分を慰めるための言い訳の論理に過ぎないと鼻で笑うかもしれない。
 それはそれでも構わない。少し寂しいが。
 肯定であれ否定であれ、何かしら得るものがあればいい。
 そうであれば、兄貴分として本気の言葉を伝えた意味があると思うから。

「訓練、続けられるか?」
「……うん」

 今はまだ結果は分からない。
 だが、それでもダンは頷いてランさんやトリンさんの下へ戻る。
 トバルもまたヴィオレさんのところで武器を手に取る。
 セトはセトで、俺との組手の再開を待っている。
 今日のところはこれで十分だろう。

 その日以来、彼らは黙々と訓練を続けた。
 そして、やがて少しずつ春の気配が近づいてくる。
 間もなく訪れる四月。
 掟に従い、セト達が村を離れる日はもうすぐだ。
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